放課後。鈴音と共に改めて、この特別試験についてどう対処するかを話すことになった。
ケヤキモール内のカフェでお茶――というか、軽くデートをしながら、今日起きた出来事を踏まえ、これからどうしていくかについて鈴音の意見を聞いていく。
原作通り、鈴音は基本方針として、三つの目標を打ち出してきた。
まず、一つ目は『クラスから退学者を出さないこと』――これは言うまでもないが、山内の時と同じく、退学者が出るとようやく纏まってきたクラスにまたヒビが入る可能性がある。それに退学者が出ればCPがマイナスになり、下位クラスの下剋上を許す可能性も出てくるので当然と言えるだろう。
次に、二つ目は『クラス別の戦いでは総合三位以上を狙うこと』――退学者が出ないように立ち回る以上、必然的に総合で一位を狙うのは難しい。おそらくは高確率でAクラスが一位を取ってくるだろう。それでも、後を追えるようにCPが貰える可能性は追及したいということで、この目標を立てていた。
最後、三つ目は『マネーゲームには積極的に参加しないこと』――当然ながら、二年生は退学という危険と隣り合わせである以上、どうしても高い学力を持つ生徒の力を借りる必要がある。そのためにはPPを使った説得が早いが、うちのクラスは他のクラスに比べても資金力が高い訳ではない。湯水のようにPPを使っても今後に影響が出る。それなら最初から勝てないゲームにはあまり参加せず、必要に応じて手を出すくらいの方が良いと考えたのだろう。
「この三つの目標を達成するには、やはり1年Dクラスとの交渉を目指すべきだと思うわ」
「何故だ? 昼休みの宝泉を見る限り、あいつはかなりPPに固執している。むしろ、オレたちの望みとは正反対の相手だと思うが?」
「優等生に限っては高く売りつけてくるでしょうね。でも、1年Dクラスには学力C前後の生徒や、それ以下の生徒も多く存在している。このまま放置すれば、本来助かるはずだった生徒も、ペナルティによってダメージを受けるわ」
「だが、退学するほどじゃない。PPの三か月停止程度、気にしないで強引に押してくる可能性はあるぞ?」
「いえ、彼がこの先も勝つことを視野に入れているなら、生徒たちのマイナスを喜んで受け入れるとは思えない。それに、彼も龍園くんと同じく、恐怖政治を強いているのでしょうけど、今回のマイナスは彼の牙城を崩すキッカケにもなり得るわ。下手に身内に敵を作るのは、彼にとっても本意ではない……付け入る隙は必ずあるはずよ」
理屈ではそうだ。しかし、龍園と同じく、宝泉もまた理屈では縛り切れない存在でもある。理屈や常識を無視してくる可能性は決して低くはない。
鈴音も、それは薄々勘付いているだろうが、それでも1年Dクラスとの交渉をメインに進めたいようで、「何か問題あるかしら?」と、こちらを探る様子を見せてくる。
「いいや、今の所は問題ない。強いて言えば、もう少し強引な手段も視野に入れてもいいってくらいか」
「強引な手段?」
「ああいうのは鼻っ柱をへし折ってやれば言うことを聞きやすい。須藤がそうだったようにな」
「……まさか、喧嘩でもしろっていうの?」
「喧嘩じゃない。生徒会公認の、互いの意見を通すためのぶつかり合い……まぁ、名目は後で勝手に決めればいいさ。うちのクラスには生徒会役員が二人もいるんだ。おまけに、そのうちの一人は会長だ。このメリットを使わない手はない」
「生徒会の権利を私的に利用するのはどうかと思うけれど……」
「前に雪にも言ったが、清濁合わせ持つことも大切だ。まぁ、決行するかどうかは置いておいて、頭の一部には置いておけ。時に武力が問題を解決することはある」
原作では、武力行使はいろいろ問題が起きるのであまり推奨されていないが、生徒会役員――それも会長がいれば、正当化するのはそう難しいことじゃない。
最初から力づくでの解決を論外とするのと、可能性として考慮に入れておくのでは、動き方も違ってくるだろう。鈴音には、もう少しズルさを持って欲しいものだ。
「とはいえ、うちのクラス全員が1年Dクラスに乗っかろうとするのは危険な行為よ。極力、リスクは分散させておかなければならないわ」
「そうだな。どこかに、破格の条件で組んでくれる優秀なパートナーがいてくれれば、こちらとしても有難いんだが……」
