宝泉との約束の日である金曜日――昨晩は雪と鈴音をとっかえひっかえしていると、途中で天沢が乱入してくるという事件があった。
どうやら、Aクラスから学力の高い生徒を引っ張ってきたお礼が欲しいということだったので、Tレックスは変わらずお預けにして、代わりにアロサウルスくんで遊んでやっている。本人は「違うの! これじゃないのぉ!」と、文句を言っていったが、本番はもっとオレの信頼を買うまでお預けだ。
そんなこんなで朝。改めて更新を確認すると、流石にそろそろパートナーが決まってきたようで、全部で100組近くのパートナーが決まっていた。
これで残りの1年はAクラスが4人、Bクラスが16人、Cクラスが9人、Dクラスが32人と、かなり数が絞られてきている。
2年生も、Aクラスが12人、Bクラスが27人、Cクラスが4人、Dクラスが18人と、大分各クラスでのマネーゲームも結果が出始めていた。
今回、坂柳のクラスは、他のクラスのマネーゲームに乗る形で、学力以外にも運動能力や機転思考力、社会貢献性などの数値が高い生徒も味方につけている。今は役に立たずとも、将来性を買ったという形だろう。
対する龍園のクラスは、坂柳のクラスが目を付けた生徒はほぼ全て買収する勢いで、レートを天井知らずに上げているらしい。無理にレートを上げれば、自ずとPPのない帆波は着いて来られなくなると、最初から視界にも入れてないのがよくわかる。
しかし、そんなにゆっくり遊んでいるからこそ、お前らは足元を救われることになったのだ。
帆波のクラスは今回の試験で、20人程学力の低い生徒を救済していた。しかし、決して能力の高い生徒を全て使い果たすことはせず、表向きはマネーゲームを仕掛けて坂柳や龍園と競い合っている。
とはいえ、流石に元手がないのでPPでの買収は不可能――坂柳も龍園も、帆波は最終的に撤退するからどうでもいいと考えていたはずだ。真の勝負は一騎打ちになってからと。
だが、別に買収をするのに必要なものはPPだけとは限らない。この年頃の子供――特に男はちょっとした色気に騙されるものだ。
流石に、普段オレとしているような行為をさせる訳ではない。ただ、もう少し健全に、『もしこの試験に学力の高い者同士で組んで勝利することが出来たら、2年Bクラスの女子一同で“お礼”をする』と、一年生の中でも学力の高い男子に、少しばかり“意味深”に伝えさせているだけだった。
この学校の女子は、容姿も検査に入っているのかと思うくらいに可愛い子が多い。それは、欲を持った男子なら誰でも思うことであり、その女子――それも年上の先輩と“楽しく”遊ぶことが出来るなら、PPよりも優先する人物が出て来たっておかしくはなかった。
このために、オレは恵や千秋を使って中間層の生徒を買収させながら、色気に弱そうな成績の高い男子生徒を優先的に探させ、帆波にクラスの綺麗所を使って色仕掛けをさせていたのだ。
ハニトラ? いやいや、そこまで露骨にはしていない。ただ、ワンチャンあるかもって匂わせただけだ。
坂柳や龍園からしたら、馬鹿な戦略にしか見えないだろう。しかし、時として、その馬鹿な戦略が常識を覆すこともある。今朝の結果で、2年のCクラスの残りは4人――これは、買収が成功したという証だった。
今頃、坂柳や龍園は焦り始めているはずだ。一年生の中で、学力B以上の生徒はAクラスに17人、Bクラスに13人、Cクラスに13人、Dクラスに11人しかいない。合計で54人だ。
その中でうちのクラスは、既に引き抜いたAクラスの5人と、これから宝泉から掠めるDクラスの残り11人を引き抜く予定でいる。そして、帆波がさらに10人引き抜いたことで、残りは半数の28人しかいなくなった。
表向きは、まだ宝泉クラスの生徒は残っているが、明日には全員いなくなっているだろう。そうなれば焦りはもっと大きくなる。
残る28人の内、坂柳や龍園がどれだけ引き抜いているかは知らないが、Aクラスはともかくとして、Dクラスだって決して学力の高いクラスとは言えない。ここで、Aクラスに学力の高い生徒を奪われれば、龍園のクラスからは退学者が出る危険だってある。
