ようこそ俺小路くんの無念を晴らす教室へ   作:おこむね

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♯015 『思いがけないタイムパラドックス』

 試験後、5月2日からはゴールデンウィークということで、しばらく学校は休みに入った。とはいえ、それで何かが大きく変わる訳でもなく、いつものようにTレックスを振り回して女たちを鳴かせて過ごしている。

 

 ここから夏までは、正直休憩期間ということでやることがあまりないが、帆波を通じて下級生や上級生の信者を作るために、彼らのメンタルケアをしたり、特別試験に手を出したりしていった。

 

 上級生は南雲の支配が強い――ように思えるが、やはり半年(2年生3か月、3年時3か月)の停学は厳しいものがあるのか、今では桐山率いる3年BクラスがAクラスとのクラスポイント差を大きく縮めている。

 正直、夏前までに行われるであろう特別試験で3年Bクラスが勝利すれば、Aクラスとの差はほぼない所まで来るはずだ。元々はかなりの差があったが、混合合宿で受けた南雲クラスへのCPマイナスのペナルティと学年末試験での大勝利でBクラスは猛追している。

 

 これにより、絶対的だった南雲の支配にも穴が空きつつあった。特に、2000万を使ってクラス移動をするチケットを発行するという南雲との契約は続々と破棄されているようで、今ではもう3年DクラスとCクラスはAクラスに上がるという目標を捨てて、残りの学校生活を楽しみながら進学や就職のために動いている生徒も多い。

 

 今回篭絡するのは、そんな3年DクラスとCクラスの生徒たちだ。中にはまだ南雲を信じて苦しい税を支払っている生徒もいる。そんな生徒に、現生徒会員として相談に乗りながら、南雲の支配から帆波の支配へと移行させていく。

 既に3年生の中にも、朝比奈や桐山といった協力者がいるため、話の機会を設けるのはそう難しいことではなかった。後は口八丁手八丁で、一之瀬帆波という女に惚れさせるだけでいい。男女関係なく通ずるカリスマ性を利用して、少しずつ信者を増やしていくのだ。

 

 ――しかし、ここで問題が起きた。

 

 正確には、問題というよりもちょっかいをかけてきたというべきか――どうやら坂柳も、帆波が学年を超えて派閥を作ろうとしている動きをようやくキャッチしたようで、原作でも行っていた帆波の過去を暴露して潰すという行動に出てきたのだ。

 

 5月中旬になる頃には、『暴力沙汰を起こした過去がある』、『援助を受けて交際していた』、『窃盗、強盗を行った』、『薬物の使用歴がある』等々、あることないこと書かれて、学年を超えて噂になりつつある。

 まさか2年になってから、本来1年の2月に起きるであろうこの事件が発生するとは――と、思いがけないタイムパラドックスに少々驚いているオレがいた。

 

 とはいえ、『援助を受けて交際していた』についてはあながち間違ってはいなかったりする。自分のクラスを救うために、帆波はオレの援助を受けているし、一応は交際関係にあった。

 

 と、いう冗談はさておいて、実際に万引きの過去がある帆波だが、この情報をどうやって坂柳が仕入れたのか――と、いう問題については、帆波が過去に犯罪をしたことがあるというのを、去年の秋口に二人でお茶をした時に坂柳に話してしまったと、帆波本人の口から聞くことが出来た。

 

 本来、自分の弱点を敵にばらすなど本末転倒と言いたい所だが、これについてはおそらく坂柳のコールドリーディングに引っかかってしまったのだろう。あいつは口が上手いし、そう言うのが得意だというのを聞いたような記憶がある。

 

 原作の坂柳は、最終的に南雲から情報を得て動いていたようだが、この世界での南雲はもう死に体なのでおそらく接触はないと見て良い。

 しかし、明確にどんな犯罪をしたかまでわからなくても、学生がしそうな犯罪などタカが知れている。それこそ、今回のように数を出せばどれかは当たるだろう。

 