「ここにいるぞー!」
オレたちが特別試験について話していると、後ろからそんな声が聞こえた。振り返ると、明るい髪を二つ結びにしたいかにもギャルっぽい感じの女子生徒が満面の笑みを浮かべながら、コーヒーのお盆を持ってオレの隣に座ってくる。
そういえば、原作でもこの日に出会っていたっけか――おそらく、こいつが天沢だろう。これで、ホワイトルームからの刺客である二人の内、一人には会えたな。
「聞き耳を立てていたのかしら?」
「ヤダな先輩。たまたま聞こえちゃったから声かけちゃっただけだよ」
「……それで、あなたのお名前は?」
「あたしは1年Aクラスの天沢一夏。こう見えても、OAAでは学力Aだったりするんだよね! で、先輩のお名前は?」
「私は2年Bクラスの堀北。OAAの学力はA-よ。それで、こっちは――」
「あっ、そっちは知ってる。綾小路清隆先輩だよね、OAAでの学力A+の」
宝泉もそうだったが、『綾小路清隆退学2000万チャレンジ』とは別に、オレのことは学力最上位生徒として1年の殆どが覚えているらしい。
まぁ、天沢の場合は、それ以前からオレのことについて良く知ってはいるだろうが――
「実は綾小路先輩がいるってわかったから声をかけようとしたんだよね。そしたら、話が聞こえちゃって……もしよければ私がパートナーに立候補してあげよっか?」
「ありがたい申し出だけれど、今私たちが探しているのは自分のパートナーじゃなくて、クラスにいる学力の低い生徒と組んでくれる相手を探しているの」
「なるほどー……つまり、退学を阻止するためのパートナーを探してるってことね」
「ええ。パートナーの学力が低いから、あなたにしてみれば組んだ所で上位を狙うどころか、中間の結果を取るのも怪しい。メリットは殆どないわ」
鈴音としても、天沢が組んでくれるなら嬉しいが騙すつもりはないようで、デメリットもしっかり説明している。
普通なら、この時点でもう手を引いてもおかしくないが、天沢はふむふむと頷きながらしっかり話を聞いていた。
「まぁ、それでも条件次第では協力してあげなくもないんだけどね」
「条件?」
「あたしさー、強い人が好きなんだよね」
「……一体何の話かしら?」
「あたしはさ、この特別試験でどうするかを悩んでたの。一生懸命に勉強して、先輩たちみたいな学力の高い人と組んで上位を狙うか……それか、ある程度楽してクリアするか。で、楽してクリアする場合は、どうせなら気に入った人と組みたいじゃない?」
「つまり――こちらがあなたと組ませたい相手が強いかどうか、を聞いているのね」
「正解。精神的に強い人、とかじゃなくて肉体的に強いかどうかね。まぁ、体格を見たらその人がどれくらい強いかは大体わかるんだけどさ……」
と、言いながら、天沢がこちらを見てくる。「その点、綾小路先輩は100点だね」と笑みを浮かべてくる。まぁ、実際、この学校でタイマンを張って負けることはほぼないだろう(高円寺だけは予測がつかないが)。
「だが、今ここにいない相手の強さなんか証明しようがない。オレたちがいくら強いと口で言っても、言葉だけじゃ信じられないだろう? 残念ながら、お前を納得させる材料がこちらにはないな」
「えー……2年で強い人を募集して殴り合いをするとかさ、やりようはあると思うんだけど?」
「仮にそれをやったとして、勝つのがオレじゃ意味がないだろう。その強い人に、お前の評価で100点のオレが参加しなかったら、お前は文句を言う。だが、オレが参加したら、まず誰にも負けない。仮に手加減しても、お前は気付くだろうしな」
仮に須藤が相手でもオレが本気を出せば負けない。とはいえ、手加減してオレが負けても、オレがホワイトルーム生だと知る天沢は納得しないだろう。問題を起こすだけ無駄な以上、天沢の要求を呑む理由はなかった。
「……ちなみに、綾小路先輩が参加しなかったら誰が勝つの?」
「ほぼ間違いなく、オレと同じクラスの須藤だろうな。ちなみに、その須藤もお前と組んで欲しい学力の低い組の一人だ」
「須藤、須藤っと……」
流石の天沢もまだ須藤の情報は持っていないようで、OAAを使って須藤のデータを調べている。
