バカ VS シリアス   作:ポチ&タマ

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バカとメイド

「お待たせしました。秋葉様がご帰宅されましたので、二階の執務室にお越し下さい」

 

 きっかり十分後。

 クール系美少女メイドの翡翠ちゃんが涼しげな顔でそう告げてきたため、琥珀ちゃんや翡翠ちゃんとともに執務室へ向かう。

 

「秋葉様、志岐様をお連れしました」

 

『──どうぞ』

 

 重厚な扉を翡翠ちゃんが開け、琥珀ちゃんに促されて中へ入る。

 居間が白を基調とした空間であるなら、執務室は赤を基調とした部屋だ。重苦しい空気は格調高く、長い歴史を感じさせた。

 代々の遠野家当主が此処で仕事をしていたのを想像すると、この重苦しい雰囲気も納得出来る。

 

「改めて、お久しぶりですね、兄さん」

 

 長い黒髪を靡かせながら凛とした顔で少女が言う。

 おっと、そのセリフは記憶喪失な俺には返し辛い言葉だぞ。でも俺は大人だから、当たり障りのない言葉で返事をしておこう。

 Foooooー! 俺ってばおっとな~! 

 

「あー、うん。久しぶり?」

 

「そうバツの悪そうな顔をしないで下さい。今の兄さんは記憶がないのですから、仕方ありません」

 

 じゃあ、何で久しぶりなんて言ったんじゃい! 

 お、落ち着け俺。俺は精神年齢三十過ぎのナイスガイ。JKのちょっとした戯れなんてサラッと流すズラ……。

 

「それにしても、俺は幸運だな。こんな美人さんが俺の妹分だなんて。記憶をなくしているのが本当に悔やまれるよ」

 

 実際、モデルとしてもやっていけそうなほど秋葉ちゃんは美しい。

 艶やかな黒髪は枝毛一本すら見当たらず、まるでリンス系のCMで「潤い艶やか~」と髪をファサ~と掻き上げている時とほぼ変わらず。

 手で鋤いたらさぞ気持ち良いだろうなと思う。幼馴染み曰く、女の髪は命と同義語らしいから、きっと手間暇掛けて手入れしているのだろう。触りたい。

 

 涼しげで凛とした顔は冷徹なイメージを感じさせるが、俺は覚えている。

 初めて病室で顔を会わせて、俺が記憶喪失だと発覚した時のあの絶望の表情を。かつて過ごしたらしい秋葉ちゃんたちとの日々を覚えていないと知った時の、血の気の引いた表情を。……どれも良い顔じゃねぇな。

 そんな表情を見せていた秋葉ちゃんが、今や鋭いナイフのような冷徹な眼差しを向けている。渾名はジャックナイフ秋葉。バタフライナイフが似合いそう。

 

 華奢な体はスレンダーという言葉では言い表せない。特に、女性を象徴するお胸とか。

 薄着なのに全然盛り上がりが見られない。ブラを付けているとは思うけど、それでもだ。せめて一センチはあってくれよ……! 絶壁じゃないか! 男の娘と言われても信じるぞ俺は! 

 

 だが、まだだ。まだ希望はある。俺の見立てでは美脚の持ち主と見た。

 スカートに隠れて見えないが、きっとキメ細かでスベスベな肌をした、染み一つないまさに芸術そのものの脚線美を有した黄金の生足が、あの黒のスカートの中に隠されているに違いない。ふふっ、唆る。

 

「……」

 

 とまあ、人様には聞かせられない駄々漏れな本音を押し殺しながらの、俺の渾身のよいしょに、秋葉ちゃんは表情一つ崩さず涼しげな目を向けてくる。

 そして、目を閉じて冷たく言うのだ。

 

「ありがとうございます。兄さんは相変わらずですね」

 

 それどういう意味!? 少なくとも褒め言葉じゃないよね、ねぇ!? 

 

「…………」

 

「────」

 

 ほんの数秒の、互いの出方を伺う沈黙。

 男の意地に掛けて何とかぎゃふんと言わせてやると、乏しいボギャブラリーを組み立てている俺に対し、秋葉ちゃんは冷静な眼差しで観察してくる。

 くそっ、実験結果を見守る研究者のような目で見やがって! 

 ちょっと顔が良くて声も綺麗で絶壁というある種のアイデンティティーを持ってるからって、調子に乗るなよー! 

 

「──まあ、いいでしょう。時間は有限です、さっさと本題に入りましょう」

 

 まさかのタイムアウト!? 

 くっ、この俺が翻弄されているだと……!? 

 野放しにしたら手を付けられないとまで言われた、この俺が……ッ!? 

