16時になり、予定通り体育館に顔を出しにいくと、既に1年生と2年生が合わせてかなりの数の生徒が集まっていた。
とはいえ、その半数以上は1年生であり、残りは帆波を始めとした2年Cクラスの中でも社交的な生徒が20人程と、様子を見に来たと思われるAクラスの橋本、後はオレと鈴音――そして、体育館が使用できなくなったことで部活が延期になって暇を持て余した須藤だけだった。
どうやら、龍園は原作通りに交流会は無視の方向で来たらしい。坂柳がいないのは足が悪いからだと思うが、仮に五体満足でも橋本を派遣していただろう。あの二人は、自分がここに来る意味はないと考えている。
必要なのは能力の高い生徒――故に、こんな集まりに来る成績の低い生徒など見向きもしない。まぁ、坂柳はそれでも橋本を派遣しているだけマシではあるが。
しかし、あの二人は『崇拝』という能力を馬鹿にし過ぎている。確かに、ここにいる1年生はお世辞にも優秀とは言えない生徒だ。
入学してまだ右も左もわからず、いきなり特別試験――それも、上級生と組むというイレギュラーに完全に委縮してしまっている。だが、それを救済することで全ては始まるのだ。
いわば『宗教』――一之瀬帆波教とも呼べるものを、ここから作り出していく。
原作でも、帆波は無意識にやりかけていたが、明確には動けていなかった。だからこそ、この世界では作り上げてやる。
ただ救うだけでは止めない。追い詰められているこの状況を救い、『一之瀬帆波に従えば、この先もやっていける』と、そう思わせる下地を作り上げるのだ。
宗教にハマりやすい人間の特徴として、大体の場合は『救いを求めている』ことが多い。
これは、日々の生活が困難であったり、精神的に追い詰められていたりと、様々なパターンがあるが、今回の場合は後者――家族と別れて一人になり、まだ友達もろくに出来ていない状況の中、よく分からない試験を知らない上級生と受けなくてはならないという不安に対して『救済』を求めている。
だからこそ、彼らはここにやって来たのだ。
だが、ここで何の対価もなく1年生を救ってハイ終わり――では、原作と同じでただの良い人にしかなれない。だからこそ、今のうちに次の伏線を貼っておく。
とはいえ、別にPPを徴収する訳でも、何か不利になる条件をつける訳ではない。ただ、『今回の特別試験を助けるから、次の特別試験も必ず自分達に相談してくれ』――と、次の試験にも協力する姿勢を見せるのだ。そうすることによって、少しずつ相手にこの人は自分を助けてくれるという認識を刷り込んでいく。
原作のようにただ助けるだけでは、たまに相談できるただ良い人という立ち位置で止まってしまう。助けるなら徹底的に助けて、この人に着いて行けば自分は救われるという心境を作り出すのだ。そうして、『信者』という存在を作り上げる。
そして最後に、相手の承認欲求を刺激してやるのが重要だった。ここにいるのは自分に自信のない生徒が大半だ。誰もが、僕なんか、私なんかと、自分が何も役に立たないと思っている。
そんな一年生の心を解し、よき理解者となることで、一之瀬帆波という人は自分たちを認めてくれると錯覚させ、支持者たちに『信仰』を生み出して離れられなくするのだ。
原作でも帆波は無意識にこれを行っていた。緊張する1年生に対して、焦ることなくゆっくりと歩み寄り、優しく微笑みかけことで氷のような新入生の心を溶かし――信頼関係を構築していったのだ。
今回は、その関係を信仰にまで昇格させる。
退学者を出さないために1年にとって都合のいい存在になるのではなく、何もなくても帆波の元に集い、その期待に応えようと自ら動き出す。そんな信仰心を持つ兵隊へと生まれ変わらせる。
今ここにいる生徒から始まり、下級生の中には少しずつ一之瀬帆波教が伝播していくだろう。いずれ、能力の高い生徒も取り込み、PPや理屈ではなく、一之瀬帆波の言うことだから従うという者が生まれてくる。
去年一年間、善性を貫き通した帆波だからこそ出来る、理屈や暴力とは違う新たな戦い方――しかし、これだけでは終わらない。その上で、相手の土俵にも乗って互角に戦えるという戦女神の一面も見せていく。
今、この場にいない神崎たちには、帆波の命令で能力の高い1年生を買収しに行かせていた。それも、相当な額を吹っ掛けさせている。
