バカ VS シリアス   作:ポチ&タマ

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バカと先輩

 待ちに待った昼休みということで、教室にいる生徒たちは皆、思い思いに行動する。

 即ち、仲の良いグループで席を組み、弁当やパンなどを持ち込んだ教室組と。チャイムが鳴った瞬間に食堂へダッシュする学食組だ。

 俺は琥珀ちゃんが作ってくれた弁当があるから教室組──それもお母さんなどではない同世代の異性、しかも美少女という教室組の中でも上位カーストに位置するのだが、残念なことにお弁当箱一つでは足りないため、弁当を食堂で食べる二刀流組である。

 

 可愛らしい花柄模様の風呂敷に包まれたメイド弁当を手に食堂へ着くと、すでに多くの生徒たちで賑わっていた。

 総耶高校のアピールポイントの一つが学食である。

 一階に設けられた食堂は全部で百席。メニューは和洋中合わせて五十種を超え『安い! 早い! 美味い! 腹一杯!』の四拍子をモットーにしており、その謳い文句に違わぬ値段と提供時間、そしてボリュームの多さと美味しさに、学食を目当てに総耶高校を選んだ人も少なくないとか。

 しかも噂によれば、学食を切り盛りしている厨房のおばちゃんたちは皆、大衆食堂や居酒屋などで働いていた経験があり、リーダーに至っては毎年ミシェランで一つ星を獲得している某有名ホテルの料理長を務めた経験もあるという話だ。

 確かに編入初日に食べたチャーハンは、一流レストランで提供されても可笑しくないクオリティで、二千円払っても可笑しくないレベルのものが四百円とか、正直頭イカれてるのかと思ったね。

 そして、そんな超一流シェフが手掛けたチャーハンに全く劣らないチャーハンを作る琥珀さんは、化け物かと思いました(小並感)。

 

「食券買ってくるから席取っておいて。何がいい?」

 

「じゃあ豚骨ラーメンで。あ、家系ね」

 

「今日は横〇系だな。オッケー」

 

 佐藤くんに食券を頼んだ俺は、丁度空いていた四人がけのテーブル席に座った。

 風呂敷から弁当箱を取り出した俺は、いつでも食べれるようにセッティングする。

 弁当は重箱タイプで二段重ねになっている。漆が塗られ、金粉で侘び寂びを表現したこの重箱だけで恐らく数万はするだろう。きっと中も色とりどりで華やかに仕上がっているに違いない。

 さっさと蓋を開けて食べたいが、こういう食事マナーというか作法はママ上たちから厳しく躾けられたため我慢だ。ていうか、鬼殺隊にいた頃もその辺の作法はうるさかったな。育手の鱗滝先生や桑島先生とか。しのぶもガミガミ言ってたっけ。

 

 懐かしいなと、久々におセンチな気分に浸っていると、二人分のトレーを持った佐藤くんが帰ってきた。

 その隣にはさっちんがいる。

 

「お、サンキュー。ていうか自分で運んだのに」

 

「いいのいいの。ついでだし」

 

「あの、私も一緒していいかな……?」

 

 もちろん。そう答えると顔を綻ばせたさっちんは、向かいの席に座る。ちなみに隣は佐藤くんだ。

 さっちんは日替わり定食で、焼き魚と青椒肉絲のハーフセット。佐藤くんは麻婆豆腐にしたらしい。

 佐藤くんから受け取った横◯系豚骨ラーメンを重箱の横に供え、手を合わせる。

 

「いっただきまーす!」

 

 さてさて、今日のお弁当はなんじゃらほいっと。

 

「うわぁ……」

 

「すごいな……」

 

 重箱を開けてまず真っ先に思い浮かんだ感想は「おせちかよ」だった。

 もちろん、おせち料理ではないがそれに匹敵するほどの華やかな品々が上品に詰められており、食欲を誘う香ばしい匂いがふわっと広がる。

 一緒に入っていたお品書きには達筆な字でそれぞれの料理の詳細が書かれており、「うわぁ、うわぁ……!」と語彙力が家出したさっちんはお品書きと重箱を見比べながら目を輝かせている。

