【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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早すぎる再会

 図書室でゆっくり本でも読もうと思っていたら、ばったりとジガバチと遭遇してしまった。

 蜾蠃(すがる)少女(おとめ)と表現するにしても細すぎる腰に、見る者のSAN値を削る外骨格。

 生産者の顔がわかる農産物のごとく、安心感を与える偽りなき外見だ。いや安心感は覚えないか。

 

 

 さりげなく回れ右して帰ろうとする。

 しかし背後から話しかけられてしまった。

 

 

「なんですか、人を見るなり帰ろうとしちゃって」

「急用を思い出して」

「それで騙せるの、人間の醜さを知らないホムンクルスくらいですよ」

 

 

 とりあえず座ってください。

 なんて自分が図書室の主であるとでも言うように、逆瀬川美穂は椅子を引いて俺を引き寄せた。

 

 

 昆虫に対して暴行罪は成立するのだろうか、とくだらないことを考えつつ、おとなしく腰を下ろす。 

 

 

「何かあったんですか?」

「なんで?」

「今日の曜くん、悲しそうですから」

「鉄仮面を自負していたんだけどな」

「意外と表情に出てますよ?」

 

 

 指摘され、思わず顔に手を伸ばした。

 さりとて何か変化が読み取れるはずもなく。

 美穂の複眼を眺めてため息をついた。

 

 

「アイドルってどう思う?」

「布教ですか」

「そんな不興を買いそうなことしないよ」

 

 

 唐突な質問にもかかわらず、彼女は脚を口元のあたりに持っていき、「ふむ」と考え込む。

 

 

「……可能性の低いことですが、もしや曜くんがアイドルを好きになったということはありますか? いえ、ありえな——」

「その通り」

「ええっ!?」

 

 

 なぜそこまで驚くのだろう。

 俺は純朴な少年のように首を傾げた。

 

 

「世間の流行に対し『はっバッカじゃねーの』と冷笑していそうな曜くんが!?」

「俺のことなんだと思ってんの?」

「ヤード・ポンド法が好きそうな逆張り厨です」

「ずいぶんな発言だな」

「いたたたたたた」

 

 

 一切の躊躇なくジガバチの顔を掴みに行く。

 新聞紙をくしゃくしゃにすることで鍛え上げた握力が、いかんなく威力を発揮して彼女を攻め立てた。

 ついに美穂は白旗を挙げ、降参ですと両脚をあげる。

 

 

「……それにしても、本当にアイドルが好きになったんですか?」

「正確にはアイドル全体じゃなくて個人をね」

「ガチ恋的な?」

「友達みたいなものかな」

「重症ですね……」

 

 

 より高いステージに行くと後方彼氏面し始めるんですよ、と有識者のように彼女は語った。時代が時代なら打ち首になっても文句言えないぞ。

 

 

 失礼千万な美穂は、腕を組んで質問を投げかけてくる。

 

 

「それで厄介オタクの曜くんは、いったい何があって悲しげなんですか?」

「なんてことないんだけど……もう会えない場所に行っちゃってね」

「死後の——」

「画面の向こう」

「ぶん殴りますよ」

 

 

 声が空気を震わせると同時に飛んでくる拳。

 まあ曲がりなりにも女子なので、頬に当たった攻撃は「ぽてっ」という音を立てるのみで終わった。

 彼女の脚を掴んで元の位置に戻すと、

 

 

「だから、くだらない悩みなんだって。麻疹みたいなもんだよ」

「そうですか……」

 

 

 宙に視線を彷徨わせながら、美穂は困ったように笑う。

 

 

「でも、本当に悩んでいたら言ってくださいね。私でよければ、いくらでも力になりますから」

「その時は頼るよ」

「はい。待ってます」

 

 

 そうこうしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 本を読みに来たのに結局は美穂と話していただけだ。

 別に嫌ではないけれども、普通の男子高校生として休み時間に昆虫とお話してるのはどうなんだろう。

 下手すると偉人の幼少期エピソードみたいになってしまうぞ。

 

 

 しかし美穂と話したことで肩の力が抜けたのか、こういうときに鋭い菜々花にバレることはなく、無事に放課後を迎えることができた。

 軽い鞄を背負って帰宅する。

 道の白線のみを踏んで歩き、しばしの暇つぶしをしていると——。

 

 

「……岬?」

 

 

 斜陽の影に包まれて輪郭は定かでないが、電柱の後ろでしゃがみこんでいるのは西塔岬ではないだろうか。

 けれども俺と彼女は昨日決別したはず。

 それなのに、どうして岬が家の前にいるのだ。

 

 

 動揺に足元が不安定になってしまい、白線を踏み外すと同時に転びかける。

 反射的に足を出すが、コンクリートに強く打ち付けられた靴は、存外に大きな音を反響させた。

 

 

「…………」

 

 

 岬はのっそりと顔を上げ、こちらを視認するとバッと立ち上がる。

 

 

「曜っ!」

「……なんでここにいるの?」

「私が見えるんだね!?」

「は?」

 

 

 吻を荒ぶらせて飛びかかってきた。

 久しぶりのご主人に突撃する大型犬のようだ。

 闇の妹で慣れている俺は、くるりと回転することで衝撃をいなす。

 

 

「ずいぶんと激しいハグだね」

「あっ……ごめん」

 

 

 抱きついてから自分が何をしでかしたのか理解したように、岬はいつもより身体を赤くして飛び退った。

 乙女らしく純情な瞳——彼女に眼球は付属していないが——を揺らし、こちらに視線を寄こす。

 

 

「でも、私……不安で」

「不安?」

「誰も気づいてくれないの。私を、見てくれないの」

「家出したから怒られたってこと?」

「違う」

 

 

 今にも泣きだしそうな雰囲気で、岬は喉を震わせた。

 

 

「私、見えなくなったみたいなの……!」

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