とはいえ、ここで退学者を救済する方向性にシフトすれば、その時点で龍園は上に行く機会を捨てることになる――帆波を甘く見て、マネーゲームのレートを上げて坂柳と遊んでいるからこうして痛い目を見るのだ。
しかし、龍園も学力の低い生徒は見捨てる訳にはいかない。今からでも、残りを救済に当てなければ退学者が出かねない状況。もはや、坂柳と遊んでいる余裕などないだろう。
とはいえ、坂柳も坂柳で、狙っていた学力の高い生徒を軒並み帆波に奪われた形だ。表面的には余裕を見せていても、内心では屈辱で一杯だろう。人間は思ったよりも俗物的な考えを持っている――どんな奴でも金で買収できると考え、下にいる人間の思考を深く考慮できなかったお前の負けだ。
「おはようございます、綾小路先輩」
――と、今日決まったパートナーの内約から、オレが勝利を確信していると、また後ろから声をかけられた。
そういえば、前もこうして登校時に声をかけられたな。と、思っていると、想像通り七瀬がオレの後ろに立って、何やら申し訳なさそうな顔を浮かべている。
「昨日は、せっかく話し合いの場を設けて頂けたのに、私の不用意な発言でご気分を害させてしまい申し訳ありませんでした」
昨日、七瀬が原作のようにオレに探りを入れ、雪にこっぴどい目に合わされたのは記憶に新しい。
オレは別に気にしてはいなかったが、どうやら七瀬は雪の態度を見て、自分の考えを少し改めたのか、こうしてオレに謝罪しに来たようだった。
「別に謝ることではないだろう。人には人の印象がある」
「いえ、こうして接している限り、私にも綾小路先輩は普通の人に見えます。先輩の言う通り、私は事前に先輩のことを聞いて先入観を持っていました。そのせいで、椿先輩の御気分まで悪くさせてしまったことは本当に申し訳なく思っています」
「ちなみに、誰からオレのことを聞いたのかは質問してもいいのか?」
「……それは」
「いや、無理して言わなくてもいい。そうでなくても、大金を首にかけられるような人間を普通だと思えないのは仕方のないことだ」
「その言い方……先輩も既に自身の置かれている現状をご存知なのですか?」
「オレを退学させたら2000万っていうゲームの話なら知っている。お前も、宝泉も、それを狙ってオレに接触してきたんだろう?」
そもそも月城本人から伝えられているのだ、知っていて当然。その上で、月城はオレがどう動くのかを見ているのだろう。
この試験は既に、オレが退学を回避するのを見るのが目的なのではなく、オレが退学を避けた上でどういう結果を出すかというモノに変わっているのだ。
「ご存知であるなら、隠す必要はありませんね。そうです、私は月城理事長代理から、あなたを退学させる試験の説明を受けました。それで、私は先輩が邪悪な人なのではないかと思って、昨日ああいう質問をしたんです」
正確には、月城から聞いた話はもっと違う話であり、七瀬がオレを邪悪な人間だと断ずる原因も違うはずだが、流石に松雄云々について今明かす気はないようで上手く取り繕っている。
だが正直、ここで深入りする必要はなかった。
黙っていても、七瀬は無人島試験で表向きはオレの味方にシフトする。むしろ、ここで下手に追及して七瀬攻略が難航してしまっても困るし、今はわざと騙された振りをして話に乗っておこう。
「確かに、学校から退学させられるような試験の対象になるやつが、普通の人間とは思えない。お前が疑問を抱えても不思議ではないな」
「ですが、先輩の仰る通りでした。何が正しいかは、私自身によって判断すべきことです。なので、昨日の発言は撤回させて頂きます。本当に申し訳ありませんでした。後で、椿生徒会長、堀北先輩にも謝罪に行かせて頂くつもりです」
「まぁ、お前がオレをどう思おうとオレはどうでもいいが、オレを大切に思ってくれている人からすれば、確かに褒められた発言ではなかったな」
「何なら、お詫びに今のPPを全てお渡ししても構いません。8万ポイントからは多少減っていますが、それでも7万以上は残っています」
「8万? 入学直後に与えられるPPは10万だったはずだが?」
