バカ VS シリアス   作:ポチ&タマ

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バカと百合

 中庭に躍り出たシエルは、身を隠すために森の中へ入った。

 相手が吸血鬼だと断定出来るならまだしも、疑わしいという理由では断罪は出来ない。

 彼女が所属する組織──埋葬機関の中でも温厚派なシエルは様子見を選択したが、他の代行者なら疑わしき者は罰するの精神で処理するだろう。

 草木を掻き分けるように走るシエルだが、進路を妨害するように何かが通り過ぎる。

 木の幹に突き刺さったのは、彼女が愛用する黒鍵だった。

 

「返すわ」

 

 自身を縛った投擲剣を持ち主に返還した秋葉が姿を見せる。

 その手には朱塗りの薙刀。

 得物を持って現れた秋葉は大きく息を吸い、肺の中の空気を燃やす。

 豪ッ、と独特の呼吸音を響かせながら、大きく踏み込んだ。

 

 炎の呼吸・壱の型 秋葉式──三散華。

 

「──ッ」

 

 不知火の踏み込みで間合いを潰すと同時に下段からの斬り上げ。反転して持ち手を入れ替えると、今度は脇の下から斬り上げる二連撃。

 志岐が秋葉のためにと直々に作ってくれた技。

 鋭い踏み込みに一瞬目を見開くも、そこは歴戦の代行者。反射的にバックステップを踏み間合いの外へ逃げる。

 だが、秋葉の攻撃はまだ終わっていない。

 

 炎の呼吸・弐の型 秋葉式──雪月花。

 

 一歩外側に踏み込むと同時に、腰を大きく落としながら前手を滑らせるようにして柄を長く持ち、上段から振り下ろす。

 遠心力とテコの原理が加わった真っ向斬り。黒鍵では受け止められないと判断したシエルは、再びバックステップで回避した。

 

「大見栄切っておいて逃げ続けるだけ?」

 

 逃げ腰のシエルを挑発しながら秋葉も踏み込む。

 鋭い踏み込みとともに短く持った柄頭で彼女のこめかみを狙うが──。

 

「お嬢様とは思えない踏み込みの良さですが、間合いを潰したのは失敗ですね」

 

 両の掌を重ねて受け止めたシエル。

 そのまま柄を握って固定すると、反対の手に持つ黒鍵で秋葉の首を狙う。

 刹那、再び赤い粉が視界に広がると同時に破裂した。

 咄嗟に手で顔を庇うシエルだが、熱を伴う破裂により右手の小指と中指を失ってしまう。

 

「──!」

 

 しかし、それも束の間。欠損した指の付け根から骨や血管、筋肉などが再生していく。

 一秒も掛からず傷一つない体に戻ったシエルは、不敵な笑みを浮かべた。

 

「では、始めましょうか。異形同士の戦いを」

 

 そう言うと左手に持った黒鍵を投擲してくる。

 冷静に間合いを測りながら薙刀で弾こうとするが、嫌な予感がしたため慌てて回避行動を取った。

 顔の横を通り抜けた黒鍵が背後の木に突き刺さるが、あまりの威力に倒木する。

 あのまま薙刀で防いでいたら、弾かれたのはこちらの方だったであろう。

 

「なんて馬鹿力……っ」

 

「失礼ですねー。単なる技術です」

 

「ぐっ……!」

 

 木々の茂みに身を隠しながら隙を見て投擲するシエル。

 薙刀を盾のように構えた秋葉は、死角から襲い来る凶刃を紙一重で回避する。

 志岐から教わった全集中の呼吸による集中力と五感の強化がなければ、今頃被弾していたことだろう。

 

「始めは些細なことでした。夜更かしした夜、朝いつも通りに起こしに来る人にちょっとした恨み言を口にしたり。雨上がりの大通りを歩いていて、道を行く自転車に水たまりの水を掛けられて不快に思ったり。誰もが一瞬持ってもおかしくない、負の感情……それが強く形になって表に出てしまいそうになりませんか?」

 

 声の出処が分からない。

 次々と投擲される剣を避けつつ飛んできた方向に意識を向けるも、そこはもぬけの殻。

 現状、秋葉の最大の武器が封じられた今、地道にチャンスを待つしかない。

 

「例えば──」

 

