その後「秋葉様には内緒ですよ」とこっそり渡されたのは正門のカードキー。
正門と玄関口のドアのセキュリティは共通であるらしく、カードキー一枚でパス出来るようだ。
これで万が一、門限の八時を超えてしまっても締め出されることはないだろう。
梓姉の家に寄ったり、友達と学校帰りにフィーバーした場合、うっかり門限を超える可能性があるからな。前者の場合そのまま深夜に突入するかもしれん。
「こうして見ると傷痕ヤベェな」
北口駅前は広範囲で規制線が張られており、昨夜の戦闘の名残が生々しく残っている。
地面を抉る爪痕や陥没したアスファルト、今にも倒壊しそうなビルは順次解体される予定で、ユンボを操縦する作業員たちの姿が見える。
「ねえ聞いた? なんでもガス爆発みたいよ」
「ガス? それにしては変な跡があるけど、ガスでああなるものなの?」
好奇心に駆られた野次馬たちが物珍しそうに規制線の先を見つめ、憶測話に花を咲かせている。
当事者の一人である俺は『隠蔽するにしてもガス爆発はないだろ』と内心でツッコミを入れながら改札口を抜けた。
学校に近づくにつれて、同じ学ランやブレザーを着た生徒たちの姿が増えていく。
皆、同じ方角へ歩を進める中、一人だけ目立つ人がいた。
「おはようございます。はい、おはようございます」
濃藍色のショートヘアーのメガネを掛けた女子生徒で、手には大きなビニール袋とロングトング。
見ての通りゴミ拾いをしているその人に周囲の生徒たちは親し気に声を掛けており、メガネの女生徒も笑顔で挨拶を返していた。
胸元のリボンは三年生を示す緑色。美化委員の先輩かな。
こんな朝早くからお疲れ様です、とボランティア活動をしている上級生を見ていると、ふと視線が合う。
ジッとこちらを見つめてくるメガネの先輩は何を思ったのか、トコトコと近寄り話しかけて来た。
「おはようございます。もしかして、あなたが編入生の生徒さんですか?」
「へ? え、ええ。そうですけど……」
「やっぱり! 見ない顔だなって思ったので。七夜先生から色々と話は聞いていますよ」
そう言うと、その先輩はニコッと微笑む。
「シエルって言います。何か困ったことがあったら遠慮なく声を掛けてくださいね」
人好きの笑顔を浮かべるその先輩から、香ばしいカレーの匂いが漂っていたのだった。
「うーす」
「おはよー」
教室に入ると学生らしい挨拶を交わすクラスメイトたち。俺にも声を掛けてくれる同級生たちに返事を返しながら自分の席に向かう。
俺の席は窓際の丁度真ん中の列。グラウンドを見渡せる見通しの良い場所で、麗らかな日差しも差し込んでくるから、退屈な授業だと寝てしまいそうな懸念がある。
「七夜くん、おはようっ」
「おはよーさっちん」
隣の席の女の子、弓塚さつきちゃんことさっちん。
茶色がかった髪をツーサイドアップにしており、笑顔が可愛らしい女の子だ。
フレンドリーな性格で男女問わず友人が多く、クラスのマスコット的な存在である。
「な、なんだか改めてその渾名で呼ばれると、少し恥ずかしいね」
「そう? 可愛いし呼びやすいし親しみも持ちやすい、良い名前だと思うけど。弓塚さんって呼んだ方がいい?」
「ううん! さっちんでいいよ!」
慌てた様子で承諾するさっちん。
本人から改めて許諾を得たことだし、今後はさっちんが正式名称かと思うくらい使い倒していこう。
「七夜、昨夜の話聞いた?」
今度は後ろの席の佐藤くんが話し掛けてきた。
昨夜というと十中八九、大火災のことだろう。
「昨夜っていうと、駅前の?」
「そう、大火災事故。ニュースではガス爆発が原因だって話だけど、どう見てもガスじゃないよな」
「あ、佐藤くんもそう思う? 抉れた地面とかなんか! 引っ掻いたような跡とかもあったみたいだよ。噂によると、あの火災現場に沢山の動物や燃えたゾンビみたいな人もいたんだって」
「それ俺も聞いた! あと和服を着た人たちな。なんでもその動物やゾンビと戦ってたとか」
噂話で盛り上がるさっちんたち。
どんな風に話が広まっているのか気になった俺は、それとなくさっちんたちに訊ねてみた。
その結果、分かったことは意外と情報統制がしっかりしていること。
公的にはガス爆発による大規模火災と処理されたものの、その実態は吸血鬼による無差別テロ。梓姉の話だと、少なくない数の被害者が出たのだが、そのすべての遺体は警察が引き取り処理したらしい。
そして、事件を目撃した人もそこそこの数がいる。【七極】に救われた人とかも当然いるし、そうした人たちの扱いは今後どうなるのだろうか。
ネット上の情報規制は厳しく行われているようで、決定的なモノを映し出したスクープ映像や写真はまだ出回っていないようだ。
懸念すべき点としては事件を目撃した人の口コミぐらいだが、それも今のところ信憑性の低い噂話程度で収まっている。
【七極】の被害は約三割といったところ。ヴローヴと殺り合っていた時、ネロの足止めをしていてくれたようだ。そのお陰で少しの間だが、ヴローヴと殺り合い奴の情報を入手することができた。