須藤は典型的な学力が低いが運動能力が高いタイプ――また、赤髪と怖そうな見た目から、天沢も須藤が強いというのは察したようで、「なるほどねー」と頷いていた。
「じゃあ、料理ならどう?」
「料理?」
「あたしは強い男の人の次に、料理が出来る男の人が好きなんだよね。この須藤先輩が、私のリクエストした料理を美味しく作ってくれたらパートナーを組んでもいいよ」
「じゃあ、オレたちはそろそろ出るから……」
「ちょーっ!? そんなあっさり!? あたし、これでも人気所だからパートナー申請も結構来てるんですけど!? いいの、売れちゃうよ!?」
「須藤くんの代わりに、私じゃ駄目かしら?」
「それは駄目。言ったでしょ? 料理が出来る男の人が好きなんだって」
「じゃあ、私たちはそろそろ出るから……」
「ちょーっ!? 本当に帰ろうとしてる!? わかった! じゃあ、特別サービス! 本来なら、料理の上手い男の人と組む所だけど、もし綾小路先輩があたしの舌を満足させたなら、綾小路先輩の次に強い須藤先輩と組んであげてもいいよ!」
天沢が妥協してきたので、鈴音と一緒に席に座り直す。天沢も「本当に帰ろうとしなくてもいいじゃん……」と不貞腐れた様子を見せていた。
しかし、これはチャンスである。
何を隠そう、去年からちょくちょく時間を作って料理の勉強をしていたのは、この時の為と言っても過言ではない。
特に、原作知識を使用して、最近はトムヤムクンを死ぬ程練習してきた。今のオレはトムヤムクンマスターと言ってもいいレベルの実力だ。
「いいだろう。オレがお前の舌を満足させたなら、須藤と組んでくれるんだな?」
「まぁ、綾小路先輩じゃなくても、男子なら誰でもいいんだけどね。それにしても、随分自信満々だね。ハッタリでもいいけど、あたしの審査はかなり厳しいよ?」
「問題ない」
「それじゃあ、早速この後、その実力を見せて貰おうかな」
パンと両手を叩いて、天沢がそう提案してくる。しかし、鈴音も特に焦った様子は見せなかった。こいつは去年からオレが料理をしているのも、その味についてもよく知っているからな。
「んじゃ、スーパーで買い物でもするか。鈴音はどうする?」
「そうね、私は私で別の1年生に接触してみるわ。もしかしたら、いい返事をしてくれる生徒がいるかもしれないし……」
「あっ、先輩! 買い物するなら器具から買って!」
「器具? オレの部屋に一通り揃ってるが?」
「いいのいいの、あたし専用で買い揃えて貰うだけだから!」
「専用で買い揃えて貰う?」
「こっちが妥協したんだからさ、それくらいは奢ってよ! せーんぱいっ!」
あたかも当然のように奢られようとしているのがなかなかムカつく――が、可愛いので、特別に許してやることにした。
実際、こういう状況になるかもしれないというのは、原作の流れからわかっていたことだ。ここで下手にごねて天沢の機嫌を損ねるのも面倒だし、かかった費用については後で須藤辺りに請求してやればいいだろう。
と、いう訳で、そのままカフェで鈴音と別れ、天沢と二人で調理器具と材料を買い込んでいく。
どうやら、材料から見ても作る料理は、原作通りトムヤムクンで間違いないようで、トムヤムクンマスターとしては心の中でガッツポーズするレベルだ。
とはいえ、下手に喜んでメニューを変えられても手間なので、「見知らぬ男にご飯を作らせて食べたいなんて変わってるよな」と、適当な話をしながら寮まで歩いていく。流石の天沢も、まさか自分の考えが読まれているとは思わないようで、鼻歌交じりにこちらの世間話に付き合っていた。
◇◆
「おじゃましまーす。あっ、凄いちゃんと片付いてる。しかも綺麗にしてるしー」
1年生の女の子――それも食材を片手に、部屋に連れ込む図は、やはり目立つようで、自室に戻ってくるまでかなり注目を浴びてしまった。
とはいえ、周囲の部屋の住人たちは、オレが女子を頻繁に部屋に連れ込んでいるのを知っている節があるので、その程度で困惑したりはしない。精々が、「あっ、今日は違う子連れてるんですねー」くらいの視線で、天沢を見ても平然としていた。
ちなみに部屋が綺麗なのは、愛里と帆波のおかげである。昨日も、何だかんだで部屋がびしょびしょになってしまったので、朝方に急いで大掃除して貰ったのだ。
