バカ VS シリアス   作:ポチ&タマ

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バカと吸血鬼

「――」

 

 七時半。総耶高校に通う生徒たちが合流する正門前。

 その手前の通学路に設けられたガードレールに、その人は腰かけていた。

 

 真っ白なキャンパスを彷彿とさせる純白の姿。

 日の光を思わせる、金の髪。

 細く長い整った眉と、宝石のような輝きを宿す緋色の瞳。

 どこか待ち時間を楽しむように静かにガードレールに腰掛ける、白い妖精。

 たった一度しか見ていなくとも、俺がその姿を見間違えるわけがない――。

 

 ――ば、バカな……サイコな人格の俺がブツ切りにしたはず……!

 

 白のタートルネックには血の染みなど一滴もなく、陽光に照らされながらガードレールに座り足をぶらぶらさせているその姿。まさに五体満足……!

 まるで恋人と待ち合わせをしているような、そわそわして落ち着かないその様子は、間違いなく生者そのもの……!

 

 ――お、俺はまだ夢を見ているのか?

 

 死人が生き返るわけがない。それは世界共通の常識だ。

 では、そこにいる彼女は何だ? もしかして幽霊? こんな朝早くに?

 

「――」

 

 幽霊と目があった。

 ガードレールに腰かけた彼女は、俺を見て笑う。

 やっと来たわね、と。自分を殺した相手を見つけて、心の底から満足するように。

 

「――ゆ」

 

 手を挙げて親しげに微笑む女の人。まるで友人との出会いを喜んでいるかのような気軽さ。

 ガードレールから腰を上げると、黄金の髪がさらりと靡く。

 呆然と立ち尽くす俺に、歩み寄ってくる。

 

「幽霊だああああああ!」

 

 俺は全力で来た道を引き返した。呼吸を使って恥も外聞もなく全力で走る。

 だって俺、幽霊が一番苦手なんだもの……ッ!

 お化け屋敷すらへっぴり腰になる男だぞ。本物の幽霊とかマジで勘弁してくれ! でも恨むよね、自分を殺した相手だもん!

 なんだ、自業自得じゃんか――って、分かっていても納得できない理不尽さがある。

 

 何処をどう走ったのか覚えていない。ただ闇雲に、確実に後をつけてくるその気配から逃れるため走り続けた。

 呼吸が使えなかったら一分も持たない全力疾走。こんな用途に使うなんて思わなかったけど、肺を鍛え直していたことに今ほど感謝の念を抱くことはないだろう。

 背後を振り返って後ろを確認するが、女の人の姿はない。当然だ。こっちは呼吸を使ってるんだぞ。

 

「なのに、なんで正確に後をつけれるんだよ! 探偵ですか!?」

 

 くそ、振り切れない……! それだけ恨みが強いってことですかそうですよね分かります!

 

「幽霊に通用するかわからないが……っ」

 

 こうなったら、殺るしかない……!

 

 ――もう一度、この手で、殺す。

 

 ――今度は俺の意志で、正常な意識の元、確かな意思で彼女を殺す……!

 

 封鎖された鉄柵を強引に蹴破り、路地裏の中へ足を踏み入れる。

 壁のいたるところに書かれたスプレーの落書きが、ここの治安の悪さを物語っていたが、今の俺には都合がいい。

 ただでさえ人が寄り付かない路地裏なんだ。仮に不良がいたとして、多少奇抜な行為を行っても妄言として処理されるだろう。

 

 行き止まりにぶち当たった。周囲に人影はない。

 常々持ち歩いている護身用のサブウェポンを鞄から取り出す。

 

「あれ、追い掛けっこはもう終わり?」

 

 カツン、と。

 路地裏に乾いた音が響き渡る。

 振り返るとそこには、軽やかな足取りで近づいてくる女の人がいた。

 

「こんにちは。昨日は本当にお世話になったわね」

 

 ――やはり、幽霊か……。

 

 屈託のない笑顔を向けてくるが、その裏にはどれほどの憎悪が隠されていることやら。

 でも仕方ない。これは自分が蒔いた種だ。

 なら、自分で刈り取らないと。

 

