ようこそ俺小路くんの無念を晴らす教室へ   作:おこむね

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♯010 『待っていたのは、その一言だった』

 桜子の隠れた雪へのコンプレックスを知り、理解するフリをして心の隙間に漬け込んだ次の日。一応、今回の特別試験でマイナスを防ぐために、2年Bクラスの成績下位の生徒を救済する保険として、桜子を通じて1年Cクラスにコンタクトを取ることも考えた。

 

 が、既に半数以上がパートナーを決めているようだし、強引に事を進めるかどうかは今日の宝泉の動きを見てからでも遅くはなかったので保留にしている。

 

 朝8時に更新情報を確認すると、新たに20組以上、全体で60組を超えるパートナーが決定していた。1年Dクラスからも2人、新しくパートナーを決めた生徒が出ているが、同時にうちのクラスの学力E付近の生徒が救済されたこともまた宝泉に伝わったはずだ。

 これにより、宝泉がどう動いてくるか。

 

 原作では、うちがDクラスだから大きな態度を取っていた宝泉だが、この世界ではオレたちは2年Bクラスであり、逆に下級生を選り好み出来る立場にある。

 今回の更新で学力の低い生徒を救えたという結果から見ても、残り時間内で問題を解決するのはそう難しくないというのは伝わるはずだ。もし、ここで宝泉がのんびり様子見を決めるのなら、オレは迷わず桜子を利用して、まだ手を付けていない八神のいるBクラスにコンタクトを取るつもりで居る。

 

 必然的に、ここで宝泉の評価が決まると言っても過言ではないが、オレの期待に応えるかのように、朝のHRが終わると同時に七瀬から『今日の放課後に会うことは可能でしょうか?』というメッセージが届いた。

 

 当然、返事はOKだ。今回立ち会うのは、オレと鈴音、雪の三人で、放課後に生徒会室で話し合いをする場を設けたとメッセージを返している。

 雪が生徒会長であることを利用して、当たり前のように生徒会室を占拠した形だ。去年まではまだ地盤固めに奔走していたが、大分雪も生徒会長として認知されてきたし、もう好き勝手動いても誰も文句は言わないだろう。

 

 と、いう訳で、放課後になると、生徒会室で宝泉と七瀬が来るのを待つ。原作のように七瀬だけが来て宝泉自身が来ないという可能性もゼロではないが、あいつが余程の馬鹿じゃ無きゃこれがオレを刺す最後の機会だというのはわかるはずだ。

 

 宝泉が真に切れ者であるのなら、ここで来ないという選択肢は取らない――と、考えていると、そう時間も経たない内に宝泉と七瀬が生徒会室に姿を見せた。

 

「先輩方、お待たせしました」

「いえ、こちらもさっき来たばかりよ」

 

 ドアを開けて七瀬が軽く頭を下げると、鈴音も手を挙げて返事をする。しかし、その後ろから「退けよ」と、七瀬を押しのけるようにして宝泉が室内に入ってきた。その表情には余裕が浮かんでおり、自身の優勢を疑っていない。

 

「予定通りに来たのね。てっきり、わざと遅刻してくるかと思ったわ」

「俺は時間を守るタチなんだよ。ちょっと遅れただけで難癖を付けようとする連中が気に入らねぇからな」

 

 同じ不良でも、龍園とはまた違うタイプということだろう。鈴音も、表情には出していないが少し意外だと思ったようで、「そう、それはいいことね」と、言いながら二人が座るのを待っている。

 

 そのまま、宝泉が遠慮なくドカッと席に座り、その隣に七瀬がちょこんと座るのを確認すると、鈴音は再び口を開いた。

 

「改めて、2年Bクラスの堀北鈴音よ。今回は話し合いのために時間を作ってくれたこと、感謝するわ」

「生徒会長の椿雪だよ。私も一応、2年Bクラスだから、今回は話し合いに参加させて貰うね」

「綾小路清隆だ。一応、2年Bクラスで参謀のようなものをしている。まぁ、問題が無い限り口出しする気は無いから気にしなくても大丈夫だ」

「ボクは――じゃなかった。私は七瀬翼と言います。先輩たちにお礼を言われることは何もしていません。むしろ、私たちの方がお礼を言わなければならないでしょう」

 

