【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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断れない人

 街角でばったりマウンテンゴリラにでも遭遇したかのように、俺は困惑した声と表情で首を傾げる。

 いったいこやつは何を言っているのだろうか。

 バンジージャンプの起源はある部族の通過儀礼だというが、イニシエーションを人間全体の定義に使う暴挙は犯すまい。

 

 

「ほら、死に近い状況でこそ、生を実感するって言うじゃん」

「百歩譲ってそれがバンジージャンプの理由だとして、俺までする必要ある?」

「一人じゃ怖いの……駄目?」

「やだよ」

 

 

 きゅるんきゅるんと美少女面して、岬は潤んだ眼差しらしきものを向けてきた。

 当然彼女には眼球など装備されていないので、実際に向けられているのは、死など生ぬるい地獄のような光景のみ。

 つまりヒモムシパラダイスである。

 

 

 俺が一切の迷いなく岬のお願いを断ってやると、「むぅ」なんて可愛らしく頬のあたりを膨らませ、吻をぶわりと絡みつけてきた。

 

 

「お願い」

「……人間諦めが肝心らしいよ」

「今の私は人間じゃないもーん。曜が人間にしてくれると嬉しいな?」

「どうやら性根は悪魔らしいね」

「きゃっ小悪魔だなんて照れる」

「話が通じないな……」

 

 

 見た目通り話が通じる相手ではなかったらしい。クトゥルフの世界から飛び出してきたと言われても信じられる外見だ、もはや普通の人間を相手していると——化け物を普通の人間にカテゴライズするかどうかは個人の裁量による——錯覚していた俺のほうが間違っていたのかもしれない。

 

 

「曜がいてくれたら私、なんでもできる気がするの」

「じゃあ一緒についていってあげるから、一人でバンジージャンプもできるよね?」

「それとこれとは話が違う」

「都合のいいことを抜かしよる」

「都合のいい女ァ!?」

「水の底にでもいる?」

「曜の返答次第では、声を失って泡になっちゃうかも」

 

 

 位置関係が地上と水の中でないと納得できない難聴だ。

 あるいは不安の感情を誤魔化そうと必死になっているのかもしれないが、いずれにせよバンジージャンプから逃れるのは困難を極めそう。

 数十秒ほどたっぷりと嘆息して、俺はしぶしぶ口を開いた。

 

 

「……わかったよ」

「私と一緒に飛んでくれるって解釈でいいかな」

「お好きにどうぞ」

 

 

 鏡で自分の姿を確認したら、五歳くらい老けているのではないだろうか。

 

 

「やったあ。明日の予定は空けておいてね」

「残念ながら休日は常に暇なんだ」

「……だったら、これからは私がずっと予約しちゃおうかな」

 

 

 脳を介さないやり取りを続け、夜の帳が外を完全に暗くした頃。

 時計の音がやけに大きく響くと思ったら、いつの間にか岬はソファで寝息を立てていた。

 きっと泣きつかれたのだろう。押し入れからダウンケットを取り出して、すやすや眠る彼女にかける。

 

 

「まるでお嫁さんだね」

 

 

 妹が茶化すように触手を振った。

 器用にもハートマークなんて作って。

 反応したら腹の立つ追撃を食らいそうなので、黙ってリビングを後にする。

 

 

「ちょ、冗談だって」

「わかってるよ」

「ならどうして部屋に戻ろうとしてるのさ」

「俺も眠い」

 

 

 勘違いされているようなのだが、俺は完全無欠の一般人である。スーパーコンピューターでも処理するのに時間がかかりそうな情報量をぶつけられて、平然としていられるほど強くはないのだ。

 おかげで頭が重たい。さながら実った稲穂。実るほど頭を垂れる稲穂かな。それは意味が違うけれど。

 

 

「……なら私も寝ようかな」

「寝る必要あるの?」

「必要か必要じゃないかで言ったら難しいところだけど、睡眠欲自体は存在するからね」

「へえ」

 

 

 普段であれば知的好奇心を刺激されるかもしれない発言だったが、今は眠くて眠くて仕方がない。

 適当に脳の収納スペースに放り込んで階段を上っていく。

 自室にたどり着くと、一目散にベッドに飛び込んだ。

 

 

「……あー、お風呂入らないと」

 

 

 しかし身体が重い。

 陸に打ち上げられた魚のように抵抗してみるが、まぶたが重くて持ち上がらなくなっていく。

 

 

「…………」

 

 

 意識が遠のいていくのを感じながら、俺はついに暗闇に落ちていった。

 

 

     ◇

 

 

 ちゅんちゅんと鳥が鳴いている。

 虹彩だけを動かして窓を見ると、遮光カーテンの向こうから光が溢れていた。

 朝は憂鬱なものだ。その日のスケジュールに消極的な自殺が含まれているなら、ブルーな気分もひとしお。

 

 

「……バンジージャンプか」

 

 

 遺書でも書いておこうかな。

 コップに入った水を一息で飲み干して、俺は布団から抜け出した。

 机に臨んでシャープペンシルを握るがどうにも気持ちが乗らない。

 やはり0.5自殺くらいの通過儀礼が、頭を支配して離れないのだ。

 

 

 ため息をつきながら着替える。

 雪花に選んでもらった一張羅を死に装束にするのは申し訳ないが、もしかするとゾンビにとっては名誉なことかもしれない。

 

 

 姿見で自分の格好を確認したら、ずいぶんと憔悴した表情をしていた。まるでこれから戦場へ赴く兵士のようだ。あながち間違っていない。

 

 

 幸運にも雨が降っていないかしら。 

 なんて期待してカーテンを開くと、憎いまでの快晴。

 絶好のバンジー日和ですね。バンジー日和ってなんだよ。

 

 

「下に行くか……」

 

 

 諦めてリビングに足を運んだ。

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