「コーヒーを淹れるけど……見たければテレビを見てもいいし、監視するならこっちに来てもいいぞ」
「おっ、余裕だねぇ先輩。じゃあ、とりあえずコーヒーを飲みながら、先輩の手際を見せて貰おっかな」
原作では、基本的な男料理しか出来ないオレが、いろいろ策を練って鈴音から料理の作り方を聞いてインチキをする場面だが、今のオレはトムヤムクンマスターなので目を瞑っていても作ることが出来る(まぁ、実際には目を閉じたら危ないからしないが)。
当然ながら、レシピもしっかり頭の中に入っており、お湯を沸かしている間に携帯は天沢にも見えるようにベッドの上に投げ捨てた。それを見て、「おっ、流石は先輩。見なくても余裕って感じ?」と、笑みを浮かべている。原作でも、レシピを調べるのは反則だったからな。
「ほら、コーヒー。砂糖とミルクは?」
「このままで平気。ありがとー!」
「んじゃ、早速作るが……リクエストはなんだ? まぁ、何となく察しはついているが」
「あー、先輩って本当に料理作れるみたいだもんね。材料見ればわかっちゃうかー」
「ただ、確証はない。一部、使わないような材料もあるし」
「じゃあ、発表しまーす! 先輩に作って貰う料理は――トムヤムクンです!」
「まぁ、だろうな」
この材料で違う料理を言われても困る。
いや、まぁ、別に困りはしないが、せっかく頑張ってトムヤムクンを極めたのに、肩透かしを食らうとでもいうか――とにかく、トムヤムクンで何よりだ。
「で、トムヤムクンを作るなら、泡だて器もペティナイフも使わない訳だが、他に何かリクエストはあるか?」
「あー、後でリンゴでも剥いて貰おうかなって」
「どうせなら兎にしてやる」
「わーい!」
それから重要なのは天沢の好みだった。濃い味が好きなのか、薄味が好きなのか、マイルドな味が良いのか、酸味が強い方が良いのか、辛みが強い方が良いのか――トムヤムクンも、作り方一つで味が変わる。
と、いう訳で、味の好みを聞いてみると、「辛いのが好きー!」ということだったので、多少辛めにすることに決めつつ、材料を切って海老の下拵えをしていくことにした。
また、天沢の要求した材料には入っていなかったが、冷蔵庫に入れてあったコチュジャンを加えてコクを出しつつ、辛みと甘みをプラスする。本当を言えば、牛乳ではなく、ココナッツミルクを入れたい所だが、天沢の指定した材料が牛乳なので妥協した。+αするのはともかく、指定した材料は使わないとまずいだろう。
と、いう訳でざっと20分程で、オレ特製のトムヤムクンが完成した。その後、天沢に見えるように、リンゴもベティナイフで向いてやると満足そうに頷いている。
「うーん、文句なし。手際もいいし、アレンジもしてたみたいだし……完璧だね。後は味だけど……」
「そういえばパクチーはいらなかったのか? 正直、トムヤムクンにパクチー無しは違和感しかないんだが……」
「うーん、パクチー欲しかったけど、買っちゃうとトムヤムクンってバレるかと思ってさ」
「まぁ、マッシュルーム、玉ねぎ、ミニトマト、海老、ナンプラーの時点で察してはいたけどな」
「んー……じゃあ、妥協しないでパクチーとココナッツミルクも買えばよかったかも。しっぱいー!」
「まぁ、それなりの味にはなってるから安心しろ。で、オレはどうすればいい? 一緒に食べるか? それとも先に片づけをしてもいいのか?」
「あー、じゃあ一緒に食べよ。で、審査員の判定を待ってね。それじゃ、いただきま~す」
お行儀よく手を合わせて天沢がトムヤムクンを食べだしたので、オレも自分の分を盛り付けていく。すると、すぐに「美味っ! なにこれっ!?」と、いう声が聞こえてきた。
「うわっ、海老がプリプリ~! スープもコクがあってすごく美味しいんだけど!」
「海老は、背ワタを抜いた後に、下処理をする段階で、片栗粉で汚れを取って、泡立てた卵白と塩を合わせたものの中に海老と酒を入れ、湯で沸かしてコーティングしてある。この一手間で、海老の触感は劇的に変わるんだ」
「すごー!」
「ちなみに、コクがあるのはアレンジのコチュジャンのおかげだ。後、余った卵はうちにあったカニかまと合わせてなんちゃってカニ玉にした。欲しいなら出すが?」
「いるー!」
