【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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ファンタジーのいざない

 見えなくなった。

 そんなことを言われても、岬は目の前にいる。

 何を抜かしているんだと俺が首を傾げていると、シリアスな空気をまとった彼女は自身に起きたことを説明し始めた。

 

 

「曜のおかげで……私はアイドルに戻る覚悟が決まった」

「うん」

「でも、マネージャーに『ごめんなさい』を言おうと思ったのに、反応してくれなかったんだよ」

「存在に気がつかなかっただけじゃなくて?」

「眼前で踊り狂う美少女に気づかないんだったら、たぶん人間に向いてないよ」

 

 

 ヒモムシはアイドルに向いていないと思うが、軽口を叩ける雰囲気ではないので湧いた言葉を呑み込んだ。

 岬の動揺からして彼女の説明はおそらく本当なのだろう。

 これで「全部嘘でした」などと言われたら、俺は人間不信になるぞ。

 

 

「…………」

 

 

 マネージャーが岬を認識できなくなった。

 以前に似たようなことを聞いたことがあるような。

 それも画面越しとか遠いものではなく、非常に近しい——それこそ血縁者が放っていた文言じゃなかったか?

 

 

 首を捻って宙を見つめる。

 過去の記憶を視線でなぞるように思い返すと、今にも喉から出かかっているがごとき違和感を覚えた。

 まるで魚の小骨だ。引っかかっているのに、出てこない。

 

 

「ええと……なんだっけ……」

 

 

 腕を組んで頭を悩ませる。

 本当にすぐそこまで来ているのだが。

 何かきっかけでもあれば簡単に思い出せそう——。

 と考えていると、玄関の扉が開いた。俺と岬はそちらを見やる。

 

 

「あ、お兄ちゃん……と岬さん。おかえり」

「思い出した」

「へ?」

 

 

 妹が呆けた声を上げた。

 そうだ、そうだった。

 彼女は俺以外の人間には見えない。岬が言っていた現象と非常によく似た特性ではないか。

 もしや妹にアイドル消失事件を解決する鍵があるのではないかと、岬を玄関先で待たせて事情聴取をおこなう。

 

 

「質問があるんだけど」

「何?」

「君以外にも普通の人間には認識されない存在っているの?」

「影が薄い日陰者って意味? 化け物的な意味?」

「後者」

「うーん……」

 

 

 闇の触手をくねらせて、妹は悩ましげに口を開いた。

 

 

「難しいね」

「難しい?」

「自分以外のそういう人は、一人しか知らないから」

「少なくとも一人は例があるってことだね?」

「そう表現することもできるよ」

 

 

 もう一つの例は気になるところだけれども、今は知的好奇心を満たすよりも優先するべきことがある。

 俺は質問内容を脳内でリストアップし、順に彼女へ尋ねていった。

 

 

「人間に認識されなくなる条件ってあるの?」

「私が聞いたことあるのは……より向こう側に近づくこと」

「向こう側……?」

「うん。自分のことを向こうの世界の住人だと、意識的にせよ無意識的にせよ認めるのが必要」

 

 

 向こうの世界だなんだと意味のわからない専門用語が出てきやがる。

 しかし前にも妹は同じようなことを言っていた。

 化け物と人間は住む世界はミルフィーユのように重なっている。非常に近いところにあるのだが、別々の領域。だから妹は人間に認識されないのだと。

 

 

 予想が合っているのかは不明だけれど、岬はその「化け物側」に近づいてしまったのではないだろうか。

 彼女は自分の身体がヒモムシになる夢を見ていた。それが異変の前兆だったのだろう。

 

 

「……認識されない状態を解除する方法は?」

「うぅん、たぶん人間だっていう自覚を強くすればいいんじゃないかな」

「それって君にも適用できるの」

「無理だね。私はちょっと特殊だから」

 

 

 ずいぶんとぼかした言い方だったから意図を探ろうとしたのだが、妹は深入りしてほしくなさそうな態度だったので俺は自重した。

 代わりに頭を掻いてため息をつく。

 

 

「ファンタジーに片足突っ込んでるな……」

「今更じゃない?」

「そりゃ動く肉塊とかあったけれども」

 

 

 現に目の前には形状変化可能な闇がいるのだ。

 これでファンタジーとかありえません、なんて言ったらぶん殴られても文句は吐けないだろう。

 

 

 けれども現実感の乏しい話に疲れてしまったのは事実で、俺はソファに腰を下ろして背もたれに沈み込んだ。

 

 

「あ」

 

 

 その時、玄関先に岬を待たせていることを思い出す。

 デートの場面に関わらず乙女を待たせるのはご法度だと雪花に教えられたことがあるので、慌ててリビングを飛び出した。

 扉を開けるとつまらなそうに岬が突っ立っている。

 こちらの存在を捉えると、「遅いよ」と唇を尖らせた。

 

 

「泣いてる女の子を放置するなんて、それじゃモテないよ」

「泣いてる女の子がどこにいるの?」

「目の前!」

 

 

 ぷんすこ、と吻を絡みつけられる。

 これが引っ付いてくるたびに被食者の気分になるから控えてほしいのだが、人との関わりに特別飢えていそうな今の状況では、厳しい言葉をかける気にはならなかった。

 

 

 謝罪代わりに完璧なエスコートを披露し、岬をリビングに案内する。

 

 

「決別したはずだったんだけどね」

「早すぎる帰宅だね」

「帰宅って自分の家に帰るって意味だよ? もしかして曜、私のことを家族にしたいと思ってるの? やだ大胆」

「揚げ足取りの名人だね。唐揚げとか好きそう」

 

 

 くだらないやり取りをして、空気が少し軽くなった。

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