【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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デートというより百鬼夜行

「…………」

 

 

 男と同衾したことに気恥ずかしさを覚えているのか、翌朝になっても岬は口を開くことがなかった黙々と朝食を食べすすめている。

 

 

 味噌汁に口を付けた時、妹が「昨晩はお楽しみだったの?」などと爆弾発言をしたものだから、彼女は思い切り噴き出した。

 俺に毒霧が命中。熱い。

 

 

「な、な、何を言ってるのかな……!?」

「だって岬さんお兄ちゃんの部屋から出てきたでしょ?」

「見られてたのか」

「名記者と呼んでくれてもいいよ」

 

 

 顔を拭きながら雑談に参加する。

 岬はまだ復活していない。

 ぷしゅーぷしゅーと湯気を上げていた。

 

 

「そしてこの反応……唆るねこれは!」

「下種の勘繰りだ」

「あいたっ」

 

 

 妹にチョップを食らわす。

 彼女は大袈裟に痛げな反応をした。

 プロレスラーも顔負けである。

 

 

「だって男女が一つ屋根の下で夜を明かして……何も起きないはずがないでしょ!?」

「どうして兄にスキャンダルを起こそうとするんだ」

「女の子は禁断の恋が好きなものなんだよ」

「禁断すぎるだろ」

 

 

 人間と化け物である点に目をつぶっても、一般人と人気アイドル様である。釣り合いが取れないどころか天秤が壊れてもおかしくない。

 

 

 くだらないやり取りをしているうちに復活したらしい岬は、ごほんごほんと咳ばらいをしながら味噌汁を飲み干した。

 

 

「……ちょっと寝ぼけてただけだよ」

「ちぇーつまんないの」

 

 

 妹はぶー垂れる。

 最近はあまり外出もできていないし、何か面白い変化が欲しかったのだろう。

 まあアイドルが家に来るという、これ以上ないくらいの変化はあったのだが。

 

 

「で、今後はどうするの?」

 

 

 俺は食事を終えた岬に尋ねた。

 

 

「……どうするって」

「家出してるんでしょ? 今後の展望は」

「先のことを考えられるなら、家出なんてしないんだな!」

「そりゃそうだけど」

 

 

 自信満々に胸を張る岬。

 ヒモムシの身体のどこが胸なのかは読み取れないが、振る舞い的におそらく合っているはずだ。

 肉塊で鍛えた洞察スキルを舐めないでほしい。

 

 

 岬はしばらく宙を眺めて、困ったように笑った。

 

 

「普通の人は週末に何をするのかな」

「……家に引きこもって映画鑑賞とか」

「それはお兄ちゃんだけでしょ!」

「いやインドア派の人間はけっこういるぞ」

 

 

 自社調べによると、全人口の九十八パーセントは休日に家でゴロゴロすることを好むという。

 別に外出を嫌ってデータを歪めているわけではない。

 

 

「昔から活動してたからさ、思えば普通の週末を送ったことがないや」

「じゃあ今まで何をしてたの?」

「スケジュール調整とか、エステとか……」

「仕事に関係があることしかしたことがないと」

 

 

 この齢でワーカーホリックか。将来有望である。

 冗談はさておき、せっかく鳥かごから逃げ出してきたのだから、やりたいことを全部やってしまったほうがいいだろう。

 

 

「映画でも見に行く?」

「いいの?」

「残念なことに、人に付き合ってどこかへ行くことには慣れたんだ」

「ずいぶんと悲しそうな声……」

 

 

 そりゃそうだ。何が悲しくて休日返上で化け物と戦わねばならぬのか。隠れて世界を守るヒーローみたいなものだぞ。

 

 

 当然そんなことは口に出さず、俺はスマホを確認した。

 残金はかなり残っているな。

 デート——と呼称するには絵面がやや終わっているが——をするには申し分ない程である。

 

 

「キラキラのアイドル様に普通を教えてあげるよ」

「おお、漫画の師匠キャラみたい」

 

 

 岬は感心したような声を上げ、吻を頭上に掲げた。

 

 

「じゃあ初めてのデートとしゃれこもうか!」

「……うーん、やっぱデートって表現やめない?」

「どうして?」

「適切じゃないでしょ」

「最適だよ!」

 

 

     ◇

 

 

 俺はあまり詳しくないが、世間的に西塔岬は相当知られているらしい。ゆえに彼女には本気の変装をしてもらって、街に繰り出した。

 人通りの多い駅を乗り越え映画館に到着する。

 

 

「……あれって岬?」

「うん」

「映画を見る側じゃなくて、出演する側だったか」

 

 

 ポスターには堂々とヒモムシが掲載されていた。

 紐型動物門を主役とする特殊な映画でない限り、あれは岬で相違ないだろう。

 念のために確認したところ、彼女から「こてこての恋愛映画でさー、まさに今の状況みたいなシーンもあったんだよ」と説明が追加される。

 

 

「今の私たち、まわりの人から見たらどう思われるんだろうね。きゃっ」

「悪魔と取り憑かれた人かな」

「乙女に向かってなんたる口の利き方か」

 

 

 岬は怒ったように腕にまとわりついてきた。

 にょろにょろとした吻が首筋を這いまわり、全身に鳥肌が立つ。

 慣れてきたとはいえ生理現象は抑えられないな。

 バケモンマスターを名乗るには早いらしい。

 

 

 眼前に迫る薄ピンクの表皮を眺めながら、俺は息を吸い込む。

 

 

「……どの映画にする?」

「私が出演してないやつ」

「ジャンルも色々あるけど」

「ホラーは苦手かな」

「あ、『伝説の棋士 碁盤返し元周(もとちか)』が再上映されてる」

「何それ」

「前に来た時、気になってたやつ」

 

 

 Z級映画の匂いがプンプンするのだ。

 前は雪花に拒否されてしまったが。

 

 

「じゃそれにしようか」

「貴重な機会にこれでいいの?」

「ふふ、誰と何をしたかが重要だからね」

 

 

 曜と一緒に映画が見られたらだいじょうブイ!

 なんて岬は吻でピースを作った。

 ずいぶんと器用なものである。

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