夏のサバイバル試験に向けて各学年の各クラスが動きを見せる中、2年は原作と違って思うようにグループが出来上がっていなかった。
と、言うのも、前にも言った通り、原作と違って龍園クラスと帆波クラスがお家断交状態であることに加え、先月帆波クラスは坂柳クラスとも大きな揉め事を起こしている。それがグループ作りにも影響して、なかなかクラス同士で交流を持てない状況を作っていた。
桔梗が忙しくしているのもやはりこのせいであって、思った通り各クラスの仲裁役として動いているのだ。
今回のサバイバル試験は、CPのデメリットの都合上、同学年は仲間である側面もあるので、このままグループが出来ないのを見逃すわけにはいかなかったのだろう。
勿論、桔梗が表向き、相談を受けたら断れないキャラクターをしているというのもあるが、それでもクラス間の壁は厚く、なかなか協調性が取れないのが現状と言って良い。
もし、そのような問題がなければ、トップを走るAクラスとの差を埋めるために、BCDで連合軍を作ったり、下位クラスが上位に上がるためにCとDが組んだり――と、いろいろあったのかもしれないが、今では各クラスだけで纏まったグループがいくつかと、問題を起こしていないうちのクラスを交えたグループがいくつか出来上がっているだけだ。
龍園も、特に帆波クラスとの関係を改善するつもりはなさそうな上、坂柳とも組むつもりもないようで全く動きを見せていない。
坂柳も、龍園から動くならまだしも自分から動くつもりはないようだし、原作のように帆波と手を組もうにも、後ろにオレがいるとわかっているので迂闊に動けないという様子だ。
とはいえ、表向き見ているだけの話なので、もしかしたらオレが知らない内に二者が手を組んだという可能性は十分にある。
それならそれで面白いのだが――と、考えていると、昼食の時間に、雪がふと「そういえば、最近Aクラスの森下さんに話しかけられたんだよね」と適当な世間話をし始めた。
それを聞いた愛里も「あ、私も」と声を上げる。
森下藍――Aクラスの生徒で、原作でも二年生編の後半に出てきた人物だ。坂柳に盲信的に従う人間が多いAクラスの中でも独自の考えを持っており、いい意味でも悪い意味でも不思議な人間で、クラス内でも去年までの真澄と同じように浮いていた女である。
森下は、原作だと2年の冬にBクラスに上がってきたうちのクラスに興味を持つが、この世界では既にうちがBクラスなので動くのが前倒しになったらしい。
今の所は、1年次と2年次でOAAの評価が大きく変化した人物や、特にOAAの評価が高い人物をターゲットにしているようで、セフレの中だと雪や愛里が話しかけられていた。それ以外だと、原作通りに須藤や高円寺も標的になっているかもしれない。オレはどうかな――と、思っていると、丁度森下の話をした日の放課後の帰り道に声をかけられた。
「待ってください」
いつもの帰り道、呼びかけられたので振り返ると、やはり森下と思わしき女子生徒が立っており、何を考えているか読みづらい視線でジッと見つめられる。
続けて、「綾小路清隆ですよね?」と、原作通りこちらをフルネームで呼び捨てにしてきたかと思えば、「少し話があります」と、こちらの予定も確認せずに背を向けて歩き始めた。
が、別に着いていくとも言っていないので、そのまま背を見送ると、オレが着いてきていないと気付いた森下が、特に表情を変えずにこちらに戻ってくる。
「話があります。ここでは目立つので、少し場所を変えましょう」
今いる場所は、学校、寮、ケヤキモールの丁度中心地点ということもあって、人の通りもそこそこ多い。実際、森下も人通りの多いここでならオレを捕まえられると考えたからこそ待ち伏せをしていたのだろう。
とはいえ、先程も言ったが、別に行くとは言っていないので、そのまま背を見送る。と、再びオレが着いてきていないと気付いた森下が、またも表情を変えないままこちらに戻ってきた。
「場所を変えさせてください」
そう言って、半ば無理やりに手を引っ張られる。思ったよりも強引な性格をしているようだ。
「……綾小路清隆は耳が遠いのですか?」
