その後、アルクェイドとともにホテルを出た俺は彼女の部屋へ向かうこととなった。
時刻は朝の五時。明朝ということもあって人気はなく、誰ともすれ違うこともなくマンションに到着する。
「さあ入って」
「お邪魔しまーす」
彼女の部屋に訪れたのはこれで二度目だが、ファーストコンタクトは玄関だったため部屋に上がるのはこれが初めてだ。
質素な部屋だ。ベッドにテーブル、箪笥にクローゼット。必要最小限の家具しか置いておらず、私生活の臭いはまるでしない。
にしては冷蔵庫や食器洗浄機はあるが、元から備えられていたやつだろうか?
「適当にその辺腰掛けてて」
「ほい」
指差したベッドにダイブ。スプリングが効いてるのだろう、軋む音を鳴らしながら俺の中で体が弾んだ。
布団から良い匂いがする。アルクェイドの香りだろうか。
「……すうううううう!」
思わず鼻の穴を広げて胸一杯に空気を取り込むと、強烈な眠気が襲い掛かって来た。
そういえば、昨日は完徹だったんだよな。そう考えると、なんだか眠気が……。
「志岐?」
「……( ˘ω˘)スヤァ」
「あ、起きた。おはよう志岐。よく眠れたようね」
目を覚ますといつの間にか夕方になっていた。十時間近く寝てたのか俺。
俺の平均睡眠時間は六時間ほどなのだが、寝過ぎじゃね? 我ながらビックリ。
自分では気付いていないだけで、昨夜の戦闘ではそれほど神経を使ったのだろうか。
ぼけー、と寝起きの頭で窓を眺めていると、この部屋の主が姿を見せた。
「おかげさまでね。おはよう」
「うん、おはよう! ふふ、朝の挨拶をするなんて珍しい経験ね」
「挨拶したことないの?」
「ええ。必要がなかったから。でも、これからは挨拶しないとね!」
何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべるアルクェイド。その綺麗な笑顔に思わずドキッとする。
アルクェイドの笑顔ってやっぱり良いなぁ。顔が良いから笑顔もすごくイイ。
ていうかベッド占拠してしまってすまぬ。アルクェイドだってまだ回復しきれていないだろうに。
「そういえば、アルクェイドの方はもう大丈夫なの? その、俺がやったアレ」
「ああ、志岐にやられた傷ね。ええ、もう大丈夫――って、言いたいところなんだけど」
ちょっとまだ無理があるみたい。そう困り顔でお腹をさするアルクェイド。
少しだけ服の裾が持ち上がり、一瞬だけ茶色いものが見えた。
――茶色い包帯なんてあったっけ?
「でも、丸一日包帯変えてないよね。一人で変えるの大変だろうし、俺がやってあげる」
鞄からポーチを取り出す。
中には包帯に止血帯、ガーゼ、糸、縫い針などが入った応急処置セットが入っており、これらとサブウェポンの飛び出しナイフは常に持ち歩いている。
遠慮するアルクェイドだが、俺が原因だからと言い聞かせると渋々裾を捲った。
「……あのね、アルクェイド」
「うん?」
「ガムテープじゃ傷は治らないよ?」
ガムテープでグルグル巻きにされたアルクェイドのお腹。確かに応急手当として使えるけど、あくまで応急であって。
昨日今日と十分に時間があったんだから、ちゃんと手当てしなさい。
「そのくらいわたしも知ってるわよ。そのうちくっつくんだから、わたしにとってガムテープも包帯も変わらないわ」
並外れた治癒能力があるからこその弊害か。でも何時までもガムテープを貼ってるのは見栄え的にも悪いので却下です!