 と、互いにある程度自己紹介が終わると、全員の視線が宝泉へと向く。しかし、宝泉はこちらが既に名前を知っている以上、改めて名乗るつもりはないようで、早々に本題を口にし出した。

 

「それで、“俺のクラスに協力して貰いたい”ってことだったな?」

「少し違うわね。“あなたのクラスと手を組んでも良い”と言っているの。対等な関係性しか存在しないわ」

「成程……下手に先輩風吹かせないのは賢い判断だぜ」

「それは、私たちと組む……と、解釈しても?」

 

 好意的な反応を見て、こちらに都合よく取ろうとすると、宝泉は「ハッ」とこちらを鼻で笑ってくる。そんな訳がないと言いたげだ。

 

「前も言ったが、ポイント次第だ」

「……この試験は確かに2年生の方が不利なルールを強いられている。1年生はまだ入学したばかりだし、ポイントに目がくらんでクラスメイトをどうでもいいと考える層が一定数いるのはわかっているわ」

 

 宝泉が前と変わらずにPPを要求してくるのを見て、鈴音が諭すようにそう話しかける。

 

「けれど、一人の力だけではこの先必ず壁にぶつかる。私たちのように、クラスメイトの力が必要になる時は必ず来るわ」

「だから、協力し合って赤点を出さずに済まそう……ってか?」

「勘違いしないで欲しいのだけれど、これはお願いではないの。あくまで提案。あなたが自分のクラスを所有物としているのなら、命令一つでクラスメイトが従うということ。こちらとしても、面倒事は一気に解決出来た方が楽というだけの話よ」

 

 言外に、断っても代わりが居るということを鈴音は匂わせた。断るなら断っても構わない。こちらは屈するつもりはないと、そう言っているのだ。

 

 だが、その程度で宝泉が屈するなら、1年Dクラスとの交渉はとっくに終わっていただろう。当然、鈴音としても、宝泉がこれで頷くなどと考えてはいないはずだ。事実、宝泉は品定めするような視線で鈴音のことを見ている。

 

「確認したいんだが、お前が2年Bクラスのリーダーってことでいいのか?」

「いえ。うちのクラスのリーダーは、前に会った櫛田桔梗さんよ。私はあくまで、この特別試験を仕切っているだけの存在に過ぎない。でも、リーダーからは全権を任せられているわ」

「だったら、その全権代理者サマに忠告してやる。俺はこのまま『対等』なんて言葉で濁して協力する気はさらさらねぇってな」

「……理由を聞いても良いかしら?」

「メリットがないからさ。こっちがお前らの頼みを聞いても、こちらはクラスとしても個人としても旨みがない。それなら、こっちの学力を買ってくれる他の2年と組んだ方が良いと考えるのはおかしいことか?」

 

 宝泉の言うことは間違っていない。2年Bクラスと1年Dクラスが組んでメリットが多いのはうちであり、1年Dクラスには殆ど旨みといえるものは存在しなかった。

 

 故に、ここでうちとの交渉が決裂しようとも、宝泉は首を縦には振ろうとはしない。仮にそれで多くの生徒が不幸になろうと笑って受け入れるだろう。こいつはそういうタイプの人間だ。

 

「待って下さい宝泉くん。私は堀北先輩の話に耳を傾けるべきだと思います」

 

 しかし、ここで七瀬も動き出した。どうやら彼女は本心でオレたちと組むべきだと考えているようで、宝泉を説得するような素振りを見せる。

 

「このままでは、私たちのクラスはまとまることが出来ません。先輩たちの仰ることが正しいのであれば、これから先はきっとクラスで団結して事に当たる特別試験があるということです。そうなった時、ここでクラスの不満を溜めるのは得策とは言えません」

