【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
撮影現場に着くと大勢の人が走り回っていた。
これがみんな岬のために動いているのだから──正確に言えば雑誌のためなんだろうけど──恐ろしい。
まぁ本人は慣れ切った様子でスイーツバイキングの場所探しをしていたが。肝の据わり方が凄い。俺だったらとてもとても冷静ではいられないだろう。ガクブル震えて被写体に不適格になってしまう。
「化野君は岬の近くにいてくれるだけで大丈夫です。実務的なことは僕がやるので、アンカーの役割を果たしてくれれば」
「了解しました」
白数さんの指示に従い、俺は岬の近くに足を運んだ。
監督に「岬ちゃん失踪してたらしいけど大丈夫ゥ?」だの「家出ってことは男の家に転がり込んで……キャーッ! あたし我慢ができないワ⁉ だって岬ちゃんはあたしの娘みたいなものだから‼」だの絡まれているアイドル様の傍に行くのは、非常に精神を消耗した。
だってその監督、口調こそ女性らしさ全開なのだが、姿かたちはゴリゴリのマッチョマンなのだ。青髭に囲まれた唇が赤々と輝いている。
落差で風邪ひくどころか息を引き取りそう。
「曜たすけてぇ」
「…………」
「まさかの無視⁉」
ダル絡みされた復讐ではないけれど、顎髭でじょりじょりもみくちゃにされている彼女を見捨て、そっと目を逸らした。
絹を裂くような悲鳴が聞こえてくるが気のせい気のせい。
あ、流れ星。早く終わりますように。
「撮影開始でェす」
白い背景布をバックに岬がポーズをとる。
先程までくんずほぐれつ(温和な表現)していたとは思えない凛々しさだ。
流石人気アイドル、と膝を打ちたくなる振る舞いである。
撮影スタジオ後方の壁に背中を預けながら、まるで業界関係者のように──(仮)が付くとはいえ真実関係者なのだけれども──その様子を見学する俺。
この程度の距離であれば問題ないとは思うが、もしも急に岬が姿を消したら全員パニックになるだろうな、と思うと胃が痛かった。
逆に本人はどうしてあそこまで堂々としていられるのか。
やはり有名人は肝が大きい。ついでに態度も。
「こういう現場は初めてですか?」
「はい」
「凄いでしょう」
「はい」
白数さんはコーヒーを買ってきてくれたようだ。
右手に持っていたものをこちらに渡してくると、左手のマックスコーヒーを呷る。
ちなみに俺にくれたのは微糖だった。
「……おや、意外という顔ですね」
「甘いものお好きなんですか」
「好きというか、苦いのが飲めないんです」
──コーヒーゼリーは好きなんですけどね。
彼は少し恥ずかしがるように苦笑した。
「マネージャーなんて生き物は常に寝不足ですから、カフェインを補給し続けないと意識が保てません。食事の時間も取りづらいですし、この練乳飲料は丁度いいんです」
そう言って一息で飲み干す。
堂に入った義務的な仕草だった。
「岬、いつもと印象変わりますね」
「普段はおちゃらけていますが……やる時はやる子です」
撮影のフラッシュにも一切動じず、監督の指示に従ってポーズをとるヒモムシ。
駄目だ俺からするとミミズが踊っているようにしか見えない。滑稽すぎる。笑ってしまいそう。
厳粛で真剣な空気の中、遠慮なく笑う不躾な新人という立場を拝命するわけにもいかないので、俺は必死に波を耐えた。しかし岬がポーズを変えるたびに笑いの波が襲い掛かってくる。アウステルリッツの戦い。
隣でくつくつと肩を震わせる俺に違和感を覚えたのか、心配そうに白数さんが声をかけてきた。
「大丈夫ですか? 体調が悪いとか」
「ええ、ええ、ええ。大丈夫です。心配しないでください」
「ならいいですが……」
体調は悪くない。悪いのは視界くらいだ。
「ふぅ」
数分ほど耐えてやっとこさ慣れた。
もうポージングヒモムシを直視しても問題ない。
顔を上げて岬の様子を伺う。
ピエロの扮装をしていた。
「なんでだよ」
「気が早いですがハロウィンの格好を撮影するそうで、さっき着替えてたんですよ。見てなかったんですか?」
「ちょっと床の染みを数えていたもので」
反射的に噴き出すかと思ったぞ。
クールでミステリアスな男子高校生を自称する化野君をここまで追い詰めるとはなかなかやりよる。
舐めてかかるのは止めておいたほうがいいだろう。
「はァい、じゃあ次はウェディングドレスを──」
「か、監督ゥ!」
「あらどうしたの急いで」
「モデルが渋滞で遅刻するそうです!」
「別に予定が詰まってるってわけじゃないし、それなら別の衣装を先に撮って──」
「か、監督ゥ!」
「あらどうしたの急いで」
「別の衣装を運んでいたトラックが、暴れ牛に突撃されて横転したそうです! 届くのは早くても明日かと!」
「この時代に暴れ牛が公道にいたの? それとも中世の田舎道でも走ってたのかしら」
そもそもなんで衣装が届いてねぇんだよ。
常識的なツッコミは撮影スタジオに存在しなかった。
俺は込み上げる言葉をぐっと飲み込む。
「仕方ないわね。高いギャラを払って何もせずに岬ちゃんを拘束するのも面白くないし、代役を立てて撮影しましょう」
「ではモデルの代わりに自分が!」
「そこに姿見があるから己の容姿を確認しなさい。とても雑誌に載っていいツラしてないわよ。欲望が鼻の下に現れてる」
面倒くさい展開になってきたな、と俺は物見遊山気分で口笛を吹いた。
「超絶美少女な人気アイドルの岬ちゃんと密着しても下心が見えなくて、すぐ撮影に参加できるフットワークの軽い人材──」
「はいっ、はいっ、はいっ」
「どうしたの岬ちゃん」
「私に心当たりがあります」
監督が顎に手を添えると、岬がぴーんと吻を伸ばした。たまたま自分の解ける問題が黒板に書かれた小学生みたいだ。
途端に嫌な予感がし、俺は顔を顰める。
「──曜っ! 結婚しよう!」