 勿論、1年生時に既に問題は解決してあるので、これによって帆波が引きこもる――と、いうようなことはなかったが、帆波以外の周囲が過剰に反応してしまったようで、今日はたまたま放課後にAクラスの橋本とBクラスの神崎が揉めている現場に鉢合わせてしまっていた。

 

「橋本。放課後に何をしていた? 部活に所属していないお前が、この時間まで残っている理由は?」

「おいおい、俺はこれでもテニス部だぜ? まぁ、幽霊部員なのは間違ってないけど」

「何をしていたと聞いているんだ」

「別に俺が放課後、どこで何をしてようと自由だろ。それを言えば、お前だって部活動には参加してないし、こんな時間に残ってるのはおかしいんじゃないか?」

 

 ちなみにオレ――と、いうか、オレたち綾小路グループがこの二人と鉢合わせてしまったのは、部活動が終わっても合流しない明人を心配して迎えに来たら、明人が揉めている橋本と神崎を仲裁していたからであり、断じて部活動に所属した訳ではない。

 

「お前の場合は誰かと待ち合わせていた訳でもない。適当な人間を捕まえて『噂』を吹き込んでいたんじゃないのか?」

「噂? ああ、一之瀬が過去にいろいろ悪さをしてたってヤツか。まぁ、間違っていない。俺だって人間だからな、噂話の一つくらいはするさ」

「その噂を広めるのをやめて欲しい」

「おいおい、広めてなんていないぜ。ただ、ちょっと話しただけだ」

「惚けなくてもいい。お前から噂を聞いたという多数の証言もあるんだ。素直に白状しろ、お前たちのやっていることは龍園と何も変わらないぞ。悪質過ぎる」

「そんなことを俺に言われてもな……」

 

 神崎の言う目撃者が本当であれ嘘であれ、橋本も噂を他人に聞かせたことを認めても、噂を流した張本人だとは認めないだろう。

 明人も心配する様子を見せるが、とりあえず今すぐ掴み合いの喧嘩になるようなことはないと判断したようで、二人から距離を取っている。

 

 正直、このまま放置してもいいのだが、意外と平和主義の明人がこのままこの場を離れることを心配していた。

 まぁ、この二人にしても、問題になった時に第三者が居た方がメリットがあるだろうと言うことで、とりあえずはオレたちがこのまま中立ということで話を聞いていくことにする。

 

「なぁ、神崎。そもそも一之瀬の件、本当にただの噂なのか?」

「なに?」

「火のない所に煙は立たない。多分、噂を聞いた多くの生徒がそう思ったはずだぜ」

「確かにな。だが、それと意図して煙を立てようとする行為を認めるのは別の話だ」

 

 神崎はおそらく帆波から過去の行いについて既に聞いているのだろう。しかし、実際にそういう過去があったとしても、それを悪意で広めることを認める訳にはいかないと声を上げていた。

 

 だが、橋本も「それはそうだ。だが、噂の内容について否定はしないんだな」と、神崎が明確に一之瀬の噂について否定をしなかったことを指摘してくる。

 

「一之瀬にも黒い過去がある。なら、噂が立っても仕方ないんじゃないのか?」

「自然と噂になるのと、意図的に噂を起こすのは違う。事実がどうあれ、それについて悪意をもって広げるなと俺は言っているんだ」

「俺が悪意を持って噂を流していると決めつけられるのは心外だね。それは風評被害じゃないのか?」

「では、相手を傷つけるような噂を何度も何度も繰り返し別の人間に聞かせて回るのは風評被害に当たらないのか?」

「おっと、これは一本取られたな」

「橋本、俺は別にお前が噂の出所だと言いたい訳じゃない。噂を広めるのを止めて、流した噂を取り消して貰いたいだけだ」

「勘違いするなよ。噂を取り消すも何もないんだ。噂は右から左へ、どこからともなく流れてくるから噂って言うんだよ。俺もまたその噂を聞きつけ、左へ流しただけのこと」

「あくまでも白を切り通すつもりか……」

 

