【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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波乱万丈ドキドキ撮影会

 経験豊富なお姉さんみたいな声色で笑う彼女。

 確かに撮影の経験は豊富なのだろうが、それはそれとして、化け物にリードされるというのは人間的にも男の子的にも納得いかない。

 ゆえに俺は灰色の脳細胞を全力稼働させ、監督の指示に従うことにした。

 

 

「じゃあまずは簡単にツーショットを撮るわよ」

 

 

 岬が着替えているうちにタキシードを纏っていた俺は、先刻のぎこちなさを脱ぎ捨てて、彼女の隣に立つ。

 相手が人気アイドルだとか臆する必要はない。短い付き合いだが理解しただろう。彼奴が如何に子供じみているか。小学生どころか幼稚園生くらいの想定でいい。高校生の余裕を見せて進ぜよう。

 

 

「おっ罪づくりボーイ。いい表情(かお)ね」

 

 

 顎髭は笑みを深めた。いや間違えた。監督だ。

 彼──あるいは彼女──の指示は正確で初心者にも噛み砕きやすい。おかげで数ポーズほど取る頃には具合が分かってきて、俺は自信を深めていった。

 

 

「なんか曜、慣れてきてない?」

「適応には自信があるんだ」

「つまらないなー。上手いこと行かない曜をリードして、『岬さん格好いい……! 好き!』っていう流れにしようと思ってたのに」

「驚いた。目が覚めてるのに寝言を吐くとは」

 

 

 岬の腰を抱いてカメラに向かう。

 いつもの彼女であれば妙な反応をしていただろうが、流石に熟練のアイドルということもあって、一切の動揺をしないまま、監督の指示を完璧にこなすどころか、更に工夫まで加えて雰囲気を作った。

 化け物と認識している俺ですら「ぐらり」と来てしまったのだから、撮影スタジオに居る人々や、雑誌でこの瞬間を目撃する読者などが如何ようなリアクションをするのか、容易に想像がつく。

 

 

「いいね、いいね! いいわよ! あたしもテンション上がってきたワ‼ ホントは落ち着いた感じにしようと思ってたんだけど、二人がこんなにノッてるなら、張り切ってイッちゃいましょう‼」

 

 

 鼻息荒く監督は吼えた。

 シャッターを押す指が止まらない。

 一枚撮ったかと思えば右に移動し、また一枚撮ったかと思えば左に移動する。X軸に囚われず上下移動すらして。ギリギリを責めたアオリ構図をカメラに収められたときには、「これって時代が違えば犯罪になるのでは」と思わせる〝凄味〟があった。

 

 

「ふぅー結構撮ったわね。時間もあれだし、これで最後にしましょう」

 

 

 額の汗を拭った監督は腕時計を確認すると、次の写真をラストワンにすると宣言した。

 

 

 ようやくか。

 被写体になっている間は楽しかったけれど、こうして現実に引き戻されると、それこそ磁石のように、今にも身体が地面に引っ付いてしまいそうな疲れを自覚する。

 ところが隣で吻を揺らす岬にはおよそ疲れというものが感じられず、歴戦の猛者と新兵の違いをまざまざと見せつけられた。

 

 

「最後だし岬ちゃんたちの意見を聞くわよ」

「えっ本当⁉ どうしようかなぁ。曜は何かある?」

「岬にお任せで」

「言ったなぁ? 前言撤回は無しだぞ?」

「白旗挙げたくなってきた」

 

 

 疲労に油断をしていた。

 意味深長な笑みを浮かべたヒモムシは、数瞬何か考えると、喜色で満ちた声を発する。

 

 

「じゃあ監督! お姫様抱っこで撮ろう!」

「ふゥむ──お姫様抱っこね」

 

 

 馬鹿げたことを言わないでほしい。

 何処の世界にヒモムシを横抱きできる人間が居るというのか。

 筋力的な問題ではなく、プライドの問題だ。

 お姫様抱っこは漫画やアニメでお約束ともいえる、謂わば愛情表現の最高敬語である。間違っても紐型動物門に披露していいものじゃない。

 

 

 苦虫を嚙み潰したような顔で、俺は否定を入れようとした。

 しかし邪知暴虐の王ミサキウスは吻でこちらの唇を覆うと、反抗的な主張を完全に封殺して、監督にお姫様抱っこを認めさせてしまった。

 

 

「……ぷはっ」

「何か不満でもある? 曜」

「不満がない顔に見える?」

「嬉しそうだよ」

「節穴だね」

 

 

 自分に都合のいい情報しか捉えられないのか、岬は俺の反応を捏造すると、「この私をお姫様抱っこできるんだよ? 感謝こそすれ、不満が噴出するのはあり得ないと思うんだけど~?」など意味不明な供述をした。

 反省の色無し。終身刑を求刑します。

 

 

 一度動き出してしまった流れは個人には止められず、撮影スタジオの同調圧力に負け、ついに俺は岬を抱くことになってしまった。

 目の前でにょろにょろする吻を眺める。

 え~? これをお姫様抱っこするんスかぁ~?

 

 

「……優しくしてね?」

「万力くらい優しくするよ」

「それだと私、潰されちゃうじゃん」

 

 

 撮影用の備品である階段に上り、レッドカーペットを踏みしめ、ウェディングドレスを纏った冒涜の花嫁を掻き抱く。

 やはりアイドルということもあってか、彼女の身体は非常に軽かった。慢性的な運動不足の俺でも、軽々と持ち上げられる程度には。

 顔と顔とが急接近し、ぴーちくぱーちく騒ぎ続けていた岬は、途端に黙り込んでしまう。静かなのはいいことだが気味が悪いな。嵐の前の静けさだ。ホラー映画だったら大音量になるお約束。

 

 

「なんで急に静かになったの?」

「……訊かないでよ」

「相分かった」

 

 

 これ以上突っ込むと都合の悪い展開になりそうだったので、君子危うきに近寄らずの教訓を胸に、俺は質問するのを差し控えた。

 答えは沈黙だ。

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