何も知らない状態でネロと同時に相手取っていたら、もっと厳しい結果になっていたかもしれない。
ネロを相手に死者を出さなかったのは幸いだった。深手を負ったメンバーもいるようだが、大人しく治療に専念すれば復帰出来るとのこと。
そして、ついにアルクのことがバレてしまった俺は出頭を命じられ、近々里帰りすることが決まった。
パパ上やご意見番のご老人たち大人組に事情を説明し、活動の許可をもぎ取らねば、今後アルクと関わるのを禁じられることだろう。
そんなの関係ねぇ! と突っ跳ねることも出来るが、多分叔父さんレベルの人が監視役として派遣されるだろうから、実力行使も難しいと思う。
うーん、悩ましい……。
1
一時間目の授業は体育だ。
女子たちは教室で、男子は更衣室で着替えなければならないため、体操服が入った袋を持って教室を出る。
むさ苦しい野郎どもでごった返した更衣室の端っこで着替えていると、佐藤くんの声が耳に入ってきた。
「すげぇ傷痕だな……これって事故の?」
「あぁ、これ? うんそう。当時のことは全然覚えてないんだけどね」
昏睡状態となった原因の事故を彷彿とされる傷痕が、胸の中心にある。初見だと絶対に驚かれるレベルだ。
佐藤くんの言葉に他のクラスメイトたちも俺の体に視線を向けてきた。そんなに熱い目で見られると尻がキュッてなるわ。
「うぉっ、七夜くんすごい体だな!」
「腹筋バッキバキじゃん! 板チョコかよ!」
「肩にちっちゃなジープ乗せてんのかーい!」
自然と傷痕から鍛え上げた筋肉に視線が移る友人たち。
ふっふっふ、そうだろうそうだろう。ここまで仕上げるのに滅茶苦茶苦労したからな。
目覚めた頃はまさに皮と骨しかない様子だったけど、秋葉ちゃんたちの声援のおかげで細マッチョになれたぜ。
戦闘に必要な筋肉だけを鍛え抜いたから、まさに俺の体は機能美そのもの!
特に自慢なのはハムストリングと僧帽筋、広背筋だぜ!
そうしてフロントダブルバイセップスやラットスプレッド、サイドチェストなどを披露してプチボディビル大会を開催していると余裕で遅刻。
梓姉が様子を見に来たんだけど、注意するどころか「キレてるよー! 志岐ちゃんキレてるよー!」と応援してくるというね。
結局、痺れを切らした女子たちに怒られるまで二年C組によるプチボディビル大会は続いたのだった。
何気に陸上部の田中くんは大腿四頭筋とハムストリング、柔道部の阿部くんは大胸筋がヤバかったぜ。
ナイスマッスル!
「はーい、じゃあ今日は身体能力測定を行います! 本当は四月に行うものだけど、志岐ちゃんが人生で一度も測ったことがないのでお姉ちゃん特権で行いまーす!」
身内贔屓というか、思い切り私事による授業内容の変更だったが、クラスメイトは慣れてるのかそれともノリが良いのか、うぇーい! と歓声を上げた。
ダシにされた俺だけど、事実生まれて此の方身体能力測定はやったことがない。小学生の頃は身体能力というより身長や座高を測る程度のものだったし、中学には行ってないからな。
夢は全集中の呼吸を使って陸上競技総嘗めしオリンピックで金メダル。世界記録を全てありえへんレベルで上書きし、記者会見で「強さの秘訣? 呼吸、ですかねぇ」、「この結果を振り返って? 速すぎてすみませんでした」と謝罪すること。
そのために、今の自分がどの程度の実力を有しているのか、客観的に数値化する必要がある。
梓姉の取り扱い科目が体育であることを初めて知った俺は、脳内で壮大な人生設計を組み立てていると梓姉から名指しされた。
「あ、志岐ちゃんは呼吸無しね。呼吸ありだと流石に反則だもの」
「ですよねー」
まあ、雷の呼吸を使ったら五十メートルなんて三秒掛からないだろうし。百メートルも奥義を使えば三歩で終わるから、クラスメイトたちに対する言い逃れが難しいだろうし。
流石に呼吸を切ると不整脈やその他諸々で測定どころじゃないから、他の男子たちに合わせて調整するか。
「それじゃあ、まずは砲丸投げから。先生がお手本を見せるから、よーく見ててね!」
その言葉に緊張感が走るクラスメイトたち。
まるで訓練された特殊部隊のように一斉に身を屈めて伏せの態勢を取る。
流石は梓姉の授業を一年近く受けて来ただけある。早くも梓姉の特異性が身に沁みているようだ。
「な、七夜くん……! そんなところにいたら危ないよ……! 急いで伏せなきゃ……っ」
他と違いただ一人突っ立っている俺に、さっちんが声をかけてくれる。優しい。
そう、俺は梓姉の真後ろに立っている。
「大丈夫だって。流石の梓姉も真後ろには投げられないよ──」
「いっくよー! えーいっ!」
大きく体を捻った梓姉が砲丸を投げる。お手本として見事なフォームから放たれた砲丸は、突き出した腕の方向とは真逆を進み──すなわち真後ろに立っている俺の方に向かってきた。
反射的に首を傾けた瞬間、鉄球が髪を掠めて勢い良く横を通り過ぎた。く、首を傾けていなかったら顔面コースだったんですけど……。
ていうか、真後ろに飛ばすって逆にどうやるんですか……?