そういえば、原作でも新1年生は800CPからスタートだったっけか。今の今まですっかり忘れていた。
「えっと、私たちは入学直後に800CPを渡されています。だから、月のPPも80000PPです……」
「オレたちが去年、最初に与えられたポイントは1000だった」
「えっ? じゃあ、200ポイントも開きがあるということですか?」
「まぁ、そのCPもひと月で80にしたんだが……オレたちの時は、学校のルールの説明がされたのが5月だったからな。CPを800以上残せたのはAクラスだけだった」
あの時は酷かったな。一応、親切心から何度か声掛けはしたが、誰も信用しようとはしなかった。
まぁ、あの頃はまだオレもクラスへの影響力が低かったので、仕方ないと言えば仕方ないことだが。
「私たちは事前に学校のルールの説明を受けました。CPの差は、それを配慮したもの……と、いうことでしょうか?」
「多分な。しかし、その方がいいと思うぞ。事前知識なしでは、1000CPを貰っても維持なんか簡単に出来ない」
「そうですね。私たちがもし学校のルールを知らされていなかったら、1000CPがあっても多分……いえ、きっと私たちもCPをかなり減らしていたかもしれません」
宝泉が早い段階で学校のルールを知ったのならともかく、気にせず昔のように暴れまくっていたら、まずCPは1も残らない――いや、その前に退学してもおかしくなかった。
実際、七瀬も、宝泉が退学する姿が思い浮かんだのか、何とも言えない表情で苦笑いを浮かべている。しかし、その苦笑いも、おそらく半分はオレに対する罪悪感からだろう。
「七瀬。今のCPについての情報はオレも知らない有益なものだった。だから、オレはもう昨日のことについて何か言うつもりはない。お前も、もう気にするな」
「……はい。ですが、椿先輩と堀北先輩には謝罪しに行きます」
「好きにしろ。ただ、これ以上、状況を悪くさせるなよ。昨日は、あいつのご機嫌を取るのにかなり苦労したんだ」
まぁ、その見返りはちゃんと頂いたんだけどな――と、昨夜のことを想い出しつつ、横目で七瀬のことを視界に入れる。
そのうち、この七瀬もオレの自由に出来るようになると考えると、思わずTレックスに力が入りそうだった。
改めて、七瀬はかなりスタイルがいい。おまけに、原作からの情報から見ても性の知識には疎そうなので、今から食べるのが楽しみだ。
とはいえ、あまりジロジロ見てはまた悪印象を与えかねないので、あくまで体全体を視界に収めつつ、無遠慮な視線は慎む。この辺の配慮に関しては、去年の愛里や波瑠加を始めとしたその手の視線に鋭い女子のおかげでしっかりと身についていた。
現に七瀬も、特にこちらの視線を気にした様子を見せない。勿論、気付いていて無視しているという線もあるが、流石にオレがいやらしい目で見たら不快感を示すだろう。
まぁ、七瀬についてはとりあえず置いておいていい。後は今日の放課後――宝泉との決着を付けさえすれば、この試験はもう終わったも同然だ。
◇◆
昼休みになり、いつものように昼食を取っていると、1年Cクラスの椿と宇都宮が、2年Bクラスにやってくるというちょっとした事件が起きた。
1年生が2年生のフロアに顔を出すのは、宝泉&七瀬に続いて二回目だ。他のクラスからも何人か偵察が飛んできており、うちのクラスの視線も椿と宇都宮に集中している。
今までの椿なら、トラウマを気にして自分から姉のいるクラスに顔を出すなんてしなかっただろうが、オレへの相談を通じて少しずつでも歩み寄ろうと思ったのかもしれない。
「さ~く~ら~こ~ちゃ~んっ!」
雪はいきなりの妹来訪にも困った顔一つせずに、椿に抱き着いて行った。頬をくっつけて、頭を撫で、これでもかというくらいに甘やかしまくっている。
元々、雪は妹のことを割と受け入れているようだったし、椿が明確にオレに敵対しなくなった今、進んで拒絶するようなことはないに等しい。
椿も少し苦しそうにしながら、「おねーちゃん、苦しいって」と照れた様子を見せているが、やはり姉が自分を可愛がってくれるのは嬉しいようで、少しはにかむ姿も見せていた。
