♯001 『席替えだよ! 全員集合!』
長かったような短かったような春休みが終わり、遂に2年の始まりを告げる始業式がやってきた。
原作では、生活態度か何かで1年生の最終試験後に僅かながらもポイントが変動することがあったが、この世界でも同様の変化を発生しており――Aの坂柳クラスが931CP、Bのオレたちが708CP、Cの一之瀬クラスが325CP、Dの龍園クラスが312CPという結果になっている。
また、2年に上がったことで教室も変わり、内装も今までと比べてかなり様変わりしていた。
これまでは普通の学校と同じく黒板を使っていたが、2年の教室には黒板は存在せず、代わりに新品の大型モニターが設置されている。より近代の学校という感じになっており、そのモニターには『1年の時と同じ席に着いて待っていること』と表示されていた。
もはや言うまでもないことだが、この学校はクラスの順位を賭けて戦う一面があるため、進級してもクラスメイトが変わるようなことはない。指示通りに、去年までと同じ席――窓際の一番後ろの席に座って教室を見回していく。
今日はこの後、体育館で始業式が行われ、それから担任の教師によって数時間ほど今年度のスケジュールや必要事項などの説明を聞き、午前中には解散となる流れだ。
春休みの間に、山内の退学の傷も大分癒えたようで、クラスメイトたちは表向き何事もなかったように、連休中に何をしていたか等と気の抜けた話をしている。
しかし、明日には新入生の入学式が行われ、新たな1年生たちがこの学校にやってくる――そして、表向きではあるが1年生全員がオレを退学させようとしてくる訳だ。
面倒だが、新しいセフレが増えるチャンスと考えれば悪いことばかりでもない。それに、原作と違って南雲が生徒会長ではなくなっており、理事長代理の月城も今はこちら側である以上、原作に比べたら難易度は下がっている。
それでも月城が裏切る可能性については注意が必要だが、今の段階では向こうも一方的にオレをハメる理由が存在していないので、情勢が変わるまではこのまま様子見で問題ないだろう。向こうもオレが完全に信用している訳ではないのもわかっているはずだしな。
と、考えていると、いつも通りに鈴音も登校してきた。原作では兄との別れの際に断髪したことで、教室内が少し騒ぎになるのだが、この世界ではオレの好みに合わせてロングヘアーのままなので何も起ってはいない。
いつものように凛とした表情をしているが、既にオレのことは視界に捉えているようで、席について鞄を机に置くと同時にこちらに柔らかい笑みを向けてきた。
「おはよう、綾小路くん」
去年、初めて会った時には拒絶された挨拶――それが今では当たり前のように出来ている。それも原作と違って少し微笑みながら、心許した相手にしか見せないであろう表情で。
「……なに? 私の顔に何か付いているかしら?」
「いや、変わったなと思ってな」
「そう? 春休み前と、特に変わったことはないと思うけれど……」
「春休みじゃなくて、去年の話だ。オレが挨拶しても、挨拶するのを拒否していただろう?」
冗談交じりに「『私は挨拶しなくても問題ないわ』だっけか?」と、去年の鈴音のセリフを思い出していると、やめてくれと言わんばかりに首を横に振っていた。
「……あれは黒歴史よ。忘れて頂戴」
どうやら今の鈴音にとって、兄の幻影を追って孤立していたのは、男子が厨二病時代を思い出すのと似たようなむず痒さを感じるらしい。顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
だが、こうして改めて見てみると、やはり去年に比べて大分雰囲気が柔らかくなった。まぁ、柔らかいのは雰囲気だけではないのだが――
「でも、私が変わったというのであれば、それはあなたのせいよ。ご主人様のせいで、私は変態になってしまったのだから……」
――と、考えていると、少し顔を赤くしながら、そう可愛く耳打ちしてきた。
去年の夏――無人島試験で鈴音を奴隷にしてから随分経つが、確かに今ではまごうことなき変態になってしまっている。
つい先月くらいまでは、その変化を恥ずかしがる様子を見せていたが、兄が卒業したことで内心に変化があったのか、今では少しずつ受け入れ始めているようにも見えた。それでも、多少顔を赤くはしているが。
「鈴音ちゃんも大分えっちになってきたねぇ」