「だから何だ? 従わねぇやつは放っておけよ。多少頭が働くヤツは、俺に従った方が良いと気付く。雑魚がいなくても困ることはねぇよ」

「そうはいきません」

「七瀬……テメェは馬鹿か? 既に2年Aクラスが俺達にある程度の額を提示している今、こっちが素直に条件を飲むメリットなんてねぇんだよ」

「素直に条件を飲むメリットがないのは先輩方も同じです。向こうは私たちと手を組めなくても困らないんです。このまま提案を拒否しても、交渉が決裂するだけで駆け引きも何もありません」

 

 それは宝泉もわかっているだろう。いわば、今の状況はにらめっこに近い。どちらが先に顔を反らすか――ギリギリまで粘って自分に有利な状況を掴もうとしている。だが、七瀬の言う通り、最終的に交渉が決裂しては意味がないのも確かだった。

 

「じゃあ聞くが、ここで2年Bクラスに手を差し伸べるメリットが何かあるか?」

「あります」

「ほう、言ってみろよ」

「それは、信頼関係です」

「信頼関係だ? 笑わせてくれんなよ。クソの役にも立たねぇ綺麗事だな、オイ」

 

 七瀬は、鈴音の意図を組んで、互いのクラスの信頼関係を築くべきと進言するが、そんなものは一銭の得にもならないと宝泉が一蹴する。

 

「そうかな? 案外馬鹿に出来たモノでもないかもしれないよ」

 

 しかし、ここで雪が口を出した。

 

 七瀬のことを援護するかのように、そのまま言葉を続ける。信頼関係が得にならないとは限らないのだと、宝泉に対して理を説いていく。

 

「今回の特別試験は2年生に不利だけど、次は1年生にも不利なルールかも知れない。そうなった時、宝泉くんが2年生全員を敵に回してたら、いくらポイントを用意してもパートナーが決まらない可能性はあるよね?」

「そうね、点数でペナルティを受けるだけならまだしも、組んだ相手がワザと手を抜いて退学……なんてこともあるかもしれない。龍園くん辺りなら当たり前のように仕掛けてくるでしょうね」

「ハッ、あの野郎に俺と心中する覚悟があるとでも?」

「覚悟なんかいらないんだよ。この学校には『プロテクトポイント』っていう制度があるんだから」

「『プロテクトポイント』だぁ?」

 

 原作でもそうだったが、今回の試験はプロテクトポイントが報酬として存在しないため、1年生はまだその存在を知らないのだろう。七瀬も、原作と違って初耳なので驚いたような表情を浮かべている。

 

「ええ。退学を一度だけ無効にする特殊なポイントよ」

「これは去年の終わりに導入されたばかりだから、入学してまだ間もない1年生が知らなくても無理ないよ。でも、今後似たような試験があった時、組んだ相手がプロテクトポイントを持っていたら、場合によっては宝泉くんだけが一方的に退学になるってこともあるかもね」

 

 宝泉が七瀬の様子を伺うように目線を向けた。知っていたのかと聞いているのは七瀬も分かったようで、ブンブンと首を横に振っている。

 

「私も初耳です……ですが、尚更今の段階から信頼関係を構築する必要があるんじゃないでしょうか?」

「成程、予め俺を追い込む算段は出来ていたって訳か……」

「勘違いしないでください。私は、宝泉くんの味方です。同じ、1年Dクラスとして協力していきたいというのは今でも変わりません。ですが、宝泉くんが必要な存在だからこそ、目先ばかりを見て失策を犯してほしくないんです」

 

 特に打ち合わせがあった訳ではないが、それでも雪と鈴音に乗っかる形で、七瀬も宝泉に対する本心をぶつけていた。しかし、それでも宝泉は余裕の笑みを崩さない。

 

「俺のために知恵を寄せ合ってごくろーさま――だが、それでも答えはNOだ」

「宝泉くんっ!」

「黙ってろ七瀬。片方が一方的に譲歩するのが信頼関係だとでも言うのか? ああっ!?」

「それは……」

「では、どうするつもり? 私たちは対等であることを変えるつもりはないわ」

「その『対等』だが、どうにも俺には対等な関係だと思えねぇんだよなぁ」

「……そう思う理由は何かしら?」

「信頼関係を与えるみたいなことを七瀬がぬかしやがったが、それはお互い様でこっちが譲るようなことじゃねぇ。この先、1年Dクラスの危険性を示唆してくれたのは、涙が出る程お有難ぇ話だが、それは勝手な予測であって確定の未来じゃねぇ」

