SIDE:椿桜子
――私には姉妹がいる。一つ年上の姉だ。
これだけなら、そこいらにいる普通の家族と何ら変わりはない。けど、私が姉という存在を知ったのは小学校高学年になった頃だった。
それまで、私は一人っ子で、家族は父と母と自分の三人だけ。そんな世界の中に、いきなり姉はやってきた。
別に養子を取ったとかではない。正真正銘血縁関係のある、血の繋がった姉が私にはいたのだ。そして、私だけが何年もその存在を知らないでいた。
父曰く、幼い頃に誘拐されてずっと行方知れずだったとのことで、最近になってとある施設から解放されて保護することが出来たらしい。
同じ髪の色、同じ瞳の色――雪のように白い肌。
正直、最初はあまり興味が持てなかった。勿論、子供の頃は姉弟が欲しいと思っていたが、この歳になってまさか家族――それも姉が増えるとは思いもしなかったからだ。
でも、しばらく接している内に情が湧いてきた。
どうやら姉は、今まで囚われていた施設でずっと仲の良かった友達がいたようで、その子と離れ離れになったことでこうして心を閉ざしてしまったらしい。
最初は、何でそんなことで――と、思った。
けど、姉の立場になって考えてみると、その気持ちも理解できる気がする。親も、姉妹もいない場所で一人――心の支えはその友達だけ。
私自身に例えるのなら、今の姉の心境は、父や母を失って一人になった所に、見知らぬ家族を名乗る他人に預けられたようなものだった。
そう、他人。
他人なんだ。
私が姉という存在に興味が持てずに、あまり関わろうとしなかったのと同じく、姉にとって私たちは家族じゃない。初めて会ったばかりの人間を血縁関係だけで家族だと認識できるはずがなかった。
出会ってから数年、私も中学生になって少し大人になったのだろう。そのことに気付いてから、私は少しずつ姉に寄り添おうと思った。
離れ離れだった姉のことを知って、今まで穴が空いてしまった家族という穴を塞ぎたいと思ったのだ。
けど、姉は私も両親のことも見なかった。
ずっと遠巻きに接していた自分を、姉は存在すら認識していない。でも、それは私のせいでもある。諦めずに、何度も何度も声をかけ続けた。
そんなある日、契機は意外にもすぐに訪れた。
どうも、前に姉がいた施設の友達に会うことが出来たようで、そこから姉はまるで豹変したかのように元気になったのだ。
口を開けば、「もう一度、清隆に会うんだ」と言って、一生懸命リハビリをこなしていった。聞けば、高度育成高校という高校にその友達が進学するようで、姉もそこを受験したいと考えているらしい。
どんな理由にせよ、元気になったのは嬉しかった。私も、姉のために力を貸そうと、リハビリに付き合って勉強を一緒に始めた――が、順調だったのは最初だけだった。
わからない。
私は別に馬鹿ではない。学力だけなら、上級生の問題だってわかるくらいにはある。にも関わらず、私には姉が何の勉強をしているのか、何の問題を解いているのかが全くわからなかった。
付いていけたのは最初だけ。
私が足手纏いだとわかると、姉は邪魔をするなと言わんばかりの目で私を睨みつけてくる。その時、初めて私はこの姉という存在に恐怖を覚えた。
結局、仲が良くなったのは姉の入試が終わり、父によってあの高校は入学する前から受け入れる生徒を決めているということがわかってからだ。
入学が決定すると、姉はそれまでの鬼気迫る様子が嘘のように落ち着いた。「邪険にしてごめんね、桜子ちゃん」と、見たこともない笑みを浮かべて私にくっついてくる。
そこから、私とおねーちゃんは仲良くなった。
高育は全寮制なので、一緒に居られたのは数か月程度だが、それでも私はようやく家族として姉を受け入れることが出来たと思う。
しかし、ふとした時に思い出す。
――あの、敵を見るような鋭い視線を。
本当におねーちゃんは私のことを好きになってくれたのだろうか? この数か月の出来事は本当に現実にあったことなのか? 次に会った時、姉は私に笑みを浮かべてくれるのだろうか?