いつの間にか雪も教室に入ってきていたようで、ニマニマとしたいやらしい笑みを浮かべながらオレの席にやってきた。
原作との最大の変化といえば、やはり雪がこの学校のクラスメイトになっていることだろう。元ホワイトルーム生だけあって、能力も高く、幼少期からの洗脳紛いに刷り込みをしてきただけあって、オレのために生きることを至上の悦びとしている。
そんな雪は、基本的にオレと一緒に行動することが多いが、この世界では南雲に変わって生徒会長になっていた。今日も、始業式や明日の入学式の件で忙しくしていることもあり、朝から別行動を取っていたのだが、ようやく解放されて教室に来たらしい。
また、鈴音も雪のサポート要員として、1年の段階で既に生徒会入りを果たしているということもあり、この二人は去年から割かし仲が良かった。おそらく、鈴音がオレに耳打ちした言葉は聞こえずとも、その様子でオレに媚びを売ったのだと雪も予測を付けたのだろう。
「……えっちと言われても、雪さん程ではないわ」
「そう? でも、この間は私と清隆の番の時に来て、あんなに――」
「そ、その話はしないって約束でしょう!?」
と、雪と鈴音が二人できゃいきゃい騒いでいると、他のクラスメイトと挨拶をしていた桔梗もこちらにやってきた。
「おはよう、綾小路くん、雪ちゃん、堀北さん! 今年度もよろしくね!」
原作ではいがみ合い続けている鈴音と桔梗も、何の因果かこの世界では割かし仲良くしている。勿論、心の底から仲良しという訳ではなく、女王様と犬という外には出せない二人だけの独立した関係性が築かれていた。
とはいえ、これで原作のように桔梗が意地を張った結果、満場一致試験で愛里を退学にする――と、いうような事態はなくなったと言って良い。
まぁ、仮に万が一、億が一にも桔梗がオレを裏切って鈴音を退学にさせようとしても、愛里を退学になどさせるつもりはないがな。奴隷契約もしていないのに、一途にオレを想ってえっちになっていく女を切るくらいなら、池辺りを適当に切り捨てた方がマシだ。
と、考えていると、愛里も波瑠加と一緒に登校してきたようで、こちらに小さく手を振ってくる。
今では落ち着いたものだが、愛里が雫モードを解禁してから半年程は視線がずっと集中しっぱなしで騒ぎになっていた。綾小路グループで集まる時は、わざわざ変装として前までの愛里の姿になってもらっていたくらいだ。
しかし、愛里も原作通りに波瑠加と仲良くなって、原作以上に努力をしているが故に、もはやクラスでも人気と言って良いポジションを確立している。桔梗や雪と同じ、下手をすればそれ以上に愛里のファンはクラス内外問わずに増えていた。
「おはよ、清隆」
「おはようございます、清隆くん」
いろいろ考えている間に、真澄とひよりも登校してきたらしい。二人とも、席はオレの近くではないが、わざわざ挨拶するために来たようで、そのまま雪や鈴音、桔梗と話をしている。
真澄は原作だと2年で退学してしまうが、オレのモノになった以上は、もう原作のような結末を迎えさせるつもりはなかった。
それこそ今の真澄は、原作で坂柳の小間使いをしながら常に眉間にしわを寄せていた時に比べて、笑顔を浮かべることも増えてきたように思う。
ひよりに関しては、原作のオレが恋心を抱いた可能性がある稀有な存在ではあるが、この世界のオレにとってはただのセフレの一人にすぎなかった。
既にその感情は既知であるため、俺がひよりを特別視するようなことはない。それでも、オレのモノとして大切にはしているつもりだった。今も、龍園クラスでは出来なかったであろう本の話なども出来て、原作よりも楽しくしているように思える。
雪の件もそうだが、やはりこの二人がこのクラスに移動してきたことも大きな変化と言って良いだろう。
クラス移動のための4000万を貯めるのは苦労したが、それでも美少女二人が増えたことでクラスは一層華やかさを増している。
また真澄は能力が平均的に高く、ひよりは学力が優れているため、クラス内の平均能力値も上昇していた。学年末試験では、真澄やひよりが居てくれたから勝てた節もある。
いや、真澄やひよりだけではない。
千秋も原作と違って、一年の段階から実力を見せ始めてきたし、恵もオレの彼女にはなっていないが、千秋と共にクラスのサポートをして陰から貢献してくれている。佐藤も、そんな二人に触発されて、日々の授業や夜の勉強を頑張っていた。
