♯014 『ケヤキモールでの一幕』
そんなこんなで特別試験も無事に終了し、月城との話し合いも終了したということで、今日は夜に綾小路グループでお疲れ様会をすることになった。
原作では、ずっと能力を隠していたオレが急にテストで満点を取ったことで啓誠がオレへの信用を失い、グループを抜けるかどうかまで悩む一幕があったが、この世界では去年からオレがしっかり能力を明かしているのでそういう事態は起きていない。
ただ、何もなかった訳ではなく、啓誠としてもオレが自分の想像以上に勉強が出来る人間だということがわかって、自身のアイデンティティを見失いかけそうになっていた。
啓誠にとって、勉強が出来ることが自分に出来るクラスでの貢献であり、今まではオレとの差もそこまでだとは感じていなかったのだろう。
実際、これまでのテストも点差は僅差の数点であり、そこまで明確に劣っていると思ってはいなかったはずだ。しかし、今回の試験で出た高難易度の問題は、問題の意味すら普通の高校生にはわからないものだった。
まぁ、オレに言わせれば、勉強していない問題を出す意味がわからないが、それをいとも簡単に解いてあっさり満点を取ったオレとの差を改めて感じてしまい、運動でも勉強でもオレに劣っている自分に存在価値はあるのか――と、初めて世界の広さを知った子供のような状態になってしまっている。
そんな啓誠の気晴らしになればと、波瑠加が打ち上げを提案し、明人の部活が終わる午後7時にケヤキモールで待ち合わせ――と、いうのが、このお疲れ様会開催の経緯だった。
そんな訳で、6時半に一足早く待ち合わせ場所に着くと、流石に早すぎたようでまだ誰も来ていない。いつもなら黙って待つだけだが、どうも今回のテストで全教科満点を出してしまったことで、同学年だけでなく先輩や後輩からも視線が向けられてきていた。
何というか、有名人になってしまったものだ。
どんな世界のオレも、やはりオレであることには変わりないので、なるべく目立たないようにしようとする気持ちはよくわかる。オレも、この世界では仕方なく能力を出しているが、やはり他人の視線を集めるというのはあまり気持ちのいいことではなかった。
「綾小路くん、誰かと待ち合わせ――って、どうしたの、その怪我!?」
と、多数の視線にむず痒さのようなものを感じていると、いつの間にか帆波が近くまで来ていたらしく、オレの姿を見て驚いたように声をかけてくる。
帆波とは、しばらく会えていなかったこともあり、宝泉との戦いで左腕にヒビが入ったことを話す時間がなかった。そのせいで、久しぶりに会ったオレが左腕を固定しているのを見て驚いてしまったらしい。
見ると、帆波の外に神崎も一緒にいるようで、オレの怪我に驚きつつも軽く手を挙げていた。
原作では、クラスが降格して余裕がなくなり、誰彼構わずに敵対心を向けている様子だったが、この世界では帆波が結果を出しているのもあって、今の所は落ち着いているように見える。
「少し転んでな。軽くヒビが入っているだけでたいしたことはない」
「えー……大丈夫なの?」
「利き腕は無事だからな。テストも問題なく受けられたし、これから友達とも普通に夕飯を食べる約束をしている。そっちは?」
「まぁ、私たちも似たようなものかな。ね?」
「ああ」
帆波も、一年生の引き抜きの件でどこかで時間を作らないといけないだろうが、流石に試験が終わった当日はクラスメイトを労うつもりのようだ。
実際、クラスの支配力を維持するためにも、クラスメイトのメンタルケアは必須なので、その辺はオレがどうこう言うよりも、帆波自身の判断に任せた方がいいだろう。餅は餅屋だ。
「そういえば、見たよテスト結果。全教科満点なんて、流石だね」
「去年から突出した学力を持っているのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった」
「まぁ、オレ一人が結果を出しても、総合力では負けてしまったがな」