 

 その通りだ。こちらの提案はあくまでも、いつか来る可能性のある危機に対する保険であり、確定した未来を救うためのものではない。今、この場においてだけ言うのであれば、1年Dクラスが一方的に損をする。故に、宝泉は首を縦に振ろうとしなかった。

 

「そこまで言うのなら、参考までにあなたの希望を聞かせて貰える?」

「プライベートポイント100万を、担保って形で俺に渡せ。もし、こっちが困ってお前らを頼ることがあれば、喜んでそれを全額返してやる。お前らの言う信頼関係がこの先重要になるならたいしたことじゃねぇだろ? 何なら、書面にでも残してやろうか?」

 

 やはりそう出て来たか。しかし、これは宝泉がこちらを頼ってくることが前提の条件。

 仮に、自分が退学するようなことになるとしても、宝泉はオレたちに頼ってくるなんてことはまず有り得ない。つまり、これは100万PPでマネーゲームをするに等しい。飲めば、対等の関係は形だけとなり、鈴音の負けとなるだろう。

 

「確かに、あなたの言うことも一理ある。でも、その条件は呑めない」

「そうか、そりゃ残念だ。解決の糸口を示してやったのに、またも交渉は決裂だな」

「そうね。こちらとしても、これ以上の交渉は難しそうだし、そろそろ次に行くわ」

 

 暗に、交渉はここまでだ――と、鈴音が口にする。実際、オレたちはどうしても1年Dクラスの力を借りたい訳ではない。駄々を捏ねるのであれば、次に行けばいいだけの話。

 

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、宝泉は動き出した。席を立つ素振りを見せた鈴音へと腕を伸ばし、胸倉を掴み上げる。

 だが、止める人間はいなかった。

 オレも、雪も、特に制止することなく黙って成り行きを見ている。いくら宝泉が暴力を好んでいるとはいえ、生徒会室で暴れれば退学は避けられないのはわかっているはずだ。

 

 つまり、これはあくまでポーズ。

 

 実際に暴力を受けかけている被害者の鈴音も、怯えた表情は浮かべていない。仮に、ここでいきなり宝泉に殴られたとしても、悲鳴一つ上げることはないだろう。

 

「その目……自身の有利を確信してやがる。女には手をあげねぇとでも思ってるのか? それとも、女の分際で俺に勝てるとでも考えているのか?」

「今の時代に似つかわしくない発言ね。世の中の女性を敵に回す発言は慎んだら?」

「だったら、いい方法を教えてやるよ。喧嘩でオレを捻じ伏せたら、無条件で協力関係を結んでやってもいいんだぜ?」

 

 ――ずっと待っていたのは、その一言だった。

 

「それは本当か?」

「あん?」

「喧嘩――いや、力でお前を捻じ伏せたら、無条件でこちらに協力する。その言葉に嘘はないのかと聞いている」

「ああ! お前でも、堀北でも、何なら生徒会長サンでも歓迎だ! 何なら、3人がかりでかかって来いよ!」

 

 宝泉がその言葉を口にするのをずっと待っていた。ここまで、結果のわかり切っているこの茶番に付き合っていたのも、全てはこの言葉を引き出すために過ぎない。

 

 ここで宝泉に力の差をわからせてやれば、全ての問題が綺麗に解決する。鈴音は暴力での解決は望まないようで、こちらを非難する視線を向けてくるが、オレが睨み返すとすぐにその視線を逸らした。

 

「……今回の試験は私に一任するって約束だったはずよ」

「お前が決定的なミスをしなければと言ったはずだ」

「ミスはなかった。このままいけば、向こうは条件を飲まざるを得ない……有利なのはこちらだった」

「違うな。坂柳と言う保険がある以上、宝泉は仮にこちらが交渉を打ち切っても条件を飲むことはしなかった。お前は理に拘り過ぎて、理外で動く人間の思考を読み切れていない。ここからはオレが動く」