 神崎としては、ここで橋本が自白して噂を撤回するのが理想だったのだろう。しかし、認めないのなら仕方ないと言わんばかりに、眼鏡をクイっと上げて橋本に向き直る。

 

「ここ数日、お前たちAクラスを徹底的に調べさせて貰った」

「へぇ、それで?」

「噂の出所は全て、2年Aクラスの男女数名であることに辿り着いた。そして、その数名に、噂をどこから聞いたのかと問い詰めると、決まって『覚えていない』、『どこかで聞いた』と曖昧な返答をした。今、お前が答えたようにな」

「へぇ、だとしたらどうだって言うんだ?」

「噂というのは人間同士が話すことで伝わる。当然、噂を聞いた人間がいるなら、伝えた人間がいるのが通りだ。しかし、お前たちから噂を聞いたという話は聞いても、お前たちがどこから噂を聞いたのかという答えは得られない。これはおかしなことだ」

「たまたま耳にした……ってこともあるんじゃないか?」

「だとしても、2年だけでなく1年や3年の殆どが、お前たちから話を聞いたと供述したのは事実だ。1人や2人ならともかく、両手で数えきれない生徒がお前たちから話を聞いたと言っているんだ。意図的に噂を流したと言われても仕方ないだろう」

「おいおい、言いがかりだろ。それは」

「言いがかり? 実際にお前は今も、噂をしていたと言ったじゃないか。それを何度も繰り返すのは悪意以外のなんだというんだ?」

「そんなことは世の中に溢れてるだろ。嘘だろうと本当だろうと、興味深い噂なら誰だって他人に話したくなる。そんな経験、女子なら男子よりもたくさんあるんじゃないか?」

 

 と、橋本はこちらにいる波瑠加や愛里を味方に付けようと話を振ってきた。波瑠加としても完全に否定は出来ないようで曖昧に頷いている。

 

「まぁ、確かに噂は好きだけど……」

「それは下世話であるほど、悲しいことに盛り上がるのさ。もう少し客観的に考えてみろよ神崎。一之瀬は噂を否定も肯定もせず、この噂に対して誰にも助けて貰おうとしていない。おかしいと思わないか? 嘘八百だって言うなら、出所を掴むために協力を要請すべきだろ?」

「だからこそ、こうして俺が動いている。そして、出所はお前たちAクラスだった。だが、お前たちは何も認めようとせず、こちらの噂を取り消して欲しいという要請も拒否している」

「だから噂ってのは消しようがないんだよ。俺は話をしただけだ。出所がAクラスと言われても思い当たる節はないしな。もしかしたら、お前の嫌いな龍園の仕業かもしれない」

「なら、この件についてオレは学校に問題として訴え出る。それでも、噂を撤回する気にはならないか?」

「おいおい、訴えてどうするんだよ。俺たちが噂を流したって証拠はないんだぜ?」

 

 最後通達と言わんばかりの神崎の問いにも、橋本は余裕の笑みでそう答えた。

 

 仮に問題になっても大きな罰は受けないと思っているのだろう。確かに、この噂を流した元凶であることは証明しようがない――が、神崎はその件を問題にしてはいなかった。

 

「そうだな。だが、お前らが進んで一之瀬の噂を広めていることは事実だろう。橋本、お前も噂をしていたことは自分で認めていたはずだ。そして、そんなお前から話を聞いたという生徒は同学年だけでも少なくとも10人を超える。学年全体で見ればもっと多い。どんなに噂をするのが好き言っても、異常と言っていい数だ。俺はこれを、お前たちが悪意を持って意図的に噂を広げていると判断した」

 

 神崎も馬鹿ではない。噂の元凶がAクラスだとわかっても橋本がそれを認めるとは思っていなかったのだろう。最初から神崎は、噂を流したことについてではなく、今流れている噂を広めるのを止めてほしい、取り消して欲しいとずっと訴えていた。

 