と、今回の試験では僅差ではあるが、Cクラスが勝ったことを話題に上げる。神崎も今回の結果には満足しているようで、「努力の結果だ」と、口元に小さな笑みを浮かべていた。
おそらく神崎は、既に帆波から下級生全体を掌握する話や、そのために学力の低い生徒を救済しつつ、学力の高い男子生徒を引き抜いて他クラスに圧力をかけた話を聞いているのだろう。その上で結果を出したことから、改めて帆波に信を置いたのは見るだけでわかる。
「噂では、お前たちのクラスは1年生の中でも、学力の低い生徒を救済するように動いていたと聞いた。それであの結果なのだから驚きだが……無理に学力の低い生徒を救済しようとしなければ、Aクラスを抜いて1位も狙えたんじゃないか?」
「上を目指すだけなら、その結果もあったかもね。でも、後々のことを考えると、今は一年生たちと仲よくした方が得だと思ったんだ」
「実際、今回の試験が終わって、下級生の中にも一之瀬を信頼する生徒が多く出てきている。この先また、学年を超えて協力する試験が起きた時、有利になるのはうちのクラスだ」
オレと帆波がわかりきっている話をすると、神崎がそれに乗って帆波をよいしょしてきた。
いいぞ、その調子でずっと帆波のことを支えてくれ。それが回りまわってオレのためになる。
「確かに……だが、うちのクラスも今回の試験を通じて、1年Dクラスといい関係を作ることができた。まぁ、宝泉はかなり曲者だったけどな」
「それそれ! 正直、あの宝泉くんを納得させてペアを作ったって聞いた時は、とても信じられなかったよ。どうやって説得したの?」
「今回の試験は鈴音が上手く動いてくれた。宝泉を納得させたのもあいつだ」
当然、嘘だ。しかし帆波と違って、表の情報しか知らない神崎は信じざるを得ないだろう。
「堀北か……去年も無人島試験で大きな結果を出していたな。最近は生徒会に入って、あまり表には出てきていなかったが、やはり油断できない相手のようだな」
と、警戒心を見せるが、原作のように敵対心を見せる程ではなかった。やはり、今回の試験に勝って結果を出したというのが大きいのだろう。
この調子で、次も帆波クラスにもある程度クラスポイントを稼がせる。その方が、貸している1000万も早く帰ってくるし、クラスの動きも操作しやすいからな。
「そういえば、ずっと聞くのを忘れていたっけか。去年の終わりからいろいろあって、オレたちとお前たちのクラスが入れ替わった訳だが、協力関係については継続という形で考えてもいいのか?」
「うーん……私は継続すべきだと思うんだよね。うちと龍園くんのクラスが落ちて、結果的に綾小路くんたちのクラスはBクラスに浮上したけど、それでもAクラスとは200ポイント以上の差がある訳だし」
「そうだな。俺も今の関係性を変化させる必要はないと考えている。勿論、クラス同士がぶつかる場合は話が別だが、お前たちは龍園のように汚い手は使ってこないだろうしな」
どうやら、神崎はまだ去年の龍園とのいざこざを根に持っているようで、眉間に皺を寄せながらそう返してくる。
まぁ、体育祭の裏切りを始め、ペーパーシャッフルや混合合宿などでの白波への手出しなどを考えれば恨まれても不思議はない。
「クク、誰が汚いって?」
噂をすれば影――ではないが、偶然にしては出来過ぎのタイミングで龍園までこの場にやってきた。
後ろにはいつもの石崎やアルベルトを引き連れており、神崎が親の仇でも見るような目で睨みつけている。
「お前だ、龍園」
「そうか? 今回の試験で言えば、ハニトラで下級生を引っかけた一之瀬の方が余程汚いと思うけどなぁ」
坂柳は女ということで下級生たちも事情を説明するのを躊躇ったようだが、龍園の場合は相手が男であることや暴力行為をチラつかされてゲロったのだろう。既に帆波たちのクラスがどういう手段で高い学力の生徒を引き抜いたか理解している様子だった。
