【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「完璧よ! インスピレーションが湧いてくるッ! 頭の中に雑誌の表紙が思い浮かんだわ‼」
その後は淀みなく撮影が進み、歓喜に涙を浮かべる不審者もとい監督をよそに、俺たちは衣装を脱いだ。ウェディングドレスは一人じゃ脱ぎ着できないから岬は更衣室へ向かったが。
初仕事にため息をつく。
結構緊張したな。これが人気アイドルのマネージャーか。
改めて澄ました顔で岬の相手をする白数さんの凄さを理解した。あの人のほうがヒモムシよりもよっぽど化け物だ。名誉化け物に認定します。それは名誉どころか屈辱の類では?
馬鹿馬鹿しい思考を繰り広げていると、噂をすれば影と云うことで、白数さんが声をかけてきた。
「やぁ化野君。疲れてるみたいだね」
「疲れました」
「責任は重かったかな」
「潰れるかと思いました」
「はは。まぁ僕も慣れるまでは大変だったからね」
言葉とは裏腹に苦労を感じさせない笑み。
彼はやはり超人だった。
これからは尊敬と敬愛を込めて防衛室長と呼ぼう。
「無事に仕事が終わったんだ。肩の荷を下ろして、存分に休んでほしい……今日はそういうわけにいかないだろうけど」
「というと」
「我らが暴君様が──おっと、来たね」
白数さんが視線を向けた先には、ウェディングヒモムシから通常ヒモムシに退化した西塔岬が、吻をにょろにょろさせながら、こちらへ歩いてきていた。
異変だ。引き返そう。
「何処へ行くの? 曜」
「お茶でもしばこうかなと」
「一人で?」
「うん」
「それはちょっと約束と違うんじゃかな」
「約束……?」
「おっと忘れたとは言わせないよ。私がお仕事頑張ったんだから、見返りはちゃんと用意してもらわなくちゃね」
ギャンブル中毒者に金を貸した高利貸しのように、あくどい笑みを浮かべる岬は、その吻で以て俺を拘束すると、抗議の意思も一切合切無視して、撮影スタジオを後にした。
引きずられる俺は子牛のごとく。
ドナドナドナドナ……。
白数さんは全く助けてくれなかった。
◇
拉致系アイドルに拉致されて、無理やり詰め込まれたタクシーの中。
何が入るのか分からないポーチの中から小道具を取り出して──俺の見間違いでなければ、およそあの体積には収まりようもない量が出てきた──岬は変装をする。
しかし自分にとって彼女はヒモムシでしかないので、いくら変装をしたとしても、変なコスチュームプレイをしている化け物にしか映らない。
感動映画風に表現すると、岬がどんな姿に変わろうと見間違えることはない──。
控えめに言って地獄では?
「何考えてるの?」
都合の悪いときだけ鋭い勘を発揮する彼女は、窓の外を流れる景色を眺めていた俺の顔に吻を絡ませ、無理やり振り向かせると、そう問うてきた。
「なんでも」
「ふぅん」
好個の返答により納得した様子の岬は、真犯人が決定的な失言をしないか伺っている探偵のように、首を傾げ見つめてくる。
しかし俺が口を割らないと判断したか、つまらなそうに背もたれに体重をかけ、「酷いこと考えてたら、それを出汁に色んなことできたのになー」と囁いた。
随分と酷いことを考えている。悪魔の子。
モチベーション管理のためにスイーツバイキングに行くのを許可したはいいが、悪寒がするのは気のせいだろうか。
まるで猛獣の檻に入れられた草食動物のような。
油断をすれば言質を取られてしまいそうな、恐ろしい空気だった。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとうございまーす!」
タクシーを転がすこと十数分。目的地のお店に到着し、岬は明るい声を上げる。
代金は折半しようとしたのだが、彼女のほうが遥かに稼いでいるからという理由で、タクシー代は奢ってもらった。
「私と曜との間には、埋めようのない差が存在します」
「間違いなくそうだね。腹は立つけど」
「人気アイドルがどれくらい稼いでるか知りたい?」
「別に」
「曜を一生養えるくらいかな。キャーッ」
「訊いてないんだけどなぁ」
収入の差は確かに存在するけれども、それはそれとして、男の子のプライドが傷ついてしまうというか。
俺は微妙な顔をして財布をしまった。
運転手からは同情的な視線を頂戴した。
「ふぅ」
気を取り直して、スイーツバイキングをやっているという店を見上げる。
東京の一等地にこの敷地面積。さぞかし儲かっているのだろう。
なんて即座に銭勘定を始めてしまうのは、白数さんに仕込まれた、仕事を報酬で判断する基準のせいか。
まぁ俺が仕事を取ってくるなんて殆どないから、念のためにと教えてもらっただけだが。
岬はサングラスの位置を調整した。
傍から見たら少しお洒落なヒモムシ。
いとをかし。
現代語訳すると「超滑稽」。
「スイーツバイキング──乙女の戦場」
「俺は男だから撤退するね」
「甘い物を求めるなら、それは誰であっても乙女なんだよ」
「実は甘い物あんまりでさ」
「じゃ入店!」
「聞く耳なしかぁ」
強制的に店内へ引きずられる。
やはりというか客は女性ばかりだ。
奇抜な登場方法ということもあってか、彼女らの視線をほしいまま。
「だいぶ待ってるね。名前は『化野岬』にしておこうか」
「なんで??」
「私の本名を使っちゃったら、アイドルが居るってバレちゃうでしょ」
「うーん」
納得しがたいが納得するしかない。
俺は詭弁に屈した。