バカ VS シリアス   作:ポチ&タマ

22 / 29
バカの決着

 アルクェイドがヴローヴを、志岐がネロを引き付けて各個撃破するという作戦は功をなした。

 全盛に比べて二割程度しか力が出せないアルクェイドだが、それでも実力はヴローヴを上回る。

 ネロの介入がなければアルクェイドに敗北の要素はない。耐熱仕様の体は同時に耐寒性能も有しているのだから。

 

 対して志岐はどうだろうか。

 結果から言うと互角以上の戦いを繰り広げていた。

 

「──貴様は、なんだ?」

 

 幾十、幾百の獣が襲ってこようとその身には届かない。

 雷鳴のような早さで動き。

 流れる水のように流麗な体裁きで躱し。

 燃え盛る炎火のように苛烈に、暴風のように残酷に、地震のような無慈悲さで。

 その悉くを斬り捨てていく。

 

「我が体内に内包された六六六のケモノたち。その混沌こそが私を形作る。そのケモノたちも私自身。一にして六六六。私を滅ぼすのであれば一瞬にして六六六の命を滅ぼさねばなるまい」

 

 アルクェイドの言う通り、志岐とネロの相性は最高と言える。

 その内に六六六の命を内包していようと、一瞬にして六六六の命を奪われない限り存在し続ける規格外の原理を持ち合わせていようと。

 直死の魔眼の敵ではない。

 

「元より形のないものたち。壊されたところで私の中に戻れば混沌の一つとして蘇る。それが、悉く無に帰していくだと?」

 

 あまつさえ、その持ち主が七夜であれば。

 鬼に金棒どころの話ではあるまい。

 

「──理解できん。貴様、何をした」

 

「何もくそも、殺しただけさ。単純明快だろ?」

 

 一際大きな獅子や猪、鋭い角を持った鹿などが出てくるが、どれもヤルことは変わらない。

 どんなに強靭な肉体であろうと、鋭い爪や牙を持っていようと。

 死の線や点の前では紙より脆く、触れることさえ出来なければ案山子同然。

 結局は、チーターもライオンもイノシシもシカも、あまり大差なかった。

 

 群青色のケモノが液体に変わり、本体の体に戻らず塵のように消えていく。

 それを見届けたネロは、初めて険しい顔を見せた。

 

「──よかろう。貴様を、我が障害と認識する」

 

 ネロの体が崩れた。

 形を失った液体の塊。まるでコールタールのような粘性のある群青色の液体がみるみると広がっていく。

 そんな混沌の沼から様々なケモノが飛び出してくる。

 ドラゴンやキメラ、ユニコーン、巨人など空想上の生き物と言われる幻想のケモノたち。

 確かに今までのケモノに比べて厄介な部類に入るだろう。死の線が少ないことからそれも伺える。

 

「──あり得ん」

 

 だが、無意味だ。

 その身は退魔を代表する七夜一族の中で、神童とまで謳われる逸材。

 そして前世から培ってきた呼吸法を身につけた、ただ独りの鬼殺隊。

 殺す手立てなど、ごまんとある。

 

「私のあらゆるケモノが殺されるなど、そのような事実が有り得るはずがない……! 私たちは不死身だ。私が存在する限り、死しても混沌となりて我が身に還り転輪する不死のケモノたちが……なぜ、貴様に刺され斬られただけで、元の無に戻ってしまうのだ──!」

 

 コールタールのような液体が収束し、再びネロ・カオスの形を作る。

 血走った眼は憤怒に満ちているが、歩み寄る志岐に対して後ろに身を退こうとし、辛うじて後退することを押しとめた。

 

「──なんたる無様か。我はネロ、朽ちずうごめく吸血種の中において、なお不死身と称されし混沌! それがこのような醜態を晒すなど、断じて有り得ぬ……!」

 

「むっ!」

 

 足をとられる感覚。見れば、あのコールタールのような液体が志岐を中心に広がっていた。

 だが、こんなものが足元にあれば即座に気付くはず。これまで気付かなかったのは何故だ、と思考を巡らせた時、一筋の亀裂がアスファルトに走っているのに気がついた。

 そう、先ほど液状化した際にコンクリートの皹を伝って志岐の足元に潜めていたのだ。

 

