【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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ゆいのーしき

 意味不明な発言に撮影スタジオが凍る。俺の思考も凍る。元凶であるヒモムシ様だけが楽しそうにしており、見た目とか関係なく浮いていた。

 

 

「え、えっと岬ちゃん? 結婚てのはいったい──」

 

 

 乙女のベールを引きはがされた監督が、口元を困惑に引きつらせながら問う。

 よくぞ訊いてくれた。

 皆の思いが一致した瞬間だった。

 

 

「監督はモデルの代わりを探してるんだよね?」

「そうだけど……」

「条件の厳しいモデルを、この短時間で見つけなくちゃならない。でも幸運なことに、私には心当たりがあったのである。それが曜だよ」

「そもそも曜って誰なの」

「あそこにいる男の子」

 

 

 岬がこちらを指差す。

 スタジオ中の視線が集まった。

 

 

「…………」

 

 

 澄ました顔で後方腕組みを続けているが、実際のところ今すぐにこの場から逃げ出したくてしょうがなかった。

 訝しげな眼差しが痛い。全身に刺さっている。

 

 

「化野君」

「はい」

「呼ばれてるよ」

「行きたくないです」

 

 

 白数さんが苦笑した。そうだよね、と声は出さず口を動かして。

 

 

「ちょっと、そこの曜とやら」

 

 

 どすんどすんと距離を詰めながら、ドスの利いた声で話しかけてくる監督。既に乙女らしき振る舞いは捨てている。筋肉質な体躯も相まって懐からドスでも出してきそう。どーすんねんこれ。死ぬどす。

 

 

「あンた、岬ちゃんとはどういう関係だい? 回答によっちゃあ──このスタジオから生きて帰れねェぜ」

「無関係です」

「なわけあるかいッ!」

「ですよね」

 

 

 とりあえず全く知らない人ですと主張しようとしたのだが、監督は一顧だにせず吼えた。

 無精髭の生えた顎が目の前に迫る。

 怖い。

 

 

「…………」

「……フッ」

 

 

 横目で白数さんに助けを求めたところ無視された。物凄いよい笑顔で指を立てている。戦地に赴く兵士の最期の姿を収めようと、悲壮の覚悟を決めたカメラマンのような色も瞳に宿っていた。つまり助けはなかった。グエー死んだンゴ。

 

 

「待ってよ監督」

「どうしたんだい。元はと言えば岬ちゃんが『結婚しよう』なんて浮かれとんちきな発言するからだぜ」

「最近、私に対する風当たりが強い気がする」

 

 

 全ての元凶、この世全ての悪である岬が悲しげに鳴く。

 泣きたいのはこっちである。

 どうしてアルバイトがてら撮影に付き合っただけなのに、命の危機に瀕さなければならないのか。

 化け物と関わって死にかけたことはないが──高熱を出したことはあるけれども──ここで眠ることになるやも。

 

 

「あたしにとって岬ちゃんは娘みたいなもの。それが何処の馬の骨とも知れぬ男にお熱とあったら、素性を暴かずにはいられないの」

「そっか……」

「納得した空気出さないでくれる?」

 

 

 責任を取ってこの場を収めてほしい。さもなければメチャかわ(凄惨)な取り調べを受けることになるだろう。本当に生きて帰れないかもしれない。

 

 

「監督。彼は化野曜っていう名前で、私の新しいマネージャーなんだ」

「白数君は」

「白数さんも。曜は仮のマネージャー」

「ふゥん」

 

 

 じろじろと観察してくる監督。

 犯人の匂いを嗅ぐ警察犬みたい。

 

 

「そりゃ理解したけど、なんで彼が代わりのモデルに?」

「曜、格好いいでしょ?」

「格好いい……うーん、まァ、岬ちゃんの隣にいても違和感はないくらいだけど」

 

 

 違和感ありまくりだろ。人間と化け物だぞ。美女と野獣が成立するのは小説の中か夢の国だけだ。

 

 

「しかも曜ってば私に全く興味がないの」

「エェ?」

「信じがたいよね。こんなに可愛いのにね」

「岬ちゃんに下心を抱かない男なんて世界に存在しないわよ」

「じゃあ証拠を見せたげる」

 

 

 そう言うと、岬は俺に抱き着いてきた。

 かつてない密着に全身が鳥肌で覆われる。

 柔らかい感触に包まれ、気分はまるで触手に囚われる姫騎士だった。

 

 

「……確かに、鼻の下が伸びていない。あたしだって男だからね。そういう顔は見れば判る」

 

 

 あ、自認は男なんだ。

 という声はくぐもって消えた。

 

 

「信じられない……まさか岬ちゃんに興味のない男がいるなんて」

「これで曜がモデルの代役足り得る証拠になるでしょ?」

「……そうね、時間も惜しいし、彼で行きましょう」

「俺の意思とか関係ない感じ?」

「お仕事だから我慢してね」

「我儘アイドルめ」

 

 

 岬と出会ってから振り回されてばっかりだ。こちらが嫌がっても無理やり巻き込むし、そして──。

 

 

「でも、楽しいでしょう?」

 

 

 彼女はそっと囁いた。

 蠱惑的な声に思考が一瞬止まり、

 

 

「うん」

 

 

 おとなしく両手を挙げる。

 

 

 確かに西塔岬は傍若無人で、他人のことなど考えず、短慮に不躾に遠慮なく周囲を引っ掻き回す悪魔のアイドルだ。しかし天分の観察眼がそうさせるのか、本当に嫌がることはしない。嫌味なほど完璧な間合い管理である。

 

 

 背景布まで手を引かれ、真っ白なそこに足を踏み入れる。

 スポットライトなど浴びたことがない。

 自分が主人公になったかのような場所に竦んだ。

 

 

「安心して、曜」

「岬……」

「結納式だからね。私がリードしたげる」

「それは違うだろ」

 

 

 一瞬にして冷静を取り戻した。

 ヒモムシを押しのけ自立する。

 

 

「殊勝な態度だと思ってたのになぁ!」

「何か悪いものに洗脳されてたんだ」

 

 

 彼女は不満げに吻を揺らした。

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