勿論、支払い能力はない。
だが、坂柳や龍園がマネーゲームを仕掛けてくるつもりである以上、これは無視できないはずだ。無視すれば帆波たちは自滅するが、同時に坂柳や龍園も優秀な生徒の買収が出来なくなる。後々のメリットを考えれば、マネーゲームに乗らざるを得ない。
その結果がどうなるにしろ、表向きAクラスとも互角の戦いを見せたことや、相手に大量のPPを支払わせたという成果は、後々帆波を有利にしてくれる。
神崎たちも、今まで受け身だった帆波が攻めの姿勢を見せたことで、原作のように帆波のリーダー性に疑問を持って謀反を起こすこともなくなり、一塊のまま進むことが出来るだろう。これで、Cクラスはオレの傀儡となったまま、帆波を通して自由に操ることが出来る。
――全て、作戦通りだった。
「行きましょう。私たちがここにいてもやれることはないわ」
鈴音も、完全な理屈は理解できずとも、何となくここは帆波の独壇場になると判断したようで撤退を促してくる。
実際、こういう場において一之瀬帆波を上回ることは不可能だ。歩み寄り、打ち解け、信頼関係を作る――その一点に置いて、帆波は誰よりも強いカリスマ性を誇っている。
「おい、いいのかよ堀北。このまま帰っちまっても」
「なら、一つ聞くわ須藤くん。今ここで、私たちが2年Cクラスと社交性で勝負して勝てると思う?」
「そ、そりゃ……無理、だけどよ」
「そうね。雪さんや桔梗さ……んが居ればまだ話は別だったけれど、私たちだけではどうしようもないわ」
既に多くの1年生に、『一之瀬帆波』という顔と名前は知れ渡りつつあった。今、ここでオレたちが何をしようと、彼らの心に響くことはない。
「で、撤退してどうするつもりだ?」
「1年生の全体は160人――ここにいるのはその半数以下という所かしら。この場にいる生徒の説得が難しい以上、残りの半数以上に交流の測るのがベストだと考えているわ」
「一応、根拠を聞いておこうか」
「理由は二つ――一つ目は、あの交流会に来ていた生徒は、学力に不安を抱えている比率が高かったわ。けど、今、私たちが早急に求めているのは、学力が最低『B-以上』の即戦力よ。そういう意味でも、あの場での交渉は私たちにとってメリットがそう高くない」
今、オレたちが最優先でやるべきことは、学力の低い下級生の救済でも、学力A同士の生徒を組ませて戦うことでもなかった。
あくまでも退学者を出さないように、成績下位の同級生を確実に助ける――つまり、学力の高い生徒を口説き落とすことにある。そういう意味では、確かにあの場はオレたちの目的には合っていない。
鈴音はちゃんと理解しているな。
「そして、二つ目……これは、須藤くんは知らないと思うけれど、さっき綾小路くんや雪さんにパートナー申請を送った1年生の中に、1年Dクラスの生徒からの申請だけがなかったの」
「そう、なのか?」
「ああ」
「その違和感があったおかげで気づけたのだけれど、あの交流会の中にも1年Dクラスの生徒は1人も参加していなかったのよ」
パートナー申請の段階から怪しいと思っていたが、これでまず間違いなく1年Dクラスは、クラスとして統制されていることがハッキリした――と、鈴音は語った。
「……あのよ、俺馬鹿だからわかんねぇんだけどさ。1年Dクラスが参加してないと、何がおかしいんだ?」
「去年の私たちを思い出してみて。Dクラスは不良品の集まりと呼ばれるくらい学力が低い生徒が多いのよ? それは今回の1年生もそう変わらないはず……にも、関わらず、誰も交流会に参加しないなんて有り得る? 池くんのように学力に不安があるなら、一二もなく飛びついてもおかしくないわ」
「確かに……去年の俺らならまず間違いなく参加してただろうしな」
「つまり、これは明らかにクラスの意思が反映された動きということよ。桔梗さんや雪さんのようにリーダー格の生徒が、勝手にパートナー申請を送ったり、交流会に参加したりしないように指示をしているの」
鈴音の説明を受けて、須藤も納得した様子を見せる。が、おそらく須藤はリーダーいるということは理解できても、その先は理解できていなかった。仕方ないので、ここはオレが鈴音を試すついでに助け舟を出してやる。
「それで? 仮に1年Dクラスにリーダーがいたとして、お前はどうするつもりだ?」