「材料があれば卵を使ってリンゴのムースでも作ってやろうかと思ったんだが、生クリームがないから諦めた。リンゴは見た通り、兎切りだ」
「包丁捌きも100点だね!」
と、原作と違って一口毎に感想を言う天沢に相槌を打ちながら、オレも早めの夕食を食べさせて貰う。オレの好みとは多少ズレがあるが、十分に上手いと言えるトムヤムクンだ。
だが、後から食べ始めたはずなのに、何だかんだオレの方が先に食べ終わってしまったので、仕方なく天沢が食べ終わるのをゆっくりと待つ。最後の最後まで味わうように、天沢がトムヤムクンを食べ終わると、両手を合わせて「ご馳走様でした」と頭を軽く下げた。
「先輩のトムヤムクンは――最高! こんなに美味しいのは初めて食べたかも!」
「それは何よりだ」
「約束通り、須藤先輩とは組んであげる。でも、先にこれ片付けちゃうね」
そう言って、食べ終わった器やスプーンなどを手に持って天沢が台所へと向かう。そのまま、食器を片付けるだけでなく、調理に使用した鍋なども一緒に片付けようとし始めた。
「こっちでやるぞ」
「いいのいいの。あたしが無理言って作って貰ったんだし、これくらいはやらせて」
そのまま、制服の上着も脱いで手際よく洗い物を始める。普段、セフレたちも洗い物はよくやってくれるので、オレとしてはあまり違和感のない光景だ。
「なら、お言葉に甘えるか」
「それにしても、本当に美味しかった。先輩はどこでこんな料理の技術なんて習得したの? ホワイトルームでは基礎くらいしか教えてくれなかったよね?」
――と、片付けをしながら、あたかも世間話をするかのように、天沢は爆弾を突っ込んできた。
「そうだな。これはこの一年で習得した技術だ。この学校では食材を買って自炊した方がポイントを節約できるからな」
「ありゃ、ホワイトルームに関しては無視? これでも結構、一大決心して告白したんだけど?」
「お前がホワイトルーム生であることは、ここにくるまでの間に察しがついていた。上手く隠してはいるが、幼い頃から染みついたホワイトルーム独自の感覚はそう簡単に消せるものじゃない」
嘘だ。正直、原作知識や月城からの暴露がなければ、疑いはしても確証は得られなかっただろう。それだけ、天沢や八神は上手く生徒に擬態できていた。
しかし、言ったことの全ては嘘じゃない。ホワイトルームでのカリキュラムで植え付けられた長年の仕草や動きの癖はそう簡単に消えるものじゃなかった。最初から相手が黒だとわかっていれば粗を探すのはそう難しいことではない。
「なーんだ、バレてたんだ」
「確証はなかったけどな。今日までに会った一年の中で、ホワイトルーム生だとオレが思った人間はお前だけだ」
八神は2年のフロアに来なかったしな。
「それで、わざわざ正体を明かしたのは何故だ? ホワイトルーム生は、オレを退学に追い込むように命令されているはずだが?」
「そうだよね。そこが気になるよね、やっぱり」
「メリットが何もないからな」
「メリットならあるよ。あたしが先輩の敵じゃないってわかって貰えるでしょ?」
「矛盾してるな。さっきも言ったが、ホワイトルーム生はオレを退学させるために送り込まれた刺客だ。敵じゃないというのは話の辻褄が合わない」
勿論、原作知識があるので、天沢が本心でオレに敵対する気がないのはわかっている。
とはいえ、ここで簡単に天沢を受け入れる態度を取れば、逆に天沢はオレに不審を感じるだろう。演技でも、ここは天沢を拒絶する態度を取る必要がある。
「先輩はさ、自分がホワイトルームの最高傑作だって自覚はある?」
「少なくとも、オレ以上のやつはホワイトルームにはいなかった。それは確かだ」
「あはは、だよね。あたしはさ、綾小路先輩の一個下……5期生なんだけど、4期生より下の世代はずっと、綾小路清隆を超えろって言われて育ってきたんだ。でも、どんなに血の滲む努力をして叩き出したスコアも先輩には及ばない。教官たちも、綾小路清隆はもっと凄かったって言ってて――で、実際にデータを見て、今日は会って、ハッキリわかった」
「何がわかった?」
「先輩はやっぱり特別なんだって」
「特別?」
「そうだよ。あたしはずっと綾小路先輩に憧れてた。他の世代の子は、先輩と比べられて育ったせいで、自分よりも上の先輩に強い嫉妬心を抱いてるみたいだけど、あたしはただ尊敬するだけだった」