他にも、オレが動いたことで変化したことはたくさんある。坂柳や帆波との関係性、澪を始め朝比奈や茶柱といった奴隷階級の女たちの存在――その全てが原作とは別物に変わってしまっていた。
そういう意味だと、もうこの世界は、『ようこそ実力至上主義の教室へ』という原作があるだけの、完全な別世界になってしまったのかもしれないな。
と、しみじみとこれまでを振り返りながら、特に何事もなく始業式を終えて教室に戻ってくると、我らが担任茶柱による本年度のスケジュールや必要事項などの説明が始まった。
大きく変わったのは黒板が大型モニターに変わったのと同じく、紙の教科書がタブレット端末になったことだろう。
タブレットは生徒に一台ずつ与えられており、教室の後ろには高速充電器も置かれている。万が一、授業中に電池切れにならないよう、モバイルバッテリーまで用意されている優遇っぷりだ。
しかし、原作でも追及されていたが、政府が監督するこの学校の生い立ちを思えば、導入はむしろ遅かったくらいだろう。
ただ、デジタル化も全てが良いこと尽くめという訳ではなかった。こういうハイテクな機械が苦手な生徒はどこの世界にもいるようで、うちのクラスではひよりがタブレット端末の扱いに苦心している。
思えば、ひよりは常に紙の本を愛読書としており、電子書籍などはあまり読む姿を見なかった。後で、本人に確認した所、「本を読んだという感じがしなくてあまり得意じゃないんです」と、苦笑いしている。
とはいえ、説明を受ければ理解できる頭は持っているので、そう時間をかけずに使い方を理解していた。
茶柱も、ひよりがタブレットの操作を理解し、他に問題のある生徒がいないことを確認すると、「では、最後に――」と声を上げる。
「始業式も終わって、新学期が幕開けした。これから1年間、お前たちがどの席で勉強を学ぶのか――『席替え』を、これから行っていく」
席替えと聞いて、クラスメイトたちが喜ぶ表情を見せた。オレとしては、今の席を気に入っているので、特に席替えはしなくてもいいのだが、そういう訳にもいかないらしい。
そういえば、原作でもおまけのミニ小説か何かで席替えの話があったっけか。
「席替えって、どうやって決めるんですか?」
「この学校でも、基本的に例年はくじ引きで席替えを行ってきた――が、今から行う席替えは、例年にない『新しい方法』で決める」
と、池の質問に答えながら茶柱がモニターに手をかざすと、今オレたちが座っている席の見取り図に、番号――そして、番号の下にPPと思われるが数字が表示された。
窓際の席から縦に1~7、その隣が8~14、窓側の真ん中が15~21、廊下側の真ん中が22~28廊下側から二番目が29~35、そして廊下側が36~42。基本的に縦が7席、横6席の42席だが、うちのクラスは人数が41人のため、山内の席だけが空席になっている。
確か原作だと縦8席、横5席だったはずだが、今年の2月に真澄とひよりが編入してきたことで、配置や席順が微妙に変わっていた。
「席の番号に割り振られている数字については察していると思うが、これは席の『最低入札価格』だ」
「入札って……!」
「オークションってこと?」
見た感じ、窓際はどの席も廊下側の倍以上のポイントが記載されている。また、後ろの席も高額。中央に近づくほど、基本的に安くなっているようだった。
また、最前列も教師と近いせいもあってか、基本的に金額は安く設定されている。例外としては、窓際の最前列1番だけはやけに高いが、それだけ窓際であることは大きいということだろう。
「これから1番の席から順に希望者を募っていく。もし、希望者が複数いた場合には、『入札価格の高かった生徒』が席を獲得する。逆に、希望者が誰も現れなかった場合、その席は2週目で最低入札価格を半額にして再び募集をかける。ただし、三週目はない」
最終的に売れ残った席が複数存在する場合、くじ引きを行って生徒を振り分けるらしい。
また、売れ残った席は無料の為、どこでも構わないという生徒は無駄金を払わずに待つのが利口――と、いうことだろう。
だが、二週目になると半額というのは大きい。
待っていれば安くなるのだから、一週目で席を決めてしまうのは悪手に見える。とはいえ、一週目で意中の席を確保した方が競合の確率は下がるだろう。
