【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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ホッとする

 疲れているだろうから岬をソファに座らせて、妹に視線を送る。

 しかし彼女はアイコンタクトの意味が理解できなかったようで、頭の上にはてなマークを浮かべながら、首のあたりを傾げた。

 

 

 岬が「向こう側」とやらに近づいてしまったのであれば、妹から見ても化け物の姿として認識できるかと思ったのだが、この反応からするに彼女には人間として見えているらしい。

 

 

「……まあいい」

 

 

 ならば取り返しのつかない状態ではないということだろう。

 正体がヒモムシな時点で手遅れと表現することが最適なのは置いておき、化け物への変遷が可逆的なのかどうかも重要だ。

 なんらかの手段で化け物フォルムから美少女フォルムへと進化——個人の趣味によっては退化——できるのであれば、俺の視界にも光が差すかもしれない。

 

 

 ちょうど妹は夕飯の準備をしてくれており、味噌汁のよい香りが鼻腔を刺激した。

 岬の様子からずっと家の前にいたのではないかと予想していたが、どうやら正解だったようで、ぐううううと雑巾を絞ったような腹の音が聞こえてくる。

 振り向くと彼女の顔(?)は真っ赤。

 乙女の純情らしきものを発揮して、言い訳がましい抵抗を繰り出した。

 

 

「わ、私じゃないよ」

「岬以外に誰がいるの」

「妹さんとか……」

「そうなの?」

「味見とかしてるから、あんまりお腹は空いてないんだよねぇ」

「こう言ってるけど」

「無意識って怖いよね」

 

 

 どこまで行っても認めるつもりはないらしい。

 その覚悟あっぱれ、と俺は武士の情けに免じて目をつむることにした。

 元よりさほどの興味はなかったけれど。

 

 

「…………」

 

 

 アイドルと一緒に食卓を囲んでいるという情報だけを聞いたら、もしかすると非日常なラブコメ空間だと勘違いする人間もいるかもしれない。ところが現実に存在するのは紐型動物門なサイケデリック芋虫だ。非日常という点においてのみ正解であり、その他の点においては完膚なきまでに間違っている。

 

 

「はあ……ホッとする」

 

 

 味噌汁をすすって岬はため息をついた。

 周囲に漂っていた微弱な緊張が、するりと抜けていくのが見える。

 

 

 ヒモムシは捕食シーンだけでなく身の危険を感じたときにも吻を展開するから、逆説的に吻を展開していない今は、ゆったりとリラックスできているということだろう。彼女が吻をにょろにょろさせていないのは初めて見た。マネージャーに認識されなかった……なんて極度の緊張からの落差が、それを促したのだろうか。

 

 

 いずれにせよ、この家が落ち着ける場所だと思われていることは事実だ。奇妙なことに俺は嬉しさを覚えていた。本当に少しだけだが。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 食事を終え皿をシンクに置く。

 普段はすぐに洗っているのだけれど、さすがに迷子レベル100みたいな客人を放置して、家事に勤しむ気にはならない。

 振り返ると食卓に岬の姿はなかった。

 代わりにソファに腰を下ろしている。所在なさげに。

 

 

「話をしよう」

「スリーサイズは公式サイトを見てね」

「冗談を言えるくらいの元気はあるんだ」

「……曜のおかげで、ちょっぴり復活」

 

 

 玄関前で会ったときよりだいぶいい。

 俺は彼女の隣に座ると、膝に肘をついた。

 

 

「実は妹も岬と似たような症状に襲われたことがあったんだ」

「えっ」

「だから解決方法もわかる……かもしれない」

「教えて!」

 

 

 がばっと距離を詰められる。

 具体的には胸のあたりに顔が寄せられた。

 普通ならこちらが赤面するべきシチュエーション。 

 されど目の前にあるのはデストラクション。

 俺は今まさにディプレッション。

 いぇあ。

 

 

 さりげなく近づきすぎた距離を調整して——別に異性との接近に恥ずかしさを覚えたわけではない。断じてない——ごほんと咳払いする。

 

 

「自分が〝人間〟だと強く認識するんだって」

「人間……? 当たり前じゃん」

「でも今の岬は確信できないでしょ」

「そっか」

 

 

 何か心当たりにぶち当たったとでも言いたげな顔で、彼女は呟いた。

 

 

「あの夢か」

「原因はそれくらいしか考えつかない」

「曜が励ましてくれたから、吹っ切れたと思ったんだけどな」

「トラウマみたいなものでしょ。簡単に克服できるものじゃないよ」

 

 

 トラウマ——しかも自分の姿が化け物のそれになっているなんて想像もつかない地獄であるが、岬には乗り越えてもらわなければならない。さもなければ一生透明人間コースだ。透明人間になって喜びを感じるやつもいるだろうが、無期限営業中となると話は別。誰しも絶望すること請け合いである。

 

 

 さりとて「頑張れ」など容易に口にするのは憚られた。

 責任感の強い彼女だ。すでに相当な努力を重ねているだろうし、だからこそ耐え切れなくなって爆発したのだ。家出という形で。

 これ以上夢から逃れるために何かしろと言うのも、部外者だから遠慮なくできるだけで、岬の心情を慮れば躊躇われる。

 

 

「……人間、か」

 

 

 彼女は重苦しく囁いた。

 人間だと強く認識。

 言葉にすればそれだけだが、さてどうするかと聞かれると難しい。

 自分が人間でないと思っている者はいないだろう。いたとしたら重度の中二病か、はたまた宇宙人かである。

 

 

 しばらく考え込んだのち、岬はバッと顔を上げた。

 

 

「バンジージャンプしよう」

「は?」

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