こちらに振り返らずに、手を引いたまま森下がそう問いかけてくる。原作通り、丁寧な言葉遣いではあるが少し高圧的に感じる話し方だ。
「初対面にしては酷いことを言うな」
「話があると言っているのに無視されましたから」
「オレは了承の返事をした覚えはないぞ。名も名乗らないやつの言うことを聞く必要もないしな。お前が勝手に声をかけて、勝手に去っていっただけだ」
まぁ、特に用事がある訳ではなかったので、別に着いて行っても良かったんだけどな。
ただ、意地悪した時の森下の反応が見てみたかったので黙って様子を見ていただけだ。
「改めて聞くが、初対面だよな?」
「そうですね。話をしたことはありません」
「で、どこに行くつもりだ?」
「周囲に人がいない場所が好ましいです」
「なら、オレの部屋に来るか?」
「初対面の女性を自分の部屋に呼ぶというのはどうかと思います」
「やましい気持ちがなければ問題ないだろう。それとも、森下はその気があるのか?」
「いえ、ありません」
まぁ、そうだろうな。オレはやましい気持ちがありありだが、森下はあくまで興味本位でオレに接触しているだけで、特に好意を持っているという訳ではないだろう。
「ですが、男は狼と言います。私もか弱い女性なので、一応身の危険には気を付けています」
「そうか、残念だ。丁度、いい紅茶が手に入ったんだが……」
「それならご馳走になるのも吝かではありません」
おい、身の危険はどうした?
「いいのか? 警戒していると言っていたと思うが?」
「私は容姿端麗眉目秀麗で、男子から見ても美形の部類に入ると自負していますが、Bクラスでもたくさんの女子に囲まれている綾小路清隆が、わざわざリスクを冒してまで手を出してくることはないと判断しました」
いや、手を出す気満々だが――まぁ、森下が納得したならそれでいいか。仮に、部屋に呼び込めた所で、森下次第では今日どうこうするような話にはならないかもしれないし。
「ちなみに眉目秀麗は、基本的に男に対する誉め言葉だぞ」
と、ツッコミを入れつつ、改めて二年生の寮に向かって歩くことにした。
しかし、目的地も決まって、オレも逃げる素振りを見せている訳ではないのだが、森下は相変わらず手を離すつもりはないようで、こちらをリードするかのように真っ直ぐに歩いている。
「聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「わざわざオレの部屋にまで来て何を話すつもりなんだ?」
「決めてません」
「決めてないのか」
「話の内容は決めていませんが、綾小路清隆とは以前から話をしたいと思っていました」
原作と違い、オレは去年から実力を隠していないので、OAAの数値的に大きな変化はない。
正直、森下が興味を示すような何かがあるとは思えないのだが、どうやら森下からするとそんなことはないようだった。
「以前からとは?」
「明確な興味を持ったのは学年末試験からです。あなたは坂柳有栖に勝った男ですから。それに、前回の特別試験でも2年生の中で唯一の全問正解者。今も、次の特別試験を攻略するに当たって、誰もがあなたを獲得しようと考えている。これで、興味を持つなという方が珍しいでしょう」
確かに、こうやって明確に理由を上げられると、むしろ接触してこない方がおかしいか。
「そんなに不思議ですか? 私が声をかけてきたことが……」
「まぁ、そうだな。森下とはこれまで接点がなかったしな。正直、顔は知っていても名前は憶えていないレベルの距離感だったと思っている」
「そうですね。去年の終わりまでは、私も綾小路清隆の名前は知っていても顔は知らないという感じでした」
「オレもだ。最近はうちのクラスの生徒に声をかけていると聞いて名前は知っていたが、もし知らなかったら警戒して話をすることはなかったかもしれないな」
と、言うと、ようやく互いに自己紹介すらしていないことに気付いたのか、「私も私ですが、綾小路清隆も変人ですね」と、なかなか失礼なことを言ってきた。
だが、常識で言えば、自分の要求だけ突き付けて自己紹介もしない知らない女とお茶をしようとは思わないだろうし、そう言われても仕方のない部分はある――が、無理やり手を引いているのは森下なので、「お前にだけは言われたくないな」と返しておいた。