 しかし、神崎が何度頼んでも、橋本は噂を広めることを止めようとしなかった――これでCクラスは、『一之瀬の悪い噂を広めているAクラスに止めるように頼んでも受け入れられなかった』という大義名分を得ることが出来る。

 

 ここに来て、橋本も焦りを見せた。

 

 噂をしたことを認めたのは事実であり、神崎の要請を受け入れなかったのも事実だ。

 どれだけ噂をするのが好きだったと供述しても、噂についての対応を拒絶した以上、実際にAクラスの生徒が一之瀬の噂を何度も流していると学校が知れば悪意を持っていると取られてもおかしくはない。

 

 橋本特有の、相手に言質を掴ませないための曖昧なぼかし方が完全に裏目に出た形だ。

 

「わかったよ、神崎。噂をするのは止める。それでいいんだろう?」

「流した噂の取り消しもだ。それが出来ないなら学校側に訴え出る」

「神崎、さっきも言ったが噂ってのは消しようがないんだよ」

「あるさ。自分の話したことは嘘だった。そう言えばいい」

「俺に嘘をつけっていうのか?」

「時には嘘が人を救うことだってある。真実を明らかにして傷つく人が出るようにな。嫌なら構わない。学校に訴え出るだけだ」

「仮に俺が噂を取り消しても、噂が消えるとは限らないだろ」

「だが、拡大を防ぐことは出来る。ちなみに、この場だけ良い返事をして何もしなければ、その時点で俺は今回の件を学校側に訴え出るつもりだ。先程も言ったが、お前たちから噂を聞いたという生徒は山のようにいる。その生徒が知らないと言った時点で嘘とみなす」

 

 この問題を大きくすればAクラスが不利になる――それがわかっているからこそ、橋本は頷くしか出来なかった。

 何せ、噂を広めたのはAクラスなのだ。実際、神崎は証拠もある程度抑えている。オレたちという証人もいるし、下手に問題を大きくすればAクラスが罰を受けるのは目に見えている。

 

 もし、この場にいるのが坂柳であればこうも上手くはいかなかっただろう。神崎も、橋本の反応を予測して仕掛けてきたのかもしれない。

 それにしても、神崎は原作ではもっと甘いというか手緩い対応をしていたはずだが、橋本が明言を避けると踏んでのハメ技については見事としか言いようがなかった。

 

 ――と、内心で神崎を称賛していると、後にこれが帆波の指示だったことが判明する。

 

 どうやら帆波は、噂については一部真実があるということでこのまま無視して鎮火するのを待つことにしたようなのだが、予想以上にAクラスが火を焚くせいで帆波以外のクラスメイトが憤慨し、あわやクラス間同士での抗争にまで発展しそうになったらしい。

 原作以上に慕われているが故の想定外。

 ただでさえ龍園のクラスと断交状態なのにここでAクラスとも本格的に騒動を起こすのはまずいと思った帆波は、事態の消化とクラスメイトたちのガス抜きを兼ねて、今回橋本を罠にかける策を提案したと言うことだった。

 

 正直、あの帆波から他人を罠にかける策が出るとは思わなかったので少し驚いたが、本人も出来ればしたくなかったようで、「ご主人様の悪い性格が移っちゃったかも……」と、オレに責任を投げてきている。罰として猫耳と尻尾を付けてニャーニャー鳴かせてやった。

 

 おそらくだが、帆波も混合合宿で仲間を失いそうになった辺りから、このままではクラスメイトを守れないと悩んでいたのだろう。

 結果的に、オレの庇護を得ることを選んだが、そのオレのやり方を間近で見てきたことで、帆波にも鈴音たちのように考え方や能力に変化が出てきたのかもしれない。

 

 だが、味方を守るために、敵に容赦を見せないというのはいい方向の変化と言って良かった。

 

 これにより、坂柳も動きを一時的に止めざるを得ない。橋本は今頃、坂柳にグチグチと責められているだろう。相手に証拠を掴ませないという点で橋本は優秀だが、こういう時の機転がないから明言を避けることで逆にハメられる。