「我が分身のうち五百もの結束で練り上げた“創世の土”。人間に使うなど業腹だが、貴様は確実に殺す。肉片の一片たりとも残さず絶滅する」

 

 すぐさま沼を殺そうと刀の切っ先を地面に向けるが、ネロの方が少しだけ早く行動を起こしていた。

 混沌の沼から伸びた触手が志岐の両手や体に絡みつき、瞬く間に拘束してしまう。

 拘束される寸前で、刀を放って口でキャッチしたのは見事と言えるだろうが、流石の志岐も口で咥えたまま振るう技は持ち合わせていない。

 

「いえふ・ろひーは・ろーはっひ・おっはひ・ふるうふるう・ひもひー!」

 

 瞬時に集中力を極限まで高める“反復動作”。

 同時に身体能力を高めた志岐は、自身を拘束する沼の点目掛けて咥えた刀を投擲するが──。

 

「まだ抗うか。その意地汚さは称賛に値する。契約しよう。貴様は生きたまま、少しずつ、高熱で溶かすように咀嚼すると」

 

 新たに出現した触手に絡め取られてしまった。

 

「ですよねー、なんとなく分かっていましたとも! チクショー離しやがれ! 男らしく腕立て伏せで勝負しろ!」

 

「志岐!?」

 

 パートナーのピンチに思わず振り返るアルクェイド。その隙を見逃すヴローヴではなかった。

 

「獲った──!」

 

 片手を失ったといえ、その戦闘力は未だ健在。

 片手で繰り出したとは思えないほどの強力な槍突きがアルクェイドの腹部に命中した。

 弾かれたように吹き飛んだアルクェイド。地面をバウンドしながら瓦礫の山に衝突する。

 

「アルク!」

 

 戦闘衣装が砕け、普段のタートルネック姿に戻るアルクェイド。

 ぐったりと横たわり、起き上がる気配はない。

 その額からは赤い血が流れ出ていた。

 

「うぉおおおおお! 離しやがれぇええええ!」

 

 激昂する志岐だが、死の線や点に触れることが出来ない以上、混沌の沼から這い出す手段はない。

 

 そんな志岐を嘲笑う声が、脳内で響いた。

 

 ──ふん、死に損ないが。この私を追い詰めた人間とは到底思えんな。

 

 脳内無惨(妄想無惨)だった。

 

 ──精々惨めに死ね。あの吸血鬼のように。

 

「……吸血鬼のようにだと?」

 

 志岐の脳裏に過るのは、美しい吸血鬼。

 この世の生き物とは思えないほど美しく、可憐で、幻想的な彼女。

 吸血鬼だというのに血を吸うのを怖がり、半人前な吸血鬼だと自嘲する彼女。

 天真爛漫で、まるで子供のように無邪気に笑う彼女。

 

「アルクェイドのことか……アルクェイドのことか───っ!!」

 

 脳内無惨を十七分割したスーパーナナヤ人になったつもりの志岐は、思い切り奥歯を噛み砕くと、その砕けた歯を跳ばした。

 吹き矢のそれと同等の速度で飛ぶ臼歯は、見事に拘束している沼の点を貫く。

 

 混沌の沼が塵のように消えていく中、刀を回収した志岐は走り出す。

 自身を構成する六六六の命のうち五百もの生命を失ったネロは、ただ膝をついてソレを見ることしか出来ない。

 

「──死など、とうの昔に超越した筈だったが」

 

 ネロという世界そのものの死を突いた志岐は、足を止めることなく駆け抜けた。

 

「──貴様が、私の死か」

 

 塵となって消えいくその顔は、少しだけ綻んでいた。

 

 

 

 1

 

 

 

「アルク、しっかりしろ!」

 

「ん……志、岐……?」

 

 志岐の呼びかけにアルクェイドの意識が戻る。

 体を起こそうとするが、顔を歪めて背中を丸めた。見ると腹部の一部が赤く滲んでいる。

 先の一撃で傷口が開いてしまったのだろう。

 