そんな疑問が私の胸には突き刺さっている。
おねーちゃんがいなくなってから、私の世界はポッカリと穴が空いてしまったような感じだった。姉は大好きな友達の後を追って笑顔で出かけて行ったが、逆に私はあれ以降笑うということをしなくなったように思える。
母は「桜子は、雪が大好きだったのね」なんて笑っているが、私はおねーちゃんのことが好きだったのだろうか?
確かに、憧れのようなものはあった。
姉は私よりも能力が高かったし、笑った顔が凄く可愛かった。正直、あのおねーちゃんに大好きと言われるその清隆とやらには、一言物申してやりたいとも思う。
けど、好きか嫌いかで言えばわからない。
いや、仮に私が姉のことを好きでも、向こうが本当に私のことを好きなのか――これがわからないから、ずっとモヤモヤするのだ。
気が付けば、私もおねーちゃんの後を追うように高育を受験していた。表向きは、姉の友達に興味を持った――と、いうことにして、何とか枠を確保して貰う。
事前に父から、入学する前から合格が決まっていることが聞かされていたこともあり、本気を出す必要はないと判断して、ある程度の問題だけ解いて適当に入試は終えている。
――そして、おねーちゃんと再会した。
「桜子ちゃん! 入学おめでとー!」
再開した姉は変わらずに私のことを好きで居てくれたようで、抱きしめて入学してきたことを褒めてくれた。
それを見て、私は一安心した。やっぱり、私とおねーちゃんは仲良しなんだ――と、そう感じることが出来たから。
また、例の人にも会うことが出来た。
綾小路清隆――おねーちゃんがずっと「清隆」と名前を連呼していたので男であることは知っていたが、見た目はクールで想像の何倍も格好いい人で驚いている。
こんな人と小さい頃からずっと一緒に居て、ずっと自分のことを気にかけてくれれば、そりゃ好きにもなる――と、私は初めて姉のことを理解できたような気がした。
正直、久しぶりに笑えた気がする。
何だかんだ、私はおねーちゃんのことが好きで、いなくなってしまって寂しかったのだ。
まぁ、その姉は、好きな人と一緒に居られるおかげで、私がいなくても全然寂しくなさそうだったが。
ただ、見た感じ付き合っているという感じではない。凄く近しいようには見えるが、距離感が彼氏彼女のものではなかった。問い詰めると、どうも告白はしていないようで、おねーちゃんも珍しく困惑したような様子を見せている。
仕方ない。ここは久しぶりに、私が一肌脱いで二人の仲を取り持ってあげよう――なーんて、柄にもないことを考えていると、先輩にはおねーちゃんの他に彼女がいるという意味不明な事情を聞かされた。
「は?」
最初は何を言われたのかわからず変な声が出てしまう。聞けば、本当の彼氏彼女ではなく、あくまでも虫よけ扱いということだが、それでも姉の気持ちを知っていて、他の女と形だけとはいえそういう関係になるという神経が理解できなかった。
何よりも理解できないのは、おねーちゃんがそれを受け入れていることだ。普通なら、怒るべき所なのに、当の本人は「えっ、だって……困らないし……」と、都合のいい女扱いされているのを理解して尚気にしていなかった。
むしろ、騒いでいる私の方がおかしいと言わんばかりの目を向けられる。そんな私を見て、あの人は私とおねーちゃんを二人っきりにしてくれた。
自分がいると混乱するだけだろうと、気を利かせてくれている。ここだけ見ればいい人なのに、何故おねーちゃんを蔑ろにしようとするのかがわからない。
「後、これだけは言っておく」
しかし、向こうも譲れないものはあると言わんばかりに、ジッとこちらを見つめてきた。
「オレはこの学校に来てから雪を泣かせたことはないし、これからもそんなことをするつもりはない。帆波との関係だって、雪の了解を経てのことだ」
おねーちゃんも、その通りだと首を何度も縦に振っている――確かに、今騒いでいるのは私で、当の本人たちの中では解決済みのことをほじくり返しているだけと言われればその通りだった。