 今回の件で、坂柳も迂闊に橋本を使えなくなった。

 しかし、それで降参する坂柳ではなく、クラスメイトが使えなくなったのであれば、他の駒を使うまで――と、前回手に入れた下級生の駒を使って攻撃を再開しようとしていた。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 橋本を始めとするAクラスが噂を撤回する姿が見られ始めると同時に、『一之瀬帆波は犯罪者である』と、たったそれだけが書かれた紙が、各寮のポストに投函されていた。

 帆波もそろそろ動くべきが悩んでいるようだが、帆波自身が「間違ったことは書いてないんだよね」と、紙の内容を認めてしまっているが故に、大きく動こうとしていない形だ。

 

 だが、こういうのは本人が大丈夫でも周りが納得できないもので、何だかんだ付き合いが深い真澄辺りは、こうして帆波が陥れられているのが納得できないようで坂柳に文句を言いに行こうとしていた。

 とはいえ、仮に突撃した所で坂柳が素直に自分の行動を認めるはずがない。オレがそう言って止めると、真澄も「なんとかして!」と、真っ直ぐオレにお願いしに来ていた。

 

 普段、あまり素直にならない真澄だが、同じ窃盗を行っていたという過去を持っているのもあって帆波とはシンパシーを感じているらしい。

 

 日頃、あまり我儘を言わない真澄からのお願いとなれば聞かない訳にもいかなかった。

 まぁ、そうじゃなくてもそろそろ帆波を動かして事態を鎮静化するつもりではいたので丁度いい。このまま放置しておくと、信者作りだけでなく、夏のサバイバル試験にまで問題が波及しそうだったからな。

 

 では、どうやって解決するのか。噂には噂――と、いうことで、こちらからも噂を流していく。

 

 原作ではいろいろと多くの噂を流したが、今回は別だ。内容は今回の騒動の原因である坂柳について――『坂柳有栖は、理事長である父親の贔屓でAクラスになった』、『特別試験や学校の情報を常に不正入手している』、『理事長が謹慎しているのは不正が判明したため』と、適当なことを紙に書いて、各寮のポストに投函している。

 

 全くの事実無根だが、知らない人間からすれば疑ってもおかしくない話だ。特に坂柳は身体的なハンデを抱えている。にも関わらず、1年の始まりからAクラスだったのはおかしいと考える層がいても不思議ではない。

 勿論、身体的なハンデは坂柳にしてみればどうしようもないことではあるが、そういう全てを平等に判定するのがこの学校だ。その結果がAクラスで、常に成果を残している――これを父親からの不正があったからと考えるのは別に変ではないだろう。

 

 坂柳からすれば否定したい話――だが、否定した所で信じて貰えるかどうかもまた別の話だ。

 

 今回、坂柳はただでさえ帆波をハメようとしていた。それは明確な証拠こそないものの、大体の人間が察している話であり、そんな悪行を働いていた人間のスキャンダルが出たのだ。否定した所で信じようとする人間はまず出てこない。

 

 ――これで、噂の矛先は帆波から坂柳に向いた。

 

 さらにここで、追い打ちをかけていく。既に過去を克服している帆波は、原作のように引きこもるようなことはなかったので、PPで放送室を使用する権利を借りて過去の自分の罪を懺悔させてやったのだ。

 

 坂柳としては、帆波への誹謗中傷により、帆波を信じる人間に不信感を抱かせようという策だったのだろうが、帆波は敢えて自らの行いを認めた上で、過去を乗り越えると宣言し――逆に信者を増やす結果を作っていた。

 

 オレがこの噂を聞いた時、帆波に早期解決を指示しなかった理由がここにある。

 

 いくら信者になりつつあるとはいえ、関係性はまだ1か月ちょっとということで、一之瀬帆波がどういう人間かをしっかり理解しているのは同学年の生徒くらいだ。

 中には帆波を女神として神聖化している奴もいるが、盲信というのは信仰を武器とする上で諸刃の剣になりやすい。今回のように、帆波の土台が崩れた場合、崩壊の危険と隣り合わせだからだ。