 

 高潔さは悪いことではないが、時には泥にまみれてでも得るものが必要だ。結局、こちらがPPを払わずに宝泉を味方につけるには、力を見せる以外の方法など有りはしない。

 

「雪、明日の放課後に体育館を使えるように押さえておいてくれ。宝泉、戦うのはオレ一人だ。勝てば、1年Dクラスは無条件でこちらに協力する。間違いはないな?」

「くどいぜ。何ならお前のパシリになってやってもいいんだぜ、綾小路パイセンよぉ。どうやら、お前もようやく本性を見せて来たみたいだしなぁ」

「それはいいな。負けた方は勝った相手に従う。簡単なルールの方が良い。リーダーのお前が負けるということは、1年Dクラスが手に入るも同然だからな」

「勝てると思ってんのかよ」

「むしろ、負ける方が難しい」

「おっと、お二人さん。挑発もいいけど、勝負は明日だよ? それと、これはあくまで喧嘩じゃなくて、互いの意見を通すための、武力的な解決だということを忘れずに!」

 

 名目上、喧嘩というワードは使えないからな。雪も上手いこと言い訳を見つけてきたか。

 

 宝泉は既に勝ちを確信しているようで、「んじゃ、明日だな」と、獰猛な笑みを浮かべて生徒会室を去っていく。

 対して、鈴音は自分から全権が離れたことで意気消沈しており、七瀬は何やらもの言いたげな視線をこちらに向けてきていた。

 

「何か聞きたいことでもあるのか、七瀬?」

 

 敢えて虎の尾を踏む形で、七瀬にそう問いかける。対する七瀬も、待っていたとばかりに口を開いた。

 

「……先程、2年Bクラスのリーダーは櫛田先輩であり、堀北先輩はこの試験の全権代理者、そう仰っていましたよね?」

「そうだな」

「では、綾小路先輩はなんなんですか? 参謀と仰っていましたが、参謀というのは全権代理者よりも権限が強いんですか?」

「オレがどういう立場かが気になる……と、いうことか?」

「いえ……それもありますが、一番は違います。私は先輩がどういう人なのかを知りたいんです」

「知ってどうする?」

「答えては頂けませんか?」

「七瀬が聞きたいことの本質が見えない。もっとハッキリ言ってくれ」

「では、ハッキリと言わせて頂きます。私は、綾小路先輩が邪悪で薄汚い人なのではないか、そう思っています」

 

 原作でも言っていた強烈な言葉――これに対する答えは、オレではなく雪から放たれた。

 

 殺気という形で。

 

 オレを悪く言う人間を雪は許さない。そう口にしなくてもわかるくらいの鋭い殺気が飛ぶ。

 

 七瀬はオレに向けて、真っ直ぐで迷いのない視線を向けていたが、急遽発せられた殺気に怯むように、オレから視線を逸らして雪の方へ振り返った。

 表向き、オレと敵対するフリをするための言葉が、まさかの竜の逆鱗だったのだ。七瀬としても、どうすればいいのかわからないようで困った様子を見せている。

 

「あの、えっと……」

「……雪、控えろ」

「でもっ、この娘! 清隆のこと何も知らない癖に――」

「控えろと言ったぞ」

 

 それだけで、雪は殺気を自らの内に封じ込め、頬を膨らませるようにして不貞腐れた。仕方なく頭を撫でてやったが、今回は余程頭に来たようですぐに機嫌は直らない。

 

「七瀬」

「はっ、はいっ」

「少なくとも、この学校で過ごしている間、オレはお前に言われるような邪悪で薄汚い行動を取ったつもりはない(表向きは)。今回のことも、多少強引ではあったにせよ、そこまで言われるほど酷いことではないはずだ。にも関わらず、お前はオレを悪だと考えた――それは、お前がこの学校に入学する前から、誰かにオレのことを悪い人間だと聞かされたからじゃないか?」