「もし、クラス単位で交渉できる相手がいるのなら、個人で駆け引きする必要はない。調べたらDクラスにも、学力B以上の生徒は11人もいるし、十分に交渉する価値はあると考えているわ」
と、言い切った所で、鈴音が探るようにこちらを見てきた。自分の考えが間違っていないか心配なのだろう。
今の所、オレの考え――と、いうか、原作の流れのままなので、特に問題はないと首を縦に振っておく。もし、問題があれば、その時に口出しすればいいだけだ。
オレが鈴音の考えを否定しなかったことで、こいつも自信を持ったのか、「じゃあ、急ぎましょう。今の時間なら、Dクラスの生徒は学校に残っているはずよ」と、オレと須藤を引き連れて体育館を去っていく。
須藤も、明確な説明を受けてようやく状況を理解したようで、「おっしゃ、行くぜ!」と、気合を入れる様子を見せていた。原作のように鈴音に恋愛感情は持っていないが、クラスのためにとやる気を見せている。
「よう」
そんなこんなで体育館を出ると、オレたちを待っていたと思わしき、2年Aクラスの橋本が声をかけてきた。
原作と違って、オレたちの中で特別橋本と親しい生徒はいない。体育祭で少しだけ話はしたが、オレは混合合宿でも別グループだったし、鈴音も学年末試験でチェスの差し手になっていないので、橋本とはほぼ初対面のはず――だが、橋本は特に気にした様子もなく、まるで友達に話しかけるかのように気安くこちらに近づいてきた。
「相変わらずだな。一之瀬は」
「ええ。クラスメイトや1年生を救うことを一番に考えているようね」
「あれじゃあな……一之瀬は今の所、脅威にならない。馬鹿を引き入れるデメリットがわかっているのかねぇ? 勝負を捨てるようなもんだ」
原作通りなら確かにその通りだ。しかし、今回の帆波は明確に指導者として動いている。今はまだ種を撒いている段階だが、いずれAクラスすら無視できない強大な勢力にだってなれる可能性を秘めていた。
が、橋本にそれがわかるはずもない。
「……あなたたちAクラス――というか、坂柳さんは交流会を見るまでもなく、どんな生徒がこの場に現れるのか既に予想していたのね」
「ま、そうだろうな」
「それで、どうやって優等生を味方につけるつもり?」
「さてね。それは、お姫様の考え方次第……なんだが」
と、ここで橋本がズイっとオレとの距離を詰めてくる。男同士にしても、あまり歓迎したくない距離だ。
しかし、橋本は特に気にした様子もなく、そのまま声を潜めてオレにしか聞こえないような小声で話し始める。
「俺はお前がどう動くのかも、ちょいと興味があるんだが……?」
「何でオレに言う?」
「おいおい、隠すなって。そりゃ、最初は気付かなかったさ。体育祭の後くらいから龍園がちょっかい出してたみたいだが、それも体育祭で見せた運動能力有り気のことだと思ってた……けどな、お前はうちの姫さんをタイマンで倒した男だ。気にならない訳ないだろ?」
「タイマンって……学年末試験で勝てたのはクラス全員の力があったからだ」
「確かに、6種目まではそうだな。けど、最後のチェスだけは違う。俺も姫さんに付き合わされてルールを覚えたからわかる。お前は学力や運動能力だけじゃなくて、思考能力でも姫さんを超える力を持っていた……Bクラスを陰で支配しているリーダーは、お前なんだろ綾小路?」
「なんのことかわからないな?」
「……まぁ、今回は様子見さ。これ、俺の連絡先だ。気が向いたら連絡してくれよ」
そう言いながら、強引に連絡先を渡された。橋本は、もう用は済んだとばかりに背を向けて立ち去っていく。
この様子から見て、橋本の中ではBクラスの裏にオレがいると確信を持っているのだろう。坂柳が漏らした――と、いう線もなくはないが、あいつも基本的にオレに関する情報をあまり進んで口外するタイプじゃないからな。多分、違う。
「んじゃ、またなー」
原作でも、橋本はオレのことを疑っていたが、この世界では割とうまく隠れられていただけに接触がここまで遅くなったのだろう。
もしかしたら、学年末試験のことがなければ、橋本は今でもオレのことに気付いていなかったかもしれない。とはいえ、気付いた以上、これからはオレにもちょっかいをかけてくるはずだ。あの蝙蝠男をどう利用するか――その辺りも、状況を大きく動かす鍵になりそうだった。