それに、誰もが安い方が得だと待つ判断をした場合、狙った席が競合し、最終的に一週目よりも高い金額が付く可能性も有り得る。これは意外と、面白いゲームかもしれないな――と、思っていると、隣の鈴音がジッとこちらを見つめていた。
「……なんだ?」
「いえ。あなたの周りは人気が高そうと思っただけよ」
物言いたげな視線を向けてくる鈴音に疑問を返すと、澄ました顔でそんなようなことを口にしてくる。こういう顔を見ていると、いい声で鳴かせたくなってくるな。
「プライベートポイントを消費しての席決めに不満を抱く者もいるかもしれないが、前向きに考えれば座りたい席を確保できるチャンスでもある。それに価値を見出せるかはお前たち次第だ」
と、茶柱のその言葉を聞いて、ギラリ――と、女性陣の目が光ったように見えたが、きっと気のせいだろう。
何せ、つい先月、クラス内投票で帆波救済のために、セフレたちにはPPの徴収を強いたばかりだ。今月に入って76000PPが新たに入ったとはいえ、とても無駄金を使う余裕などない――はずだ。
「希望の席を取れなかった生徒は、何度でも入札に参加できる。ただし、一度確定した席は変更不可だ。よく考えて入札するように」
全体で高額な席は、オレが座る窓際の一番後ろの席7番が最高額の80000PP。次が隣の鈴音が座る14番の65000PP。
他にも全体的に見て、窓際や一番後ろの席が飛びぬけて高額な値段が付けられている。逆に安いのは、教師に近い前側の席やクラスの中央である真ん中の席だった。
ぶっちゃけ、どこでもいいと言えばいいのだが、雪辺りはオレの隣を狙ってくると見て良い。ああ見えて、去年はオレの近くに居られなかったのがストレスだったようだしな。
後は、綾小路グループのメンバーも、原作通りならグループで固まろうとしてくるだろうし、他にも恵や千秋などのセフレ組もオレの近くの席を望むはずだ。そういう意味だと、どこの席を取るかというのは結構考えなくていけないかもしれない。
逆に、鈴音や真澄はまず動かないだろう。鈴音はそもそもこういうどうでもいいイベントでPPを使うなど馬鹿らしいと考えるタイプだ。
同じ理由で、おそらくは真澄も動かない。ひよりは――どうだろう? あいつがこの手のことに積極的に参加するイメージが持てないので何とも言えないな。
それに桔梗も、この世界だとどう動いてくるか。原作では洋介と一緒に、自分たちの人気を逆手に取って二人で中央の席を指定する。
それにより、中央の不人気席を人気席に変えて、その周辺の席になった生徒の不満を無くすように動いてくるのだが、この世界では席の配置などが変わっているので下手に動かない可能性もあった。
他にも、池は篠原の傍を狙いたいだろうし、みーちゃんも平田の近くの席を狙うはずだ。
とはいえ、流石のオレもクラスの誰と誰が交友関係を持っていて、誰と誰が一緒に居たいか――なんてことは完全には読み切れない。と、すると、やはり無難に仲の良い綾小路グループのメンバーか、雪たちセフレ組と固まるのがベストか。
「時間が勿体ないので、早速始めよう。まずは窓際最前列の1番・45000PP」
クラスメイトたちがキョロキョロと辺りを見回すも、誰も手を挙げる様子はなかった。
まぁ、当然と言えば当然か。1番は全体で見ても、窓際なせいで高額な席に入る。それに、仲の良い者同士で固まろうとするのであれば、高額な席よりも場所の利を捨て、人気のない低額な席を狙った方が確率も高いだろうしな。
「あの、先生!」
そんな中、意外にも普段目立つことを嫌う波瑠加が質問とばかりに手を挙げた。
「その、話し合いとかしてもいいんですか……?」
「進行の妨げになる行為は認められない」
「で、ですよね……」
「……が、お前たちもいきなり席を買えと言われても難しいだろう。私語や雑談は認められないが、この時間のみタブレットや携帯でメッセージのやり取りをするのを認めよう」
教室がうるさくならなければ、進行の邪魔にもならないということらしい。クラスメイトたちが安心したように、携帯を手に取って仲の良い友人たちにメッセージを飛ばしていく。
オレの所にも、雪や恵、千秋や佐藤から、近くの席に座りたいというお願いと、綾小路グループのグループチャットで、波瑠加からグループで固まることを提案された。
オレとしては、この2つを両立させられれば100点――つまり、綾小路グループでも固まりながら、雪たちセフレ組も周囲に置く。そんな配置が望ましい。