◇◆
そんなこんなで寮に着くと、森下は普通にオレの部屋までやってきた。当然ながら女子を迎え入れるのは初めてではなく、むしろオレの部屋はたまり場になることもあるので、クッションなどもそれなりに揃っている。
紅茶についても、口から出まかせを言った訳ではなく、Tレックスのご褒美を欲しがる天沢がオレのご機嫌を取ろうとやたらと高い茶葉を買ってきてくれたのだ。
「意外ですね。男子の部屋はもっと散らかっている印象がありました」
「散らかってた方が良かったのか?」
「いえ、こうして片付いていた方が清潔感があっていいです。それに、クッションも柔らかくてなかなかセンスがあります」
森下がポンポンと叩いているのは、セフレたちが適当に買ってオレの部屋に置いて行ったものの一つだった。女子が選んでいるので、当然ながら女子受けもいい。
とりあえず、お湯を沸かして紅茶を入れる。飲み物については多種多様というか、セフレたちの好みがいろいろあるので、コーヒーから紅茶、緑茶など幅広く取り揃っていた。
「砂糖とミルクは?」
「マシマシでお願いします」
ラーメン屋でトッピングをするかのような返事を受けながらも紅茶を用意していく。
ついでに、いつ客が来ても良いように買っておいた茶菓子のカステラを用意して、改めてリラックスして部屋を見ている森下へ紅茶を持っていってやった。
「ありがとうございます。おもてなし感謝します。良きに計らえ、です」
「ちなみに、良きに計らえは思うように行動しろとか自分で判断しろって意味で、労いの言葉じゃないぞ」
「細かいですね、綾小路清隆は。感謝しているのですから素直に受け取ってください」
そう言いながら、森下はホクホク顔でカステラを頬張っていく。先程までほぼ無表情だったが、わかりやすく美味しさが伝わってきた。
「それで、話をしたいってことだったが、愛の告白でもするつもりか?」
「綾小路清隆相手ならそれも悪くないかもしれませんが残念ながら別件です。今回の特別試験は他クラスと交流をしても大きな問題になりにくいものですので、この機に乗じてそちらのクラスのことを知りたい――と、そんな欲求に駆られたのですよ」
真澄が居た時もそうだったが、Aクラスは意外と排他的な思考を持つ生徒も数人いるので、下手に他クラスに接触しようとすると裏切り者として扱われると思ったのだろう。
だからこそ、他クラスに話しかけても問題ないこの特別試験の準備期間を使って、原作のイベントを前倒しにしてきた――だとすると、原作通りこれは森下の独断であり、坂柳を始めとした他人の意思は介在していないと見て良かった。
「それに、こうして親しくない人に声をかけるのは初めてではないです。一昨日は佐倉愛里と須藤健、昨日は椿雪と高円寺六助に話しかけましたので」
言外に、お前のことが好きな訳じゃないから勘違いするなと釘を刺された気分だ。まぁ、実際その通りだろうし、こちらも別に森下の一目惚れという線は全く考えていなかったが。
「高円寺六助にも聞かれたので先に答えますが、これは全て私の独断です」
「ふむ。Aクラスも坂柳の指示だけで動く生徒ばかりではないということか」
「それは私にはわからないことです。他の人と思考は共有していませんし」
「真澄も、Aクラスにいた時は中立派だったと聞いた」
「神室真澄ですか。そういえば、彼女は綾小路清隆のクラスに移動したんでしたね」
「真澄からもお前の話はあまり聞かなかったが、その感じだと特に親しいって訳でもないみたいだな」
「彼女は私よりもクラスの批判の視線を浴びていましたからね。下手に慣れ合うと、私までターゲットにされかねませんでした。まぁ、興味がないというのもありましたが」
逆に、もし森下がそんな視線を気にせずに真澄に気をかけていたら、もしかしたらクラス移動はしなかったかもしれないな。
「今、私の興味は虎視眈々とAクラスを狙うあなたたちBクラスにあります」
「そんなにうちに興味があるのか?」
「元は80CPしかないDクラスだった綾小路清隆のクラスが、たった一年で700近いCPを稼いでBクラスまで上がってきたのです。私たちAクラスからすれば警戒するのは必然。だからこそ興味も出てきました」