 

 故に、まだ完全に信仰心が固まり切っていないこのタイミングで、一之瀬帆波は自分たちの手が届かないような眩しい存在ではなく、自分たちと同じように苦しみながら前に進もうとしているただの人間だとわからせることが必要だった。

 

 そういう意味だと、坂柳はこちらの妨害をしたというよりも、上手くアシストしてくれたと言って良い。

 

 どんな人間でも間違うこともある。けど、その間違いに囚われ続けるのではなく前に進む姿を率先して見せることで、自分もこんな人間になりたいという憧れが生まれ、帆波を信じる気持ちがより強くなる――土台を崩しても、崩れない力強さを手に入れることが出来るのだ。

 

 坂柳も、これ以上の攻撃は悪手だとすぐに理解したようで、自分の攻撃が失敗したとわかった時点で素直に撤退していた。現在流れている自分の噂のこともあり、これ以上はメリットがないと判断したのだろう。

 こうして、本来は1年生編の2月に行われるはずだった一之瀬潰しは、原作とはまた違う結果となって幕を下ろした。坂柳も帆波との一騎打ちなら負けなかったのだろうが、後ろにオレがいたことで思わぬ反撃を受けた形だ。

 

 しかし、世間的にも一之瀬が坂柳を退けた――というのは、各クラスを始めとして、いろいろと波紋を生む結果となる。そんな中、オレは坂柳から呼び出しを受けていた。

 

 場所はいつもの特別棟の3階。もはやお馴染みとなった集合場所で、オレと坂柳はいつものように一対一で向かい合っている。今回、後半の戦略がオレのものだったと、既に確信を持っているのだろう。

 

「実にお見事でした。目には目を、噂には噂を、まさか私への不信をここで突き付けてくるとは思いませんでしたよ」

「お前が帆波の噂を流していたことで、お前が帆波をハメようとしているという噂もまた立っていた。お前はどうでもいいことだと捨て置いたようだが、万全を期すなら龍園辺りも巻き込んでもっと話を大きくすべきだったな」

「そうですね。私が一之瀬さんをハメようとしている……そのイメージのせいで、私は私自身の悪い噂を払拭できなくなりました。龍園くんを巻き込んでいれば、そういう噂は彼が吸ってくれてもう少し動けたでしょうし、一之瀬さんを甘く見ていた私のミスです」

 

 坂柳は天才故に敵を作ることに対して頓着しない。内々に葛城のような爆発物を抱え込んでいても、自分なら対応できると考えるタイプだ。

 もっと正確に言えば、クラスメイトも駒としか見て居ない――だからこそ、こういう信頼がモノをいう問題が起きた時に、信頼を集めることが出来ないという弱点があった。

 

 おそらく、Aクラスのメンバーでも、心から坂柳のことを信じている人間はおらず、今回の噂を聞いても坂柳ならそういうことをしていてもおかしくはないと思っているはずだ。

 

 信頼を傷つけることで帆波の土台を崩そうとした坂柳だが、その坂柳もまた信頼を傷つければ土台が崩れかける――この事件で、こいつも何となくだが、真に信用できる駒が必要だと理解しただろう。

 

「一之瀬さんを信頼する人間を増やし、学年を超えた大きな派閥を作る……これは綾小路くんの考えですよね?」

「お前が論理を、龍園が暴力を武器にするのと同じく、帆波も帆波だけの武器が必要だった。それが、『信仰』だ」

「まるで宗教ですね。一之瀬さんを信じれば、世界は救われるとでも思っているのでしょうか?」

「そこまでは言わないが、はっきりとした自己意識や未来への展望を持たない者は意外と簡単に取り込める。中学を卒業したばかりで不安を抱える新入生や、希望を折られて将来について絶望している先輩なんかは、いいカモだったな」