と、すると、狙うは中央の不人気席周辺か。
波瑠加もそう考えたようで、真ん中の18,19、20、25、26、27辺りを候補に挙げていた。18と25が1000PP、19と26は2000PP、20と27は4000PPだ。
席も、真ん中よりちょい後ろでなかなか悪くない位置ではある。オレは20か27辺りを狙っておくか。そうすれば、その周りを雪や恵、千秋たちも狙いやすくなるだろう。
「では次」
そう考えている内に、まだ誰も入札はしていないようで、窓際の1~6番はスルーされていた。
次は窓際の最後列であり、今オレが座っている7番の席。一番の高額席と言って良い場所だ。
「7番の席・80000PP、その希望者は挙手をして貰おう」
入札価格は最低でも80000PPから――にも関わらず、原作通り博士、沖谷、宮本、小野寺の4人が入札を希望している。やはり、一番人気は違うな。
当然ながら、競合したことで、タブレットに入札金額を打ち込んでいくことになった。そして、その中で一番高値を付けた生徒が、この席を勝ち取ることが出来る。
「一番高値を付けたのは――10万飛んで1ポイントで、宮本」
小野寺が「いちって!」と声を上げた。どうやら、彼女は10万PPを入れたらしい。
それにしても、宮本にしても、小野寺にしても、なかなか思い切った買い物をするな。
また、宮本が落札してから場が動き出したようで、続く窓側から2列目の入札が始まると前から2番目の席である9~11までをまだセフレにしていない女子たちが立て続けに確保している。
その後ろ、12番は緊張した様子で篠原が手を挙げた。おそらく、その後ろか隣を池が狙っているのだろう。窓際はPPが高いから、狙うなら後ろか――と、考えていると、無事に篠原が12番を獲得し、次の13番の希望者に池が手を挙げた。
オレたちが狙っているのがその隣の列ということもあって、奇跡的に被りはなかったようで池がその席を確保している。前には彼女、斜め後ろには仲の良い宮本と、池にしてみればかなり良い席を取れたと言って良いだろう。10000PPは安いくらいだ。
「では次、14番の席・65000PP!」
続けて、窓際の隣の最後列――今、堀北が座っている席が入札に賭けられるが、65000PPという金額ということもあって、立候補者が先程オレの席の入札に失敗した博士しかいなかった。
これで約1/3が1巡目の入札を終了した訳だが、獲得された席は半分。全体でいえば1/7が埋まった形になる。だが、オレたちからすれば勝負はここからだった。
ここから入札は中央列(窓際)に移り、最前列の15番とその後ろの16番は入札無し。その次の17番の不人気席に、原作通りみーちゃんが手を挙げる。
中央近くは明らかに不人気席――そこを、あの控えめな性格をしているみーちゃんが、わざわざポイントを払ってまで確保したということは、おそらく原作通りに洋介が真ん中の不人気席を狙ってくると読んだのだろう。
「次、18番・1000PPを希望する生徒は挙手を」
本来、18番は25番と並んで教室の中央にあり、普通なら進んで獲得しに行く席ではない。PPも1000と、席の中でも一番安めだ。
本来なら競合など起きようがない――のだが、やはり想像した通り競合が発生した。
「むっ」
「あぁ」
元々、18番を狙っていた啓誠と、原作通りに不人気席救済のために洋介が手を挙げたのだ。
洋介も啓誠が手を挙げているのを見て、オレたちがグループでそこを確保しようと考えているのを察したようで、何やら考える素振りを見せている。
とはいえ、一度手を挙げた以上は撤回できない。どうにか入札するしかないのだが、1000PPというのが逆に難しかった。もっと高額なら、宮本や小野寺のように勢いに乗って、ある程度のPPを出す覚悟を決められるが、元が1000と考えるとそれも難しい。
ここでオレは、多少消費ポイントが増えてしまうが、席を廊下側にずらすことを提案した。
勿論、ここで啓誠が洋介を抑えて席を確保してくれるのが一番ではあるが、おそらくここを抑えても、洋介は隣の25番を狙ってくる。そうなれば、洋介の人気に釣られて周辺は女子で固まってしまうだろう。
仮に啓誠が18番を取れたとしても、洋介の動き次第でその周辺を綾小路グループ全員が勝ち取れる保証はない以上、ここは洋介に譲って廊下側に移住するのが丸い。