「おい、綾小路……あんまし橋本の言うことを信用すんなよ」
と、橋本をどう使うかを考えていると、須藤が面白くなさそうな顔をしながらそう忠告してくる。
「なんだ、須藤は橋本のことを知っているのか?」
「いや、全く。けど、敵なのはかわんねーだろ」
「まぁ、そうだな……」
確かに、今回は1年と組むとはいえ、戦う相手が他クラスなことに変わりはない。そういう意味では須藤の言うことも一理あった。
そんな須藤の意外な忠告を聞きながら、鈴音が去っていく橋本の背中に視線を向ける。結局、橋本はここに来ても様子を探るだけで、特に勧誘などをする様子を見せなかったからな。
「……雪さんも言っていたけれど、AクラスにはAクラスという大きな優位性がある。あの余裕も、そのブランドのおかげかしらね。黙っていても、ある程度自然に人は集まってくるでしょうし」
「だが、それを言うなら、今のオレたちはもうBクラスだ。それも、最下位クラスであるDクラスから下剋上を果たしている最中のな」
Aクラスという最高級ブランドは言うまでもなく強い。しかし、最下層のDクラスから這い上がってAクラスの背中が見えつつあるという今のうちの状況は、下位クラスに配属された生徒からは眩しく見えるはずだ。そのブランド力はAクラスにだって負けていない。
「そうね。下位クラスから成上がったという実績は、Dクラスを説得しようとしている今、十分なメリットになるわ。後は、1年Dクラスのリーダーがどう出てくるか……」
と、話しながら1年Dクラスに向けて改めて動き出す。学年が上がったことで、今年度からは教室が変わったが、1年の教室があるのは去年までは毎日通っていたフロアだけに、思いの外進む足が止まるようなことはなかった。
勝手知ったる――ではないが、やはりオレたちもこの一年を過ごして学校に馴染んできたのだろう。
そのままAクラスから順に、クラスの様子を探っていくと、やはり教室に残っているのは1年生の中でも余裕を持っているやつが多かった。
まぁ、1年生は仮に500点以下でもPPの三か月停止でマイナスが少ないし、気が弱いタイプは帆波の方に行っているので、当然と言えば当然のことだが――
「クク。随分と遅い到着だな、鈴音」
――と、軽くAからCの視察を終えると同時に、1年Dクラスから出て来たであろう龍園がこちらに声をかけてきた。
「龍園くん。あなたも1年生の偵察に? 交流会には姿を見せなかったようだけれど」
「体育館に集まってたのはボンクラ連中ばっかりだったんだろ? 見るまでもねぇよ」
鈴音としても、龍園がこのフロアにいたのは学力の高い生徒を引き抜きに来たというのは当然察しがついている。こちらは少し出遅れたし、もしかしたら既に有望株の何人かはスカウトされたかもしれない――と、考えているらしく、表情には出していないが焦っているようだった。
龍園もそんな鈴音の内心を察したのか、「安心しろよ。まだ誰も落としてねぇよ」と、薄ら笑いを浮かべている。
とはいえ、それを信じられるほど、こちらもお人よしではない。特に須藤は過去に龍園にハメられて冤罪をかけられた過去もあって、鈴音と共に警戒した様子を見せていた。
「俺の言うことなんて信じない――って、顔だな」
「自分の胸に手を当ててこれまでの行いを顧みてみることね。少なくとも、ここでの発言は話半分で聞いておくつもりよ」
「そうかい。随分と俺も警戒されるようになったもんだ」
「あら、あなたのことを警戒しなかったことなど一度もないけれど?」
「ククッ、そりゃそうだ……」
どうやら龍園はこの僅かな会話で、今回の試験でオレが鈴音を表に出すつもりだと完全に理解したようで、やり取りを楽しんでいるのがわかる。
なんだかんだ言って、やはり鈴音のような女が好みなのだろう。桔梗が試験のリーダーだった去年のペーパーシャッフルの時と違って、明らかに声色が楽しそうに聞こえる。
「……にしても、用心棒を雇うにしちゃ、頭の悪い奴を選んだな」
ここで、龍園がずっと後ろで控えている須藤にもちょっかいを出してきた。しかし、須藤は完全に無視を決め込んで反応を見せない。挑発が無駄だとわかると、龍園も「チッ」と詰まらなそうに舌打ちをしていた。