納得したくないけど理解はできる。
その後、おねーちゃんの必死の説得もあり、とりあえず私の綾小路先輩への評価は保留にした。敵対するつもりもないが、進んで味方をするつもりもない――しかし、学校側が綾小路先輩を退学にしようとしているという話を聞いてしまった以上無視も出来なかった。
もし、私が黙っていたせいで綾小路先輩が退学するようなことになれば、またおねーちゃんは昔のようになってしまうかもしれない。
だからこそ、私は綾小路先輩にコンタクトを取ることにした。一応、これまで先輩の情報を集めたが、基本的には優秀な人という印象だがあまり良くない噂も流れている。
特に、日によって隣にいる女が違うとか、2年生の女子大半と体の関係にある――なんて話は、正直嘘であってほしい事実でもあった。もしもの時のために、シャワーを浴びてから先輩の部屋に行く。別に期待している訳ではない。あくまでも、念のためだ。
けど、先輩は想像以上に紳士的だった。
警戒していたのが馬鹿のようにこちらに興味を示さず、真剣に話を聞いてくれている。
むしろ、自分が狙われているとわかった割に反応が薄すぎる気もしたが、もしかしたら綾小路先輩も独自の情報で似たような話は聞いていたのかもしれない。
だとすれば、私は余計なことをしただけだったか――と、内心で考えていると、先輩からお礼を言われた。
そのまま頭を撫でられたが、人に頭を撫でて貰うなんて子供の頃以来だ。少し懐かしくなって思わず笑ってしまう。
「でもよかったのか? オレを退学させれば2000万も手に入るのに」
「冗談きついよ。そんなことしたらおねーちゃんに死ぬまで恨まれちゃう。それに、私程度が清隆先輩を退学させるなんて無理に決まってるし」
「随分と自己評価が低いんだな。宇都宮ってやつも相談したくらいだし、お前だって十分優秀なんだろう? 雪の妹だしな」
「――私なんかが、おねーちゃんに勝てる訳ないじゃん」
思わず本音を呟いてしまった。脳裏に蘇るのはかつての――あの、敵を見るような鋭い視線だ。
もし、おねーちゃんと敵対するようなことになればまたあの視線を向けられる。そう考えただけで体が震えそうだった。
「……雪のことで、何か気になることでもあるのか?」
先輩も、ここで私がおねーちゃんに好意以外の感情を持っているとわからないほど馬鹿ではないようで、探るようにそう問いかけてくる。
最初は誤魔化そうかと思った。
けど、言葉が出てこない。この人は、あのおねーちゃんを超える化け物だ。そんな人相手に、私程度の人間が適当な言葉で納得させられるとは思えない。
だからこそ、逆に全部伝えることにした。
かつての私とおねーちゃんの関係。あの鋭い視線。そうして先輩も、私がこの学校に来た真の理由は、姉が本当に私のことが好きなのかを確かめるためだと理解してくれた。
――そして、救ってくれた。
私は姉に好かれてなど居なかったのかもしれない。そんな結論を出して、勝手に姉を失望しようともした――けど、それを止めてくれたのが清隆先輩だった。
結局、私は自分のことしか考えてなかったのだ。
勝手に知ったつもりでいて、勝手に失望しようとして、おねーちゃんのことなど全く信じしていないとわからされた。正直、そのことにショックを隠せない。
でも、先輩の言う通りだった。おねーちゃんは幼い頃からずっと変な施設に捕らえられていて、解放された後もずっと精神を病んでいた。
特に、あの頃はまだ仲良くなったばかりで、私を妹と認識はしていても実感していたかどうかは怪しい所だ。なら、あの視線もこれまでの癖が咄嗟に出てしまっただけで悪意などなかったのかもしれない。
事実、今のおねーちゃんは私に笑顔を向けてくれている。その笑顔に、嘘は感じなかった。
「……先輩は大人ですね。あんなに私が悩んでいた答えを、論理的に導き出してくれる」
「そうでもない。オレにだって非常識な部分は多いんだ。例えば、雪から好意を向けられているのを知っておきながら、他の女子からの頼みを聞いて彼氏役をしてしまったりな」
