【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
ぎしぎしと音を立てる階段が不吉だ。
出てくるのが幽霊なら可愛いものだが、敵はバンジージャンプ。
どこまでも現実的な恐怖を与えてくる。
リビングを覗くと、すでに準備万端といった様子の岬が、サングラスを怪しく光らせていた。
「お寝坊さんだね」
「まだ午前八時だぞ」
「私は毎日五時には起きてるから」
「自分にできることは他人にもできるって思いこんで、部下を潰すタイプのパワハラしてそう」
どうにも元気いっぱい。
ここまで生命力に満ち満ちているのであれば、別にバンジージャンプをして死とハイタッチしなくてもいいのではないだろうか。
俺は至極まっとうな疑問を持ったが、変なところで勘が鋭い妹に窘められる。
「期待させておいて、直前で『やっぱやめた』は最低だよ」
「まるで俺が加害者みたいな言い方はやめてくれないか」
「乙女の純情を弄ぶのは加害者だよ。クズだよ」
「乙女の純情とやらで脅されてたら、それは被害者と呼んで差し支えないのでは?」
「乙女は治外法権だからね」
無敵が過ぎる。ゲームに存在したら即座にナーフされるだろ。
妹は「やれやれ」とでも言いたげに触手を揺らした。
「お兄ちゃんは意気地なしだね」
「ヘタレみたいな表現には納得しかねる」
「アイドルな岬さんとのお出かけにビビってるんじゃないの~?」
基本的にアイドルという形容詞は一般人との距離を乖離させるものであるが、それ以前にヒモムシ要素が強すぎて、誤差にしかならない。
ゆえに「ビビる」なんて反応が期待されるとすれば、名前などの付加価値は関係なく見た目が原因だろう。
ぐだぐだ文句を言っていても、現実は不条理だ。
強制連行された俺は玄関で靴を履かされる。
赤ちゃんかな? ばぶーばぶー行きたくないおぎゃあ。
「……はあ」
悲しいことに空は透き通るような晴天だった。
自分の感情とは裏腹に、道を歩く人々は楽しげ。
戦場に取り残された兵士のごとき面立ちで、俺は岬と一緒に駅へ向かっていく。
「顔が死んでるよ」
「これから身体も死ぬからね」
「バンジージャンプの死亡率は五十万回に一回らしいから」
「どれだけ可能性が低くても、ゼロじゃないなら俺はそれに賭けるよ」
「絶望に立ち向かう主人公みたいな台詞だぁ」
きゃっきゃっ、と彼女は手を打った。
何やらテンションが高いような気がする。
いいことでもあったのだろうか。
「機嫌よさそうだね」
「曜とお出かけしてるから、かな?」
「へえ」
「質問しといて興味なさげな反応」
モテないでしょ、そんなんじゃ。
岬は知識人ぶって鼻を鳴らした。
「…………」
別に俺はモテないわけではない。異性との交流は結構あるんだぞ。と抵抗してみようとしたが、考えてみれば相手は化け物しかいない。「異性との交流」というよりも「異星との交流」と表現したほうが適切かもしれない。
黙りこくったこちらを見て、彼女は自らの指摘が的を射たと思ったのだろう。自慢げに胸を張って距離を詰めてきた。
「だから、曜の相手できるのなんて、私くらいなんだよ?」
「ありがたきお言葉」
「そうやって誤魔化す癖、腹立たしいなぁ」
つんつんと頬を突かれる。
差し込まれた吻を掴んで、俺は岬に顔を近づけた。
「……じゃあ、誤魔化さない方がいい?」
「ひぅ」
「冗談だよ」
以前に恋愛映画で見た仕草を真似してみたのだが、メディアに採用されるくらいだから、攻撃力は高いらしい。岬は何も言わずに沈黙してしまった。二人で歩いているのではなく、一人と一人。
相手がヒモムシでなければ、ふざけてこんなことはできない。
人間だったらドキドキして口も開けないかも。
そう考えると相手が化け物なことにもメリットが? ねぇよ。
「…………」
「…………」
俺の無思慮な行動は意外と深い爪痕を残したようで、駅にたどり着くまで岬は一言も喋らなかった。
あまりにもキモかったのだろうか。たしかに振り返ってみると、顔から火が出そうなほど気色悪い。
人生の黒歴史がまた一ページ埋まった。
ここいらでちょいと自殺したいので、ホームセンターでも目指そうかな。
「……曜」
「ん」
「曜もテンション上がってるよね」
「そうかな」
「普段だったら、絶対にあんなことしないもん」
言われたら頷かざるを得ない。
あの時の俺はどうかしてた。
「それって曜も、私とのお出かけを楽しいと感じてるの?」
「楽しくなかったら出かけないでしょ」
「……それはそうだけど」
まだまだ短い付き合いであるが、彼女の人となりは一応理解したつもりだ。このバンジージャンプだって、こちらが本気で嫌がっているならば、決して強要してこなかっただろう。
俺だって楽しさは感じているのだ。
「……じゃあ、そういうことで」
「ん」
「変な空気は忘れようか」
「合点承知の助」
バンジージャンプができるという場所までの切符を買う。
二人そろって改札を通り、プラットホームへ足を運んだ。
休日ということもあり構内には多くの人が詰めかけていた。テーマパークへ行くのだろう格好をした者や、部活動に精を出す学生。
「私たちって、周りからはどう見えてるのかな」
「海洋学者とヒモムシ」
「何それ!?」