 例えば、可愛らしい子供を見ていて、わけもなくその首をへし折りたくなる。

 例えば、哀れな物乞いを見かけた時、その心臓をナイフで突き刺したくなる。

 例えば、幸せそうな妊婦を見た時、お腹を割いて中の赤ちゃんの頭を握り潰したくなる。

 

「ただ殺したくて、ただ渇きを満たしたくて……今のあなたの殺意は、そういうものから派生していませんか?」

 

 おどろおどろしい例え話をしながら、その殺意の出処は何処か問い掛けてくるシエル。

 それを聞き届けた秋葉は、頬を伝う汗を指で拭いながら、単的に切って捨てた。

 

「──いいえ。純粋な殺意よ」

 

 こんな訳の分からないことで壊させはしない。

 この日常を、この幸せを、奪われてなるものか。

 もう二度と──。

 

 ──秋葉ちゃん、見ーつけた! 

 

 兄さんに手出しさせるものですか……ッ! 

 

「琥珀、翡翠?」

 

『はい、準備は整ってございます』

 

『いつでもご命令を』

 

「ええ」

 

 耳に付けた小型イヤホンから従者たちの声が聞こえる。

 その言葉に小さく頷いた秋葉は、静かに命じた。

 

 

 

 1

 

 

 

「……発火能力者でしょうか。でも服に作用していないところを見ると、もっと別のものですね……」

 

 恐らく、視界に入ったモノに干渉する能力だが、これほど強力な力を武装や一音節も必要とせず発動させるとは思ってもみなかった。

 混血の末裔。話には聞いていたが、実際に対峙すると厄介な類である。

 

「さて、どうしたものでしょうか⋯⋯」

 

 木々の陰に隠れながら、今後の動きを脳内で組み立てていると。

 

「侵入者さん、見つけちゃいました♪」

 

「──ッ」

 

 真後ろから聞こえてきた声に、反射的に黒鍵を放つ。

 

「あわわ! よっ、ほっ! ふぅ、危ない危ない」

 

 背後から現れた人物──琥珀は、手にした竹製の箒で至近距離からの投擲を受け流すように払う。

 跳躍して背後の木の幹を蹴り、三段跳びの要領で間合いを稼いだシエルは、汗が首筋を伝うのを感じた。

 

「威力が乗る前とはいえ至近距離からの黒鍵をこうも容易く⋯⋯それに私の索敵を逃れた? 只者ではありませんね⋯⋯」

 

「いえいえ、この程度。遠野家に仕える従者ですから」

 

 箒を手に持ってにっこり微笑む琥珀。

 とても命をかけた戦いに興じているとは思えない落ち着きっぷり。志岐が見れば「この齢で常在戦陣の心構えを!? 流石は琥珀ちゃんだ⋯⋯」と驚いたことだろう。

 

「秋葉様と志岐さんに仇為す人は、この琥珀が許しません!」

 

「な、なんですかその怪植物はっ!」

 

 どこからか取り出したのは未知の植物。

 植木鉢に植えられたそれは、某土管ゲームに登場する食人花のような見た目をしており、分厚い唇の中には尖った歯がびっしりと生え揃っている。

 怪植物と呼ばれるのも無理はないパッ◯ンは、その口から真っ赤に燃える炎弾を吐き出した。

 

「なんて無茶苦茶な⋯⋯!」

 

 黒鍵を投擲して火炎弾を払うシエルだが、一瞬意識を逸らしたその隙を琥珀は見逃さなかった。

 水の呼吸で身体能力を高めると、シエルの背後に先回り。

 箒に仕込まれた秘密の業物が抜き放たれる──。

 

「琥珀流抜刀術奥義!」

 

「──ッ」

 

 右手にも黒鍵を装備し刃をクロスさせて受け止めるシエルだが、秘密の業物という巫山戯た銘の仕込み刀は容易く黒鍵を断ち斬った。仮にも業物と銘打つだけはある。

 利き腕に深い刀傷を負ったシエル。ドス黒い血が修道服を濡らし、指先から滴り落ちる。

 この距離は危険だと感じ、再び距離を取ろうとするが。

 

「──ぐっ! これは、狙撃⋯⋯!?」

 