 

「低温熟成した鴨のサーロインローストビーフ、A5黒毛和牛ランプ肉のロティール赤ワインソース添え、帆立貝柱と季節のお野菜のマリネ、サザエと季節野菜のプロヴァンス風、琥珀の手作りデザート……」

 

「遠野で雇ってる料理人が作ってくれたんだろ? 流石は遠野家、スケールが違うな……」

 

 鮮やかな一段目に対し、二段目は丸々のり弁となっている。

 一段目と二段目を並べると豪奢な光景の出来上がりだが、その奥に鎮座する横◯系ラーメンがより一層異彩を放っていた。

 

「ていうか、ラーメンはいらなかったんじゃないか? 食べ切れんのかよこの量」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 むしろこのくらい食わないとガス欠するから。

 ほぼ一日中全集中の呼吸で肉体を活性化しているため、一日の消費カロリーは結構な数値なのである。

 なにせ基礎代謝だけで七千キロものカロリーを消費するのだ。呼吸の型稽古や七夜式立体機動術の鍛錬をすれば軽く倍を超えるし。

 先日のネロ・カオスたちとの戦いでは二万は消費したんしゃないかな? お陰で朝から腹が減って仕方がなかった。

 

「あら、七夜くん」

 

「ずぞぞぞぞぞぞっ! ん、しぇんぱい」

 

 箸休めに豚骨醤油ラーメンを啜っていると、あまり聞き慣れない声が。

 顔を上げると、そこには今朝方知り合った眼鏡を掛けたシエル先輩の姿が。

 手に持ったトレーには、香ばしいスパイスの香りを漂わせるカレーライス。

 相席良いですか、と笑顔で尋ねてくる先輩に俺も含めた一同が頷く。

 

「では失礼しますね。それにしても七夜くん、すごい量ですね……」

 

 さっちんの隣に腰掛けた先輩は、俺の昼食メニューを目にして驚きの声を上げた。

 

「全部食べきれるんですか?」

 

「んぐんぐ……全然もーまんたいです」

 

「はぁ。七夜くんみたいな人を大食漢と言うんでしょうね」

 

 感心と驚愕が入り混じったような顔をした先輩は、いただきますと手を合わせると、徐にスプーンでルーを掬った。

 一口頬張り、顔を綻ばせる先輩。本当に美味しそうに──というより、幸せと言いたげな顔で頬に手を当てている。

 次いで、今度はライスと一緒にルーを頬張る。

 

「んー! この絶妙な辛さが溜まらないですねー」

 

 ルーから最初にいったのはアレかな。ラーメンを食べる時にスープから飲む的な感じなんかな? 

 どちらにせよ先輩がカレー好きだというのは、この多幸感に包まれている様子から察するに余りある。

 

「先輩って、カレー好きなんですか?」

 

 俺の言葉に先輩は朗らかに笑いながら、好きですよと返してくれた。

 好きな食べ物を褒められた子供みたいな笑顔だ。先輩にとってカレーは好物の範疇を越えているのかもしれない。

 それなら、この体に染みついたようなスパイスの香りにも納得できる。

 

 このテーブルにやって来た時から香ばしい香りを漂わせている先輩。一見すると今食べているカレーの匂いだと思うだろうが、全集中の呼吸で嗅覚も鋭くなっている俺の五感はごまかせない。

 先輩が食べているカレーが開業したてのカレー屋さんの匂いだとしたら、彼女に染みついた匂いは秘伝のスパイスを何世代にも渡って改良してきた老舗のカレー屋さん。

 なんというか、歴史を感じさせる凄みのようなものがあるのだ。

 しかし、このコクのあるスパイスの香り……どこか嗅ぎ覚えがあるような? 