「ネロは始末した。後はコイツだけだ。可能なら援護してくれ!」

 

 そう言い走り出す、と道を塞ぐ凍てついたゾンビたちを切り捨てながらヴローヴに迫る。

 彼我の距離は約二十メートル。雷の呼吸を使えば即座に間合いを潰せるが、この極寒の環境では炎の呼吸以外使えない。

 

「くそ、肺が凍てついてきやがる……どこかのクソ野郎を思い出すぜ」

 

 想起するのはカナエを殺そうとした上弦の弐。粉状の氷を散布して肺を凍らせてくるというえげつない技の使い手だった。

 ヴローヴの目が志岐を捉え、その冷たい顔が嫌悪に歪む。

 

「──近寄るな。お前はそこで死んでいろ」

 

 己の腕を切り落とした理解不能な人間。

 再生を阻まれるのはあの概念礼装によるものか。なんにせよ、近づかせなければいいだけの話。

 そう判断したヴローヴは遠距離から一方的に攻めることにした。

 

 大気を穿つ氷塊。槍と化した氷は弾丸となって志岐の頭を撃ち抜いてくる。

 その度に脚を止めて迎撃する志岐。

 炎の呼吸の型は強い踏み込みを必要とするものが多いため基本的に脚を止める。それはつまり、ヴローヴへの接敵時間が長いことを示す。

 

「……奇跡の類いではない。しかし常識でもない。オレの渇きを水のように通すとは、どういう理屈だ」

 

 ガトリングのように絶え間なく放たれる氷柱の嵐を全て斬り払った志岐は、ついに片膝をついた。

 苦しそうに呼吸をする志岐を見つめるヴローヴの目は、未知を前にした眼差しである。

 

「……死の淵で主を守るか。勇ましいが、限界だ」

 

 ヴローヴの背後に一際大きな氷の結晶が生まれ、砕ける。

 瞬く間に氷柱の弾丸を形成すると、その矛先を志岐に向けた。

 その数、およそ百。

 

「──では。数で、押すぞ……!」

 

 これを全て凌ぐには、手札が足りない。

 避ければアルクェイドに命中する。回避不可能。

 被弾は免れない。

 

 そう判断した志岐は残りの力を振り絞って心を燃やす。

 ゴゥ、と一際大きな呼吸音を響かせながら立ち上がった志岐は、刀を強く握り締めて前に出た。

 

「志岐ぃ──!」

 

 右脇腹と左太腿の肉を削ぐ氷槍。

 頭部と心臓に飛来する氷塊は切り捨て、致命的な攻撃以外を無視して進む。

 

 前へ! 

 

 前へ、前へ! 

 

 前へ、前へ、前へ! 

 

 末端から熱が奪われていく。それがどうした、まだ刀は握れるじゃないか。

 氷の槍が左肩に突き刺さる。それがどうした、まだ刀は振るえるじゃないか。

 超低温の環境に肺が凍てつく。それがどうした、まだ片肺が残っているじゃないか。

 

 殺害方法は一度きり。

 志岐の体が寒波で停止する前に、ヤツを確実に仕留める。

 彼我の距離──五メートル。

 

「──なんだ、お前は……なんなのだお前は……。寄るな、人間……っ!」

 

 志岐の上半身を上回る、大きな氷塊。

 線を切るには手が届かない。避けるしかない! 

