【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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水着バラエティ②

 岬は白数さんと何事か話していたようだったが、最終的に「水着を買いに行く」という結果に辿り着いた過程が不明なので、俺は困惑に困惑を重ね、取り敢えず無視して歩き出す。

 

 

「ちょっと」

「ん」

「無視ってのは酷くないかな」

「インフルエンザのときに見る夢みたいな台詞が聞こえてきたから、俺の頭がどうかしたのかと思って」

「ふふっ『夢』だなんて。そうだよね、私と水着を一緒に買いに行くなんて、夢みたいな出来事だよね」

「前半の部分寝てた?」

 

 

 都合の悪いところはシカトする系女子。

 変装にかまけて街中で堂々と吻を絡めてきた彼女は、期待した表情に変化しているか確かめるためだろう、ゆったりとした仕草でこちらの顔を覗き込んできた。

 しかし当然俺は鉄仮面。

 むしろ死刑を目前とする罪人のような面持ちである。

 

 

「ほら行くよ」

 

 

 こちらが不満そのものな雰囲気を醸し出していることなど一切合切スルーして、岬は手を引いて何処かへ足を進めた。

 

 

「目的地は?」

「デパート」

「へぇ」

「水着買いに行かなくちゃね」

「今から行くの?」

「思い立ったが吉日って云うでしょ」

「急がば回れとも云うよ」

「つべこべ言うんじゃありません」

 

 

 癇癪を起こす子供を叱る親のような口ぶり。

 どちらかというと彼女の面倒を見ているのは自分なのだが。

 しかし文句を抜かしても聞き入れられるビジョンが見えなかったので、俺は善良なイエスマンになりきり、沈黙を保ってついていくのであった。

 

 

「あそこでいいかな」

 

 

 十数分ほど歩いたところで岬は足を止める。

 見上げれば随分と高級そうなデパートだ。

 間違っても俺のような庶民には縁のなさそうな。

 ところが人気アイドル様は躊躇しないで入っていくものだから、手を掴まれている哀れな風船は、同行するしかなかった。

 

 

「水着、水着……三階だね」

 

 

 エスカレーター脇に書いてある各階の説明に目を通し、岬は呟く。

 

 

「じゃあ俺は二階の本屋で暇つぶしてるから」

「何を言ってるの? 曜も一緒に選ぶんだよ?」

「岬こそ何を言ってるの?」

 

 

 こやつはアレだろうか。俺に死ねと申しているのだろうか。

 不思議そうに首の辺りを傾げる岬にため息をつく。

 水着なんて布面積的に下着と大して変わりないのだ。それを購入する場面など、異性を伴っていいものではない。少なくとも俺は嫌だ。店舗が視界に入ってすらいないのに、店内に居るお客さんから妙な視線を向けられる姿が、ありありと想像できた。

 

 

「分かってないなぁ。これから買いに行くのはバラエティ用の水着です。つまりお仕事です。マネージャーである曜には私の仕事道具を選ぶ義務があります」

「俺に期待されている仕事は、岬が透明人間になるのを防ぐことだけだよ」

「残念無念また明日。我儘アイドルちゃんのモチベーション管理も含まれます」

「我儘だっていう自覚があるんだったら、他人に迷惑をかけないように、もう少しお淑やかにできないものかね」

「曜は他人じゃないから大丈夫だね」

「お小言を」

 

 

 顔なんて付いていないはずなのに、にんまり頬を緩めていると分かる声色で、彼女は笑う。

 

 

「ところで他人じゃないってさァ、どういう意味だと思う?」

「友達ってことじゃないの」

「え~? 本当にぃ?」

「俺はそう理解したけど」

「だったらいいけどさぁ? ふ~ん?」

 

 

 何やら変に意味深な発言だ。

 しかし、こういう面倒臭そうな展開のときはひたすら朴念仁を演じればいいと化け物との付き合から学んでいるため、俺は虚無顔を貫き通す。

 

 

「ん、あそこだね」

 

 

 そうこうしていると目的に到着した。

 エスカレーターから降りて店頭に並べられている水着に一直線。

 変態だと疑われないか心配だったので、俺は敢えて足を遅らせると、はしゃぐ岬を尻目に規定ルートから外れる。

 

 

 ──ようやく自由の身だ。

 だなんて安堵していたら、向こうに見知った影が現れた。

 

 

「……ふむ」

 

 

 すかさず柱に身を隠す。

 顎に手を添えて考察。

 あの今にも腐り落ちそうな四肢をほしいままにする姿は、間違いなくホラー映画に出てきそうな怪物。

 つまるところゾンビであった。

 つまるところ草壁雪花であった。

 

 

「うーんと、水着は……あそこね」

 

 

 何たる不運か。

 雪花もまた水着を買いに来ていたらしい。

 まもなく夏休みだからな、そういうこともあるだろう。

 

 

「……?」

 

 

 何故か自分とゾンビが海水浴場を訪れている光景を幻視し、ぶるりと身を振るわせた。まさか。普通の人間である自分と、常世の存在である雪花が一緒に海に行くなどあり得るはずがない。

 

 

 くだらない未来に唾を吐き、さてどうしようかと頭を捻る。

 雪花と岬が同じ店に居るのはいい。

 いやよくないが、取り敢えずよしとする。

 問題は両方とも俺の知り合いということだ。素知らぬ顔して水着を選んでいては、巡回してきたゾンビと遭遇して「アンタ何してんの? 誰よその女」としち面倒くさい展開になりかねないし、では親し気に雪花と会話すれば「曜いったい何をしてるの? 誰なのその女」とやはりしち面倒な展開になる。

 

 

 畢竟するに詰みだった。

 積み重ねた因果が集約する。

 前世で何か罪でも犯したのだろうか。

 

 

 頭を抱えてしゃがみこむ。

 もうここから動きたくない。

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