 木々の間を縫うように飛来した弾丸が、シエルの左大腿部を貫いた。

 さしもの彼女も、意識外から飛んでくる亜音速の弾丸には気付かなかった模様だ。

 銃声が聞こえないのはサプレッサーを付けているからだろう。

 

「さすが翡翠ちゃん、ナイススナイプです」

 

 一瞬の硬直を見逃さず、すかさず距離を詰める琥珀。

 目をキュピーンと光らせた彼女は手にしていた箒を宙に放ると、水の呼吸による無手術を披露する。

 

「開打靠靭琥珀掌!」

 

 てややー! という可愛らしい掛け声とはかけ離れた掌打の嵐。一打一打は軽いように見えて、その実内部を破壊する浸透打である。

 本来の技は、開打靠靭琥珀脚。中国拳法の達人である謎のお姉さんという設定を活かすためチャイナ服姿で行う必殺技なのだが、今は仕事着である着物なため大きく脚を開く技は使えない。

 そのため、即興で思いついた掌打のコンビネーションを、その場で必殺技へと昇華したのだ。

 如何にも水の呼吸らしい応用力の高さである。

 

 浸透系の掌打のラッシュに肘打ち、鉄山靠。それらをまともに食らってしまったシエルは思わず膝を付きそうになるが、フィニッシュである双掌打が胸部に命中。

 そして、本邸の二階の一室からスコープ越しに狙いを定めていた翡翠も、静かに引き金を引いた。

 衝撃により心臓の動きが止まるとともに、亜音速で飛ぶ7.62mm弾が側頭部に命中。

 鮮血を散らしながら崩れ落ちるのを見届ける琥珀に、インカム越しに指示が飛ぶ。

 

『炙るわ。離れなさい琥珀』

 

「はい、秋葉様」

 

 

 

「ーーいい加減兄さんも帰ってくるでしょうし、これ以上長引かせるわけにもいかないから……」

 

 ゆっくりと歩を進める秋葉の髪が靡く。

 美しい黒髪を朱色に変えながら。

 秋葉の血に流れる鬼種としての力を解放する。

 

「念には念を入れるわ」

 

 木にもたれながら力なく手足を伸ばして俯くシエルを赤い粉が包み込み。

 火のない劫火が彼女の体を呑み込んだ。

 体が炭化するほどの火力だというのに、衣服には一切変化を与えない。

 朱色の髪から“紅赤朱”(くれないせきしゅ)とも呼ばれている秋葉は、無惨に焼け焦げたシエルを見て、面白可笑しそうに嗤った。

 

「……はは……あはは、あははははははははは! あら、もう死んだの? まったく口ばかり……もう少し“尋問”してから殺すつもり、だった……のに……」

 

「秋葉様!」

 

 しかし、紅赤朱でいられる時間は極僅かなのだろう。

 すぐに元の黒髪に戻った秋葉は、辛そうに蹲る。

 まるで、貧血に苛まれる志岐のように──。

 

「無茶が過ぎます!」

 

 駆け寄った琥珀が肩を貸す。

 

「昔から遠野は、こうして敵対する者を排除してきたんだもの。これは当然のことよ、そうでしょう……」

 

 苦し気ながらもそう言葉を締めくくった秋葉。

 事後処理をお願いしようと顔を上げた、その時だった。

 

「──困りますね、ちゃんとトドメを刺してくれないと。死ねない身の上といえど、生きながら燃やされるのは物凄く辛いんですよ?」

 

「──ッ! 琥珀!」

 

 背後から聞こえてきた声に、思わず琥珀を突き飛ばす秋葉。

 振り返ると黒鍵が目と鼻の距離に迫っているが。 

 

「その髪、そんなことも出来るんですね」

 

 咄嗟に紅赤朱となった秋葉は、髪を操り絡め取った。

 地に伏していたシエルがゆっくりと立ち上がる。

 炭化していた肉体は急速に修復され、ものの数秒で元の状態へと戻った。

 

「……いいわ。だったら、死ぬまで殺してあげる」

 

 汗が頬を伝い、顎先から滴り落ちる。

 それを合図に、二人はそれぞれの得物を握りながら同時に動き──。

 

『おーい、秋葉やーい! 琥珀ちゃん翡翠ちゃんやーい! みんな何処~?』

 