と、オレの周辺を狙っている全員に通達すると、啓誠からも「そうしよう」と返事がきた。洋介の人気を考えれば、席取り合戦は激戦になるとわかったようで、明人や波瑠加、愛里も仕方ないと納得した素振りを見せている。
だが、啓誠が敢えて負けるために最低入札価格の1000PPで提出すると、どうやら洋介もこちらに気を利かせようとしてくれたみたいで同じ1000PPと金額が被ってしまっていた。
「先生! 入札価格が同じだった場合はどうすればいいんですか?」
「その場合はもう一度入札を行い、それでも決着がつかなかった場合はくじ引きとなる」
洋介が質問をしながら、こちらに目配せをしてきたので、首を横に振ってアピールする。
察しの良い洋介なら、これでオレたちが席を譲るつもりだということに気付いてくれるだろう。実際、2回目の入札では1001PPで18番を落札している。
――ここからが凄かった。
洋介が18番を落札したことで、その周辺は原作通りに不人気ゾーンから一気に人気ゾーンに格上げされてしまい、次の19番は女子の競合が激しく、本来2000PPの席が10倍以上の価格で取引され始めたのだ。
こうしてみると、偶然ではあるが、先に18番の隣の11番を確保した前園は先見の明があったのかもしれん(まぁ、いずれ裏切るようなら退学させるつもりだが)。
こうなると洋介が確保した18番の周辺、24、25、26辺りも確保するのは無理だろう。
とすると、オレたちが狙うべくは32、32、34、39、40、41の廊下側の後ろの席が無難だ。多少、値が張るし、廊下側は窓際よりも人気がないので席確保は難しくない。
洋介効果で席取り合戦が中央に集中している今、わざわざ廊下側を選ぼうというモノ好きはそう多くないはずだ――と、考えていると、21番の最後列を高円寺が確保していた。
これで残りは約半分。
次の列では、相変わらず前の席は売れ残っているが、24、25、26が、19番の席と同様に、最低入札価格の10倍以上の金額を付けられて女子たちに落札されている。
桔梗も状況次第では、不人気席である洋介の近くに座って、誰かがハブられる形を避けようと桔梗も考えていたようだが、あまりの競合の凄さやオレたちがグループで固まろうとしているのを察して手を挙げるのをやめていた。
『悪いな』
『今度、ご褒美頂戴ね』
短くチャットでお礼を言うと、即既読がついて当然のようにおねだりが返って来る。
とはいえ、もし桔梗に洋介の隣を取られていたら、廊下側の席にも影響が出ていたであろうことは容易に想像がつく。気の利く女で助かったな――と、考えていると、人気席になった26番の後ろ、27番で雪が手を挙げた。
値段は4000PPと手頃ではあるが、洋介の傍という訳でもないので、競合は起きずにそのまま雪が席を落札している。これはつまり、オレに34を取れということだ。
意図に気付いた千秋が、先んじて28番を確保しに行く。しかし、ここでなんと鈴音も手を挙げた。正直、こいつはこんなイベントに関わることはないと思っていただけに意外だ。
一番後ろの席ではあるが、中央ということと、50000PPと高額だったおかげもあって、他に競合相手はおらず、鈴音と千秋の二人が席をかけてPPを提示していく――結果は、鈴音が77001PP、千秋が77000PPで、僅かな差で鈴音が雪の背後の席を確保していた。
「……何かしら?」
「いや。お前にしては珍しい行動だと思っただけだよ」
と、何となく先程の意趣返しを行う。
鈴音は照れたように「せ、生徒会の話をするのに、雪さんの近くにいた方が便利だと思っただけよ」と、言い訳をしているが、本当に雪の近くに居たいだけならわざわざ値段の張る後ろを取る必要はない。それこそ、もっと値段の低い隣を選ぶ選択肢もあったはずだ。
雪の隣がオレになると理解していたからこそ、後ろの席を勝ち取りに行った――つまり、何だかんだこいつもオレから離れたくなかったのだ。可愛い奴である。
だが、鈴音も千秋も提示した金額が近かったことから、相手が75000PPは出してくると読んでいたようだ。
そして、千秋は鈴音がさらにその上を出すと読んで77000PPを出した。しかし、鈴音は千秋がそう読んでくると判断しての77001PP――読み合いは鈴音の勝ちだった。
負けた千秋も悔しそうにしているが、まだオレの周りの席は残っているのでそこを狙ってくるだろう。