 

 

 

 1

 

 

 

 放課後。

 帰宅部の俺は、部の方針に従い真っ直ぐ家に帰ろうと、意気揚々と教室を出る。

 模範的な学生を自負しているため寄り道などもしない。

 俺は七夜家の長男なんだから誘惑に堪えられるが、もし次男だったら無理だろう。長男というだけで精神的タフさが永続バフされるのは、前世で可愛がっていた炭次郎で既に立証されている。

 やはり、お兄ちゃん力はすべてを凌駕する。俺も家に帰ってお兄ちゃんを遂行せねば。

 

「良かった、探してたんですよ七夜くん。教室にお邪魔する手間が省けちゃいました」

 

 そう胸に熱い決意を漲らせた俺を呼び止める声。

 振り返ると、この一日ですっかり仲良くなった先輩の姿が。

 

「あ、シエル先輩。こんちはっす!」

 

「はい、こんにちはです。でも私たち、今日はもう会っていますから“こんにちは”というのは正しくないですね」

 

「あ、うん。言われてみれば」

 

 えっ、じゃあなんて言えば? ハロー? 

 

「って先輩、俺を探していたって言ってたけど?」

 

「はい。つかぬことをお聞きしますけど、この後なにかご用事とかありますか?」

 

「夜まで暇でーす」

 

「それならご一緒できますね。これから茶道部に行きましょう」

 

「えっ?」

 

 先輩は笑顔でそう言うと、俺の腕を掴んで歩き始めた。

 もともと三年生である先輩が二年生の廊下にいるだけで目立つのに、これは余計に人目をひく。

 ざわざわと、廊下の生徒たちの視線が自分と先輩に注がれた。

 

「どうぞ、入ってください」

 

 茶道部の部室は部活棟の隅に位置していた。

 鍵が掛かった扉を先輩が開けると、い草の香りがほんのりと鼻孔を擽る。

 茶道部に相応しい和室。広さは八畳でちゃんと床の間もあり、思っていたよりしっかりとした造りになっている。

 

「へぇ、結構しっかりしてるんですね」

 

「形式上は部活のためということになってましたが、校長先生の趣味でしょうね。もっとも、私が入るまでは使われていなかったようですが」

 

 先に畳の間に上がった先輩は、押入れから座布団を取り出すと畳の上においてくれた。

 背筋が伸びた綺麗な正座で、カチャカチャとお茶の準備を始める。

 ていうか、先輩が来るまで部員ゼロって……それを廃部というのでは?

 

「そうなんですよ。茶道部は部員数ゼロの架空部活に甘んじてたんです! お菓子は心の安定剤。和菓子の良さを伝える道が廃れているなんて、街から笑顔が消えるようなもの。いえ、雨の日に捨てられた子犬を見捨てるようなもの! ですので、先生にお願いして茶道部を再開させて頂いたんです。部員はまだ私一人なので、五人揃うまでの仮運転ではありますけど」

 

「ははぁ。日本の文化を気に入ってくれて、日本人として嬉しいですね。そういえば、先輩の故郷って何処なんですか?」

 

 シエル先輩って日本語がメッチャ達者だから今まで忘れてたけど、名前の通り外人さんなんだよな。

 あ、いや、今時キラキラネームとかもあるから、一概に言えないか? 

 シエル⋯⋯知恵留とか? 

 

「故郷は……フランスです。フランスの片田舎……今はもう無いですけどね」

 

 そう言って寂しげ⋯⋯いや、悲しげ? なんか後悔やら罪悪感やらも滲み出ている複雑な表情で微笑む先輩。

 話題作りの一環として投げた話は、先輩にとって超高速デッドボールだったらしい。

 美少女を曇らせるとは⋯⋯ッ! 