 志岐の能天気な声が中庭に響いた。

 

「兄さん……!」

 

「……ここまでですね」

 

 黒鍵を仕舞ったシエルが踵を返す。

 

「実際に対峙してみて分かりました。貴女の能力はいつでも私を蒸発させるくらい容易いのでしょうね。ですが、貴女はそうしなかった。怖いんですね……そんなことをすれば、今までの世界が無価値になってしまうのが」

 

「──」

 

 それは秋葉の核心を突く言葉。

 知らず知らずのうちに目を背けていた事実。

 何か言い返さなければならないのに、口から紡がれる言葉は何もなく。

 ただ、口をパクパクさせるだけだった。

 

「……やっぱり貴女は違うみたいです」

 

 貴女に人は殺せません。

 そう言って茂みの中へと消えていくシエル。

 やがて完全に気配が消えると、秋葉は力なくその場に座り込んだ。

 

「私が手加減……? 怖がって、いた……?」

 

 反転するのを恐れ、決定的な行動に出れずにいた。

 自身の中で捨てきれないでいる甘えを、他ならない敵に指摘された屈辱。

 兄への心配、不安。

 色々な感情が混ざり合い、声にならない叫び声を上げるのであった。

 

 

 

 2

 

 

 

 アルクが目をつけたのは、疲れ切ったサラリーマン風の死者(グール)

 狙われているのを察し自発的に逃走したことから、恐らく第二階梯。

 自分から人気のない路地裏へ逃げ込んだグールは、もれなくアルクの爪の餌食となり、塵となって消えた。

 

「これで三体目。結構紛れてるんだな」

 

 いつでも加勢できるように身構えていたが、今のところアルク単独で処理出来ている。

 人混みのある場所で常時直死モードだと頭パァンだから索敵もアルク頼みだし、俺の存在って⋯⋯。

 ま、まあアレだ。俺は最終決戦兵器枠だから。LV.5の村人を相手にLV.999の魔王が本気出すのも変な話だし! うごごごごご。

 

「そういえば、アルクの追ってるロアはどんな奴なんだ?」

 

 かれこれ二時間ほど街の中を見て回った俺たち。

 外のベンチに腰掛けて小休憩を取るついでに、ロアについて聞いてみる。敵を知り己を知ればってやつだな。

 俺の質問に足をぶらぶらさせていたアルクは真剣な表情となった。

 

「最古参の吸血鬼である、別名アカシャの蛇。多くの吸血鬼はわたしたち真祖と違って人間から吸血種となった死徒。不老不死なんて言われてるけど、それは存在規格が破格なだけで、血を吸わなければ絶えず劣化し、その体を維持できない。この辺りは前に話したわよね」

 

 以前、ネロが襲撃してきたホテルでアルクに教わったな。

 真祖と死徒の違いや、死徒には階梯があることなど。基本的なことを知ったっけ。

 聞けばロアもネロと同じ二十七祖の一人。ネロのように厄介な異能を有しているのだろうが。

 

「ロアは、永遠の存在を追求した結果、一つの肉体に固執することをやめた吸血種よ」

 

「一つの肉体に固執?」

 

 魂を分割して予備の肉体をストックするとか?

 

「奴は、自分の肉体が滅んだ時、他の人間に転生する吸血鬼なの」

 

「転生……」

 

 そっちか。しかも転生とは、奇しくも俺と同じじゃん。

 まあ俺の場合は完全に運任せで、今後も転生出来るか分からんけど。

 

「前はフランスの片田舎。人間はすでにロアの退屈を紛らわすための玩具でしかなかった。二日かけてロアを探し出し、処分する頃にはその街は【死都】になっていたわ。人間を乗り換えながら生き続ける遺伝子情報のような存在のロアにとって、肉体はただの器に過ぎないの。転生を繰り返すたびに処分してきたけど、今この街の誰に転生しているかまでは判っていないわ」

 

「……なるほどな」

 

 絵に描いたような化け物だな。

 殺しても殺しても転生するから、実質いたちごっこ。

 転生のトリガーが死亡判定時に自動で発動するのか、それとも魔法陣的なものを用意しなくちゃいけないのか分からないが。

 

