七夜一族が暮らしている、俺命名『七夜の森』が都市にあることが判明したあの日から一年。
無事六歳になった俺はパパ上から許可を貰い、森の外へ出れるようになった。
本来は男子だと技が身に付く十歳まで外出禁止なんだが、俺は特例として認められた。
まあ、俺ってば天才だし? 訓練開始してたったの四年で立体駆動術を覚えちゃう神童だし? 一度観た技は完璧にコピー出来ちゃう癖があるスーパーチルドレンだから、認められるのも当たり前だよねー。
ということで「志岐は間が抜けているところがありますから、知らない人に声を掛けられてもついて行っては駄目ですよ?」と割りと失礼なことを言ってくる心配性なママ上や。
「……お前なら早々大事には至らないはずだが、手に負えない事態になったら迷わず退け」とトラブルが起こること前提で話すパパ上に見送られて、いざ出発!
装備は正式に俺の得物となった飛び出しナイフと、懇意にしてる鍛冶師が打ってくれた愛刀一振。
そして、ママ上が握ってくれたお結びと竹製の水筒だ。
七夜と刻まれた飛び出しナイフは一族が代々受け継いでいる武器で、切れ味はそこそこ程度だがメッチャ頑丈とのこと。俺のサブウェポンとして常に懐に入れている。
そして、俺のメインウェポンである愛刀ーー夜葬だが、コイツはちょっとヤバい。
何がヤバいって? まずコイツを手掛けた鍛冶師からしてヤバい。初対面の俺を見るや否や「我が宿業、此処に定まれり」とか言って自分の腕を切り落とし、その骨で鍛えたのだ。
自分の骨で刀を作るとかマジ狂気なんだが、その刀もヤバい。風の呼吸をしていないのに軽く振るだけで離れた場所にあった木に刀傷を付けたくらいだ。
しかも骨を使っているからか刀特有の反射がなく、刀身が真っ白。そこに七夜の性質を鑑みて、特殊な炭で刀身を黒く染めてくれた。
おかげで真夜中に抜くと、完全に闇と同化してしまって刀身が見えないというね。
慣れるまでかなり苦労しましたわ。
さて、そんな狂人が造り上げた妖刀を竹刀袋に入れ、いつもの藍色の小袖姿で森を飛び出した俺だが、現在首を傾げております。
森を抜けたそこはカントリーロード、と言わんばかりの田舎染みた風景が広がっていたのです。
おいパパ上よ、都会じゃないんかい此処。もしかして都会でも田舎の方的なオチですかコノヤロウ。
このまま回れ右するのも悔しいから、衝動の赴くまま走ってやった。無駄に雷の呼吸を使ったりしてね。
やはり都会でも田舎の方なのだろう。道中、誰とも会わず無言で走り続けること一時間。
ついに人工的な建物が見えてきた……!
「ってデケェなオイ」
たどり着いた場所は柵で囲われた広大な敷地。遠目には豪邸と呼べるほどの御屋敷が見える。
もしかしたら有名な芸能人や金持ちが所有する別荘なのかもしれない。あいつらシーズンに一度だけしか別荘を使わないイメージがあるし。
なら侵入してもバレないべ。仮にバレたとしてもぼくちんこどもだもん。
「よっ、と」
柵は二メートルほどの高さがあったが、立体駆動術を体得している俺にとっては無いも同然。
軽々と柵を飛び越え、音を立てずに着地する。
「……センサー類も無さそうだな」
流石に警報が鳴り響くなか探索とはいかないからなぁ。
こうして人知れず侵入した俺は、ウキウキしながら敷地内を探索するのだった。
1
館の周りをぐるっと回り、大体の大きさを把握する。
本館はコの字型の二階建てで、外から見る限りだと人は住んでいないようだ。
だが、窓を見ると汚れ一つない綺麗な状態を保っている。このことから定期的に業者さんが来ているのだと分かる。
流石に窓を壊して侵入、というのはやり過ぎだから、どこか開いていないかなと細かくチェックしながら壁伝いに移動していくと、不意に人の気配を感じた。
「うわ、やっべ……。人いるのかぁ……」
その可能性も無きにしも非ずだが、なんと間の悪い。
気配は中庭と思わしき場所からする。身を低くしながら壁の角からそっと様子を伺うと。
(子供?)