「だが、探っている相手がオレや雪、愛里に須藤、高円寺なのはどうしてだ? Bクラスを詳しく探りたいなら、リーダーの桔梗や洋介辺りに接触した方がいいと思うが……」
と、疑問を返すと、森下はよくわからない方向を見ながら紅茶を口に含んだ。
「最初は私もそうしようと考えました。しかし、ある筋からあなたが裏でBクラスを動かしているという話を聞きまして。学年末試験や前回の特別試験の結果から見ても、不思議ではないので先んじて接触しようと思ったんです」
橋本がオレの様子を探りだしたのを森下も気づいたと言うことだろう。坂柳がその辺りを森下に漏らすとも思えないしな。
「ですが、能力的に見れば椿雪や高円寺六助も黒幕候補に入りますので事前に調査しました。佐倉愛里と須藤健に至っては、OAAの数値が一年次と大きく変わっていたので目立っていたのが気になった形です」
「成程な。で、直接会ってみてどうだ? オレは黒幕足りえたか?」
「可能性は十分にあるかと。少なくとも、綾小路清隆はやはり相当の脅威となりそうです」
正直、多少の会話とお茶をご馳走しただけで、何がわかるのかよくわからなかった。
当然ながらオレは裏を見せるような素振りや仕草は見せていない。が、それでも何かがわかったようで、森下はうんうん頷いている。
「オレのどこを見てそう思ったのやら……」
「私なりの分析です。少なくとも、私程度では手も足も出ないくらいに女性経験は豊富そうです」
そう言って、森下は残りの紅茶を飲み干した。そのまま、先程とは打って変わってジッとこちらの目を見つめてくる。探りを入れられているのか、それとも何か確信を持っているのか――とりあえずは、しらばっくれて様子を見てみることにした。
「……女性経験豊富? オレがか?」
「綾小路清隆のことを調べると、不自然なくらいに常に別の女性が傍にいます。最初は椿雪、次に堀北鈴音、櫛田桔梗、神室真澄に一之瀬帆波――クラス内外問わず、10人は超える女性と共にいる姿が多くみられる。ですが、最初にも言いましたがこれは不自然です」
「不自然とは?」
「男性には理解しづらいかもしれませんが……女性は普通、男性のようにハーレムという存在を受け入れません。一人の男性を愛したら、その男に他の女が近づくのを拒絶するものです。しかし、綾小路清隆の周りの女子は不自然なくらいに仲がいい」
と、話しながら、森下が空になった皿とカップをこちらに出してくる。おかわりかい。
「別に付き合っている訳じゃないからな」
「なら、なおさら不自然です。仮に、女子側が一方的にあなたに惚れているだけだとしても、普通はあなたを巡って争いが起こるでしょう。互いに牽制し合ったりアピールをしたりと、どうやったって女性間の仲はギスギスするものです」
確かに、うちの場合は雪を始めとしたセフレ初期組が上手くセフレ間の争いを防いでいる。それが、常識的に見た場合は不自然に見えるということか。
「しかし、誰も喧嘩をしていない。いえ、告白すらしていない。これは明らかに統制された動きに見えます。女王蟻が働き蟻に指示を出している」
蟻って。
「そもそも、あなたと女性たちの距離感はとても男女間の関係にないものには見えません。女性は気を許した男性とそうでない相手に見せる表情が違います。交際関係にないというのであれば、後はもう体の付き合いをしていると考えるのが普通でしょう」
「……いや、その発想の飛び方はおかしくないか?」
普通に考えれば、女性は意中の男が別の女と体の関係にあるのなら怒りを持つものだ。
森下の理論であれば、もしオレが10人を超える女子と肉体関係にあるのなら、男女交際を狙う時以上にギスギスした関係になっていないとおかしい。
まぁ、実際は森下の推測で間違いないんだが――
「おかしくはありません。綾小路清隆の綾小路清隆で女性が全員わからされてしまった――と、考えれば、女子側が騒動を起こそうとしないのにも理屈が通ります。つまり、あなたの寵愛を受けられなくなるのを恐怖している訳ですね」
「それこそ、ハーレム以上に現実感がないと思うが?」