 最小限の動きで回避すると弾丸はそのまま突き進み、アルクェイドの頭に直撃した。

 

「いったぁ……!」

 

 片手を地面にめり込ませたアルクェイドは、ショベルのように岩盤を持ち上げると、痛いじゃない、と言わんばかりに土塊をヴローヴ目掛けて投げつけた。

 アルクェイドの力技を巨大な槍が打ち砕く。

 その隙をついて接敵するが、バックステップとともに放たれた弾幕の処理で再び脚が止まった。

 

 彼我の距離──二十メートル。

 

「くっ、かは……!」

 

 ついに活動限界を迎えた志岐が膝をついた。

 ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら、辛そうに顔を歪ませる。

 元々、呼吸を使った戦闘は十分が限度。

 その上、肺そのものにダメージを与える極寒の環境では、さらに時間が短縮する。

 もう志岐に、戦うだけの余力はない。

 

「志岐──!」

 

 アルクェイドが走り寄ってくる。

 この機を逃すべきではないと、再び氷の槍を飛ばそうとするヴローヴ。

 緩慢な動作で手を翳した、その時──。

 

「──な、に?」

 

 突如、空気を穿ちながら飛んできた投擲剣が、ヴローヴの体を貫いた。

 次々と突き刺さる十字架を模した投擲剣が、一人でに着火する。

 赤い炎に身を包まれたヴローヴは、呆然と胸部から突き出た投擲剣たちを見下ろした。

 

「──これは、火葬式典……まさか、代行者──」

 

 それ以上言葉を続けることはない。

 一瞬の隙を見逃さなかったアルクェイドが、瞬く間に飛翔するとその心臓もろとも胸部を穿ち。

 最後の力を振り絞って投擲した志岐の刀が、喉元の黒点を貫いたからだ。

 

「――なんだ、これは?」

 

 氷の河が融解し、気温は一瞬で本来の湿度に切り替わる。

 自然現象とかけ離れた寒波は、ヴローヴの命と共に消滅する。

 塵となって崩れていく体を見下ろしながらヴローヴは呟く。

 

「……この傷は知らない。この喪失は思い出せない。この――言語化できない大気の肌触りは、いつか失った何かだ。ああ……痛みも寒波も感じない。恐ろしいが、懐かしい……」

 

 これではまるで、僕が死人になったようだ。そう朗らかな声を上げて、霧散するヴローヴ。

 彼の体を貫いていた投擲剣と刀が、音を立てて地面に落ちた。

 

 

 

2

 

 

 

「志岐! ──っ!」

 

 指一本も動かせないほど文字通り力尽きた志岐の元へ駆け寄るアルクェイドだが、その道を塞ぐように新たな投擲剣が地面に突き刺さった。

 思わず足を止めるアルクェイドに冷たい声が降ってくる。

 

「彼から離れなさい吸血鬼」

 

「……そう。この国の代行者はあなたなのね、シエル」

 

 いつからそこにいたのか、修道服に身を包んだ一人のシスターが街灯の上から見下ろしていた。

 左手には十字架を模した投擲剣──魔術礼装の黒鍵が四本、指の間に挟む形で握られている。

 月明かりを反射してギラついた光を放つ黒鍵と同じく、殺気に満ちた凍てついた眼差しを向けるシスターは、感情を感じさせない声で言う。

 

「彼から離れなさい吸血鬼。なんのつもりか知りませんが、彼は利用させません」

 

 殺気を漲らせる彼女にアルクェイドも油断なく構える。

 彼女は代行者ーー人外を葬る異端殺しのエキスパート。愛用している黒鍵は代行者たちの正式武装とされる悪魔払いの護符であり、概念武装の一種だ。

 死徒の体に無理やり人間の頃の自然法則を叩き込んで上書きすることで、元の肉体に洗礼し直して浄化して塵に還す「摂理の鍵」。

 普段のアルクェイドなら鼻で笑う程度の武器にもならない代物だが、今の彼女には通用しうる。

 一触即発の空気が流れるが、先に殺気を消したのはシスターだった。

 

「ーー此処で貴女を殺したいのはやまやまですが、残念ながら今の装備では殺しきれないでしょう。それに、彼の怪我も無視できませんから」

 

 そう言い、一瞬だけ志岐に視線を向けた彼女は街灯を蹴って跳躍。

 夜の闇に消えていくのであった。

 

「……代行者が退いた?」

 

 異端殺しが獲物を前に退くなど、普通ならあり得ないことだ。

 何か裏があるのではと考えるアルクェイドだったが、苦しげに呻く声にハッと我に返った。

 

「そうだ、志岐……!」

 