そこにいたのは俺と同い年くらいの子供たちだった。
白のシャツに黒の短パン姿の白髪の少年と、緋色のワンピースを着た黒髪ストレートの少女。顔立ちも似ているし恐らく兄妹なのだろう。
二人は鬼ごっこをしているのか、逃げている少年を少女が追いかけている。
ここまで聞こえる楽し気な声に、俺の中の少年魂がウズウズする。
「いーれーて!」
気がつけばそんな事を言いながら物陰から飛び出していた。
「だ、誰だお前!」
「に、兄様……」
突然現れた謎の美少年に驚きの表情を浮かべる二人。
妹ちゃんの方は人見知りなのか、兄の後ろに隠れてしまった。
「俺、七夜志岐! メッチャ大きな家があったからつい侵った! 反省はしてるけど後悔はしてない!」
「え、は?」
「……?」
勢いに圧されたのか、目を丸くする二人に畳み掛けるように言葉を続ける。
「俺、あんま友達がいなくてさ。楽しそうに遊んでるからつい声掛けちゃったんだよね」
「そ、そうなのか……。ん? お前、しきって言うのか?」
「だよ」
「へぇ! 俺も四季って名前なんだ!」
「おー、お揃じゃん! うぇーい!」
「うぇーい!」
少年は結構ノリが良く、すぐに打ち解けることが出来た。
そんな兄をどこか困った目で見る妹ちゃん。
怖がらせないようにゆっくり歩み寄ると、手を差し出す。
「良かったら友達になってくれないかな?」
「う、うん」
「ありがとう。名前は何て言うの?」
「と、遠野秋葉です」
「秋葉ちゃんか、良い名前だね」
「……えへへ」
思わず手頃な位置にあった頭を撫でると、秋葉ちゃんの顔がほにゃっと弛んだ。
なんだ、この可愛い生き物は……!
「おい四季、秋葉ちゃん可愛過ぎじゃね?」
「だろ?」
秋葉ちゃんの前でこそこそ話をすると、当の本人は顔を真っ赤にして俯いた。
やばいメッチャ可愛いんだけど! 妹ってこんなに可愛い生き物なのか!
親戚の姉貴は沢山いるけど妹はいない俺。帰ったらママ上にお願いしてみよう。
2
その後、俺たちは日が暮れるまで遊んだ。
『ダルマさんがころんだ』や『鬼ごっこ』、『尻尾とりゲーム』、『正式名称は不明だが“いっせーのーせー”から始まる親指を上げるゲーム』など意外と夢中になって遊んだものだ。
途中、四季たちのお父さんに見つかり少し気まず気に挨拶をした時には「七夜だと?」と驚かれたけど、最終的には息子さんたちと一緒に遊ぶのを許してくれた。
去り際に「お父上にもよろしく伝えてくれ」と言っていたが、パパ上と知り合いなのかな?