「私も最初はそう思っていました……ですが、この部屋に来て、その考えが正しいのだと確信出来ました」
「どういうことだ?」
「消臭には気を使っているようですが、部屋から女の匂いがします。まぁ、普通の人は気付かないかもしれませんが、私クラスになると十分にかぎ分けられるものです」
匂いか。基本的に、行為後は換気や消臭をしているつもりだが、もしかしたら女子にしかわからない何かがある可能性は十分にある。ハッタリとは言い切れなかった。
「女性が頻繁に部屋に来ているのはおかしくありませんか? 交際関係にはないのに」
「仲間内で集まることだってあるだろう」
「なら、消臭する意図がわかりません。別に卑しいことがないなら消臭など必要ないでしょう」
確かに、これが男だけならまだわかるが、女子が相手なら消臭する意味は薄い。自ずと、匂いが残るとまずいことをしているという証明になる。
「ふむ、それで?」
「男子の部屋に女性の匂いの名残があり、尚且つその匂いを誤魔化そうとしているという時点で、私の考えが正しい証明になるのでは?」
「確かに、そうかもしれないな――で、お前はそれを暴いて、自分が襲われないとでも本当に思ったのか?」
きょとんとした顔をしているが、弱みを掴まれた以上はこちらも弱みを掴み返す必要がある。原作通りの性格なら、森下に脅しが効くかは半々だが、下手にオレの噂を流されるのはこの先女を食べていくに当たってあまりよろしいことではなかった。
「綾小路清隆は私の体に興味があると?」
「あるかないかで言えばあると言って良い」
「私とあなたは今日初めて会ったのですが……?」
「愛情と性欲は違うものだろう」
「……もしかして今ピンチですか?」
「もしかしなくても、男子の部屋に女子が一人で来た時点でピンチだと思うが?」
と、返すと、森下は変わらぬ眠そうな瞳をこちらに向けて何やら頭を悩ませている。
「……どうせ、逃がすつもりはないんですよね? なら、諦めます。私では綾小路清隆に抵抗するのはまず不可能なので」
まるで拳銃を突きつけられたかのように、森下が両手を挙げた。どうやら、彼女の中ではもうオレに食べられることが決まってしまっているらしい。
「随分と諦めが早いんだな」
「あなたの人畜無害そうな顔に騙されました。男は狼だと言うのをもっとまじめに考えておくべきだったと今では後悔しています」
「決め手は匂いって言ったな。なら、紅茶を準備している間に逃げることも出来たんじゃないのか?」
「私の記憶が正しければ、あなたは常に私の一挙手一投足をつぶさに観察していました。この部屋に入った時点で私に逃げ場はなかったはずです」
正解――とはいえ、本当に嫌なら森下もなりふり構わずに逃げる素振りを見せるはずだ。悲鳴の一つでもあげれば、ワンチャン隣の住人が気づいてくれる可能性はゼロではない。
にも関わらず、わざわざオレの秘密を暴いてこうして素直に食べられるのを待っているのは、この状況から逆転する一手があるか、それとも食べられること自体を期待しているかの二択だ。そして、森下の性格を考えればおそらくは――
「紅茶に心を奪われたわが身の未熟を恥じるのみです」
これは誘いだ。まず間違いなく、森下は携帯か小型のビデオカメラか何かで、今の状況を記録している。その上で、オレに食べられる直前まで事を進めて、無理やり襲われたという弱点を握るつもりなのだろう。
そもそも、最初は男子を警戒している素振りをながら紅茶一つで無警戒に男と二人きりになるというのがおかしい。
「紅茶だけじゃなくてカステラもドカ食いしてたけどな」
「出されたものを残すのは礼儀に反します」
やはり、おかしかった。部屋に来てすぐにオレが危険な存在だとわかっていたのなら、あんな呑気に茶菓子や紅茶を楽しむとも思えない。
原作でも森下は意外とAクラスのために動いていた節があるし、いろいろと原作といろいろ変化している今の状況が、森下に強硬策を考えさせてもそこまで不思議ではなかった。
「……どうしました? 何もしないのですか?」
まるで物的証拠を欲しがるようにそう誘いをかけてくる。なら、お望み通り手を出してやろうじゃないか――と、言うことで、森下をお姫様抱っこしてベッドまで招待した。