「ええっ!? 雪ちゃんの妹さんなの!?」
「雪さんに妹がいたなんて、初耳ね……」
「何で黙ってたのよ」
しかし、椿が雪を姉と呼んだことで妹だとわかると、クラスを始めとして偵察に来ていた他のクラスのクラスメイトも驚く様子を見せる。
そこそこ一緒にいる時間の長い、桔梗や鈴音、真澄もこれには動揺を隠せないようで、妹のことを秘密にしていた雪に詰め寄っていた。対する雪は、「えっ、だって聞かれなかったし……」と、特に意図したことではないと、いつもの様子で答えている。
「あ、あのっ! すみません、先輩方! 話をしたいんですけどよろしいですか?」
そんなこんなで椿が捕まり、雪の知り合いを中心にBクラスが騒がしくなってくると、間に割って入るように一緒にやって来た宇都宮がそう声を上げた。
同時に椿も、「おねーちゃん、暑いって……」と、雪の拘束を解除して宇都宮の傍に逃げている。しかし、こうして見比べると、雪と椿は目つきや雰囲気こそ違うが髪の色や目の色がそっくりであり、クラスの大半はよく似ているという話題で持ちきりだった。
「俺は1年Cクラスの宇都宮、こっちは知っていると思いますが椿と言います。実は、パートナー決めに関して相談をしたくて、こちらにお邪魔させて貰いました」
と、宇都宮がわざわざ上級生のクラスに訪問してきた理由を話し始めると、クラスのリーダーである桔梗が前に出ていく。
「パートナー決めに関してって、どういうことかな?」
「実は今、学力C以上の協力してくれる先輩を探している所でして。椿が、お姉さんがBクラスにいるというので、こうしてやってきた次第です」
宇都宮の言葉を聞いて、鈴音も前に出る。
「聞いてもいいかしら? 学力C前後の生徒は一番割合が多いわ。もっと早くにパートナーを見つけることが出来たと思うのだけれど?」
「それは――」
「私が悪いんです。自分のこと、すっかり忘れてたから」
「もしかして、パートナーが決まってないのって桜子ちゃん?」
雪の質問に、椿がこくりと頷いた。
改めて事情を聞いてみると、生徒会長の妹ということもあり椿はこの特別試験で1年Cクラスのパートナー決めの相談を受けてその手伝いをしていたらしいのだが、手伝うだけ手伝って自分のパートナーを見つけるのを忘れていたのだという。
確かに、今朝のパートナーを確認した際にも、1年Cクラスは残り9名まで数を少なくしていた。
椿は、そのパートナー決めの立役者になったはいいが、自分がその残り僅かな人数に入ってしまうという、ミイラ取りがミイラ――ではないが、まずい状況になってしまったという訳だ。
「うちのクラスは、2年の先輩方や椿のおかげで殆どの生徒がもうパートナーが決まっている状態です。ですが、当の本人のパートナーが見つからないのでは本末転倒なので、こうして組んでくれる相手を探しに来たんだ……です。2年Bクラスはまだパートナーの決まっていない生徒がかなり多かったですし」
鈴音がOAAを開いて椿の学力を確認していく。手を抜いていることもあり、椿の学力はC-とそう高くない。「これは、確かに焦るわね」と、宇都宮の話に納得した様子を見せる。
対する雪は「あれ? 桜子ちゃん、中学生の時はもっとお勉強出来たよね?」と首を傾げていた。すると、椿が「まさか、入学試験の結果が評価されると思ってなかったから」と、テストで手を抜いたことを暗に認めている。
過去の勉強がトラウマになっている椿は、雪の何気ない質問に若干焦った様子を見せていたが、当の本人が気にした様子を見せていないので、すぐに落ち着いたようだった。
しかし、OAAの数値が当てにならないというのは、逆にパートナーが決めづらいということでもある。
何せ、本人の自己申告で学力はもっとありますといっても、それを証明するすべがない。勿論、椿がその気になりさえすれば、今回の試験で学力Aくらいは行くだろうが、今の段階でそれを無条件で信じられる人間はそう多くなかった。
「オッケー、よくわからないけど任せて! お姉ちゃんがパートナー組んであげるから!」
と、当然のように、妹の危機に雪が真っ先に手を挙げる。確かに、学力A+なら、仮に椿の本当の実力がC-でも余裕で救うことが出来た。
