【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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I CAN FLY

 二時間ちょっと電車に揺られ、ついにたどり着いた山岳地帯。

 同じ駅で降りた人々は間違いなくバンジージャンプを目的としているのだろう。紅潮した頬は、これから始まる恐怖体験に色づいているようだ。

 かくいう俺は全力で逃げ出したい思い。

 絡みつく吻が邪魔だ。

 

 

「曜って絶叫系のアトラクション苦手だっけ?」

「むしろ好きな部類」

「なんでバンジージャンプはそんなに嫌がるの?」

「死にそうだから」

「飛び降り自殺とは別物だよ。命綱あるからね」

「結果が違くても過程が同じだったら、意味ないでしょ」

 

 

 過程と結果のどちらが重要かは議論の余地があるが、ことバンジージャンプに限っては過程のほうが大事だろう。

 あまりに曇りなき眼に得心がいったか、岬はさらに身体を押し付けてきた。何事?

 

 

「大丈夫、私が付いてるからね」

「君が憑いてるからこんなことになったんだけど」

「一緒に落ちてあげるから」

「多分同時には落ちられないよ」

 

 

 人通りの多い坂道を登って行って、やがて渓谷にたどり着く。

 下には轟轟と川が流れていた。

 誤って足を踏み外せば命はない。

 ひゅるりと肝が冷える。

 

 

 山と山との間に掛けられた橋から、本質的自殺志願者たちが身を投げ出していく。

 興奮に染まった声が反響し、やまびことなって水流に飲み込まれた。

 あの紐が切れたらどうなるのだろうか。少なくとも魚に餌を与える羽目になるのは間違いないだろう。

 

 

「……意外と高いね」

「直前になってビビったの?」

「は、はぁ!? ビビッてないけど!?」

「声が震えてるよ」

「橋の揺れが声帯に伝わってるだけだから!」

「誤魔化し方が厳しい」

 

 

 かたかたと震える吻。

 安心させるように握る力を強くして、俺は列の最後尾に付けた。

 

 

 岬は「バンジージャンプがやりたいからやる」のではなく、あくまでも「人間であることを確信する」ために飛ぶのだ。

 生を実感するのは死の間際だとかなんとか言っているが、やはり怖いものは怖いらしい。列が短くなるにつれて発言が少なくなっていく。

 

 

 対する俺はあまり恐怖が酷くなることはなかった。

 というよりも、事前に怯えを用意しすぎてしまったせいで、いざ本番となって弾切れ感が否めない。

 隣に自分以上の不安を醸し出す存在するのも大きいだろう。赤子をあやすベビーシッターのごとき趣で、消極的自殺を待った。

 

 

「……はい、次の方どうぞ」

 

 

 インストラクターが気をつけるべきことを説明してくれる。

 ちらりと横を眺めると、岬の口から魂が漏れ出ていた。

 小突いて意識を取り戻させる。理解不足で何か不測の事態が起こったとして、すでに落ちている状況じゃ俺にはどうにもできないから。

 

 

「——はっ」

「おはよう」

「あと五分くらい寝ててもいいかな?」

「最悪目覚めるのが天国になるけど、それでいい?」

「曜が一緒に来てくれるならいいよ」

「月に一度は花を手向ける」

「じゃあ嫌かな」

 

 

 岬はインストラクターの話に集中しはじめ、おそらく問題ないだろうと俺はため息をついた。

 

 

「ドキドキするね」

 

 

 装備を纏った彼女は、自分の姿を確認するように上体を捻る。

 こちらの視点では服がない状態でそんなことをしているものだから、端的に表現すると馬鹿っぽい。

 生暖かい視線に気づいたか、岬はじとりと近づいてきた。

 

 

「何か侮辱されたような」

「気のせいじゃない?」

「意外と曜ってお茶目だよね」

「自覚はないけど」

 

 

 俺がお茶目だと形容されるとすれば、岬などユーモアに満ち溢れていることになるが。主に外見の観点で。

 まもなくバンジージャンプをするヒモムシなど、面白くて仕方がない。

 どっちが命綱か不明である。

 

 

 くだらない雑談をしていると、とうとう俺たちが飛ぶ番がやってきた。

 立ち位置的に岬が先。

 彼女はそっと下を覗き込むと、しゃがみこんで声を漏らす。

 

 

「えっ……こわ……」

「やる気、元気、勇気だよ」

「他人事だからって簡単に言いやがってぇ……」

「俺もすぐに逝くから」

「私は死ぬ気ないけどね?」

 

 

 ぐずる子供のような振る舞いだから、抱きしめたら安心するかしら。

 なんて思って岬を抱擁した。

 

 

「……? ……!?」

 

 

 何やら言いたげな抵抗をされる。

 けれども本気で振りほどく気はないようで、十秒ほどすると向こうからも、か弱いハグがなされた。

 インストラクターの女性から、いやに温かい視線が向けられる。

 

 

「ふふ、お熱いですね」

「いやぁ普段通りですから……」

 

 

 そこまで言って違和感。

 岬は誰にも見えなくなってしまったのではないか?

 ではなぜ、普通に会話が成立したのだ?

 

 

「ねぇ、岬——」

 

 

 距離を取った彼女に声をかけようとするが、覚悟を決めた岬は数センチほどの跳躍と共に、橋の下へ落ちていってしまった。

 

 

「わあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 段々小さくなる悲鳴。

 ドップラー効果によって断末魔は低くなっていく。

 さながらギャグ漫画のワンシーンだ。

 

 

「……ま、いいか」

 

 

 俺はヘルメットの位置を調整した。

 違和感は後で確認すればいい。

 今は目の前の危機を乗り越えよう。

 

 

 真下には轟轟と流れる渓流。

 ふらりと血が頭から逃げる。

 

 

「アイ、キャン、フライ」

 

 

 まったく心にも思っていないこと言いながら、橋から飛び降りた。

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