 安心しろ、安心しろよアルクェイド。ロアにとって俺はゲロを吐くほどの恐怖の対象となるだろうさ。この俺が、この七夜志岐がきっちり引導を渡してやるからよ。

 俺の胸に黄金の輝きが宿ったところで、それはそうと疑問をぶつける。

 

「ところで、見つけた死者(グール)は手当たり次第殺してるけど、これでどうやってロアの元に辿りつくんだ? ロアもアルクに狙われてることくらい分かってるだろ?」

 

 以前聞いた吸血鬼講座では、基本的に城主である死徒は自分の城に籠もっており、食料の調達は配下の兵士たちの仕事。

 そのため、城に帰還する死者たちを尾行し、一気に殲滅するのかと思いきや、今のところそういった素振りは見せずにサーチアンドデストロイだ。

 

「吸血鬼は人間のように毎日食べないと生きていけないわけじゃないわ。気が向いた時に食事をするのが大半だから、それまで死者たちは決められたルートを徘徊して、備蓄してるの」

 

「ふむふむ」

 

「いくら転生を繰り返す吸血種とはいえ、吸血鬼である以上どうしても他者から血や精を摂取しないと存在を保てない。だから、向こうはわたしに狙われてるって分かっていても、最低限の食料を得るために死者を出すしかないの」

 

「ああ、なるほど。んで、その死者が悉く殺されつくしたら――」

 

「そういうこと。死者を調達するために巣穴から出てくるはずよ。まあ、その巣穴さえ見つけてしまえば楽なんだけどね」

 

 ベンチから立ち上がるアルクは「今日はもう死者も出ないと思うから、また明日の夜探しましょう」と告げた。

 時刻は十九時半。門限まで残り三十分。

 今夜は比較的早めの時間帯だったが、死徒が本格的に活動を始めるのは早くても十時以降らしい。

 今後は十時に待ち合わせしましょう、と提案するアルクに一瞬渋るも、まあこっそり抜け出せばいいかと了承した。

 

「ねえ志岐。あそこってなに?」

 

「ん? ああ、ゲーセンだよ。ゲームセンター。若者が遊ぶ場所。アルクは行ったこと……ないよな」

 

 アルクは興味深々な顔でUFOキャッチャーを眺めており、まるで日本初来日した外国人のような反応を見せている。

 俺と出会うまでは死徒殺しに邁進した生活を送っていたみたいだから、こういう娯楽は未経験だろう。

 

「やってみる?」

 

「うん!」

 

 百円玉を入れてやると、ポップなBGMが流れアームが動き出す。

 アルクが見ていたのはチーカワのぬいぐるみ。大きさは中くらいで、初心者救済用なのか比較的取りやすい場所においてある。

 操作の仕方は分かるようで、死徒戦よりも真剣な眼差しで慎重にアームを動かすが――。

 

「……あぁ!」

 

 やはりというべきか。ぬいぐるみを持ち上げることも叶わず、失敗に終わった。

 むーっと頬を膨らませたアルク。「もう一回!」と意地になっているようなので「あと一回だけな」と断りを入れてコインを投入。

 

「今度こそ、今度こそ……あ、あ、あー」

 

 奮闘むなしくぬいぐるみをゲット出来なかったアルク。からかうようにピコピコ光るアームを睨みつけ「これの何が面白いのかしら」とへそを曲げてしまった。

 しかし、ここはゲームセンター。他にアルクの興味を引くものは多くある。

 

「あ、これならわたしも出来る!」

 

 目を輝かせて飛びつくのはレーシングゲーム。

 俺個人で言うとクレーンゲームより難しいと思うんだけど。

 そう言う俺にアルクは得意気な顔で、スカートのポケットから何かを出した。

 

「め、免許証!?」

 

 吸血姫さま、まさかの免許持ちである。

 

「人間社会に溶け込むんだから、身分証明の一つは持ち歩かないといけないでしょ? だから修得しておいたの」

 

「あーそっか。確かに身分証と言ったら保険証か免許証だもんな」

 

 存外、真面目な理由である。

 だが、身分証明として手に入れただけであって、肝心な車に乗ったのは教習所以来らしい。

 これもやはりと言うべきか、カーブを曲がりきれずにガードレールに衝突しまくり、記録は最下位を更新したのであった。

 