「こんにちは。昨日はすまなかったな。つい気持ちが先走ってしまったよ」

 

 逆手に持ったナイフを眼前に持っていき、軽く腰を落として構える。

 女の人はナイフなんて見えていないように、気軽な足取りで近づいてくる。

 

「長かったなぁ。あれから十二時間、ようやく貴方をつかまえた」

 

「もう捕まえた気になってんのかい?」

 

 判断が速すぎると鱗滝先生なら褒めるだろうな。俺は死ぬけど。

 

「あら、逃げ切る気でいるの? また追い掛けっこをしてもいいけど、ここ袋小路よ。おまけに人気もないから、邪魔が入る心配もないし」

 

 それはつまり、ここから脱出するにはこの女の人の脇を通らなければならないということ。

 つまりは、ただでさえ苦手な幽霊に、自分から近づかなければならないという精神的苦痛を選ぶ必要がある。

 それを、この野郎――いや、女郎は悟っているのか……!

 この俺が、実は幽霊が苦手なチキン野郎だということを、悟っていやがるのか……ッ!

 

「くっ……あんたは昨日、俺が確実に殺したはずだ……!」

 

 分かりきったことをあえて聞くことで時間を稼ぐ。

 戦闘態勢に入ったはいいけど、やっぱり自分から幽霊に飛び込むのは、ね。

 

「ええ。昨日あなたに殺された女よ。嬉しいわ、覚えていてくれて」

 

「そりゃ、忘れるわけがないさ。あんたのような女性は、生まれて初めてだからな」

 

 一目惚れするほどの衝撃を受けましたから。

 かつてカナエさんに抱いたものと似通った感情をこの人に抱いているのを自覚するが、それはもはや叶わない。

 だってこの人、幽霊だから。

 他ならない俺が、殺してしまったから。

 

「あら嬉しい。わたしも初めてよ。こんな気持ちになったのは」

 

 そう言って、女の人は軽く微笑む。

 彼我の距離はすでに五メートルを切っていた。

 

「両想いとは、嬉しいねぇ。でも残念だ」

 

 ――いよいよ、腹を括る時か……。

 

「あんたは幽霊で、俺は人間。互いに交わることのない道を進んでいるからな」

 

「幽霊?」

 

 俺の言葉に目を丸くした女性は、衝撃的な言葉を口にした。

 

「わたし、幽霊じゃないわよ?」

 

「なん、だと……」

 

 えっ、幽霊じゃないの??

 

 

 

1

 

 

 

 殺された女の人の無念が実体化した怨霊――ではなく、血を吸って生きる怪物の代名詞、吸血鬼。

 それが、女の人の正体らしい。

 

「マジか、吸血鬼かー」

 

 確か女の人の場合ヴァンピールって言うんだっけ。その辺の知識は曖昧だ。

 

 でもよかった。これで、昨夜の殺人衝動にも説明がつく。俺はサイコパスじゃなかったんや!

 そう。この女性を見た途端、頭が真っ白になり衝動的な殺人欲求が高まったのは、俺が七夜だから。

 退魔師として血を色濃く受け継いだ、七夜としての顔が出てしまったのだ。

 純度百パーセントの人外さんと出会ったのはこれが初めてだから、他の人外さんに対してもそうなのか分からないけど。一目ぼれした女性に対して衝動的に殺したくなるような危ない男ではないことは分かった。

 

 あー、よかった。ということは、警察沙汰になる心配もない……よね? 被害届とか出してないよね?

 

「それで、吸血鬼さんが何用で?」

 

 警察に通報したから、一緒に交番に行きましょう。なんて言わないでお願いします。

 

「――」

 

 何故か女の人はびっくりしたような顔で身を引いた。

 しかしそれも束の間、すぐに両手を腰に当ててムッとした眼差しを向けてくる。

 

「驚いた。昨日、わたしに何をしたのか忘れたの? 見ず知らずのわたしを会った瞬間にバラバラにして殺してくれたのよ。それで何の用だって、よほど手馴れてるのね」

 

「死んでないじゃん」

 

「死んだの。他の吸血鬼なら蘇らないでしょうけど、わたしは少し特別でね。せっかく貯めていた力も蘇生に全部費やしてしまったわ」

 