その上で両手に手錠をはめて動けなくした上で、制服の中に隠してあった携帯と、胸元に付けられていたボタン型の小型ビデオカメラを回収してやる。やはり、記録媒体は持っていたな。
「……バレていましたか」
前に桔梗や茶柱をハメる際に、ペン型のビデオカメラを用意した時に、他に使えそうなビデオカメラも一通りチェックはしている。当時はPPの都合で買えなかったが、一番小さく胸元に付けて使いやすいボタン型のビデオカメラは印象に強く残っていた。
「少し積極的過ぎたな。誘いがあからさますぎだ」
「綾小路清隆と女子との関係を考えれば、少し状況を後押ししてあげれば尻尾を掴めると思ったのですが……」
「どうやらオレのことを随分探っていたみたいだな。そこまで警戒されるほど何かをしたつもりはないが?」
「ご冗談を。綾小路清隆が坂柳有栖を打ち負かしたことで、私たちの立場も盤石ではなくなりました。橋本正義も裏切りの準備をしていますし、強引にでもあなたを抑えて状況を良くしたいと思うのはおかしなことではないでしょう」
原作だと、森下は橋本が裏切る情報を得てもそれとなく探るだけで大きく動いてはいなかったが、それだけ学年末試験で坂柳がオレに敗北したというのはこいつの中で大きなことだったということか。
「お前がクラスのためにそこまで動くとはな。正直意外だ」
「クラスの為というよりも、私の為です。Aクラスである以上、Aクラスで卒業したいと考えるのは当然のことです。今までは坂柳有栖が指揮を執る限り、私が無意味に出張ることもないと思っていましたが、5月に起きた一之瀬帆波との一件でAクラスへの風向きも悪くなりました。下手をすると今回の無人島サバイバル試験で降格も有り得ます」
今、BクラスとAクラスのポイント差は200ちょっと。確かに無人島試験の結果次第ではクラス入れ替えが起きてもおかしくなかった。
原作ではAクラスが2年の終わりまで独走気味だったからこそ動かなかった森下が急にここまでアクティブになったのは、追い詰められているという危機感から来ていたらしい。
「ですが、確かに事を急ぎ過ぎたかもしれません。結果、こうして藍ちゃんは大ピンチになっています」
「にしては余裕があるな」
「一応、保険を打っておきましたから」
森下がそう不敵な笑みを浮かべると同時に、部屋のインターフォンが鳴らされる。確認すると、Aクラスリーダーの坂柳がオレの部屋の前に立っていた。
「成程、保険っていうのはこういうことか」
「万が一の時のために、事前に坂柳有栖へ救助のメールを送っておきました。流石の綾小路清隆も彼女が来ては私を好き勝手には出来ないでしょう?」
「……それはどうかな?」
確かに、普通に考えれば救助が来た時点でゲームオーバーだ。しかし、救助者が坂柳であるなら、残念ながらゲームは続行と言わざるを得ない。
余裕の声を出すオレに対し、疑問の様子を見せる森下を置いて、坂柳を部屋に迎え入れる。どうやら救助のメールは、オレの部屋にいることと、助けに来て欲しいことしか書いてなかったようで、状況を確認するなり坂柳は「なるほど」と声を上げた。
「森下さんは綾小路くんにしてやられてしまった訳ですね」
「イエス。救助を要請します」
「助けてあげたい所ですが、人選が良くありません。この状況では二人まとめて美味しく頂かれてしまうだけでしょうから……」
そう、ここに一人でも他人が居れば話は別だったが、坂柳だけなら全く問題にはならない。
当たり前のように、坂柳の腰を抱いて唇を合わせていく。その瞬間、森下の目が大きく見開かれた。そして、自分の計算が間違っていたことを察して静かに目を閉じる。
「……綾小路清隆と坂柳有栖は裏で繋がっていたんですね」
「そんな凄いもんじゃない。ただのセ〇クスフレンドだ。クラス間の戦いに関しては真面目にやってるぞ」
「ええ。次の無人島試験でも、遠慮なくぶつからせて頂きます」
「なるほど、変な関係なんですね」
あくまで体の関係だということは森下も理解したようだが、同時にもう逃げ場がないというのもわかったのだろう。先程までの自信が嘘のように、諦めの表情を浮かべている。