そう言って、洗い物を終えると、天沢はゆっくりとオレの隣に座った。警戒心も何もない。
仮に、ここで暴力を振るわれたとしても全て受け入れる――そんな余裕にも似た覚悟が感じられる。実際、オレがここで手を出しても、天沢は悲鳴一つ上げないだろう。
「つまり、こういうことか? ホワイトルーム生のオレへの嫉妬心を利用して、こちらを退学に追い込むというのが月城を始めとした上の考えだったが、肝心のお前はオレに嫉妬心など持っていなかった、と?」
「そう、あたしは綾小路先輩に内心憧れを抱いているだけの、ただの乙女」
「だからこうして正体を明かしたって訳か」
天沢はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。
「一応確認するが、敵対する気はないと?」
「もう月城理事長代理から聞いてると思うけど、先輩を退学させるためにホワイトルームから刺客が送られてきてる。その人数はあたしを含めて二人。そいつは今回様子見するつもりみたいだけど、あたしは興味本位で手を出してみようかとも思ったんだ……でも、先輩を実際に見て、敵対するのは無意味だってわかった。それなら、憧れの先輩と仲良くした方が楽しいじゃん?」
天沢が知らないだけで、他にホワイトルーム生がいる可能性はゼロではないが、流石に味方にすら存在を隠す意味はないし、まず原作通りで間違いなさそうだ。
なら、やはり天沢はオレの敵にはならない。
後は、時間をかけてじっくり篭絡してやれば、いずれはオレにとって優秀な駒になる。焦ることはない。今はこいつの理想の綾小路清隆を演じてやれば良いだけだ。
「もう一人の名前は?」
「ひ・み・つ――ごめんね、先輩の敵になるつもりはないけど、もう一人のホワイトルーム生とは同期なんだ。付き合いもかなり長いし、流石に売る気にはならないよ」
「ホワイトルーム生らしくないな。自分以外のことを考えるやつは、オレの世代でもそういなかった……」
「基本的に先輩と学んだことは同じだけど、逆に一つ下の5期生だけは、最低限のコミュニケーションを取り合うことが許されたんだ。勿論、出来の悪い子は例外だけどね。先輩たちの4期生までは個人主義が過ぎたせいで潰れる子が続出だったって言うし」
そういえば、原作でもそんなことを言っていたっけか。まぁ、実際にあのカリキュラムに耐えられたのがオレだけと考えると、下の世代の育成が多少変わっても不思議ではない。
天沢が八神を庇うのは、その変化故――か。
原作でも、天沢はかなり八神に思い入れを持っていた。男女の関係というよりは、ずっと同じ場所で育ってきた家族のようなもの――オレと雪の関係に近い。
オレは必要なら雪であろうと切り捨てることは出来るが、雪はオレを切り捨てられないだろう。そういう意味でも、八神と天沢の関係はオレたちによく似ていた。
「ってことなんだけど、わかってもらえた?」
「そうだな。お前がホワイトルーム生で、オレに敵対心を持っていないというのは理解した」
「うーん……イマイチな反応。あ、なら、追加情報! 今、新1年生の一部では、裏で綾小路先輩を退学させるイベントをやっているの。成功者にはなんと2000万PP!」
オレが全然信じていないと思ったようで、天沢がさらなる情報を投下してくる。まさか、天沢経由で綾小路退学2000万チャレンジの答え合わせをすることになるとは思わなかった。
「……入学したばかりの1年に用意できる額じゃないな。そもそも、オレを狙うという時点で、そのイベントの発案者は9割月城理事長代理だな?」
「せいかーい! 100点満点! はなまるー!」
「1年もよく信じる気になったものだ。いくら入学したてで特別試験なんかの意味が理解できていないとはいえ、普通に考えればジョークだと思っても不思議はないだろうに」
「実際、Aクラスは殆ど信じてないよ? ってか、興味がなさそうって感じ?」
確か、天沢のいる1年Aクラスは、原作通りなら石上が所属していたクラスだっけか。
あいつは親父殿の派閥だし、真面目にオレを退学させるつもりがなかったとしても別に不思議ではない。石上はいわば、協力していない月城の様子見バージョンのようなやつだからな。敵対しない限りはほぼ無害だ。