「……成程、前回の試験で一之瀬さんが学力の低い下級生を多く救ったのはそういう」

「気づくのが遅かったな。いや、早すぎたというべきか……お前は、まだ派閥が完全に出来上がっていない今なら土台ごと崩せると考えたようだが、完全に出来上がっていないからこそ立て直しもまた容易だった。今回の件で、帆波への崇拝……いや、信頼はより一層深くなったぞ」

 

 結果として、手助けることになった。おまけに、自分への悪評はまだ収まっておらず、下手に動けない状況――坂柳も明確に自分のミスを理解したようで深く目を閉じている。

 

「ですが、収穫もありました。1年Aクラスの天沢一夏さん……彼女が新しいあなたの駒のようですね。彼女がポストに紙を入れているのを見たという生徒を見つけました」

 

 流石は坂柳、転んでもただでは起きない。今回、オレは坂柳の噂を広めるに当たって天沢を使ったが、しっかり尻尾を掴んでいたらしい。

 天沢には見つからないようにと指示はしていたが、流石に三学年の寮全てに紙を投函すれば見つかってしまっても仕方はない――が、これでTレックスお預け継続は決定だ。

 

 脳内の天沢が「そんなー! そりゃないよせんぱーい!」と、泣き叫ぶ姿が思い浮かぶが、ミスをした以上、しっかり罰は与えなくてはならない。

 

 とはいえ、オレと天沢が繋がっていることがバレてしまったが、仮にオレの仕業だとわかっても坂柳はこの問題を大きくできなかった。既に橋本が帆波にしてやられているので、もし坂柳が動いたらこちらも帆波を動かすだけだ。

 

 噂について互いに弱みを握りあっている今、どんなに問題を大きくしようとしても喧嘩両成敗で終わる可能性が高い。なら、今回はこれで終わりにした方が利口――坂柳が帆波から手を引いたのは、これ以上問題を大きくしても学校が出てくることが分かっているからだろう。実際、坂柳は天沢のことを口にしても、それを咎める言葉を口にはしなかった。

 

「お前も、何人か下級生の駒を抱えているだろう? それと一緒だ」

「そうですね。ここからの戦いは、自分のクラス以外の駒を上手く使うことも必要になってきそうです。そういう意味だと、一之瀬さんには先を越されてしまいましたが、私もこのまま黙っているつもりはありません」

 

 今持っている駒はあくまで捨て駒――しかし、ここから先の戦いには、坂柳が全権を預けるに足る信頼を持てる人間が必要になってくる。そうでなければ、原作のように他クラス全てから叩かれて敗北するだけに終わるだろう。

 

 このままいけば、体育祭、生存と脱落の特別試験、そして学年末試験と、原作通りにこの先坂柳はずっと一人で戦って一人で敗北するだけに終わる。

 それでは面白くない。

 坂柳がもっと早くに他人を信じる下地を作る。そういう意味では、今回の問題は帆波にとっても坂柳にとってもメリットがあった。ここからはまだ未知を見ることが出来るだろう。

 

「それでは失礼します。今回はいろいろ考えたいので、お部屋へのお誘いは――」

 

 と、口にした瞬間、坂柳を抱き寄せて、その唇を塞いでいく。何のかんの言い訳をつけて逃げようとしていたようだが、それでオレが逃がすと考えているなら甘い考えだ。

 坂柳も最初はムッとした表情を浮かべていたが、オレが自分の体に夢中なのは悪い気がしないようで、「……仕方ありませんね」と、イタズラをする子供を見るような視線を向けている。

 

 とはいえ、余裕を持っていられたのは最初だけであり、部屋に連れて行って事を始めてしまえば陥落するのはあっという間のことだった。

 学年が上がったとはいえ、これまで培ってきたものがリセットされるはずもなく、完全に癖がついた坂柳は、ちょっと体を撫でてやるだけで太腿をすり合わせてもじもじしている。

 

 前回は宝泉の件もあってお預けにされたが、今回はもう手加減なしだ。年度が替わって初のおしがま選手権――当然のように、坂柳がチャンピオンとなって、顔を真っ赤にしながら黄金の噴水を撒き散らしていた。