「森下。坂柳を巻き込むつもりだったなら、最初の段階から相談すべきだった。自分一人で何とか出来るとタカをくくったお前の負けだ」
「今度こそ本当にどうしようもないみたいですね」
「諦めるのか?」
「坂柳有栖が機能しない以上、私に勝ち目はなくなりました。それに、こういうことに興味がないと言えば嘘になります。こうなったら、開き直って楽しむくらいが丁度いいのかもしれません」
そう言って、森下はさぁこいと言わんばかりに胸を張った。では、お言葉に甘えて美味しく頂いていく。
興味がない訳ではないというのは嘘ではないようで、森下は意外と反応が良かった。
流石に声を出すのは恥ずかしそうにする素振りを見せるが、アロサウルスくんをプレゼントしてやると、我慢できずに「んっ、ふぁっ」と、可愛い声を出しながら腰をカクカクさせている。
また、坂柳も真澄以外と一緒というのは初めてだが、自分よりも経験のない森下に少し威厳を見せようと自慢の奉仕テクニックを披露していた。
しかし、既に下半身はこれまでの経験ですっかり雑魚になってしまっているので、少し撫でてやっただけで森下に負けず劣らず腰をカクカクさせている。
途中、史上初となる二人でのおしがま選手権を開催してやったが、当たり前のように坂柳が余裕の二連覇を成し遂げていた。
得意技である黄金の噴水を披露すると、森下が「坂柳有栖は刺激に弱いのですね」という嘲りを返している。
流石に坂柳もこれにはムッとしたようで即座に仕返ししていた。舌の使い方は坂柳の方が上手いので、森下もされるがままになっている。最終的には、森下自身も黄金の噴水を無理やり披露させられ、無事におしがま姉妹となっていた。
結果的に、風呂場が少し匂ってしまったが、体の付き合いを持ったことで坂柳と森下は少し仲良くなったように見える。原作では坂柳と森下が仲良くしている描写はほぼなかったが、もしかしたらこれを機に仲良くなると言うこともあるかもしれないな。
しかし、今は目の前の二人を美味しく頂くのが優先だった。森下も意外と悪くない気分のようで、Tレックスをプレゼントすると、いい声を上げて体を震わせている。
こいつも割と自由人なのでセフレにするのはまず無理だと思っていたが、たまに気が向いた時に体を重ねる程度の関係は持ってもいいと思ったようで、朝帰る時には「気が向いたらまた来ます」と言いながら、フラフラの坂柳を支えて女子の階に戻っていった。
原作との変化点。
・森下が接触してきた。
原作から約半年前倒ししている。とはいえ、原作とポイント推移や各クラスの立ち位置も違うのでもっと早くてもよかったくらい。
・強硬策。
清隆の弱みを握りつつ、橋本の裏切りを阻止するという一石二鳥の策を考えていたが、清隆には通じなかった。また、保険として用意していた坂柳も、清隆との関係性を見抜けずに保険にならずに終わっている。
・おしがま姉妹になった。
鈴音と桔梗もそうだが、この作品は裸の付き合いをすると仲が深まる他とは違う親睦法が存在するため、坂柳と森下もまた原作とは少し違った関係性になった。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
予想外の森下実食に驚いたが、据え膳食わぬは男の恥ということで美味しく頂いている。
・椿雪
森下の情報を持ってきた。いずれ、清隆に食べられるんだろうなぁと直感している。
・佐倉愛里
この1年で人見知りもそこそこ改善の兆しを見せており、少なくとも一見で逃げることはなくなった。森下も女性ということもあり、少しつっかえながらもちゃんと話が出来ている。男子だったらもう少し話せなかったかもしれない。
・森下藍
原作を前倒しにして清隆に接触してきた。最終的には食べられてしまったが、今まで見たことのない坂柳の一面や、普段との違いを見て思う所もあり、次の日は坂柳とついでに山村も呼んで、心行くまで語り合っている。
・坂柳有栖
今回は被害者。だが、その後に森下と会話したことで見えたものもある。5月の件もあって、いろいろ考えていたことが少しずつ繋がったような気がした。山村は完全な巻き込まれ。