一応、クラスの戦略としては、学力の高い雪は残しておきたい所だが、妹の危機に黙って見過ごせとは言えないので、このまま好きにさせることにする。それに雪と椿のペアなら本気を出せばトップを狙うのも難しくないだろう。
だが椿も、まさか雪が自分と組んでくれるとは思わなかったようで、「いいの、おねーちゃん?」と、不安そうな視線を向けていた。
雪も満面の笑みで、「お姉ちゃんに任せなさい!」とアピールしており、心配して念のために着いてきたという宇都宮も「よかったな、椿」と、一安心した様子を見せている。
「むむっ! ちなみに宇都宮くんは、うちの桜子ちゃんと仲がいいのかな?」
「えっ? あっ、はい……いろいろと相談させて貰ってはいますが……」
「ちょっ、おねーちゃん! 変なこと言わないで……!」
「むむむっ! その反応、ますます怪しい! 確かに、見た目は格好いいし、体も鍛えてそう、頭もなかなか良いみたいだけど……桜子ちゃんはそう簡単に渡さないんだからね!」
と、雪が姉馬鹿を発動して、宇都宮から引きはがすように椿を抱きしめる。
原作でも、椿と宇都宮は特に恋愛描写はなかったと思うが、椿は赤くなっているように見えるし、この世界ではそういう感情を持っていてもおかしくはなかった。
宇都宮も慌てたように、「いやっ、俺と椿はそういう関係では……」と弁解しているが、雪は聞く耳を持っていない。だが、椿が「だーかーらー! 違うって言ってるでしょ!」と、怒った様子を見せると、雪も「だってー」と情けない声を上げた。
「さくらこちゃんがー! さくらこちゃんが取られちゃうー!」
と、近くにいた真澄の胸に飛び込むように雪が泣きついていく。何だかんだ雪と真澄は一番付き合いが深いこともあって、雪もこういう時は一番真澄を頼りにする。
真澄も仕方ないとばかりに、「もう、妹ちゃんも年頃なんだから、あんまり構ってばっかだと嫌われるわよ」と、雪を慰めていた。それを聞いて、椿は「べ、別に嫌じゃないから!」と、焦ったような声を上げている。実際、椿はこう見えて意外とかまってちゃんだった。
椿の言葉を聞いた雪は、すぐに身を翻して抱き着いている。真澄も、「何なのよ、この姉妹」と呆れた様子を見せるが、姉妹仲が良さそうで安心しているようでもあった。
そんなこんなで、雪が椿と宇都宮の中を邪推する一幕はあったが、無事にパートナーが決まったことで、自分たちの教室に帰っていく。
これで一件落着――かと、思われたが、椿と宇都宮が教室に戻るのと入れ替わりになるように、今度は七瀬が2年Bクラスの教室にやって来た。
当然、昨日の今日で、雪はまだ七瀬を許しておらず、妹に会ってご機嫌だった様子が一転して、親の仇を見るような目で七瀬を睨みつける。
あまりの態度の変化に、当の七瀬は勿論だが、クラスメイトたちもこれまで見たことがないくらい不機嫌な雪に驚いた様子を見せた。唯一、驚いていないのは、昨日この状態の雪を見た鈴音だけだ。
「……お昼時に、お邪魔して申し訳ありません。椿先輩と、堀北先輩に、謝罪をさせて頂きに来ました」
そう言って、七瀬が雪と鈴音の前までやってきて深く頭を下げる。鈴音は「私は特に謝られるようなことをされた覚えはないわ」と、七瀬を止めたが、雪は変わらず絶対零度の視線を七瀬に向けていた。
「昨日、私は他人から与えられたイメージで、綾小路先輩を悪だと決めつけました。ですが、先輩方の仰る通り、私自身が綾小路先輩のことを何も知らない以上、これは間違った行いです。私は、私自身の目で、綾小路先輩を見ていなかった。そのせいで、先輩方をご不快にさせてしまったことを、改めて謝罪させて頂きます。申し訳ございませんでした」
雪は何も言わない。だが、それも当然だ。言葉だけでは何とでも言える――七瀬が、雪や鈴音に本当に悪いと思っているのであれば、その気持ちを行動に移さなければ、鈴音はともかく雪はまず納得しない。
七瀬も、すぐにそれを理解したのだろう。
膝を折り、床に両足を畳んで、深々と頭を下げる――2年Bクラスを始め、他クラスの密偵がいる中、七瀬は自身の本心を表すように、雪と鈴音に土下座をしたのだ。