 慌てて志岐の元に駆け寄るアルクェイド。

 近づいてきた気配にそっと目を開けた志岐は、頬を緩めた。

 

「無事、みたいだな……」

 

「うん。志岐が頑張ってくれたおかげね」

 

「あーいってぇ……あの陰キャ野郎、容赦なくぶっ刺しやがって。まあ、生きてるからいいんだけど……」

 

「もう、そんな謙遜しちゃって。志岐は祖を二人も殺したのよ? しかも二十七祖の一角すら殺したんだから、もっと胸を張ってもいいのに」

 

 我がことのように喜んでいるアルクェイド。

 それに小さく笑い返した志岐は安心したように息を吐き、目を瞑った。

 

「……カレー風味の、白パンか」

 

「ん? なんのこと?」

 

 突然、脈絡のない言葉を呟く志岐に首を傾げるアルクェイド。

 志岐の脳裏には、とある光景がリフレインされていた。

 

 街灯の上に立つ青髪のシスター。

 跳び退る時に翻ったスカート、の中身。

 つまりは、清廉を象徴する純白のパンツ。

 そして、薄っすらとスパイスの香りが風下にいる志岐の元へ漂ってきて。

 

 純白のパンツとカレーの匂いが合体した結果、カレー風味の白パンという妙な図式が成立したのだった。

 

 ーーカレーの匂いが漂うシスターか……。

 

 なんか、イヤだな。そんなどうでもいいことを考えながら意識を手放そうとしてーー。

 ぱこん、と。しゃがみ込んだアルクェイドに頭を小突かれた。

 閉じていた目を開け、こちらの顔を覗き込む吸血姫を睨む。

 

「……なに? もう寝たいんですけど?」

 

 こっちは重体なんですけど? 全集中の呼吸で止血してるとはいえ痛いのは痛いんですけど? さっさと意識を手放したいんですけど?

 怒涛の?マークをつけた呟きを黙殺したアルクェイドは、至極当然のことを言う。

 

「ダメ。その傷で寝ちゃったら、起きた時すっごく痛いよ? 眠るのは傷を塞いでから。その方が効率的よ」

 

「無理。寝る」

 

「あっ、本当に寝ちゃうの? 起きた時すっっっごく痛いと思うよ? 転げ回るほど痛くてもいいの?」

 

 体を揺すって来ないことは評価してやろう。

 そんな思いを抱きながら、今度こそ意識を手放したのだった。

 

 

 

「あ、本当に寝ちゃった……うーん。あ、そうだ! 丁度、捨てる場所に困ってるのがあったんだ! この肉をすり潰して、よいしょ……よいしょ……うん、こんな感じかな。ブラックモアを倒したのはいいけど、捨てる場所に困ってたから丁度よかった。削げた肉の部分はこれで塞がるとして、骨ばっかりは流石に無理か。後でちゃんと人間の医者に掛かりなさいね。……お疲れ様、志岐。それと、ありがと。今夜はあなたのおかげで助かっちゃった」

 

 ――志岐の家って坂の上の屋敷だよね。なんとか送り届けてあげる。

 

 鼻提灯を膨らませて眠る志岐に小さく笑みを浮かべたアルクェイドは、彼を背負うと大きくその場を跳躍する。

 その頭上には、大きな白い月が浮かんでいるのであった――。

 

 

 

3

 

 

 

 駅前の大規模火災から数時間後。

 火災発生時、火の勢いから消火作業には二日を要すると現場の消防員から報告があったものの、午前二時を待たずにして火の手は弱まり、程なくして鎮火。

 まるで生き物のように、独りでに消え去った。とは、現場に詰めていた警官の弁である。

 パトカーのランプが現場周辺を明るく照らす中、規制線が張られた現場を眺める二人の影。

 

「国道305までの交通規制は明朝五時までに解除。高速道路は先ほど規制を解除したとのことです。こちらも現場に残っていた死徒の痕跡処理を完了しました。警視庁に向かわれますか、マーリオゥ様」

 

 背中の半ばまで伸びた銀髪の青年が、手元の携帯を見ながら傍らに立つ上司に報告する。

 

