【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「じゃあ曜がマネージャーになってくれればいいんじゃない」
「は?」
ファンタジーすぎる要素はぼかしながら、「俺が傍にいれば見えるようになるらしい」と岬に説明したところ、彼女はあっけらかんと言った。
思わず困惑の声を漏らしてしまう。
いったい何を言っているのだろうか。
「だって曜が近くにいればいいんでしょ」
「多分」
「認識されなくて困るのって仕事中だし、仕事中に近くにいて自然なのって、やっぱりマネージャーじゃない?」
「じゃない? って言われても……」
普通の男子高校生にそんなこと判断できようはずもない。アイドルと関わる機会なんてないし——今はなんの偶然か居候しているけれども——漫画やゲームを情報源にせざるを得ないのだ。
答える言葉が見つからず困っていると、岬は苦笑のような音を鳴らして、それとはなしに吻を揺らす。
「曜が嫌なら大丈夫なんだけど……バイト代も出るよ?」
「まぁ、バイトはしてないから、スケジュール的には問題ないんだけど」
「やった」
「でも男子高校生がマネージャーってのは」
「そこは私が頼み込んでみるよ。これでも会社の稼ぎ頭だからね、平身低頭でお願いしたら通る……ような気がしないこともない」
漠然としすぎていて、もはや絵に描いた餅にすらなれない計画を、彼女は自信満々に語った。
あるいは自信がなくて、気丈に振る舞っているだけなのかもしれない。
障害を取り除ける可能性が出現したのに、その手段が実現しない場合もあり得るのだ。並みの胆力でない岬でも参るだろう。
「兵は拙速を尊ぶって言うよね」
「まさか」
「今からマネージャーのところに行こう」
「もう遅いし」
「家出をかましてから一週間くらい経過しそうなんだよ」
「なるべく早いほうがいいね……」
「でしょ?」
弁舌には多少の覚えがあったのだけれども、まさか岬に論破されてしまうとは思わなかった。
制服のまま腕を引かれ、玄関の扉を潜る。
辺りはすっかり暗くなっていた。
夜に外出すると何故かテンションが上がる。こんな状況なのにもかかわらず不謹慎なことだが、俺は少し心が躍っていた。
「…………」
「…………」
腕に吻が絡みついたまま街を歩く。
今の岬は変装をしていない。
認識されない状態でここまでやってきたのだから当然なのだが、やはり彼女は有名人だった。
ちらちらと視線を向けられては、「ねぇあれって……」「たしか行方不明になってたんじゃ……」など声が耳に飛び込んでくる。
「大騒ぎになるんじゃない」
「家出してる時点で、ネットニュースの主人公だよ」
「それはそう」
澄ました顔——なのだろうか——で岬は笑う。
駅までたどり着き、帰宅ラッシュにぶち当たってしまったのだろう、密度の高い構内を抜けて、満員電車と呼ぶにはゆとりのある、されど身動きは取りづらい電車に乗り込んだ。
岬を窓際に立たせ、俺は彼女を守るように腕を突く。
ちょうど両手で壁ドンをしているような格好だ。
人の群れがそうさせたのだが、妙な気恥ずかしさを覚える。
相手は化け物だから気にする必要はないはずなのに。
「もしかして曜、照れてるの?」
「岬は余裕なの?」
「……ちょっとドギマギしてるかも」
「ちなみに俺は余裕綽々」
「腹立つなぁもう!」
ぽこりと腹を殴られた。痛みはない。手加減してくれたようだ。
「…………」
「…………」
上手く噛み砕けないもどかしい空気が形成されて、俺たちは向かい合っているはずなのに、お互い目線を逸らして電車の振動を感じていた。
時折大きな揺れが来る。
たまたま重心をかけていた位置が悪かったようで、よろりと体勢を崩してしまい、岬との距離が限りなく近くなった。
いわゆるハグの兄弟のような。
彼女は口をぱくぱくさせる。
「一応言っておくんだけど、わざとじゃないよ」
「……分かってる」
「よかった」
「それはさておき、純情な乙女の心を弄んだ罰は受けるべきだよね?」
「無罪です」
「過失だよ」
あまりに被疑者側が不利な裁判だったものだから、上告も辞さない構えで徹底抗戦だと気合を入れたが、岬はこちらの首筋に吻を「つつつ」と滑らせる。
背筋に氷柱でも突っ込まれた心地。
腕を眺めると鳥肌が立っていた。
「被告に判決を言い渡す」
「異議あり」
「棄却します。……連絡先交換しよ?」
「え」
「私たち、お互いの連絡先知らないじゃん」
言われて気がついた。
俺のスマホには彼女のアドレスが入っていない。
結構な関わりがあったのにもかかわらず、交換するタイミングがなかったのだ。
狭い電車内でQRコードを表示する。
岬は悪戯気に笑って、「はい」と画面を見せつけてきた。
「〝ダーリン〟って……何これ」
「曜の登録名」
「起きたまま寝言を吐くとはびっくりだ」
「君と甘い夢を見たいな」
「苦い現実を乗り越えたらね」
「そんなぁ」
雑談をしていると目的の駅に到着する。
扉の近くにいたことでスムーズに外に出られ、開放感から大きく深呼吸をした。
人が密集していないだけで、空気がこんなにも美味しくなるのか。山は空気が綺麗だと言われるが、その理由は自然の豊かさだけではないのかもしれない。
スマホを眺めている岬を小突いて、プラットホームを後にする。
彼女はしばらく黙って付いてきたが、「えへへ」と消え入りそうな声を漏らした。