 

 予期せぬ地雷を踏み潰してしまった俺は即土下座の構えを取るのだが、頭を畳に叩きつける前に先輩の明るい声が耳朶を打った。

 

「ところで、七夜くんはどの辺りに住んでいるんですか?」

 

 ふと、視界に入った両足に目が吸い込まれる。

 生命力が具現化、あるいは結晶化したような素晴らしい脚線美。

 流水の滑らかさと、止まっていながらも伝わる躍動感。

 造形美とはこういうものを言うのだろう。かくいう自分も目が離せない。離せないばかりか吸い寄せられている。

 

「あの、七夜くん?」

 

 美しさと逞しさは両立するのだな、と思い知る。

 肉付きはあるが、その実これはスプリンターの脚だ。

 風の噂によると、先日の体力測定では陸上部を差し置いて我が校の新記録を叩き出したとか。これが百メートル走十三秒台の脚……生きているダイヤモンドを見ている錯覚に襲われる。

 

「……! ど、どこを見ているんですかっ」

 

 俺の視線に気づいた先輩は、咄嗟に足を閉じた。

 ぽにょんっ。

 

 ──ああ、こういうことだったんだな……。

 

 かつて、百メートル世界記録保持者だったカール・ルイスのふくらはぎは、力を込めた時は鋼のように硬く、逆に抜いたときは信じられないほど柔らかかったという。

 一番ふわふわでとろとろなのは、単なる脂肪の塊でなく、鍛えられた上質な筋肉である。ましてそれは少女の脂肪にコーティングされたとき、そこにあるのは唯々奇蹟。

 

 ──ハレルヤ。

 

「こほん……! 七夜くんも男の子なので、そういうことに興味を持つのは仕方ありませんが、まじまじと見てはダメですよ」

 

「おっしゃる通りでございます」

 

 正気に戻った俺は、今度こそ土下座を敢行。ぷりぷり怒る先輩は非常に目の保養になるだろうが、今度こそ口を聞いてもらえなくなる可能性があるため、ぐっと堪える。

 

「それで俺の家でしたっけ? 駅の反対側、丘の上に屋敷があるじゃないですか。あそこです」

 

「えっ! あのお屋敷って資産家さんのお家ですよね。七夜くんって資産家の息子さんだったんですか?」

 

「あーちゃうちゃう。ちゃいます。ちょっと複雑なんですけど──」

 

 特に隠す程でもないため、俺の事情を説明する。

 ただ一人の茶道部なだけあり、堂にいったシャカシャカっぷりでお茶を立てた先輩は「どうぞ」と茶器を差し出した。

 

「お点前頂戴いたします」

 

 一応、この辺の作法は鬼殺隊をしていた頃に一通りマスターしている。今世で使うとは思ってもみなかったけど。

 抹茶特有の苦みと僅かな甘みが口いっぱいに広がる。

 うーん……濃い抹茶やな。俺的にはスー〇ーカップの抹茶味が一番好みの味。

 

「結構なお点前で。──まあ、そんな感じで今は遠野邸に居候してるんですよ」

 

「苦労されているんですね……。私、放課後は大抵ここにいますから、何か悩みとかあったら是非聞かせてください」

 

 どうぞ、コンビニで売ってるお菓子ですけど。朗らかな微笑みを浮かべながら、草餅やお饅頭を差し出してくるシエル先輩。

 じゃあ遠慮なく、とお饅頭を一個手に取り頬張った。

 やっぱ、アンコはこし餡やな。

 

「先ほどのお話で少し気になったことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」

 

「んー? いいですよ~」

 

 のほほんとお茶を飲みながらお饅頭を食べていると、不意に真剣な声で訊ねて来た。

 

「七夜くんが記憶喪失になられたというお話ですが、当時のことは覚えていないのですか?」

 

「いやぁ、それがまったく。聞いた話だと車の衝突による事故との話ですけど」

 

 ちなみに、これがその時ついた傷です。と学ランのシャツを捲って胸の傷跡を見せる。

 痛ましい表情で見ていた先輩は続いてこんなことを聞いてきた。

 

「一向に記憶が戻る気配はないと仰っていました。記憶がないことに、不安を感じたりしないのですか?」

 

「んー、特にないですね。確かに彼女たちと過ごした記憶がないのは少し申し訳ない感じがありますけど、かつての記憶がこれから作っていく思い出に劣るとは限りませんし。ひょんなことから元に戻る可能性もありますし。“過去”は“過去”。“今”は“今”。そして“未来”は“今”の結果ですから」

 