仕方ないので、綾小路グループのチャットでオレに34番を譲ってくれるように頼み込む。他のメンバーもオレが雪に配慮しているとわかると、すぐに理解を示してくれた。
「さて、ここからか……」
ここで2/3が終了し、ここからは5列目ということで完全に廊下側に移っていく。29、30は売れず、31を男子が確保すると、遂に32の番がやってくる。
ここは啓誠が手を挙げた。
先程は洋介と競合していたが、廊下側際に移るという判断は英断だったようで今回は競合なく落札できている。しかし、その次の33番で波瑠加と鬼塚、南の3人競合となった。
おそらく、雪の近くの席を狙ってのことだろう。雪はなんだかんだで、桔梗と同じくらいの人気を持っている。洋介の時同様、普近くの席を狙うというのは十分に有り得る行動だった。
隣の席は人気が高いと踏んで、その前の席を選んだと見て良い。それに、32番は勉強が得意な啓誠もいるため、困った時等に質問もしやすいからな。
波瑠加にしてみれば、想定外のライバル。とはいえ、これを越えなければグループで固まるのは無理だ。33番の最低入金価格は6000PP――この席にどれだけの価値をつけるかが勝敗の分かれ目となる。
「終わったようだな。では、見させて貰おう。15番の席は――30000PPを付けた長谷部のものとする」
流石の波瑠加も大喜びで、「やったぁ!」と声を上げた。しかし、30000PPとは、最低価格の5倍だ。波瑠加も、席を確保するためになりふり構わずに吹っ掛けたな。
そして、問題の34番――手を挙げたのはオレの他に男子が4名と、これまでで一番の競合となっている。
当然だが、この男子は全員雪狙いの男子だろう。だが、雪の気持ちを知っている女子や、空気の読める男子は、ここで手を挙げるようなことはしない。本来なら競合無しで、オレが通るべき場面なのだが、恋する男子の心は抑えきれないということか。
雪の方を見ると、あわあわと焦ったような顔でこちらを見ている。あいつは、自分がオレからどう見られているかは気にしても、周りが自分をどう見ているかを気にしないので、自分がモテるということに自覚がないのだ。
とはいえ、ここで席を確保できませんでしたは笑えないので、本気で席を獲得しに行く。
34番の最低価格は10000PP――波瑠加のように、30000PPくらいは軽く出してくると考えていいだろう。問題は振り切った金額を出してくる場合だが、それでも100000PPを超えることは多分ない。
この席は確かに後ろ側でいい席ではある。が、廊下側だし、一番後ろという訳ではない。平田の時は元の値段が1000やら1500だったから10倍になったが、この場所で値段が10倍になることはほぼないはずだ。
勿論、雪の隣欲しさに暴走する可能性もゼロではないが、オレがこうして手を挙げたことで、周りが見えていなかった男子も状況を理解したと見て良い。仮にここで雪の隣を取れたとしても、雪が笑顔を向けてくれるかどうかなど想像するまでもなくわかるだろう。
それなら、雪よりもクラスのアイドルである桔梗の周りを狙う方がまだ利口――と、考えるはずだ。
それに3月から、Bクラスも支給PPの半額をクラスの貯金にする貯金制度を導入した。つまり、毎月手に入るのは38000PP――勿論、前からずっとPPを貯めていたという可能性はあるが、上記のことを考えればおそらくここで全力は出しては来ないだろう。良い所、50000PPが限界と見た。
念のために55000PPで提出する。
どうやら読みは間違ってなかったようで、予想外の出費を払わされたが、何とか34番を確保することに成功した。続く35番の席は、千秋が気合でもぎ取っている。
恵や佐藤も35番に競合していたが、流石に読み合いで千秋に勝つのはそう簡単ではなかった。むしろ、先程千秋の思考を完全に読み切った鈴音の方がおかしいのだ。
これで残りは廊下側だけになった。
しかし、山場は超えたようで、明人が啓誠の隣の39番を、愛里がその後ろで波瑠加の隣の40番を獲得している。その後ろの41番は恵が、最後尾の42番は佐藤が確保した。
本来の予定では、うちのクラスは41人しかいないので、売れ残った最後尾の列一つを排除することになっていたのだが、前より先に後ろが売れてしまったため、最前列の窓際を空席にすることで話は纏まっている。