 

「ふっ……さすがは俺の妹分だけはある……」

 

「……? よく分かりませんが、話というのは他でもありません。兄さんの今後のことについてです。まずは……琥珀、翡翠」

 

『はい』

 

 秋葉ちゃんの言葉に一歩前に出る二人。

 丁寧に体の前に両手を重ねた美しい待機姿勢を取る双子姉妹だが、その表情は真逆。

 一切表情を緩めない主人を見倣ってなのか真顔がデフォルトになってきた翡翠ちゃん。鉄面の如く感情を読み取れない目を向けている。

 一方で割烹着にも似た和服エプロン姿の琥珀さんはニコニコ笑顔。というか知り合って以来、笑顔以外を見たことがない。

 対照的な表情を浮かべた二人は背筋を真っ直ぐ伸ばした美しい姿勢で、主人の次の言葉を待っている。

 

「琥珀を付き人にと考えましたが、翡翠も立候補したので、この際兄さんに決めてもらうことにしました」

 

「付き人……? ……専属メイド!」

 

「兄さんの今後の生活を考えたら付き人をつけた方がよいでしょう。前もって言っておきますか辞退は出来ません」

 

 静かだが有無を言わさない口調の秋葉ちゃん。メイドなんて要らない、という言葉を前もって突っぱねるようだった。

 メイドなんて要らない? そんな、勿体無い! 

 

「二人ともはダメ?」

 

「……遠野家当主が付き人一人もつけず過ごせと、そう仰るのですか? 遠野の、当主が?」

 

「あ、ごめん何でもないです言ってみただけテヘペロ」

 

 何だか地雷を踏み抜きそうな予感がしたため急遽会話を打ち切る。冷たい眼差しがゾクゾクします。

 しかし、ふむ。琥珀ちゃんか、翡翠ちゃんか。

 

 ……正統派メイドさんか、和服メイドさん。

 

 …………正統派クーデレメイドか、おっとり和服メイドか。

 

「………………翡翠ちゃんで」

 

 苦渋の決断の末、翡翠ちゃんを選択した俺。

 きっと苦虫を百匹噛み潰したような顔をしていることだろう。

 

「ガーン! そんな、志岐さま……!?」

 

「……私が、志岐様の付き人」

 

 分かりやすくショックを受けている琥珀ちゃんの隣では、無表情のまま小さくガッツポーズを決める翡翠ちゃんの姿が。

 なんだ、けっこうお茶目な一面もあるじゃないの。

 ふっ、おもしれー女。

 

「わたしでは駄目なんですか志岐さま!?」

 

「ごめん琥珀さん……俺、クーデレが好みなんだ」

 

 ガビーン! と擬音が聞こえてきそうな顔でヨヨヨと膝をつく琥珀ちゃん。

 その隣では頬に手を当てながらイヤンイヤンと首を振る翡翠ちゃんの姿が。

 相変わらず無表情だけど、何となくこの子たちのキャラが判ってきたな。

 ふっ、おもしれー女たち。

 

「兄さんには今日からこの家で過ごして頂きますが、此処には此処の規則があります。今までのような不作法はさけていただきますから、そのつもりで」

 

 俺たちのささやかな交流を見なかったことにした秋葉ちゃん。

 でも、その言葉は流石にスルー出来ない。

 

「それって、お行儀の良いお坊ちゃんになれってこと? いやぁ、俺には無理でしょ」

 

 そんな柄じゃないし。

 そう言うと、秋葉ちゃんの冷たい眼差しが突き刺さる。

 ジト目も絵になるって美人の特権だよなぁ。なんか癖になりそう。

 

「いえ、何があろうと身につけていただきます。行く行くはこの遠野を背負う立場になるのですから」

 

「え、どういうこと?」

 

「──こほん。とはいえ、今すぐに出来るようになれとは申しません。最短で一か月、最長で三か月の猶予を差し上げますので、どうぞ死ぬ気で努力してください」

 

 そのための使用人でもありますから。

 そう言って薄く微笑む秋葉ちゃんに、今後の生活がハードになることを察する。

 

「ところで、兄さんも持っていますよね。いかがわしいアレを」

 

 唐突に話題を変えてきた秋葉ちゃんは「出してください」と手を差し出してくる。

 いかがわしいアレ? 俺の持っている、いかがわしい物といったら股間にぶら下がっているソレと、実家から持ち出したアレくらいだが。

 え? アレが欲しいの?

 

「秋葉ちゃんには必要……ありそうだけど、でもコレは俺も使うし……」

 

「我が家ではソレの使用は原則として禁じられています。今後、使用することは認めません」

 

 なので観念して出してください。と差し出した手を突き出してくる。

 後ろを振り向いて助けを求めるが、琥珀さんは「大人しく出しちゃった方がいいですよ」と囁いてくる。翡翠ちゃんに至っては無表情無言で見つめ返してくるだけで、なんのリアクションもない。

 

「最近になってようやく手応えを感じてきたのに……まあ、そういう決まりなら仕方ないわな」

 

 渋々、着物の胸元を緩めて袖を脱ぐ。普段着ている着物は上下一体型だから、帯を緩めるとおパンツまで丸見えになっちゃうんやで。

 

「ーーに、ににに兄さん!?」

 

「志岐様!?」

 

「あらー」

 

 顔を真っ赤にして戦慄く秋葉ちゃん。要求してきたのはそっちだろうに。

 上だけはだけた俺はソレを外して、秋葉ちゃんに差し出した。

 

「はい、大胸筋矯正サポート。あ、ブラじゃないで?」

 

 リハビリの一環として身につけていた大胸筋矯正サポート。一見するとブラのような形してるから見間違えるかもしれへんけど、それほんまブラじゃないで?