ガムテープを剥がすと傷口が露になる。
治りかけているというのは本当のようで、出血は見られないが、それでも線でなぞったような切り傷が残っていた。
流石に胴回り一周分のガーゼはないため、包帯だけ巻き巻きしながら昨夜のことについて訊ねる。
「昨日襲ってきたアイツがターゲットなの?」
「ネロのこと? いいえ、アレはむしろ私を狙いに来た奴ね。わたしが探してる吸血種はまた別よ」
「ふーん。なんか渋々やって来た的なこと言ってたね」
敵対したくないような消極的発言だったけど。ゲームがどうのとも言ってたな。
「真祖狩り、なんてものが死徒の間で流行ってるみたい。わたしを生け捕りにしたヒトが勝ちっていうくだらないゲームよ。まさかネロが参加するとは思わなかったけど」
「知り合い?」
「まさか。わたしに吸血鬼の知り合いはいないわ。知り合ったってことは次の瞬間に殺しているってことだもの。今回みたいに顔を合わせたのに別れた、なんていうのは初めてよ」
やはりこれまでの発言を聞く限り、アルクェイドと死徒は敵対関係にあるみたいだな。もしかしたら真祖という括りでそうなのかも。
「わたしたちの間ではネロっていう名称で呼ばれてる、かなりの変種。実を言うと、こんなふうに気軽に話せるような相手じゃないわ。死徒の階梯の話はしたでしょ? あれは祖――それも二十七体しかいない最上位の個体の一人よ。ネロは、その中でもさらに特殊。古参の吸血鬼なのに城も領地も持たないで彷徨っている変わり者。教会からはカオスなんて名前を付けられてるけど」
「カオス?」
「混沌ってこと。原初の地球みたいに色々なモノが混ざり合って何が飛び出してくるか分からない……って意味もあるのかもしれないわね。昨夜の様子からして」
なるほど、確かに豹やサメとか出してたもんな。恐らく昨日の朝にちょこっとだけ見掛けた鴉もアイツの使い魔なのかもしれない。
名は体を表すとはよく言ったものだ。
「俺としては動物園って感じがしたかなぁ」
サメも出してたから、正しくは動物水族館か。きっとミサイルのように飛び出すペンギンや、糞を投げつけてくる猿、生粋のインファイターなカンガルーとか出してくるに違いない。
俺の得物は凄まじい切れ味を誇るから大抵のものは斬れるけど、流石に象やクジラといった大型生物は直死の魔眼を使わないとアカンかも。
「前に話したと思うけど、長く生きた吸血鬼ほど体の修復は難しいの。すでに何百年と存在してきた器を修復するには人間位の命では足りない。だから単純に生命としてより優れた素材である猛獣や魔獣を取り込んで、自分の肉体として作り変える。ネロは吸血鬼の中でも古参の一人らしいから、体の代わりにして取り込んでいるケモノの数がけた違いに多いのかも」
古い吸血鬼ってそんなこともできるのか。自己改造のスキルじゃん。
自己改造スキルといったらハサン先生やな。ヘラクレス戦ではお世話になりました!
「でもヒトの器には限りがあるから、せいぜい自分の肉体として制御できるのは三十匹くらいかな。とにかく、あいつの武装は二十から三十匹くらいの使い魔のようね。できれば出会いたくない部類に入るタイプだけど、なによりも最悪なのはわたしたちの居場所が割れたってこと。こうしている間も間違いなく、ネロの使い魔たちに監視されているわ」
でも安心ね。志岐ならネロなんて問題じゃないもの。貴方は誰が相手であれ一撃で殺せる眼を持っているんだから。
そう言って微笑むアルクェイドは、他の場所も包帯巻くから脱いでという下心満載の俺に対しにべもなく断るのだった。
1
アルクェイドを狙っているのなら彼女を囮にして誘き寄せ、俺が奇襲を仕掛けるという作戦で話しは纏まった。
人目がつきにくい場所としてピックアップしたのが中央公園。
昼間は家族連れとかでそこそこ賑わうが、深夜帯だと全く人気がなくなる上に、周囲は生垣で囲まれているため人目も気にしなくていい。
アルクェイドの見立てではネロが動き出すのは夜の零時を過ぎてかららしいので、それまでは彼女の獲物である吸血鬼探しの手伝いだ。
ちなみに追っている敵はロアという名前で、ネロに匹敵する古参の吸血鬼らしい。
帰宅途中のサラリーマンに紛れながら街を歩く俺たち。
俺の目では全員普通のサラリーマンのように見えるが、中には吸血鬼の下僕であるグールが混ざっており、そういう奴は後をつけて一人になったところを狙い処理してきた。
どうやら人間かどうか一目で判るみたいだ。
そうやって街を巡回しながらロアの根城を探していると――。
「――見つけた」
吸血鬼の根城を発見。
場所は北側の路地裏の一角で、例の如くスプレーの落書きが至る所にされている。
そんな不良の溜まり場の一角に、地下へと続く階段があった。
路地裏にあるとは思えない不自然な階段。強い腐臭と血の臭いが入り口から漂ってくる。