そう言われて、ようやく先輩やおねーちゃんの的外れな言葉も理解することが出来た。
先輩も、あの施設で育ったが故に、通常の人間が当たり前に持っている感情が存在しない。だから、愛だけでなく、喜怒哀楽も極端に欠如している。私が、初対面でクールな人だと思ったのも、ただ感情が存在しないが故に表情が変化していないだけだった。
「何となく理解できてきました。先輩は、本当に悪意があっておねーちゃんをないがしろにした訳じゃなかったんですね……」
「愛も恋も理解できてない男は、恋人役なんていうのは友達の延長線上のようなものだと認識していた。雪も、別におかしいと認識してなかったからな。お前が騒ぎ立てた時は二人してどうすればいいか悩んだもんだ」
何ていうか、先輩とおねーちゃんの関係は友達とか恋人とか、もはやそういう次元ではないのだ。
多分、感覚的には家族の延長線上に近い。だからこそ、私は彼らの言葉を理解はしても納得できなかった――けど、ようやく本当の意味で納得が出来た気がする。
「あの時は……すみませんでした。事情も知らず……」
「謝る必要はない。誰にだって事情はある。お前はそれを理解してくれた。今はそれでいい」
「……ねぇ。先輩は、おねーちゃんのこと本当に好きじゃないの?」
「その好きというモノがオレには理解できないんだ。愛という概念は知っていても、それがどういう感情なのかわからない。今も雪と一緒に探している最中だ」
愛を知らない――あのおねーちゃんですら、誰かを好きになることを知っているのに、それがわからないというのは一体どういう気持ちなのか想像もつかなかった。
ただ、漠然と愛を知らないのは可哀想なことだと、そう憐みのような感情が浮かんでくる。きっと、先輩は気にしてもいないのだろうが、気が付けばこの部屋に来る前に持っていた不快感や偏見の気持ちは消え、純粋に心配の気持ちしか残っていなかった。
「オレは確かに人間として欠陥を持っているんだろう。愛も知らず、お前たち姉妹の気持ちがわかるのかと言われればそれまでだ。しかし、それでも大切にしたいとは思っている。雪も、雪の妹であるお前とも仲良くしたいと思っている……それは、駄目なことか?」
「別に……ダメってことは……」
「じゃあ、仲直り……って別に喧嘩をしていた訳じゃないが、これからよろしく。それと、危険を伝えてくれてありがとうの握手だ」
こうして、私と先輩は正式に和解した。その話を聞いたおねーちゃんは自分のことのように喜んでくれている。
また、改めて負の感情無しで先輩と話してみると、地味に何故かおねーちゃんと一緒に居る時のような安らぎを感じられた。
それはこの二人が同じ場所で育ったせいなのか、それとも私がこの二人という存在を理解したことで、認識が変わってしまったのか――今でも答えはわからない。
でも、この2人と一緒に居るのは悪くなかった。
世間様からすれば歪にしか見えないこの関係も、今ではそう悪いものではないと思える。ずっと抱えていた悩みも全て解決――とまではいかないが、それでも真正面から向き合えたのも全部先輩のおかげで、私の中で綾小路清隆という存在は少しずつ大きくなっていた。
桜子の過去オリジナルエピソードになります。そこから、今の清隆との和解まで。
原作を出来るだけ遵守して違和感がないようにまとめているのでそこまで気にはならないかとは思いますが、これくらいしないと桜子が雪にそこまで興味を持たないので許してください。
もしトラウマがない場合。姉ができた。少しずつ仲良くなろう。なんか元気になった、よかったね。で、終わって、桜子が多分高育に来ない(笑) うちのSSの場合、雪が救済されちゃうから桜子も原作ほど心配しないんですよねw
ちなみに原作の場合は。姉が出来た。少しずつ仲良くなろう。姉が捨てられて精神崩壊した。許せない復讐だ。から高育に来る。雪生存ルートはテコ入れしないと桜子入学しないルートに設定されてるまであるんじゃないだろうか。