【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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衣擦れと星空

「これは……」

「すごいね……」

 

 

 岬はぽけーっと頭上を見上げる。

 暗闇に落ちた室内。緩やかに冷たい空気。

 まだ星々は投影されていないが、それでも感嘆するに余りある雰囲気だった。

 

 

 丸く建造されたドームは壁にも星が映し出されるようで、つまるところ視界のすべてが夜空に包まれるということだ。

 部屋の中心にはグランドピアノが設置されており、薄暗い室内に溶けるようなドレスを着た女性が、沈黙を保って傍に佇んでいる。

 

 

 チケットに記載された席まで行ってみると、二人が優に寝転がれるほどの大きさのシートだった。

 岬と視線を合わせて——彼女に眼球はないけれど——笑いあう。

 

 

「これ、私たちカップルだと思われたのかな?」

「プラネタリウムに二人で訪れるのは、まあ恋人同士が多いんだろうね」

「どうする? 予想を現実にしちゃう?」

「アイドルと男子高校生じゃ釣り合わないよ」

 

 

 軽く体重を反発するシートに腰を下ろし、上映が開始されるまでのしばしの時間、雑談に興じる。

 薄っすらと流されている、ゆったりとしたバイオリン。

 風の音や水の滴る音、体を抱きかかえるような重低音を聞いていると、今にも寝てしまいそうになった。

 

 

「あ、始まった……」

 

 

 ぽつりと岬が呟く。

 室内の電灯が完全に消され、わずかに漂っていた日常の気配が霧散した。

 観客たちも話をやめ静寂が満ちる。

 

 

 優しくグランドピアノが弾かれ、それと同時に星々の姿が部屋に投影されはじめた。俺の予想に反し、壁だけでなく床にすら輝きが灯る。

 まるで宇宙に浮かんでいるような光景に、思わず息を飲み込んでしまった。

 隣に座る岬も静かに身じろぎをする。

 

 

「曜……」

 

 

 立体音響によって部屋の広さがわからなくなり、雄大な空間に転移してしまったような錯覚に陥った。

 どうやら岬も同じであるようで、吻がゆらゆらと近づいてくる。

 やがて左手に触れると、そっと絡みついてきた。

 

 

「広い世界に取り残されたみたい」

「岬と二人きりなんて、ずいぶんと贅沢だね」

「そうだよ。曜は贅沢者だよ」

 

 

 そのまま後ろに引かれ、シートに並んで寝転がる。

 見上げれば満天の星が俺たちを見下ろしていた。

 吻を握りしめる力を強くすると、彼女はひっそりと笑う。

 

 

「まだ家出を後悔してる?」

「言わなくても、わかるくせに」

「言葉にするのが大事なこともあるよ」

「……よかったって思ってる」

「それは僥倖(ぎょうこう)

 

 

 こんな俺でも、鳥かごから逃げ出してきたお姫様を満足させられたようだ。大きく息を吸い込んで、目を閉じる。

 気がつけば岬との距離はないに等しいものとなっていて、ほんのりとした体温が素肌越しに伝わってきた。

 意図を探ろうと顔を向けようとしたところ、吻の震えが大きくなり、「こっちを見ないで」と言いたげな眼差しを感じる。

 

 

「…………」

 

 

 俺は横を向くのをやめ再び天井に視線を戻した。

 女心と秋の空とは言うが、アイドル様ともなると途端に難しくなるものらしい。

 願わくばこの星々のように、誰かが解説してくれたらよかったのに。

 まあ今は沈み込むような宇宙を楽しむことにしよう。

 

 

 しばらくそのように時間を過ごしていると、どうも上映が終わったようで、部屋が太陽に飲み込まる演出ののち電気が付けられた。

 

 

「びっくりした」

「岬は意外とビビりだよね」

「なんだとー? その鉄仮面を外してやろうかぁ?」

「けっこう情動の激しい人間を自負してるんだけど」

「曜が? ないない」

 

 

 岬は首をぶんぶん振る。

 そこまで否定されると悲しいものである。

 はて、俺は感情表現に乏しいのだろうか。

 

 

「乏しいってもんじゃないよ。ゼロだよゼロ。能面だってもうちょっと人間的な温かみがあるって」

「比較対象に能面が選ばれるレベル?」

「これでも手加減したほうだからね」

「表現にも加減が欲しかった」

「痛みがなくちゃ、わからないこともあるから」

 

 

 そんな悪戯盛りの子供みたいな。

 俺は憤懣(ふんまん)やるかたない思いだった。

 

 

「じゃあ上映も終わったし、そろそろ出よっか」

「お土産とか見ていく?」

「いいね! 宇宙の感覚が薄れないうちにウィンドウショッピングと行こうぜー!」

 

 

 岬はシートから立ち上がると駆け出していく。

 腕に絡みついた吻はそのままだから、自然と俺も引かれて。

 笑顔を浮かべているのだろうな、とありありと想像できる彼女の姿は、つい数時間前まで沈み込んでいた者と同一人物だとは思えなかった。

 

 

 出口をくぐるとガラス張りのスーベニアショップに繋がっていて、まだ星の残滓を漂わせている人々が、口元に笑みを作りながらお土産を眺めている。

 日差しが視界に眩しい。

 岬に連れられて棚から棚へ移動する俺は、まさしく休日の父親のようだった。

 

 

「見て見て、土星の形をした鏡だよ」

「カッシーニの間隙(かんげき)まで再現してるんだ」

「普段使いには不便そうだねぇ」

「お土産は便利さとか重要じゃないから」

「たしかに」

 

 

 からからと岬は喉を鳴らして、「あ、これ可愛い!」と次々に目移りする。

 スノードームに数多の星が散らばっているのを観察しながら、彼女はこちらに振り返ってきた。

 

 

「これ一緒に買おうよ」

「……まあ、サイズもほどほどだしね」

「うん。邪魔にはならないよ」

 

 

 岬は金欠に喘いでいるので、購入するのは俺の役目。

 申し訳なさそうに背後に隠れる彼女の体温を感じつつ、俺は店員さんから包装されたスノードームを受け取ったのであった。

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