明らかにヤバイ香りがプンプンとする中、アルクェイドは慎重に階段を降りて行った。遅れて俺も後に続く。
「うわぁ……」
階段を下った先にあった昇降機でさらに地下へ降りた俺たち。着いた先は、まさに地獄絵図だった。
真っ暗闇の中を蠢く、燻ぶった人の影。呻き声を漏らしながら歩き回るのは、昨日の朝襲ってきたバーニングゾンビたちだ。
暗闇に包まれた空間の中、唯一の光源となっているゾンビが歩き回ることで、ここが何なのか徐々に明らかになっていく。
「――集団墓地?」
アルクェイドの言う通り、欧州などで見かける集団墓地のような場所だった。
石造りの棺が等間隔で壁に埋まっており、強い腐臭がそこらかしこから臭う。
率直に言って最悪の場所だ。特に呼吸を大事にする俺にとって、腐ったナニかが肺に入ると思うと吐き気すら覚える。
天井には手足を失った人が逆さまの状態で吊り下げられており、苦悶と絶望の呻き声がそこらじゅうから聞こえてくる。
「ここの主は相当、悪趣味なようね」
侵入者に気づいたのか、バーニングゾンビが曲がり角から飛び出して来るが、アルクェイドが鋭い爪で薙ぎ払うと一瞬で消し飛んだ。
続々とゾンビたちが集まってくる。地下だから気温は低いはずだが、ここだけ異様に暖かいな。
「せめて安らかに」
押し寄せてくるバーニングゾンビたちを“水の呼吸・伍ノ型ーー干天の慈雨”で始末していく。ゾンビたちに自意識はないだろうが、苦痛を与える技よりは安らげるだろう。
そうしてゾンビたちを始末し、ゾンビではないがもう手遅れな人にも慈悲を与え、墓地の中をくまなく捜索するが――。
「――どうやら居ないみたいね」
どうやら領主は留守にしているようだった。
「居たのなら楽に始末出来たんだけど、仕方ないか。でも、これでこの街にいる吸血鬼は三体になるわね」
「えっ? ここがロアの根城じゃないの?」
「アイツの趣味じゃないから、少なくともロアじゃないわ」
「マジかー。吸血鬼が三匹もいる街ってヤバいな」
いや、アルクェイドも含めると四人か。
しかも、そのうちの二人が世界で二十七人しかいないトップ層なんだから、ヤバいってもんじゃないぞ。
「ええ、普通じゃ考えられない……もしかして、この街が特異点?」
特異点が何か分からないが、尋常ではない何かが働いてる可能性があるな。
アルクェイド曰く、もうこの街は手遅れと言っていたが、それでもどうにかしないといけないのが退魔師の辛いところ。
街から離れてるけど、七夜の村も総耶区内だからなぁ。引っ越しなんてできないし、秋葉ちゃんたちを置いて他の街へ住むのも気が引ける。
病巣である吸血鬼たちとその下僕たちをさっさと始末しないと。
地下墓地から出た俺たち。時刻は夜の九時を過ぎたところだ。
アルクェイドと街中を巡回しながらスマホを取り出す。連絡先はもちろん梓姉。
『志岐ちゃん、今日も学校休んだね。まだお仕事終わってないの?』
「うん、もうしばらく掛かりそう。それまで学校のフォロー頼むね。ところで、この街の吸血鬼のことなんだけど――」
先ほど見つけた地下墓地の報告をすると梓姉からも情報が。
「――えっ、第五部隊まで派遣してるの?」
『ええ。予想以上に多くて、特にそのグール? 彼らの数が半端ではない数みたい。お父様も狩りに出かけたわ』
「叔父さんが出動するレベルか……」
七夜のナンバー二である叔父さんを差し向けるとは、余程の事態だな。
俺が思っていた以上にヤバい展開になってるぞ。
『こっちでも何か動きがあったら連絡するね』
「うん、頼んだ」
電源ボタンを押して通話を切ると、丁度そのタイミングでアルクェイドが話しかけてきた。
「電話終わった?」
「うん。あ、ここが?」
「そう、中央公園。ここで迎撃するわ」
着いた先は総耶区が管理している中央公園。日比谷公園並みの広さで中央には巨大な噴水があり、街の憩いの場としても知られている。
周囲には大きな木々が乱立しており天然の生垣を作っていた。これなら歩行者に見られる可能性もぐっと減るだろう。
ただ、開けた場所だから隠れるのにはあまり適していない。
当初の予定ではアルクェイドが敵を引き付けて、隠れていた俺が隙を突くという作戦だったが、これだと初めから二対一で戦うことになりそうだ。
「大事なことだから、もう一度確認しておこうかな。長く生きた死徒にはその在り方を武器にした超抜能力がある。吸血種に備わった基本的な能力とは別の。その個体が血を飲むことで持ってしまった“特殊な呪い”みたいなものね」
「ネロの場合は、それがあの獣たちなんだよな。最大三十匹の獣たちを内に飼うっていう」
「ええ。けど、三十体の使い魔を飼い慣らすだけではないはず。それだけで紀元前から活動し続けられるほど二十七祖の座は甘くないわ。考えられるとしたら使い魔を強化する能力だけど」