「……いい情報を貰った。少しは、お前の言葉を信じてもいいかもしれん」
「それは良かった――」
「だが、冗談でも敵対するようなことがあれば手加減はしない。オレは敵には容赦しないことで有名でな。お前が泣いて謝っても、退学まで追い込むだろう」
一度は敵じゃないと口にした以上、もし原作通りに今日買ったベティナイフを利用して宝泉がオレを退学させようと動く素振りを見せたなら、その時点で天沢は切り捨てる――体を適度に楽しんで、八神と一緒にこの学校から消えて貰うことになるだろう。
「うへぇ……先輩って意外とS?」
「どうかな? ただ、女は良く鳴かせるぞ」
「うわぉ、鬼畜! でも、そういう先輩も嫌いじゃないかも……」
「興味があるなら相手をしてやってもいい。ただ、オレの味方になることが条件だ」
「あたしは先輩の敵になるつもりはないよ?」
「味方でもないんだろ? 悪いが、お前レベルの駒を浮かせておくつもりはない。ここで、オレに従うか、敵対するか、選んで貰う」
優柔不断で居させるつもりはない。天沢には、ここで自分の身の振り方を選んで貰う。服従か、それとも死か――まるで、ゲームに出てくる魔王が与えるような無慈悲な二択。
だが、天沢は迷わず服従を選んだ。
無言で立ち上がり、キッチンに置いてあるであろうペティナイフを取りに行くと、改めて正座の形を取り、こちらにペティナイフを渡しながら深々と頭を下げてくる。
「先輩の味方になります。けど、あいつだけは裏切れない。それだけは許して……」
「わかった。そこの事情は組む。で、このナイフはなんだ?」
「実は宝泉くんと組んで、先輩をハメるつもりだったんだよねー」
八神の正体を売れないと言った時は真剣だった表情が一転して、あっけらかんとした表情で天沢が自身の企みを暴露してきた。
やはり原作通り、宝泉と一緒にオレを退学に追い込もうと考えていたらしい。天沢としては可愛いジョークのつもりだったのかもしれないが、オレが恭順を要求したことで隠すのは愚策だとわかったのだろう。
「成程な、今日の無意味な買い物はオレにこのナイフを買わせるためか。で、隙を見て、お前はこれを持ち帰り、宝泉に渡す。後は宝泉がこのナイフで自分を傷つければ、オレが傷害を起こしたということで退学に追い込めるって魂胆か」
「うひぃ……説明する前に全部バレちゃった……」
「ちなみに、お前がこのペティナイフを買った時からこの想定はしていた。もしこのまま黙っているようなら、オレはこのナイフについて調べていただろう」
「結果、こっちの企みは失敗して、あたしは見事に敵対……退学って訳か。服従したのは正解だったってことかぁ」
原作知識を利用した未来予知を披露してやると、天沢がオレに向ける尊敬の視線が強くなった。
後はこのまま、オレに逆らうことの無意味さを骨の髄まで叩き込んでいく。このまま何事もなく八神が退学し縋る者がオレしかいなくなれば、いずれ天沢はオレに頼らざるを得なくなる。そうなれば、実に優秀な駒として活躍してくれることだろう。
「それで、どうするの? このまま夜のお相手でもする?」
「それも悪くない。お前は容姿も優れているし、抱き心地もなかなか悪くなさそうだ」
「アハッ、先輩……もしかして、あたしに欲情してる?」
天沢が自ら進んでオレに奉仕する姿を思い描いていたら、いつの間にかTレックスが元気になってしまったようで、ズボンの上からその存在感を主張していた。
少しみっともないが、逆に天沢はオレが自分に興奮してくれたことが嬉しいのか、熱っぽい視線でオレのことを見つめてくる。すぐにでも、全身でTレックスを味わいたい――そんな艶のある表情を浮かべていた。
「いいよ。先輩が望むなら、私は何でもする。夜のお相手も、大歓迎……だよ?」
では、望み通り美味しく頂こうではないか――と、行きたい所だが、ここで素直に天沢を食べる訳にはいかなかった。
万が一の可能性だが、ここで迂闊に手を出した結果。天沢がオレにレイプされたと訴えて、オレを退学に追い込んでくる可能性もゼロではないからだ。
故に、ここで完全に一線は超えない。
