【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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マネージャー(仮)

「失礼しまーす」

 

 

 部屋に戻ると白数さんが腰を抜かしていた。乙女のように足を崩し、信じられないという風に双眸を丸くして。

 彼の前に等身大の直立ヒモムシなんて存在が立っているものだから、何処からどう見ても、化け物を怖がっている人にしか映らない。

 

 

「み、岬……」

「なんでしょう」

「僕の目が狂ったのでなければ、君は、一度消えて——」

「はい」

「——そして、再び現れた」

 

 

 それも移動する素振りを見せずに、だ。

 白数さんは眼鏡を指で押し上げる。

 

 

「私は透明人間になったんです。言ったでしょう?」

「とても信じられないが……」

「自分の目を信じないんですか?」

「常識が崩れた気分だよ。まさか自分の目を疑う日が来るとはね」

 

 

 自慢げに岬は振り返ってきた。

「あと十数秒もあれば落ちるよ」とでも言いたげだ。

 振る舞いが悪役のそれ。

 いや見た目的にぴったりなのだが。

 

 

「……分かった」

 

 

 彼女の言葉通り、十秒ほど黙り込んだ後、白数さんは立ち上がった。がしがしと頭を掻いて片目だけ開ける。

 

 

「化野君」

「はい」

「迷惑をかけたね」

「はい。本当に」

「ちょっと曜、酷くない?」

 

 

 酷くない。

 むしろ今までよく我慢したほうだ。

 

 

「岬は透明人間になった……正確には、化野君が傍にいないと、かな?」

「その認識で合っています」

「困った」

「といいますと」

「こんなのでも岬は人気アイドルだからね」

「マネージャー、〝こんなの〟に悪意がこもってるよ」

「気のせいさ」

 

 

 岬の指摘を無視して、白数さんは続ける。

 

 

「仕事が溜まってるんだ。不在を誤魔化し誤魔化し……まぁ一部雑誌にすっぱ抜かれてしまったがね。一応言い訳が効く程度には誤魔化していた」

 

 

 しかし——姿が消えてしまうとなれば、仕事どころの話じゃない。

 と彼はため息をついた。

 

 

「面倒な体質になった心当たりは?」

「私にあると思う?」

「あったとしても言わないタイプだと思う」

「はは、正解」

「何年も君のマネージャーをやってるからね」

 

 

 ばちこーん、と吻を突きつける岬。ニュアンスとしては指差しのようなものだろうか。

 白数さんは肩を落とした。

 

 

「場合によっては、岬のキャリアはおしまいだ……」

「そこで素晴らしい提案があります」

「よもや胃痛の原因に、そんなことを言われるとは」

 

 

 実に辟易とした表情である。

 長年の岬との付き合いを感じさせる、こなれたやり取りだった。

 

 

「曜がいないと私は透明になっちゃう」

「ああ」

「じゃあ、曜が近くにいればいいんだよ」

「何を——」

 

 

 途中で彼は気づいたようだ。

「まさか」と口走って、ぎょろりと視線を向ける。

 

 

「化野君を……それこそ、マネージャーにでもすると?」

「(仮)だけどね」

「馬鹿な」

「馬鹿げた状態に陥ってるんだから、馬鹿げた解決策を取るしかないでしょ?」

「ぐっ」

 

 

 非現実的な現象が実際に起こってしまっているものだから、白数さんは否定できないようだった。唇を噛みしめて、舌打ちを我慢している。

 

 

「僕たちの立場だけを考えれば……それがいいだろう」

「じゃあ!」

「だが化野君は? 今まで散々迷惑をかけてきたんだろう。この数分だけでも、僕は数年分老けた気分だ。数日も岬に付き合った化野君は、うんざりしているんじゃないかな」

 

 

 思いもよらぬ方向から水を向けられた。

 不安げな眼差しを送ってくる岬。

 

 

「…………」

 

 

 実情としては、全くうんざりしていない。

 この程度で疲れていたら、身の周りに多数生息している化け物共の相手をしていられないのだ。

 家にまで闇がいるんだぞ? どうして目を離したら消える好奇心旺盛な子供みたいなヒモムシごときに、体力を削られようか。

 

 

 我は歴戦の猛者なり。

 堂々たる趣で胸を張り、活を入れた。

 

 

「確かに疲れましたね」

「曜……!」

「ほら、化野君もこう言って——」

「ただ」

 

 

 早合点をした白数さんを制止して、苦笑する。

 

 

「多分……白数さんもそうだと思うんですけど、岬ってなんというか、おっちょこちょいじゃないですか。天然みたいな」

「ああ」

 

 

 天分とでもいうのだろうか。

 いわゆるカリスマを、岬は持っている。

 何か面倒ごとに巻き込まれたとしても、まぁ協力してやるか、なんて思ってしまうくらいの。

 

 

「だから見捨てられない」

「曜っ!」

 

 

 抱き着いてきた岬をいなす。

 倒れ込んだ彼女は不満げに声を上げた。

 

 

「今のは情熱的なハグをしてくれる場面じゃないかなぁ⁉」

「はっ」

「鼻で笑った⁉」

 

 

 誰が化け物に対して情熱的なハグをするというのか。時代が時代なら魔女として処刑されてしまうぞ。そりゃあ見た目が完全に悪魔なヒモムシを抱くとなれば、常軌を逸していることは確定的に明らかである。火刑もやむなし。

 

 

「……大人としては、子供に迷惑をかけるのは避けたいところなんだけどね」

「子供だって格好つけたいときがあるんですよ」

「曜……それってプロポーズ?」

「ちょっと黙っててくれない?」

 

 

 話が進まない。

 たまたま落ちていた縄で岬をふん縛って、むごーむごーとガムテープ越しに喚くヒモムシを見下ろしながら、俺たちは建設的な話し合いに興じた。

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