投擲術なら七夜一と謳われている仁兄でも、多分無理だぞ……。
「キャアアアアアア! 志岐ちゃん大丈夫!? 怪我はない!?」
「アッハイ」
順番が回ってくるまで上の空な俺であった。
2
「We ask ourselves. What are you?」
その後の身体能力測定でも梓姉の見本が行われたのだが、流石は七夜一の運動音痴。見事な奇跡を見せてくれた。
走り幅跳びでは飛ぶ前のステップが両脚になっており、ほぼ軌道がホッピングのそれ。しかも肝心のジャンプでは真横に跳ぶという結果に。
「Then,Iscariot. I ask you. What is that which you hold in your right hand?」
反復横跳びでは、真ん中から両サイドへの横跳びは七夜を感じさせる素晴らしい瞬発力なのだが、何故か真ん中に戻る度に小さく上にジャンプ。マ◯オのジャンプの効果音が似合う仕草を挟まなければ往復出来ないというね。
極めつけが垂直ジャンプだ。幅跳びでもそうだったが、なんで別ベクトルに変換されるの? 何故真っ直ぐ上に跳躍できない! どうしてジャンプする度に俺のお腹にロケット頭突きするんですか!? 狙ってるでしょ絶対!
「Then I ask you, Iscariot, what is that which you hold in your left hand? What is that which ye hold in your left hand!?」
よく体育教師なんて務まるよな。今のところ被害ゼロなのが驚きなんだけど。七夜での鍛錬では毎月誰かしら犠牲者を生み出して来たというのに。
「七夜くん、七夜くん……! 当てられてるよ……!」
「へ?」
頬杖をつきながらボーっとグラウンドを眺めていると、さっちんの声が。
顔を上げると、笑顔だけど怒り眉で眉間に皺を寄せたノエル先生が立っていた。
丸めた教科書を手の平にポンポンしながら、刺々しい声で言う。
「先生の授業はそんなにつまらないかしら?」
「全っ然分かんないんで、つまんないです!」
「七夜くんは正直者ね。でも、これくらい分かるようにならないとテストなんて大変よ? 七夜くんがどうしてもって言うなら、放課後に先生が勉強を見てあげようか。もちろん、ふたり・き・り・で♡」
何故か俺の机に腰掛けて脚を組むノエル先生。今にでもイケナイ大人の授業が開かれそうな空気を一人醸し出している。
生唾を飲み込む音は、先生の色気に惑わされた男子生徒たちによるものだろう。同時にあちこちから聞こえて来る舌打ちの音は、女子たちのものでしょうか。
イイ気になってんじゃないわよ若作りのババアが、って声が聞こえたんだけど、怖っ!
「──なんてね! 冗談よ、じょーだん! 先生との個人レッスン想像しちゃった? あはは、ゴメンねぇ〜」
カラカラ笑いながら教壇に戻ったノエル先生は「教えてあげたいのも山々だけど、先生みたいな美女と一緒になったら男子たちの性癖が捻じ曲がっちゃうもんね。いやー、美人ってツライわー」と自画自賛。
その言葉にまたもや、教室のあちこちから舌打ちの音が鳴った。ていうか、さっちん以外の女子たち全員だよね?
俺? ポンコツ美人は身内にもいるけど、うざかわ系はあまり見ないから新鮮です!
どの程度、月姫について知っていますか?
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無印、リメイクともにプレイ済み
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無印のみプレイ済
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リメイクのみプレイ済
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未プレイだけど設定・世界観は知ってる
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まったく知らない