「それは、なんというかゴメンナサイ。でも俺ん家は人外だとノーカンなんだーーって言っても納得しないよね。……よし、言いたいこともあるだろうし、ドンと聞こうじゃないか」

 

「そりゃあ言いたいことはいっぱいあるけど……貴方、変わった人ね。吸血鬼相手にするような態度じゃないわよ?」

 

「よせよ、照れるだろ」

 

「……本当に、変な人」

 

 俺の前に立った女の人は、やけに俺のことをジロジロ見てくる。まるで「こんな生き物がいるんだー」って観察する子供のように。

 しかし不思議と、敵意や殺意といった感情はその視線には込められていない。

 

 わ、分からない。やられたらやり返すのが普通だろう? 蘇ったとはいえ殺した相手なんだから尚更だ。

 てっきり復讐するために俺を狙っていると思ったんだけど、違うの?

 

「確かに、殺されたら殺し返すっていうのはセオリーよね。それがお望みならしてあげるけど、とりあえず今はパスかな。それ、損益が合わないから」

 

 女の人がジッと俺の顔を見つめてくる。

 なんだか居たたまれない気持ちになるのは何故だろうか。

 

「ねえ、反省してる?」

 

「してます、はい」

 

 七夜の血をコントロールする修行をしていれば、出会い頭に殺すなんて暴挙に出なくて済んだはず。

 一族の皆は「化物は全員殺す!」な考え方だけど、人外=悪という図式は俺の中にはないから。

 

「ふーん……うん、なら許してあげる」

 

「えっ、本当に? 嘘ついてるかもよ俺」

 

「あら、嘘だったの?」

 

「いや嘘じゃないけど……えっ? そんなに簡単に信じちゃっていいの?」

 

「いいの。貴方、嘘をつくの苦手そうな人間だし」

 

 そりゃあ、正直者の志岐くんを売りにしてるから、嘘はつかないけど……。

 でも、一方的に殺しておいてごめんなさい一つで赦されるのは、なんか違うだろ。命ってのはそんなに軽いものじゃないはず。

 かつて命が軽い時代を生きたからこそ、その辺のことはよく分かっているつもりだ。

 

「――そっか。うん、いい人なんだね、貴方」

 

 女の人が笑う。

 まるで太陽のような笑みに、しばし見惚れた。

 

「うん、決めた。やっぱり貴方にはわたしの手伝いをしてもらうわ。この街に根付いている吸血鬼の始末の手伝いをね」

 

 さっきとは違って意味ありげな微笑みを向けてきながら、そう告げてくる女の人。

 この街に根付いているって……えっ? そんなに居るの、この街? 吸血鬼が?

 ていうか吸血鬼の始末って、貴女も吸血鬼ですよね……?

 

「えっ、同胞の始末してるの?」

 

「あぁ、違う違う。確かにわたしも吸血鬼だけど、この街に根付いている吸血鬼はまた別物よ。貴方、この街に住んでいる人でしょ? なら最近起きている殺人事件も知ってるわよね」

 

「ああ、うん。何人も殺されてて、被害者はみんな血を失った状態って……あ」

 

「そう。わたしが言ってるのはその吸血鬼のこと。わたしが殺したい相手は今のところソイツだけよ。この殺人犯って貴方たちにとっても敵なんじゃないの?」

 

 まさかニュースでやっていた『現代の吸血鬼の仕業か』が本当だったとは。

 

「可笑しな話よね。ニュースで『吸血鬼の仕業か!』って言ってるじゃない。ちゃんと犯人が何者なのか分かっているのに誰も吸血鬼退治をしようとしないんだもの」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

 吸血鬼専門じゃないけど退魔師であることに変わりはないから、そう言われても仕方ないと思います。

 俺の責任じゃないけどな! パパ上たちは一体なにをやってるんだ!