「へー、ダンスのゲームなんてものもあるのね。ねぇ志岐、一緒に踊りましょう!」

 

「もちろんさー!」

 

 その後、ダンスで革命を起こすゲームで一緒に踊り、リズム感覚は普通にあったため直ぐにマスターしたアルクと極限バトル。

 金髪の外人美女が冴えない着物男と凄いダンスしてやがる、と話題になって人集りが出来たり。

 シューティングゲームでは至近距離でも当たらないノーコンっぷりを見せ「こんなの使うより素手の方が強いんだから!」とその通りだが的外れな言い訳を口にしたり。

 仲の良い学生同士ならなら大抵やっているプリクラを一緒に撮って、思いの外顔が近くてドキドキしたり。

 そんな感じでゲーセンデートを満喫した俺たちは、明日の夜いつもの公園で落ち合う約束を交わして別れた。

 

 デート後の余韻に浸りながら足取り軽く帰路に着く。

 家に着いた時には丁度八時ジャスト。秋葉の小言が五月蝿いかもだが、まあ大目に見てくれるだろう。多分。

 

「ただいまー。⋯⋯あれ?」

 

 玄関を開けると待ち構えているはずの翡翠ちゃんだが、姿が見えない。お出迎えなしとは珍しい⋯⋯どころじゃなく初めてだ。

 

「翡翠ちゃーん、琥珀ちゃーん?」

 

 可笑しい、反応がない。

 居間に向かってみると、ディナーの準備をしていたのか、テーブルの上に空の食器が並べられている。

 しかし、厨房を覗いてみても琥珀ちゃんの姿は見当たらない。

 美味しそうな匂いを漂わせている鍋や、調理途中の食材がそのままの状態で放置されていた。

 これは、何かあったな?

 

「秋葉ー! 琥珀ちゃん、翡翠ちゃーん!」

 

 声を大にして呼びかけなから家の中をくまなく捜索する。闘ったり荒らされたような痕跡は見られないから、強盗とかの類ではないと思うが⋯⋯。

 

「もしかして、発作か?」

 

 心当たりがあるとすれば、秋葉の発作だ。体が弱い秋葉は度々発作を起こす。

 大抵は琥珀ちゃんが必要な処置をして、部屋で休めば回復する程度の貧血らしいが。

 もしかしたら様態が悪化したのかもしれん。

 

「秋葉やーい! 琥珀ちゃーん、翡翠ちゃんやーい!」

 

 しかし、それらしき書き置きもスマホへの着信もない。

 テラスに出た俺はそのまま中庭に向かうがーー。

 

「なんじゃこりゃあああああっ!」

 

 中庭には凄惨な光景が広がっていた。

 至る所で木々が倒れ、所々で地面が陥没しているのだ。

 しかも、見たことのないモニュメントがそこら中に転がってるし。倒木や陥没の因果関係からして、このモニュメントが衝突したようだが、そもそもなんだこれ?

 T字型の奇妙な物体。色は茶色というか、ブラウン?

 こんな物がそこら中に散らばっているのだから謎すぎる。怪盗Xの置き手紙的なやつとか?

 

「わ、分からん、頭がおかしくなりそうだ⋯⋯高度な精神攻撃か?」

 

 とにかく、秋葉たちが心配だ。全集中の呼吸を教えたとはいえ、秋葉たちはか弱い女の子。戦闘力の高い変態とかが現れたら流石に対処できないかもしれない。

 中庭を抜けて離れの小屋にも向かってみる。もしかしたら、此処に避難してるかもしれないし。

 小屋はあまり使われていないが、掃除は定期的に行っているとのこと。

 

「ーー」

 

 立て付けの悪い戸を開けて中に入る俺だが、目の前の光景に思わず硬直してしまう。

 そこに居たのはーー。

 

「ぁ、秋葉、さま⋯⋯ん⋯⋯」

 

 はだけた着物姿の琥珀ちゃんに、そんな彼女の首筋に顔を埋める秋葉の姿があったのだ。

 

 ⋯⋯。

 

 キマシタワー!?

どの程度、月姫について知っていますか?

  • 無印、リメイクともにプレイ済み
  • 無印のみプレイ済
  • リメイクのみプレイ済
  • 未プレイだけど設定・世界観は知ってる
  • まったく知らない
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