残念ながら、この一年で須藤のメンタル面の補強は万全だ。少し挑発された程度ではもう反応すらしない。だが、いつまでも放置して龍園の好きにさせる意味もないので、改めて鈴音が須藤を庇うかのように一歩前に出ていく。
「あなたも、人のことは言えないんじゃないかしら? 1年生を怖がらせるつもり? あなたのその態度じゃ逆効果よ」
「そうか? 軽く脅してやれば、二つ返事で俺に協力すると言うと思うけどな」
「……冗談でしょう? そんなやり方が認められるとでも?」
「多少脅した所で、そこに問題があるのかよ。低い点数を強要するのがアウトだってルールはあったが、脅してパートナーを組むなというルールはなかったはずだがな?」
「ルールに明記するまでもない――ということよ。問題になれば大変なのはあなたよ? 去年の学年末試験前の騒動をもう忘れたのかしら?」
「確かにな。あの時は一之瀬に一杯食わされた……けど、二度目はない。もう足が着くような間抜けなことはしないぜ」
「そう。では、証拠が出てくれば容赦なく問題提起するわ」
「クク、そういや……お前は生徒会のメンバーだったっけか。後ろにいるだけの金魚のフンかと思ったが、なかなか強かになって来たじゃねぇか」
誰の後ろ――と、言わないだけで、龍園も鈴音を通じてオレが相手だということは理解している。
だが、それでもラジコンがこうして優秀だと龍園としても楽しいのだろう。そういう意味だと、桔梗は全体的に優れてはいるものの、こういう場では鈴音の方が使いやすかった。
「それで? お前らは誰か引き込めそうなのか?」
今度は龍園が探りを入れてくる。が、鈴音は答えない。しかし、答えないから情報を隠せるとは限らなかった。黙っていても、状況や行動から考えを推測することは出来る。
「交流会の偵察をして何か掴んだな? で、急いで残りを確認しに来たか……」
「あなたと同じかもしれないわよ?」
「ククッ、そうかもなぁ……だったら、同じ考えを持つお前に良いことを教えてやるよ。今年の1年は、入学したばかりの癖に随分と落ち着いてやがる。つまり、学校側の人間が、新入生に対してある程度の仕組みを話している可能性が高いってことだ」
「そうね。特別試験の時期の早さから、私もそのことについては懸念していたわ。仮に、今年の1年生が優秀だとしても、流石に学校のことについて何の説明もなしに特別試験をする意味はない」
「それに、一部じゃ今の段階でクラスを纏めようとしている気配もある。入学直後から動きが活発じゃなければこうはならねぇ。ほぼ確定……と見て良いだろうな」
「で、そんなことを私に話して、一体何を狙っているのかしら?」
「別に何もねぇよ。今回の特別試験じゃ、相手をぶっ殺すだけの手段は取れないしな。だが、総合で勝つためには、色々と手を回す必要はある……これも、そのための下準備、かもしれねぇなぁ?」
今回の試験でやれることは、一人でも多く高い学力を持つ1年生を自分たちのクラスに引き込むこと――そういう意味で、坂柳や龍園は間違いなくマネーゲームを仕掛けてくる。
しかし、龍園はまだ気づいていない。自分たちが動く前に、既に帆波たちが動き出していることに。
龍園、お前は帆波たちにもう見切りをつけているようだが、あいつらが怖くなってくるのはここからだぞ。
今止めなければ、いずれ坂柳や龍園でも止められないくらいに帆波は勢力を大きくする。目の前の鈴音やオレ、坂柳を気にしている間に手遅れにならないと良いな。
「まぁ、精々頑張って食らいついてくるんだな」
含みのある笑いを浮かべながら、龍園は1年生のフロアを去っていった。それを見て、鈴音もこのおかしな状況について何らかの確信を得たのか、「一筋縄では行かないかもしれないわね」と言葉を漏らす。
須藤は首を傾げているが、龍園が真っ直ぐに帰ったという事実と、これだけ騒ぎを起こしても物音一つ見せない1年Dクラスの状況が、わざわざ教室に行くまでもなく、ある結果を予測することが出来た。
「なっ!? 誰も居ねぇ!?」
原作通り、1年Dクラスは既にもぬけの殻となっていた。そりゃ、龍園も誰も落とせないはずだ。相手が居なければ、引き抜く以前の問題なのだから。
「思っていたよりも、厄介なクラスかもしれないわね」
「確かに、交渉は難儀するかもな」
「……今回は、基本的に私に任せて貰えるのよね?」
「お前が決定的なミスをしなければな」