そして、2週目が始まると、窓際の取り合いが始まった。その他の席で残っているのは前の方の席ばかりということで、全員が死ぬ気で窓際を取り合っている。
勝利の雄叫びや悲鳴が跋扈する中、席替えが無事に終了し、オレは廊下側から2番目の後ろから2列目という、なんとも中途半端な席を獲得し、周囲を綾小路グループとセフレたちに囲まれるという状況で2年度をスタートすることになった。
ちなみに、真澄と桔梗は読み通りくじ引きで席を決めており、真澄は30番の廊下側から2番目の前から2列目、桔梗はその隣の中央23番、ひよりは2週目で売れ残っていた明人の前の席をキープしている。残った中ではマシな席と判断したのだろう。
そんなこんなで夜――2年度初の夜のお相手も今回の席替えと同じくPPによる競売にした結果、手持ちのPPを全て使い果たす勢いでひよりが勝ち取っており、この日はひよりの形のいい桃を美味しく頂いた。席替えの時と違って、のめり込み方が半端じゃなかったな(当然ながら、別にPP欲しさでやった訳ではないので、後でPPはちゃんと返している)。
原作との変化点。
・ミニ冊子についている席替えイベントをした。
漫画版でもちゃんと掲載されているので、興味のある方は見ると良さげ。本来は横5縦8だが、真澄とひよりが編入している都合41人なので、横6縦7に変更している。
・空席について。
本来なら、一番最後である佐藤が取った廊下側の一番後ろが空席になる予定だったが、茶柱が気を利かせてスルーしている。代わりに、窓際の最前列の席が空席になった。通称山内席。
・ひよりが本気を出した。
別に察していた訳ではなかったが、最終的にPPに余裕があったため勝利している。桔梗や真澄などもPPを残していて強敵だったが、桔梗はご褒美あるので引き真澄は普通に負けた形。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
開幕から絶好調。また、席替えも無難な結果に終わってホッとしている。
・椿雪
清隆の隣の席を手に入れてご機嫌。この後の新入生の入学式で妹が入学していることを知る。
・堀北鈴音
一年前の自分を比較に出されて恥ずかしがっている。清隆の好みがロングヘアーなので、原作と違って髪を伸ばしたまま。
・櫛田桔梗
相変わらず気の付くいい女。鈴音が髪を切っていないので、こいつもショートヘアーのまま。
・神室真澄
このクラスに編入して約2か月。少しずつクラスにも慣れてきた。また、同じ時期に編入してきたひよりとは何だかんだ気が合うのかよく話をするし一緒に居る。
・椎名ひより
前々からフラグはあったものの、3年生編でいきなりヒロインレースのトップに躍り出てビックリ。とはいえ、この世界ではセフレメンバーの一人でしかなく、恵と同じく深い関係になることはない。
・佐倉愛里
雫モードを自在に使いこなしているので、地味にファンが多い。原作通り綾小路グループの一員でいることを楽しんでいる。
・長谷部波瑠加
原作では愛里に庇護欲のようなものを抱いていたが、この世界だと愛里が自分よりも優秀なので少し劣等感のようなものを感じている。
・軽井沢恵
原作だとこの時期でもう完全にメインヒロインだったが、この世界では恵、千秋、佐藤の仲良しトリオに落ち着いている。桔梗と一緒にクラスを動かす役になる場合が多い。
・松下千秋
原作と違って1年時からそこそこ実力を出している。また、恵とは反対にクラスを裏でアシストすることが多い。原作よりも、恵、佐藤と仲が良い。
・佐藤摩耶
トリオの中でまだ名前呼びされていない。が、少しずつ勉強や運動も頑張っている。今は努力の次期。
・茶柱佐枝
席替えでは女子たちを地味にフォローしてあげていた。詳しくは変更点で。
・平田洋介
幸村が手を上げたのを見て全てを察した┌(^o^┐)┐
※ようやく全部書き終えたので、今日から2年生編を毎日更新していきます。
さしあたっては、いつも通り開幕4話連続更新で、20時、24時、8時、17時で4回上げます。で、明日の20時に5話目を更新して、そこからはまたいつもの20時1話更新にしていきますのでよろしくお願いします。
また、SIDEなどの清隆以外の視点については番外編扱いとし、朝8時に上げますのでその時は1日2話になるのでよろしくお願いします。SIDE込みで全部役150話くらいですが、楽しんでいただければ幸いです。