大観衆の中での土下座。
それは恥を晒す以外の何物でもない。自分の恥よりも、謝罪の気持ちが大きくなければ、こんな行動をすることは出来ないだろう。雪も、七瀬が土下座したことで、謝罪の気持ちが本当だと理解したようで、「次はないからね」と、ようやく許す素振りを見せた。
「後、清隆にもしっかり謝りなよ」
「綾小路先輩には朝の段階で、先に謝罪をさせて頂きました」
「なら、許す。もう立っていいよ」
雪の許可が出たことで、七瀬も立ち上がる。改めて、深々とお辞儀をして、七瀬は2年Bクラスから去っていった。
椿と宇都宮の来訪から、七瀬の公開土下座と、驚きの昼休みだったが、それ以上に雪がシスコンであること、本気で怒ったら怖いという情報が新たにクラス中――いや、他クラスにまで行き渡り、雪のイメージが一新されることになった。
しかし、これは悪いことではない。
今までの雪は優しく真面目なイメージしかなかったが、これで優しさの中に怖さも併せ持つ相手ということで、一層相手にしづらくなったはずだ。
おまけに、現生徒会長――坂柳や龍園はこの称号を甘く見ているようだが、この学校における生徒会長の権限は思ったよりも大きい。それは、南雲が生徒会長の座を手に入れたがっていたことから見ても明らかだ。
まぁ、今に生徒会長を抱えているメリットは伝わるだろう。昼休みを終え、午後の授業が終われば、遂に宝泉との約束の時だ。
今回のこの戦いだって、雪が生徒会長でなければ強行することは出来なかった。鈴音は未だに好意的ではないが、武力の解禁によって出来ることは多岐に渡る。
だが、あの龍園ですら、今の段階でこちらが武力行使に出てくるとは考えていないだろう。今回の試験で、あいつらがどういう反応を見せてくれるか、今から放課後が楽しみだ。
原作との変化点。
・帆波クラスに色仕掛けを仕掛けさせた。
金がないなら体。ではないが、それっぽいサービスをしてあげると言っただけで実際には楽しく飲み会をするだけ。勿論、多少は楽しませるためによいしょするが、流石にそこまでえっちなことまではしない。中学生から高校生になったばかりの僕ちゃん達はすぐに騙されてしまった。
・七瀬が清隆に謝罪した。
原作では有耶無耶に流すだけだが、雪が想像以上に怒っていたのを見て謝罪しに来た。事実、七瀬は伝えられていた印象だけで清隆を計っていたので謝る以外にない形。清隆としても気にしていないのですぐに許した。
・宇都宮と椿がやってきた。
原作と違ってマジでパートナーが見つからないというハプニングが発生。結果、雪が姉の威厳を見せつけることにした。
・七瀬の土下座。
雪を納得させるにはそれくらいしかなかった。以後、七瀬もしばらく2年のフロアには近寄らなくなる。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
帆波クラスが想定通りに結果を出しているのを見て頷いている。七瀬と雪が和解してホッとした。
・椿雪
椿と七瀬で180度態度が違うのを見て、クラスメイトたちが死ぬほど驚いている。ちなみに、怒った姿を見たのはセフレ達も初めて。
・堀北鈴音
雪に妹がいると聞いて驚いた。七瀬からも謝罪こそ受けたが、自分は関係ないのでそこまでされるいわれはないと思っている。
・櫛田桔梗
雪の妹である桜子を興味深く見ている。目つきが微妙に違うくらいで、後は殆どそーっくり。雪がガチギレしているのを見てかなり驚いていた。
・神室真澄
何だかんだ雪とは一番付き合いが長かったりする。姉妹仲が悪くなさそうで一安心していたが、その後に七瀬にガチギレしているのを見て一番驚いた。
・七瀬翼
素直に謝りに来た。放置して生徒会長の機嫌を損ねた場合、この先不都合がありすぎるため、プライドを捨てて土下座もしている。許されてホッとした。
・椿桜子
原作と違って素直に困っている。姉と組めてちょっと嬉しい。
・宇都宮陸
原作と違って綾小路をハメようとしていない。そもそも、原作でも発案は桜子なので、そこが揉めなきゃ宇都宮としても動く理由がなかった。