 

「でも、予定が大きく崩れちゃって。昨日、何故か見ず知らずの殺人鬼に襲われて、いきなり殺されちゃったのよ。うん、アレには参ったなぁ。もうかんっぺきな不意打ちで、反撃する間もなく十七つに切断されたんだから」

 

 い、言えない。殺しただけじゃなくて、オパーイも揉んだなんて。

 前言撤回されて今度こそ殺されちゃうわ。

 

「申し訳ございませんでしたああああ!」

 

 その場で跳躍し、華麗なるバク中ジャンピング土下座を敢行する。

 一流の職人が握った寿司のように芸術すら感じさせるであろう、我ながら見事な土下座。

 主に幼馴染たちを相手に使用していた謝罪コマンドだが、女の人は「ジャパニーズDOGEZAね。なかなかスタイリッシュじゃない」と感心したような声を出すだけで、お許しの単語は出てこない……。

 こ、これでもダメなのか……? もはや、禁じられし【焼き土下座】をするしか――。

 

「わたしだってね、復元するまでは本当に貴方を殺すつもりだったわ。あんな屈辱を受けたのは初めてだったし、復元しきるのに八割以上の力を消費してしまった訳だし」

 

「う……」

 

「それになにより、ほんっっっっとうに、ものすごく痛かったんだから。あんまりにも痛いから気が狂いそうになるんだけど、やっぱりあんまりにも痛くて正気に戻るの。そんな繰り返しを一晩体験したわたしの気持ち、わかる?」

 

 や、やっぱり焼き土下座しか――。

 

「もう、その状態だと話しにくいじゃない。いいから頭を上げて」

 

「へいっ」

 

 女の人のお許しを頂き、顔を上げる。

 この後は【焼き土下座】か……。

 鉄板、用意してないから、どこかで代わりになるものを調達しないと……。

 

「それでね、もう憎くて憎くて貴方を探したの。目的である吸血鬼を探すことも忘れて、貴方を見つけることだけに熱中したのよ。土地の記録から貴方の服装があの学校のものだって判ったのは、ほんの二時間前。ホントは夜まで待って捕まえようと思ったけど、もう一分だって待ちたくなかった。それじゃあって、あそこで待つことにしたの」

 

「そこまで憎く思ってたのに、何で許したの?」

 

「そうね……簡単に言えば時間が経って冷静になったのかな。わたしの方も力を消費しちゃったことだし、ここは貴方を殺すよりも盾になってもらった方が効率が良いって思ったの」

 

「なるほど、確かに効率的だ」

 

 だけどそのタンク、紙以下の耐久力だぞ?

 

「単純に殺されただけならそこまで力を消費しないけど、貴方の方法は今まで見たこともない切断方式で、傷口が繋がらないから体を作り直すしかなかったの。その結果、わたしは生き返るのにほとんどの力を使っちゃったんだからね!」

 

 ぷんぷん、という擬音が聞こえてきそうなほど女の人は腹を立てている。

 というか、今まで忘れていた怒りを思い出してしまったようだ。

 

「とにかく、今のわたしは弱ってるの! 二晩も経てば回復すると思うけど、その前に敵に襲われたら危ないじゃない。貴方にはその間、わたしの盾になってもらうんだから」

 

 なるほど、そういう意味での盾か。てっきり肉壁にするのだと思った。

 要は彼女の護衛を務めればいいってことだよな。吸血鬼が相手なら人外特攻が乗るから、十七分割どころか塵にしてやるぜ。

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「わたしを殺した責任、ちゃんと取ってもらうんだからね」

 

 責任を取る。様々なシチュエーションで聞くであろう、人生で一番耳にしたくない言葉トップスリーの一つ。

 仕事においては業務を成し遂げる、役割を果たす、 品質を担保するといった意味を含み、ミスやトラブルなどの問題が発生した場合は、当事者として起きたことの応急処置を迅速に行うことを指す言葉。

 しかし、異性間において女性側が男性にその言葉を使った場合、意味合いは大きく異なる。

 つまりは、責任を持って相手を娶り、添い遂げなければならないという隠語。

 

 そう、つまり彼女は――。

 

『わたしを殺したんだから責任として結婚しなさい』

 

 という意味に外ならず。

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 秒でお辞儀をした俺であった。

どの程度、月姫について知っていますか?

  • 無印、リメイクともにプレイ済み
  • 無印のみプレイ済
  • リメイクのみプレイ済
  • 未プレイだけど設定・世界観は知ってる
  • まったく知らない
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