「俺があの時斬った豹は液状化してアイツの中へ戻っていった。もしかしたら死なない使い魔とか?」
「……あり得るわね。三十体の壊れない使い魔か。確かにそれなら超抜能力としても頷ける」
それなら確かに面倒だ。まあ【直視の魔眼】がある俺には関係ない話だけど。
此処にネロを誘き出す。なんでも生帯波長とやらを隠さずにいれば吸血鬼同士には互いの位置が丸分かりなんだとか。
ネロは自分の波長を隠していないらしい。プライドの高さからか、それとも変わり者だからかなのは分からないが俺たちとしてはありがたい限りだ。
アルクェイドは常時波長を抑えているが、ネロには監視用の鴉がいる。
こちらからは観測できないが、今もどこかで俺たちを見ているのだろう。
「で、奴が現れたら拘束して、俺が止めを刺すと」
「ええ。ただ拘束するには隙を作る必要があるから、それまでは志岐もお願いね」
「うい。任されましたよ」
ぼんやりと月を見上げるアルクェイド。その横顔からは緊張した様子は欠片も見られない。
相手は二十七祖に名を連ねる吸血鬼。それがどれほどの実力を有するのか、昨夜のたった数分の接触ではまだ計り知れないが、彼女はその実力を知っているはず。
いくら俺という助っ人がいるからといって、まだ力が戻っていない状態なのに怖くないのだろうか?
そう尋ねると、逆に問われてしまった。
「志岐は怖いの?」
「は? 怖くねえし」
うん。本当にそういう恐怖はないけど、そう問われると強がっているように返さないといけないという強迫観念が……。
「相手は死徒二十七祖の【混沌】だというのに怖くないなんて。さすがは志岐ね」
「当り前だろ。なんたってアルクェイドが居るんだ。好きな子が見てる前で無様な姿晒せないっつーの」
「――」
俺の言葉にきょとんとした顔のアルクェイドは、次の瞬間頬を朱色に染めながら視線を外した。
「……まだ好きって言うんだ」
カーワーイーイー! これから死闘だというのに緊張感剥がすんじゃないよ!
「ところでアルクェイドさんや。前々から思ってたんだけど」
「な、なに?」
ドキッとした顔でどもるアルクェイドさん。なに? そんなに俺を萌殺したいの? 俺が死んだらこの作戦は失敗するぞ!
メーデメーデ! バカが萌殺されました! 死因、尊死からのドッピュンブレイク!
丁寧に大砲を掃除してきたのに実戦経験を積むことなくお蔵入りか。死ねる。
「アルクって呼んでいい? 毎回アルクェイドっていうの長いじゃん」
「それって、いわゆる愛称ってやつよね。そう愛称……アルク……」
朱色に染めた頬のままニヨニヨするアルクェイド。前世でリアルギャルゲーをプレイしてきた俺の経験から言えば、満更でもない反応なのだが。
だが、相手は吸血姫。それも挨拶をしたことがないのだからまともな感性をしていないかもしれない。
念のため「あれ? ダメだった?」と訊ねると、彼女は慌てたように首を振った。
「ううん、そんなことない! アルクって呼んでほしい!」
「お、おう。じゃあ、アルク」
「うん! えへへ、初めて愛称で呼ばれちゃった」
この可愛さを吸血鬼たちに突きつければ争いが無くなるんじゃなかろうか?
「でも、志岐も変な人よね。吸血鬼のわたしを怖がらないどころか、愛称まで付けるんだもの。吸血鬼は人間にとって恐怖の対象じゃないの?」
「ん? んー、血を吸う一般的な吸血鬼ならともかく、アルクは別かな。血を吸わないんでしょ? なら害はないってことじゃん。それだけで十分」
その上、超美人なんだから怖がるどころかむしろお近づきになりたいね。
アルクほどの美人なら、例え吸血するタイプだったとしてもグイグイ近づくぞ俺は。
「そうなんだ」
そう言うと、アルクは心底嬉しそうに表情を綻ばせるのだった。
はー! マジ可愛いッ!
早くシエル先輩も絡ませて、ヒロインたちで志岐を取り合いっこさせて四肢を引きちぎらせたいけど、月姫を知らない人が意外と多いから雑な仕事はできない……。
主人公争奪戦のようなパロディ話は結構後になりそうです。
どの程度、月姫について知っていますか?
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無印、リメイクともにプレイ済み
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無印のみプレイ済
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リメイクのみプレイ済
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未プレイだけど設定・世界観は知ってる
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まったく知らない