【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「あー……」
頭を掻きながらマネージャーの男性に立ち向かう。
岬が変な変な言動をしてしまったせいで、なんともまぁ形容のしがたい空気感というか、簡単に言ってしまえば気まずい状況が生み出されていた。
彼もまた如何すべきかと困惑しているようだ。
しきりに眼鏡の位置を調節して、こちらの出方を伺っている。
「君は王子様なのか?」
「岬が勝手に言ってるだけです」
「勝手にって言い方はないんじゃないかな」
「それ以外に表現の方法がないだろ」
不満げに吻を揺らす岬。
しかし彼女を挟むと余計に混乱すると思ったのか、男性は眠れるお姫様——頭あっぱらぱーという意——を無視して口を開いた。
「……僕は
「化野曜です」
「そうか。今まで曜君は岬と一緒に過ごしていたと解釈してもいいかな」
「はい」
「つまり……家出に加担していたと」
空気が重くなる。
「理解しているのか? 彼女は自由奔放だから、まだ捜索願は出していないものの、もしも警察に捕まったら、未成年者誘拐罪に当たるんだぞ」
「事情があるんです」
「事情?」
口から出まかせを。
とでも言いたげな表情で、彼は瞼を開け閉めした。
「…………」
説明してしまおうか。
西塔岬は化け物であり、「向こう側」なんて理解しがたい世界に近づいてしまったせいで、俺との距離が空くと姿が見えなくなるのだと——。
「いや」
きっと彼は信じないだろう。少なくとも、自分の目で直接確認しない限りは。
岬に意味深な視線を投げかける。
伝えてもいいか、という意図を含めていたのだが、彼女は気がつかなかったようだ。「には~」と間抜けな笑みを漏らしていた。
「ちょっと失礼」
一言断って岬を部屋の隅に連れていく。
「このまま駆け落ちでもするの?」
「しない」
「なぁんだ」
「岬の状況を、あの人に教えてもいい?」
「それは……」
気楽に答えを出そうとして、口ごもる彼女。
うつけ者を演じているようだが、むしろ岬は頭が切れるほうだ。一瞬で白数さんに事情を話した場合を想定したのだろう。指先に絡まった吻に、傷ついたような仕草を感じた。
「きっと信じてくれないよ」
「証拠を目の前で見せればいい」
「え」
「俺が近くにいないと駄目なんだったら、つまり、離れたら岬を認識できなくなるってことでしょ」
「流石に私が消えるのを目の当たりにしたら、信じざるを得ないってことか……」
暫しの思考を挟んで、彼女は笑う。
「よし。それで行こう」
「大丈夫?」
「何が?」
「人に知られたくないとか、あるでしょ」
「もちろん不用意に広めたくはないよ」
でもね、と胸元に寄りかかってくる。
「曜の協力を無駄にしたくないの。それにマネージャー……白数さんもね、いい人だから。みだりに口外しないよ」
覚悟の決まった声だった。
芯の通った言葉で、声に形があれば、剣の姿をしているだろうと思わせるほどに。
「やるぞっ」
ぱんぱんと頬を叩いて——俺からすれば、直立するヒモムシが吻で自分を攻撃しているようにしか映らないが——岬は気合の息を吐く。
勢い盛んに足を向けられたことに嫌な予感がしたのか、白数さんは一歩後ずさった。
「マネージャー」
「な、何」
「私は貴方に伝えなければいけないことがあります」
「……真実の愛に目覚めて、アイドル引退しますとか?」
「それは曜次第だけど……違います」
何やら変な選択肢を提示されたような気もするが、多分おそらくきっと間違いなく勘違いなので、俺は無視を決め込んだ。
「私は——透明人間になっちゃったの」
時間が止まる、とはこのことを言うのだろう。
ぴしりと音を立てて眼鏡が割れる幻覚を見た。
白数さんは担当しているアイドルの気が触れたのかと、愁嘆場もかくやという優しい笑みを作って、岬の肩らしき部位に手を置く。
「さっきの王子様発言といい、透明人間といい。僕は何もそこまで怒っているわけではないんだよ。化野君にだって事情があるだろう。岬にも……なんだったら、恋愛感情もあるかもしれないね。若者の不調法を厳格に咎めるほど、僕は冷酷無比じゃあない」
全く伝わっていなかった。
菩薩のごとき表情の白数さん。
分からず屋に苛立ちを覚えている様子の岬。
今までの流れを考慮しなければ、ギャグシーンと判断してしかるべき光景である。
「——こんの、あんぽんたん!」
「あんぽんたん!?」
「口で言って解らないなら、理解せざるを得なくしてやらぁ!」
キャラを崩壊させて、岬はキレ散らかした。
彼女は白数さんを睨みつけ、こちらに歩いてくる。
その般若のごとき足取りに俺は帰りたくなった。ここから入れる保険ってありますか?
「曜」
「はい」
「出てって」
「はい」
「でも合図したら戻ってきて」
「はい」
稀代のイエスマンとは俺のことよ。普段は泰然自若を気取っているものの、眼前に修羅みたいな怒り心頭ガール(化け物)がいたら、流石にぺこぺこと従順になるしかない。
凍った空気から逃れるように部屋を出る。
丁寧に扉を閉めて、はいさようなら。
大理石の廊下をしばらく歩くと、退出してきた扉から悲鳴が響いてきた。
「き、消えた!?」
どうやら岬の企みは上手くいったようだ。
書籍化します。
詳細は後日。