「わかった。今日は解散しましょう。もう、ここに居てもやれることはないわ。勝負は明日から――日を改めて、1年Dクラスとは接触を持ちましょう」
そう言って、この場は解散となった。
鈴音はおそらく、原作通りに1年Dクラスと対等な関係を作ろうとしてくるだろう。オレとしても、別にそこをどうこうするつもりはない。
放置しても問題が解決するのであればそれに越したことはなかった。この試験は無理に勝ちに行っても得られるメリットもそう多くないしな。
オレにとって、今回問題となってくるのは、ホワイトルーム生である天沢や八神の動き――だが、原作通りであるなら、天沢が多少動くとして、八神はまだ動いて来ないはずだ。
別に原作通りに動いてくれるなら放置しておいてもいいのだが、天沢については早い段階でこちらの駒として動きを支配した方がやりやすいかもしれん。石上の情報も欲しいしな。
後は、帆波を利用した2年Cクラスの動きだが、やろうと思えばこの試験で坂柳や龍園のクラスに退学者を生み出すことも不可能ではなかった。
1年生に学力B以上の生徒が限られている以上、1年Dクラスをうちが獲得するとして、他のクラスの学力B以上の1年を帆波が口説き落とすことが出来れば、自ずと2年の学力の低い生徒は退学の危機に瀕することになる。
勿論、坂柳や龍園もそう簡単に追い込まれることはないだろうが、危機感を覚えさせるだけでも十分だ――そんなこんなで、本来の原作では22組のパートナーが決定された一日目だが、この世界では一組のパートナーも決まることなく時間だけが過ぎていった。
原作との変化点。
・一之瀬帆波教の設立を始めた。
詳しい内容を知っているのはCクラスだと帆波と神崎だけ(神崎は帆波から聞いた)。特に神崎はこの話を聞いた時、下級生を味方につけるという考えを聞いて意表を突かれたかのように驚いたが、得られるメリットを考えてすぐに納得している。
・神崎の状態。
原作と違って、帆波が勝つための明確な指針を打ち立ててきたのを見て落ち着いている。今は帆波に変わってマネーゲームの方の指揮を取っている。
・須藤が同行している。
何だかんだ原作と同じだが、原作と違って恋心は一切ない。体育館に来たものの、体育館が使えないことに気付いて暇だったところに清隆たちが来たので合流した。
・1年Dクラスの生徒がいない。
清隆が帆波を見ている間、地味に鈴音はOAAで顔確認をしていた。
・橋本が接近してきた。
原作よりも遅れてコンタクトを取っている。むしろ、スタートダッシュが遅れている分、原作よりも押しが少し強い。
・初日にパートナーが出来ていない。
帆波がよりより組み合わせを模索するために、一旦パートナーの組み合わせは保留にしている。ここから個々の学力を把握してパートナーを詳しく決めていくつもり。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
帆波の動きを見て、帆波教設立は間違いじゃなかったと確信。
・堀北鈴音
1年Dクラスのリーダーが厄介そうで少し警戒している。原作よりも人付き合いが得意じゃない分、他の能力が高いくらいで他はそこまで大きく変わっていない。が、リーダーではないので、リーダーとしての能力は原作よりも磨かれていない。
・一之瀬帆波
集まってきた1年生の人心掌握中。とはいえ、本人は難しいことを考えずにやりたいように仲良くなれとだけ命令されている。下手に指示を出すよりも、自然体の帆波をぶつけた方がいいと判断されたため。
・須藤健
部活が中止になったから一緒に居る。素直になったから扱いやすくて助かる。
・龍園翔
原作通り1年をあさりに来た。鈴音が成長しているのを見て満足そうにしている。
・橋本正義
清隆に接近してきた。割と強引に連絡先も渡している。
・神崎隆二
ここにはいないが、マネーゲームの指揮をしている。帆波がリーダー性を見せたことで原作のようにあらぶっていない。
※昨日は愚痴みたいなこと言ってすみませんでした。
そのおかげかはわかりませんが、昨日から今日にかけてまたお気に入りが少しずつ増えてます(笑) ありがとうございます。
あと、宗教当ててる人がいてびーっくり。そんなにわかりやすかったか? もしかしたら私が知らないだけで、メジャーなネタだったんですかね。