 あ、でも秋葉ちゃんたちには申し訳ないと思うわホント。時々、思い出を振り返るような回想シーンに浸ってる姿を目撃する時があるし。

 無言の先輩。見ると視線を逸らして申し訳なさそうに肩をすぼめていた。

 

「あーすみません。なんかつまんないこと言いましたね」

 

「いえ、そんなことないです。すごく有意義なお話でした」

 

 場を和ませる気の利いたセリフの一つも吐けないのか、この口は。

 元々トーク力は高くないほうだと思っていたが、これではアルクをときめかせるイケメンセリフなんて夢のまた夢だ。

 帰りに本屋でトーク力を磨く本でも買うべきか。あ、でも琥珀ちゃん辺りなら持ってそう。

 

「それにしても、ちょっと意外でしたね。七夜くんって大らかな性格だと思っていましたから」

 

「大らかですよ基本。ただ今を全力で楽しんでいるだけです。終わったことより先のことを楽しみにした方が有意義ですから」

 

 ノリと勢いで前を向いて突っ走っていれば人生勝ち組サ。

 なお、後ろは見ないこととする。

 

「先のことを楽しみに、ですか。いいですねそういうの。私も全力で応援したくなっちゃいました」

 

 そう言って微笑む先輩に、思わず目を奪われる。

 上辺だけの言葉ではなく、本当に心の底からそう思っているのだと分かる優しい笑み。

 まるで、あまねく子供たちを包み込む天使のような慈愛の眼差し。

 思わず目を奪われるほどの綺麗な目に、しばし言葉を失った。

 

「しかし、今を全力で楽しむ、ですか……ふふ、それじゃあ差し当たって、明日から一緒に登校とか、しちゃいます?」

 

「マジっすか!?」

 

 突然の誘いに思わず腰を浮かせる。

 って、いかんいかん! 何を見惚れてるんだ俺は! 俺にはマイスイートハニーがいるじゃないか! 

 いくら先輩が眼鏡の似合う美少女で道端に咲くタンポポのように純朴で性格もイケてる魅力的な女性だからって! 

 浮気はダメ、絶対(小並感)! 

 

「もちろん、冗談ですよ冗談」

 

 人好きがするような笑みを浮かべて告げるその一言に肩を落とす。

 

「それにしても、先輩って結構お節介焼きですね。普通ここまで気にかけませんよ」

 

「そうですか? 私にはよく分からないですけど……」

 

 いや、絶対お節介焼きだと思う。

 佐藤たちも言ってたけど、先輩ってメッチャ人が良すぎるよ。

 

「では、お節介ついでにもう一つ聞いていいですか? 間違ってたらすみません」

 

「なんですかー?」

 

 お茶菓子をもう一つ手に取る。今度はどら焼きだ。

 ちっ、こっちは粒あんか。っていうか、どら焼きのこし餡って見たことないけど、あんのかな? 

 べりっと包装を破く俺を眺める先輩は、何の気も無しに訊ねてくる。

 

「七夜くん、学校をお休みしていた夜、街に出ていませんでしたか?」

 

「……っ! ごほっごほっ!」

 

 突然の指摘に思わず動揺してしまった。

 

「一昨日の夜、似た人を街で見かけたので、もしかしたらと思いまして……違いましたか?」

 

 むせる俺を真剣な眼差しで見つめる先輩。

 一昨日というと、あれか。ネロ・カオスがホテルに襲撃を仕掛けてきた日か。

 誤魔化した方がいいだろう。まあ馬鹿正直に話しても信じてもらえないだろうけど。

 だが、先輩の真剣な表情を前にすると、どうも隠し立てするのに気が引ける。

 

「ええっと……はい。ちょっとした野暮用で」

 

「やっぱり。ダメですよ、夜に出歩いては。私たちは学生なんですから。特に昨今は物騒なんです。知ってますよね吸血鬼事件のこと」

 

「もちろん」

 

 なんなら本物とバトりました、なんて言えるわけがなく。

 曖昧な顔で頷く俺に先輩はため息をついて、こう言った。

 