ただ、天沢が知らない未知の感覚を叩きこんでやる。いくらこいつがホワイトルーム生で経験豊富そうな雰囲気を出していても、所詮は知識しかない生娘――ちょっと体を撫でて発情させてやるだけで、先程食べた海老のようにピンと背を反らしていた。
「あぁっ、あっ……ま、待ってっ! せんぱいっ! 待ってっ!」
「待たない」
いくら天沢が優秀なホワイトルーム生とはいえ、ホワイトルームでは性教育について簡単な知識しか与えられない。
もしかしたら自分で軽く慰めた程度の経験はあるのかもしれないが、自慰行為と他者との性行為は全く違うものだ。当然、経験のないことに対してそう簡単に対応できるはずもなく、ただただオレの手によって踊ることしか出来なかった。
天沢も最初は余裕の表情を浮かべており、オレが見境なくのしかかって腰を振るような想像をしていたのだろう――が、実際は的確に自らのウィークポイントを刺激され、今では向こうの方から進んで腰を振ってアピールしている。
――しかし、それでも天沢を食べなかった。
どんなに望もうと、泣こうと、叫ぼうと、オレが確実に味方だと判断しない限り、天沢にTレックスを与えることはない。
天沢もすぐにそれを理解したようで、何とかして慈悲を賜ろうとオレにへりくだってきた。腰を振り、舌を伸ばし、もはやプライドなど全て捨てて屈服しようとしている。
だが、その願いだけは決して叶えない。
このまま、ホワイトルームでは決して教えてくれないであろう性の気持ちよさで、馬鹿になるくらいトロトロに頭を蕩かし、精神的にも肉体的にもオレから離れられなくしてやる。
結局、この日。天沢はオレを認めさせてTレックスを味わうことは出来なかったが、すぐに味方だと認めさせてみせるとばかりに精力的に活動を始めていた。
実際、次の日には、同じ1年Aクラスから学力B以上の生徒を3人ほど連れて来て、2年Bクラスの学力の低い生徒とパートナーを組むことを承諾させている。果たして、それがこいつのいう尊敬からの行動か、Tレックスへの興味から来ているのかは謎のままだが――
原作との変化点。
・須藤が居ない。
原作では須藤がいるが、自分が一緒に居ても付いていけないとわかっているので帰った。原作と違って、鈴音に恋心を抱いていないが故の変化。
・天沢が接触してきた。
原作よりも早くWR生であることをカミングアウトしている。理由は、OAAの数値で清隆の能力の一端を知ったことや、自分と一緒に居る間全く隙を見せなかったことなどが大きい。真正面からでも不意打ちでも勝てないとわからされたことで早期屈服に至った。
・ここにいるぞー!
某恋姫ネタ。書いてたら勝手にそう返事してた。
・八神の名前を聞こうとした。
原作では聞くまでもないという態度だが、原作知識でもうわかっているので聞いても聞かなくても一緒と判断した。結果、天沢は口を割らなかったが、それはそれでいいと思っている。
・天沢経由で2000万チャレンジの詳細を知った。
自分が敵じゃない証拠として語った。天沢からすれば、月城がどうなろうと興味がない。
・天沢を寸止め地獄している。
少なくとも綾小路清隆退学チャレンジが終わるまで本格的に手を出すつもりはなく、今までにない地獄を味わわされている。多分、今までの中で寸止めチャレンジの最長は真鍋たちの1か月?
・久しぶりのTレックス描写
最初に書いたのは切れ過ぎてR18に引っかかると言われたのでマイルドにしたが、R18を書いた副作用か昔のギリギリのラインがわからなくなっている。もしかしたら、物足りない人も居るかもしれん。その時は素直にごめんやで。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
この1年女を鳴かせてきただけあって、天沢が相手になることはなかった。もはや、初見でこいつに勝てる女は存在しないレベル。
・堀北鈴音
天沢の行く末を悟って後を清隆に任せた。容姿端麗な美少女が無警戒で部屋に行くというのだ、結果はお察しである。
・天沢一夏
恐ろしく早い屈服、俺でなきゃ見逃しちゃうね。多分、想像していた人も多いかもしれないが、2年生編で最初の犠牲者はこいつと決まっていた。とはいえ、最後まではしていない。するのは、月城の退陣が決まって以降になる予定。