「それは――」

「ああ、別に答えなくてもいい。ただ、オレから言えることは一つだ。真実は自分で見極めろ」

 

 これ以上、七瀬と一緒に居るのは雪のメンタル的に良くないので、少し強引だがこれで話を終わらせる。

 七瀬も自分がキッカケとはいえ居心地の悪さを感じているようで、「すみません。失礼なことを言いました」と、頭を下げて足早く生徒会室を去っていった。

 

 しっかし、まさか雪と七瀬が揉めるとは予想外だ。

 

 と、いうより、雪が本気で怒るというのがこの学校に来てから初めてと言って良い。それだけ、七瀬がオレを邪悪と称したのが許せなかったのだろう。

 ぶっちゃけた話、真鍋たちを玩具にして龍園を襲わせたり、星之宮や橘にも割と強引な手段を取ったりしたこともあるので、七瀬の言葉もそこまで間違ってはいないんだけどな。

 

 鈴音もまた、今回の件が自分の手から離れたことにショックを受けていたようだが、それ以上に雪がキレた姿を見て言葉も出せないほど動揺している。こんな姿を桜子が見たら、トラウマを蘇らせてしまう所だった。

 

 仕方ないので、今回は雪と鈴音のメンタルケアを兼ねて、これから三人でデートをすることにする。

 宝泉の件は、言質を取ったことでもう勝利は確定された。これにより、桜子を使った保険もいらなくなったし、今日は存分に雪と鈴音を甘やかしてやる。

 

 最初はずっとオレの腕を掴んで不機嫌だった雪だが、オレが散々甘やかしてやるとようやく機嫌を戻してくれた。雪の機嫌が戻ると、それまで心配そうにしていた鈴音もホッとした様子を見せている。何だかんだ、こいつも雪が大好きだからな。

 

 しかし、それでハイ終わり――と、行くはずがなく、良くも余計な手間をかけさせてくれたなと、この日の夜は雪と鈴音を散々鳴かせて可愛がってやった。

 宝泉もこんな二人の姿を見たら、とても今日気丈に交渉をしていた人物とは思えないだろう。まぁ、写真や動画は撮ってあっても、見せる予定はないんだが。

 

 

 




 原作との変化点。

・話し合いの場とメンバーが違う。
 須藤の代わりに雪が入り、生徒会長の権利で生徒会室を私物化した。宝泉からすればアウェーだが、特に気にした様子もなくやって来ている。

・七瀬がプロテクトポイントについて知らなかった。
 原作と違って、敢えて教えないことで七瀬の生の驚きを宝泉にも見せた。欲を言えば、七瀬は自分側と認識して譲歩してくれることも考えていたが宝泉もそこまで甘くなかった。

・殴り合いで決着をつけることになった。
 実際、原作と違って宝泉側にも坂柳とのパイプがあるので屈することはなかった。また、適当なタイミングで原作のように仕掛けてくるだけなのは見え見えだったので、わかりやすい決着方法を提案している。

・七瀬が雪と対立した。
 原作通りだが、当然ながら雪が切れないはずもなく、ここで本性の一部が見えた。桜子のトラウマの姿でもある。



 今話の登場人物一覧。


・綾小路清隆
 宝泉とは想定通りの決着がつけられそうで良かったが、雪と七瀬が喧嘩したことにはかなり驚いている。

・椿雪
 生徒会長としての権利を悪用しまくっているが、結果を出しているので文句は言われない。七瀬と敵対した。

・堀北鈴音
 原作通りに事を進めようとしたが、あのまま言っても宝泉は首を立てには振らなかったので全権を奪われた。そのせいで、自分はまだまだだと少しショックを受けている。

・七瀬翼
 清隆に敵対しているアピールをしようとした結果、虎の尾を踏んだ。まさか、違う方から怒られるとは思わずに素直に困惑してしまっている。

・宝泉和臣
 仮に坂柳とのパイプがなくても首を縦には振らなかった。目的はクラスの勝利ではなく、清隆を退学させることなので、そもそも鈴音と利害が一致していない。


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