「気を付けてください。今日も駅前で死体が出たって、ニュースでやってたんですから」

 

「……マジっすか?」

 

 マジです、と頷く先輩。

 ネロとヴローヴは始末した。となると、アルクが追っているロアって奴の仕業か。

 

「──七夜くん、吸血鬼の俗説って知ってますか?」

 

 不意に表情を和らげた先輩がそんなことを聞いてくる。

 吸血鬼の俗説っていうとアレか? 不老不死やら十字架に弱いやらの。

 

「そうです。吸血鬼に血を吸われた人間が吸血鬼になるとしたら、何故この世は吸血鬼だらけになっていないのでしょうね」

 

「それは……あれじゃないですか? 吸血鬼退治をする人たちが頑張ってるとか。ヴァンパイアハンターって聞きますし」

 

 主に、イスカリオテ──じゃなかった。埋葬機関というヴァンパイアハンターがね! 

 

「そうですね⋯⋯もし本当に居るのなら、彼らを討伐する人たちも存在するでしょう。吸血鬼という怪物を討ち倒す、そんな人たちが」

 

 模範的な回答に微笑みを浮かべた先輩は、俺に言い聞かせるように口にする。

 

「吸血鬼はいてはならない存在。存在してはいけない怪物ですから」

 

 本来なら架空の存在として冗談で済ませられるはずの話題なのだが、どこか彼らの存在を確信しているような口ぶりに疑問を持つ。

 えっと⋯⋯もしかして身内に埋葬機関の方がいらっしゃいます? 

 

「って、いつの間にかホラー話になっちゃいましたね。いい時間なので、そろそろお開きにしましょうか」

 

「うっす」

 

 それはそうと、いい加減昼休みから気になって仕方ないんだが。

 そう、先輩から漂うスパイスの香り。どこか嗅ぎ覚えがあるような気がしてならん。それも最近。

 痒いところに手が届かないというか、小骨が喉に突っかかる感じというか。とにかく気になって仕方なかった。

 どのくらい気になって仕方ないって? このまま家に帰ったら、このことが頭から離れないせいで何を食べたのかも分からず一日中頭が冴えてるくらいには。

 だから、先輩には大変申し訳なく思うも、この気になって仕方ない事案の解決を優先することにした。

 

「閉じますね」

 

「はーい」

 

 廊下に出た先輩が俺に背を向けて部室の鍵を掛ける。

 その後ろで、俺の足は盛大に空振り、先輩の足元でこけた。

 

「おっとあしがすべったー!」

 

 振り返りキョトンとした、先輩の可愛らしいお目目。

 ブレザーを盛り上げる豊満なバスト。

 折り目のついたスカート、から伸びる美しいおみ足。

 流れる気色を目で追いながら、自然と体を捻り仰向けの体勢を取る。

 

「えっ?」

 

 受け身を取りながらも眼はバッキバキに見開き、スカートという乙女の牙城の最奥を見切る。

 ネロ・カオスの混沌すら凌駕する乙女の禁断領域。またの名を【秘されし乙女の妖精國(スカートの中)】。

 死すら見破る俺の眼は、確かに秘境の最奥を見た。

 そこに在るは、乙女の守護領域。あらゆるものを阻む白亜の城壁。

 人類史が生み出した新たな領域の到達点。

 聖杯とか根源とか、そんな小さなものなんてどうでもよくなる第三の扉。

 純白のおパンティ。

 

 そして、薄っすらと漂う芳醇なスパイスの香り。

 

 ――喝采の時きたれり、其は世界を満たすもの。

 ──是なるは、恩讐の彼方すら吹き飛ばす、最果ての領域。

 

「──ッ! カレー風味の白パンッ!」

 

「〜〜っ!」

 

 最後に見たものだって? 

 

 上履きの底さ。

どの程度、月姫について知っていますか?

  • 無印、リメイクともにプレイ済み
  • 無印のみプレイ済
  • リメイクのみプレイ済
  • 未プレイだけど設定・世界観は知ってる
  • まったく知らない
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