 

 

 




 原作との変化点。

・南雲の派閥から人間を奪った。
 現在1年Cクラスを中心に、新たに3年Dクラス、Cクラスの約半数が帆波教に加わった。

・本来なら2月に起きる1年生編9巻の事件が、時を超えて5月の2年生編2巻で発生した。
 原作での5月は、2週間程何もなく、その後も鈴音を南雲の生徒会に入れたり恵とイチャイチャしていたら天沢が乱入してきたりするイベントしかない。このSSでは既に南雲を倒して鈴音は生徒会入りしており、恵とも付き合っていないのでイベントが何もなかったので本来ならお気なかった事件をここで発生させた。

・事件発生の理由が違う。
 原作では、坂柳が清隆へのちょっかいのついでに帆波を追い込むが、このSSでは帆波の派閥を崩すために動いている。やり口は原作9巻のままなので未読の方は是非。

・橋本VS神崎
 原作では橋本の口に神崎が言いくるめられて終わるが、このSSでは帆波から秘策を預けられていた神崎が制している。帆波も原作のように闇落ちはしていないが、少しあくどいことを考えるようにはなってきた。

・結末が違う。
 原作では帆波自身に過去を乗り越えさせ学校側を介入させて強制終了したが、このSSでは既に帆波は過去を乗り越え済みなことや、この時点で坂柳の欠点を指摘するいいチャンスだったので、問題を坂柳自身の問題へとすり替えることでなぁなぁにしている。

・坂柳も学習した。
 今までは誰も彼もただの駒としか見ていなかったが、それだけでは今回のように動けなくなると学習した。もし、今回心から坂柳を信じてくれている生徒がいれば、帆波クラスのように無実を晴らそうと動けたかもしれないが、不信を感じている中無理やり動かせば後々の関係にも差し障りが出るため手を引いている。この一件で、坂柳の中に原作で真澄が退場してから得るはずの、誰かを信じるということのタネが植え付けられた。


 今話の登場人物一覧。


・綾小路清隆
 基本的にはノータッチだったが、真澄のお願いもあって最後だけ動いた。また、陰から帆波派閥の調整もしており、派閥の土台を頑強にしている。

・神室真澄
 原作ではこの事件でようやく清隆と本格的に接触するが、このSSではもう気の置ける関係なこともあって「どうにかして」とおねだりした。

・佐倉愛里
 原作通り、橋本と神崎の一件を見ていた。

・長谷部波瑠加
 原作通り、橋本と神崎の一件を見ていた。

・坂柳有栖
 清隆が介入してくるのはわかっていたが、まさかこんな手を打ってくるとは思わず後手に回った。原作のように帆波を立ち直らせる動きを読んでいたが読み違えた形。前回はお預けになったおしがま選手権で再びのチャンピオンとなった。

・一之瀬帆波
 去年、もう悩みを解決して貰ったので、今回の件は全く気にしていない。むしろ、その通り過ぎるので好きにさせていたのだが、クラスメイトの方が我慢出来なさそうだったので秘策を授けた。自身の変化は清隆のせいだと思っており、責任を擦り付けたら痛い目を見ている。本人にしてみれば、気が付いたら派閥が強化されていたという感じ。

・天沢一夏
 流石に3学年全ての寮に手紙を入れたので姿を見られた。仮に姿を見られていなくても、何だかんだ理由を付けてTレックスはお預けだった。

・三宅明人
 前回は空気だったので、今回はいない啓誠の分も目立つため仲裁を頑張っている。

・橋本正義
 原作通り噂を流していたら、帆波クラスに嵌められた。こんなことになるとは思わず、完全に油断しており、失敗を坂柳にグチグチとなじられている。

・神崎隆二
 原作以上に帆波を信頼していることや龍園クラスのこれまでの悪行も有り、Aクラスの今回の件に過剰反応している。結果、勝利を勝ち取ってさらに帆波に信を置いた。


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