なにはともあれ、次回からは堂々と表門を潜ることが出来るぜ。
「もう帰っちゃうのか……」
「……」
門の前まで送ってくれる兄妹たち。名残惜しそうな顔の四季に対し、秋葉ちゃんは俺の背中に抱き着いて離れないため顔が見えない。
この数時間で随分と懐いてくれたと思う。兄と区別するためにと『兄さん』呼びしてくれた時なんて、心臓が止まるかと思った。
引っ付き虫のように離れない秋葉ちゃんの手をポンポンと優しく叩き、明日も遊びに来る旨を話すとようやく解放してくれた。
「……本当ですか?」
「もちろん。約束するよ」
不安気な面持ちで見上げてくる秋葉ちゃんが何だか仔犬チックで、思わずその頭を撫でていた。
枝毛一つない黒髪にスッと指が通り、癖になりそうな中毒性を感じた俺は早々に手を引っ込める。
気持ち良そうに頰を緩めていた秋葉ちゃんの顔が、残念そうにしょんぼりするのを間近で直視してしまい、俺のお兄ちゃん魂が軽い悲鳴を上げた。
「……四季」
「ん?」
「秋葉ちゃんお持ち帰りしてもいい?」
「ダメに決まってるだろ」
えっえっ? と顔を赤くする妹分の可愛い反応を堪能した俺は、今度こそ遠野邸を後にするのだった。
3
余程心配を掛けたようで、『七夜の森』の入り口でパパ上が待っていた。
始めての外界で六時間も家を空けてしまえば、そりゃ心配を掛けるよな。
だが、パパ上は特に怒った様子を見せず、俺が無事であるのを確認すると何も言わずに森の中へと入っていく。
子供の俺に歩調を合わせてくれるのが何だか嬉しくて、柄にもなくパパ上と手を繋ぎながら外での出来事を報告した。
同世代の友達が二人も出来たと話した時には珍しくパパ上の口角が若干上がったのだが、四季と秋葉の名字が『遠野』であると知ると、一瞬その鉄面皮が崩れた。
「ーー遠野だと?」
「うん。そういえば秋葉たちのお父さんが父上によろしくって言ってたけど、知り合い?」
「……」
俺の言葉に沈黙するパパ上。
何だか嫌な予感がした。
「……志岐、もう遠野とは関わるな」
「はい?」
突然の命令。いつもより硬い表情のパパ上は無機質な声で「これは、七夜当主としての命令だ」と告げてくる。
は? 意味分かんないんだけど。
「………………分かった」
理由を尋ねたかったが、有無を言わせない凄みを感じさせる今のパパ上には何を言っても無駄という確信があったため、非っ常に納得出来ないが取り合えず頷いておく。
いつもの雰囲気に戻ったパパ上を見上げながら、こっそり通うことを決意する俺である。
バレなきゃいいんだよバレなきゃ!
それからというもの、俺は連日のように遠野邸に通った。
パパ上たちには周囲を探検していると嘯き出掛けているのだが、なんか察してるっぽいんだよな。
でも何も言われていないということは黙認してくれているのだと思う。
その気遣いのお礼と言うわけではないが、帰宅する度に手土産を持って帰るようにしていた。
秋葉ちゃんや四季経由でメイドさんから高級茶葉だったり、老舗のお茶菓子などを頂いているのだ。図々しい? 俺もそう思う。
お陰さまで土産を持って帰る度にパパ上が微妙そうな表情を浮かべるけど、それはどんな感情なんだろうね。
ちなみに、ママ上は毎回ウキウキしながら手土産を心待ちしていたり。最近のラインナップでは玉露が一番嬉しかったらしい。
「兄さん見て! 秋葉、背伸びたんだよ!」
テラスのような中庭にある石柱を指差し、興奮気味に目を輝かせる秋葉ちゃん。
石柱には石で削られた横線が競うように刻まれており、真新しい疵の横には『あきは』の名前が。
その数ミリ下には四季の線が刻まれていることから、兄を追い抜いたのだろう。
お兄ちゃんより背が高いことが余程嬉しいのか、小さく胸を張っている。可愛いね!
「ぐぬぬ……! 秋葉のくせにぃ~!」
本気で悔しがっている様子の四季。どれ、俺が引導を渡してやろう。
適当な小石を拾い、石柱の前で気をつけの姿勢を取ると、石で自分の身長を刻んだ。
……四季どころか、秋葉ちゃんにも引導を渡しちまったな。
「フッ、まあ精々励みたまえよ」
「むぅぅ! 兄さんのバカ、おたんこなす!」
「オレが一番下なのかよ……」
こうして同世代の友達を得た俺の日課は、四季たちと一緒に子供らしく外で遊ぶか、『七夜の森』でパパ上たちから稽古をつけてもらうかの二択となるのだった。
結構充実した毎日を過ごしています。
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