 脱ぎたての大胸筋矯正サポートを受け取った秋葉ちゃんは、口の端を引き攣らせながら言う。

 

「携帯っ、電話ですッ!」

 

 こんな女性用下着ではありません!

 大胸筋矯正サポートを地面に叩きつける秋葉ちゃんであった。

 だから、ブラじゃないで!

 

 

 

 1

 

 

 

 入院中のリハビリでつくづく身に染みたことなんだが、俺の体はメチャクチャ弱っている。

 どのくらい弱っているかというと、あの悲鳴嶼様が百メートル全力ダッシュで息を切らすくらい弱っている。

 まあ、具体的に言いますと、全身の筋力及び肺活量の絶大な低下。そして怪我の後遺症により心臓が常に不整脈かつポンプ機能が一般人レベルまで落ち、重度な貧血持ち。

 

 まあ、七年間も寝たきりだった訳だから諸々の筋肉が削げ落ちるのは致し方ないが、心臓の後遺症は痛い。

 筋肉はね、また鍛えれば良いだけだけど心臓だけはどうしようもないから。これまで通りの肺活量が手に入れば呼吸法で不整脈をコントロール出来るだろうけど、肝心のポンプ機能が死んでたら話にならないし。

 けど、俺にはビューティフルなメイドさんがいるから。「頑張って志岐様♡」って言って貰えれば、ギャグ漫画の如く鍛え抜かれた肉体を披露することになるだろうさ。男なんて単純な生き物なんだよ。

 

 と、いうことで。遠野家にご厄介になってから早三日が経ったのだが。もう既に日常のルーティン化が進んでいる。

 すなわち、勉強! 勉強! 鍛錬! 勉強! 勉強! 鍛練! の生活だ。

 鍛錬より勉強が多いのはなんでやっ! ってちゃぶ台の代わりにテーブルをひっくり返したいところだが、そうすると翡翠ちゃんのお仕事が増えちゃうから我慢。

 まあね、仕方ないのは重々承知してるんだよ? 中の人は三十路を超えたオッサンだけど、ガワは普通の子供だから。それに七年間も寝ていたからその間の基礎知識や勉強も遅れてるし。

 今年からまた学校へ行かせてくれる両親の想いにも応えるため、中学の科目を履修しなければならないという訳だ。

 

 はー、辛たん。というか面倒くさい。一部の教科は記憶が風化して覚え直す必要があるけど、大体分かるし。

 でも、それを言うわけにもいかないから毎回教科書を片手に問題集を解いてます。

 

「フゥゥゥ……」

 

 今は鍛錬の時間で肺を鍛え直している。

 現在のスペックだと七夜式体術は呼吸を使っても最大十秒。呼吸のみの各種型も三十秒が限界といったところか。

 呼吸を使わないと結構な頻度で貧血に見舞われるが、逆を言えば呼吸さえ取り戻せば貧血はなくなる。

 早急に常中を再体得しなければならないが予後不良の中、どれだけ鍛え直すことが出来るか正直不安だ。

 ……少し一休みするか。

 

「スポーツドリンクとタオルをお持ちしました」

 

「お、おぉ……ありがと」

 

 絶妙なタイミングでスポーツボトルとタオルが手渡される。毎回、欲しいなーと感じた瞬間に差し出してくるの何なんですか? エスパータイプ? 

 

「……」

 

 また、メッチャ見てくる……ていうかガン見だ……。

 翡翠ちゃんが俺の専属メイドになってから三日が経つ訳なのだが、当初はおもしれー女だと思っていたけど、その認識は改めつつある。

 おもしれーけどやべー女だ。

 基本的に何を考えているのか分からない顔でこちらをガン見してくるし、時折何か重々しい雰囲気を漂わせることがあるし。極め付けは朝だね。

 毎朝、メイドさんらしく起こしてくれるのだが、元々気配に敏感な俺は起こされる前に起きる。

 

 で、先日──というか昨日のことだ。声を掛けてくるタイミングで驚かせてやろうと企み狸寝入りをしていたところ、いつまで経っても起こしてこない。

 気配は枕元にあるためそこに居るのは確かなのに五分、十分とただ時間だけが過ぎていって。

 一体どうしたんだろうか、と薄目を開けて見てみると、枕元に立ちながらメッチャ俺の顔を凝視してくるんだ。真顔のままで。

 もう軽くホラーだよね。これが真夜中だったら恥も外聞もなく叫んでいたと思う。

 

「……あー、俺の顔に何かついてる?」

 

「いいえ。とても見目麗しい御尊顔です」

 

 遠回しに馬鹿にされてる? 

 いや、でもこの無表情だからなぁ。本当にそう思ってもいそうだし……。

 

 どこかに翡翠ちゃん取り扱い説明書とかないかな?

どの程度、月姫について知っていますか?

  • 無印、リメイクともにプレイ済み
  • 無印のみプレイ済
  • リメイクのみプレイ済
  • 未プレイだけど設定・世界観は知ってる
  • まったく知らない
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