「ハニトラって……ただ仲良くなろうって話をしただけだよ」
「それっぽい仕草を見せながら、だろ? お前らがハニトラでこっちの狙ってた駒を引き抜いてくれたおかげで、うちは危うく退学者が出てもおかしくなかった。上位を狙うために用意していた駒を救済に回さなきゃ危なかったぜ」
「パートナー決めは早い者勝ちでしょ? 早い段階で一年生を引き抜けなかった龍園くんのミスだと思うけど」
「そうだな。それは認める……俺も坂柳も、まさかお前がこんな手段を取ってくるとは欠片も考えちゃいなかった。去年の冤罪といい、いろいろやってくれるじゃねぇか」
「冤罪? なんのことか、よくわからないかな。あれは山田くんがうちのクラスの生徒に手を出した……そういう結果になったはずだけど?」
「クク……鈴音もそうだが、お前もしたたかになってきたな。他者を貶めるだけじゃなく、自分の見た目まで使って戦って来るようになったんだ。もうこっちも油断しねぇ」
一之瀬帆波はその性格だけでも他者を惹きつける魅力を持ち合わせていたが、それ以上に目を引くのはやはりその美貌だ。
その美貌を実力として、効果的に使って来るようになった。龍園としても、もう馬鹿にしてはいられないだろう。実際、今回はそれでしてやられている。
だが、それでもまだ坂柳も龍園も、今回の作戦の本当の狙いである『一之瀬帆波教の設立』については何も気づいていない。
しかし、そのうち嫌でも気づくようになってくるだろう。下級生の大半が、帆波を崇めて自ら進んで協力をするようになれば、そのマンパワーの強大さはどうしたって目に入ってくるはずだ。
――と、考えていると、どうやら約束の時間が近づいてきたことで、ぼちぼち綾小路グループのメンバーも集まってきたらしい。
帆波に神崎、龍園一派に囲まれているオレから少し距離を取るかのように、波瑠加と愛里を始めとしたグループのメンバー全員が隠れてこちらの様子を見ているのを見つけた。
まぁ、流石にこのメンバーの中に入ってくるのは嫌だろう。未だに舌戦を繰り広げている帆波と龍園の邪魔にならないように、隠れてこの場を離れていく――が、龍園はすぐに気づいたようで、「どこに行くつもりだ?」と、こちらの首根っこを引っ張ってきた。
「……何か用か? 約束があるんだが」
「随分と目立つ怪我をしてんじゃねぇか。宝泉にでもやられたか?」
「転んだだけだ」
「鈴音もそこそこ頑張ってはいるが、あいつに宝泉をどうこう出来るとは思えねぇ。1年Dクラスとお前のクラスの協力の裏には、当然お前がいたはずだ」
どうやら原作と違ってオレが腕をギブスで固定しているせいか、龍園がオレと宝泉の件を深堀しようとしてくる。とはいえ、馬鹿正直に殴って言うことを聞かせたとは言えないので適当に言葉を濁す。
「オレは今回中間層の生徒の獲得と、1年Aクラスの協力取り付けくらいしか動いていない。後は鈴音と雪の二人でやったことだ」
「……本当のことを言う気はねぇってことか。相変わらず食えねぇやつだ」
龍園も、この場でオレが本音を話すとは考えていないようで、仕方ないと言わんばかりにこちらを掴んでいた手を離した。オレの視線の先に愛里や波瑠加がいるのを見て、約束があるというのが本当だとわかったのだろう。
「いいか。次の試験は、もう今回のように行かせるつもりはねぇ。全力でお前らを潰してやるから覚悟しておけ」
そう言って、龍園は石崎とアルベルトを引き連れてこの場を去っていった。やけに石崎が静かだと思ったが、神崎とガンを付け合っていたらしい。
帆波も、オレがもう待ち合わせに合流したいというのは先程のやり取りでわかったようで、「それじゃ、私たちもそろそろ行くね」と言って、神崎と共にこの場を離れていった。
「凄い人たちだったね」
帆波や龍園たちが居なくなると、離れて様子を見ていた愛里がこそこそやってきて、そう声をかけてくる。
後ろから波瑠加や啓誠、明人もやってきて、CクラスとDクラスのリーダーとの対立を見て驚いた様子を見せていた。
