【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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スイーツバイキング③

 取り敢えずヒモムシに「あーん」をする人間、というおよそ正気では直視できない惨状が生まれませんように、と祈りつつ、コーヒーゼリーを口に放り込む。

 滑らかな舌触りの奥にざらりとした異物。苦みの結晶かとも思ったけれど、どうやらそうではなく、非常に甘い。砂糖だ。甘いものが苦手な者のために丹念に緩和された甘みが、口の中で溶けて消えた。

 ささやかな甘みをブラックコーヒーで流し込むと、普段はスイーツの類を食べない俺ですら結構な満足を感じ、ショートケーキの苺にフォークを差していた岬が、さも「私に付いてきてよかっただろう」と言わんばかりに胸を張った。腹立たしい。

 

 

「ここのスイーツ美味しいねぇ」

「流石に高級なだけある」

「……うーん」

「どうしたの?」

「ちょっと表現の仕方が杜撰かな」

「何が?」

 

 

 意味不明な言動に首を傾げる。

 高級という形容に文句があるのだろうか。

 センスが高級すぎて理解できない。

 

 

「私達は一緒にスイーツバイキングに来ている。ここまでは自明だね?」

「うん」

「注目したいのはメンバーだよ。私と曜。女と男。言いたいことはもう分かったね?」

「全然」

「カーッ察し悪いなぁ」

 

 

 ──だからモテないんだよ。

 と岬は見せつけるようにダージリンティーを飲んだ。

 別に化け物に恋愛的な好意を持たれる必要はないから、察しが悪いことでモテるのを回避できるなら、今後とも継続していきたい所存。

 

 

「男女が同じ場に居て、雰囲気のよい食事──まぁスイーツバイキングを食事にカウントするかどうかは置いておいて、その状況で物が美味しい理由の話題になったんだよ?」

「うん」

「だったらお店の腕前は放置して、美味しく感じる理由を、同席する相手に求めてしかるべきじゃないかな」

「その傲慢さは叱られるべきじゃない?」

 

 

 先程のコーヒーゼリーが美味しかった訳がヒモムシの存在になってしまったら、かなりの時間を修行に割いたであろうパティシエは、悔しさと屈辱のあまり、全身の穴という穴から血を吐いて、地をのたうち回り憤死するのではないだろうか。

 愛と公平の使者である俺にはそんなことできない。

 ゆえに化け物の砲艦外交には屈さず、毅然とした対応で以て、岬の要求を跳ねのけたのであった。

 

 

「澄ました顔。腹立つねぇ。可愛い可愛いアイドル様が『ちょっとは褒めてよ』ってお願いしてるだけなのに」

「雰囲気が脅迫のそれだったからね」

「首を傾けて上目遣いで囁くように言っても?」

「意味ないね」

 

 

 何故なら君は化け物だから。

 悲しいことにこの世界はルッキズムに支配されているのだ。見た目よりも内面が大事なんてのは戯言である。

 もしも外見より中身が重要という論調が真であれば、目の前に居るのが等身大のヒモムシでも、心の底から愛せるだろう。

 しかし俺は童話に正面から唾を吐きかける系男子なので、美女と野獣とか醜いアヒルの子などの先例は気にせず、岬にノーを突きつけられるのであった。

 

 

     ◇

 

 

 なかなかに楽しかったスイーツバイキングを終え、すっかり斜陽に包まれる街中に出た俺達は、次の仕事の確認をしつつ、通りを歩いていた。

 

 

「こうして歩いてるとデートみたいじゃない?」

「…………」

「あっ無視ィ?」

「……いや、ごめん。何だって? 聞いてなかった」

「しっかりしてよ」

 

 

 鋼のメンタルを持っていると自負していたのだが、流石に有名アイドルのマネージャーは重荷が過ぎたらしく、ぼんやりとする頭を押さえ、不満げに吻を揺らす岬に謝罪する。

 

 

「挙式はいつするかって話」

「一ミリも話は聞いてなかったけど、そんな話題じゃなかったことは断言できる」

「でもさっきの会話は記憶にないんでしょ?」

「うん」

「じゃあ挙式についてじゃなかったっていう証明はできないよね。曜が覚えていない限り、曜が私との挙式に乗り気だった可能性が常に存在するんだよ。シュレディンガーの猫みたいにね」

「シュレディンガー博士も、こんなくだらないことに思考実験を使われるとは思っていなかっただろうね」

 

 

 ため息をついた。

 油断するとすぐこれだ。

 化け物連中と関わるとき、気が抜けない原因。

 まぁ先程の自分は疲れから気を抜いてしまっていたんだけれども。

 

 

「本当は次の仕事について」

「ああ、明後日だっけ?」

「ちょっとしたバラエティ番組に出演するんだよ」

「凄い」

「でしょ?」

 

 

 彼女は自慢げに鼻を鳴らした。

 

 

「まぁ事前収録なんだけどね。スタジオには行けない」

「それでも誇るべきことでしょ」

「……私が躊躇する理由が分かる?」

 

 

 泰然自若として邪知暴虐の王ミサキウスがテレビの仕事を躊躇しているとは。もしや明日とか槍が降るんじゃないか。

 当然理由など皆目見当もつかないので、素直に肩を竦める。

 

 

「水着なんだよね」

「水着」

「うん。水着」

 

 

 あの水泳のとき身に着ける衣類のことか。

 まもなく夏だし季節的にも合っている。

 それで誰が着るって?

 

 

「私」

「その仕事断ったほうがいいよ」

「だよね」

「うん」

 

 

 お茶の間に水着姿のヒモムシなどお届けしようものなら、家族団欒の時間に水を差すだけでなく、最悪SAN値チェックに失敗した人々が命を絶ってしまう。日本史上最悪のテロリズム。

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