「あぁ。行きたくねぇが仕方ねぇ。この規模の騒ぎは本国でもそうはねぇからな。ジジイの名前だけじゃ収まりはつかねぇだろ。オレも出向いて誠意ってもんを見せねぇとな」

 

 赤いパーカーを羽織った金髪碧眼の少年は、部下の報告を聞き顔を顰めた。

 心底、面倒くさいといった感情が顔に現れている。

 

「では、私も同行いたします。現場の指揮は、例の代行者に委任しますか?」

 

「あー、アイツらか。ツーマンセルなんだよな? 下っ端の方はオレのホテルに呼びつけて待機させておけ。使い道があるなら使う。埋葬機関の方は出来るだけ早く本国に帰らせろ。言うこと聞かねぇ人形なんざ居るだけ邪魔だ。セオナトールを突っつけばすぐに動く」

 

「かしこまりました。ノイ司祭に、ラウレンティス様の名義で抗議文をお送りします」

 

「おう。ここでの仕事は大体終わった。現場の後処理は誰にやらせてもいいんだが……おいアンドー!」

 

 少年の呼びかけに、現場で指揮をしている警官と話し合っていた男が振り返った。

 警視庁刑事の肩書を持つスーツ姿の男は、やる気の無さを全身から醸し出しながら、上司の元へ戻る。

 

「へーい、お呼びですか坊ちゃん。いやぁ、着任早々ついてないっすねぇ。こんなんガス爆発で誤魔化すとか無理ですわ。どっかのテロ組織に声明でも出してもらいます?」

 

「そっちはいらねぇ。対外的な処理はここの持ち主に押し付ける。叩けばホコリが落ちそうだからな。オレたちの仕事は“ここにあるとまずいもの”の回収だ。死徒の痕跡は粗方片付いたが、被害者の処理にまだ不満がある。お前やっとけ」

 

「ウッス、了解――って、ちょっと待って待って。坊ちゃんがいつも連れてる大部隊、まだ入国してませんよね? もしかして、俺だけで? 遺体をぜーんぶチェックして? 噛まれたかもしれない“なりかけ”を見つけろと?」

 

 うげーっと顔を顰めるぼさぼさ髪の刑事。

 なにせ今回の騒動による被害者は、少なく見積もって数十人はいるのだ。

 退魔界隈で力をつけて来た【七極】の協力がなければ、被害は百を軽く超えていたことだろう。

 

「見つけ出すだけじゃねぇぞ。生きているなら教会に送れ。死んでいるようならもう一度殺してやれ」

 

「うへぇ……俺、そういうドブ浚いがイヤになったから、坊ちゃんに雇ってもらったんですけどねぇ」

 

 しかし、他ならない上司からの指示だ。

 気持ちを切り替えた刑事は「弾費の領収下るよな……」と頭の中でそろばんを弾く。

 

「急げ。遺体の安置所には人払いをさせておく。貴様なら夜明けまでに済むはずだ」

 

「そりゃ、動かない標的に引き金を引くだけのお仕事ですし。精神的な負担を除けば、の話ですけどね?」

 

 同僚の言葉に肩を竦める刑事。

 話は終わりだ、と踵を返した少年は部下に新たな指示を飛ばす。

 

「車を回せカリウス。お役所周りを始めるぞ」

 

「はい、すぐに。その他、手続きは必要ですか? この規模の汚染であれば。応援の要請もすぐに――」

 

「その必要はねぇ。つーか絶対報せるな。この件はここだけで片付ける」

 

 そう告げると、少年は不敵な笑みを浮かべた。

 

「しばらくは情報収集だ。これでも正義の味方だからな、いたずらに犠牲者は増やせない。誰が敵で誰が邪魔者か、きっちりアタリをつけなくちゃな」




 取りあえずここまで。

どの程度、月姫について知っていますか?

  • 無印、リメイクともにプレイ済み
  • 無印のみプレイ済
  • リメイクのみプレイ済
  • 未プレイだけど設定・世界観は知ってる
  • まったく知らない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。