「で、何話してたの?」
「最初は今回の試験についての話だったんだけどな……龍園が来てごちゃごちゃになった」
「どうせ、試験で負けたことに対するいちゃもんでもつけていたんだろう」
と、啓誠が龍園を馬鹿にする様子を見せる。明人も同感なのか、うんうん頷いていた。
何だかんだ、啓誠や明人も龍園のことは好きじゃないらしい。まぁ、龍園のことが好きという奴の方が珍しいか。
しかし、波瑠加はどちらかというと帆波を警戒しているようで、「そっちじゃないんだけどね」と、小さな声で呟いている。波瑠加は、セフレたちのことは知っているが、まだ愛里以外とのメンバーとはあまり関わっていないので、帆波を警戒しているのかもしれない。
逆に愛里は初期組というくらい古参なだけあって、もう殆どのセフレとは仲良しになっている。表ではあまり話す姿は見ないが、千秋を通じて恵や佐藤ともメッセージのやり取りをしているらしい。何だかんだ愛里もアイドルなので、美容についてなど話すことは多いのだろう。
とはいえ、今は素直にお疲れ様をしようということで、メンバーを連れて予約していた店に行く。
何故か、調子のいい波瑠加の手によって、今日はオレの奢りということになってしまったが、調子よく飲み食いした分は夜に返して貰っている。最近は波瑠加もかなり積極的になってきており、自分からアブノーマルなプレイを望むことも多くなってきた。
原作との変化点。
・綾小路グループはいつものまま。
なので、普通にお疲れ様会を開いている。その後の波瑠加が積極的だったのは、愛里が成長していることへの焦燥感から来るもの。自分だけ置いていかれているような気分を感じているので、はっちゃけて誤魔化している。
・帆波と神崎。
原作だと、神崎が今のままでは駄目だと迷走するが、このSSだと帆波が清隆を経由して結果を出しているので謀反を起こす素振りがない。そもそもCPが減った理由が負けたというよりも龍園の罠にはまったせいなので、帆波より龍園の方に敵意が向いている。
・龍園が的確に清隆の動きを見抜いてきた。
本質を見抜く力が少しずつ養われつつある。が、流石にまだ帆波クラスの裏に清隆がいることには気づいていない。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
最近やたら目立つので少し周りからの視線は面倒だが、綾小路グループには不穏な影もなく、いつものように付き合いを楽しんでいる。
・佐倉愛里
雫モードだと歩くだけで目立つので、今回は佐倉モードでお忍び。しかし、この1年で精神的な余裕が出てきており、それが波瑠加を追い詰めている。愛里本人に自覚なし。
・長谷部波瑠加
去年からの愛里の成長を見て焦っている。自分もこのままではまずいとわかってはいるが、どうしたらいいかわからずにとりあえず無意識に去年の愛里の模倣をしている。
・一之瀬帆波
クラスの息抜きや、協力してくれた1年生たちへのお礼、また意味深なお礼も含めて大忙し。とはいえ、手を出させるような真似は流石にしていないが、見えるか見えないかのギリギリを責めて接待をしている。後にこの経験が生きる……かもしれない。新たな性癖に目覚めた下級生が多数発生した。
・龍園翔
当然ながら偶然ではなく狙ってきた。清隆や帆波に探りを入れたが、上手く凌がれている。上記の通り、まだ帆波クラスの裏に清隆がいることには気づいていないが、何か違和感のようなものは感じている。
・幸村輝彦
劣等感を感じるなら、それ以上に凄くなれるよう頑張ればいいと、打ち上げでははっちゃけている。地味に、この言葉は波瑠加にも影響を与えた。
・三宅明人
原作ほどグループが荒れていないのもあって空気になりかけている。当然、原作通りに波瑠加に惚れているが、その恋が実ることはない。
・神崎隆二
清隆に帆波越しに上手く操縦して貰っているので暴走の兆しなし。敵意は今の所、龍園クラスに向けられている。