この学校に来て女を食べてからわかったことだが、ピロートークというのは意外に人間同士の仲を深めてくれるものだった。
雪然り、神室然り、そして櫛田然り、行為の後に一緒にベッドで横になっていると、そういう気分になるのか、ぽつぽつと自分のことを話し出す。櫛田の場合は、原作でも言っていた己の過去の行いや自分自身についてだった。
「……優秀な綾小路くんならあるよね。勉強とか運動で一番になった時、凄いなぁとか、格好いいなぁみたいな、尊敬の視線を受けたこと」
「身に覚えはあるな」
「じゃあ、分かると思うんだけど、そういう他人にはない自分だけの価値を感じる瞬間って最高だと思わない?」
櫛田の問いに頷きを返してやる。
実際、小テストで一番になった時、水泳の授業で一番になった時、まさにそういう視線を受けてきたので、櫛田の言いたいことはわかるような気がした。
「私はね、そういう気持ちが人よりずっと強くて依存してる。自己アピールをしたくて仕方ない、褒められたくて仕方ないの。けど、私は自分の限界を知ってる。どれだけ頑張っても勉強やスポーツで一番にはなれない。でも、二番や三番じゃ駄目。一番じゃないと欲求を満たすことが出来ない……」
それが櫛田の根源――原作でも記されていた『承認欲求の化け物』というやつだな。
「誰にでも真似できないことをしないと、私は一番になれない。だから人に優しくすることにしたの。誰よりも優しく、誰よりも親身になれば、その分野では一番になれるから」
そうして、『櫛田桔梗』という、誰にでも優しいキャラクターが生まれた訳か。
実際に、今Dクラス内で人気投票をすれば、櫛田が一位になるだろう。それだけ、Dクラスで櫛田という存在は大きくなっている。
「私は人気者になった。優しくすることで、男子にも女子にも好かれて、頼りにされたの。信頼されることの快感を知った……小学校や中学校は楽しかったなぁ」
「だが、楽しいことだけではなかったんだろう? もしそうなら、お前はあんな場所でストレスを吐き出しはしないはずだ」
「そうだね……私は根が善人じゃない。だから、自分と違う自分を演じるのは凄い苦痛だった。毎日、禿げそうになるくらいストレスをため込んで、苛立ちから体調を崩して……だけど『優しい私』を維持するためには、そんな姿を誰にも見せられない。だから耐えて耐えて耐え続けた」
苦しかった――と、渋い表情を作る櫛田。
最初はぽつぽつと話していたが、話している内に段々とノってきたようで、今では進んで自らの悪行を話している。
「けど、貯め込み続けるなんて無理だった。心が限界だった。だから、私はブログを始めたの。誰にも言えない、内に秘めたストレスを全部吐き出せるのはそこしかなかった」
「成程、不特定多数に見える場所で、今日のように他人の悪口を書いた訳か……」
「勿論、全部匿名だよ。だけど、ありのままの事実を書いた。日頃のストレスを全部ぶつけたの。そしたらスッと溜飲が下がったんだ。私のことを知らない第三者からの励ましの言葉は本当に嬉しかった」
「話が見えてきた。バレたんだな?」
「うん。偶然だけど、クラスメイトが私のブログを見つけちゃってね。幾ら登場人物の名前を伏せても、書いてる内容が事実だから気づかれちゃった。みんなの悪口を見つけられちゃったんだから、嫌われちゃうのも仕方ないけどさ」
自嘲するようにそう笑っていた。過去の自分の無様さに笑う以外ないのだろう。
「翌日にはクラスメイト全員にブログの内容が拡散しててさ。全員が私を責め立てた。今まで散々私に助けられてきたのに全部手のひら返して。身勝手だよね」
「……で、クラス全員を敵にしたお前はどうしたんだ?」
「私は何もしてないよ。ただ、『真実』を話しただけ。『嘘』をついても切り抜けられないし、力の弱い私は『暴力』にも訴えられない。だから、クラスメイト全員の秘密を全部ぶちまけたの。誰々は誰々が嫌いだよとか。ずっと気持ち悪いと思ってるよとか。ブログにも書いていなかった真実をね」
原作でのオレは、櫛田の『真実』を、信頼を失うことと引き換えに得る諸刃の剣と称したが、その威力は話を聞くだけでも伝わってきた。
「そしたら、私に向かってきていた刃の殆どが、憎い相手に向けられるようになった。男子も女子も殴り合いや引っ張り合いを始めて教室の中はもう大パニック。あれは本当に凄かったなぁ」
「クラスの内情……それも人間関係が壊れた以上、そのクラスはもう機能しない。いやはや、凄まじいな。お前が使った武器は」
「私も学校に責められたけど、やったのは匿名でブログに悪口を書いて、クラスメイトに真実を話しただけ。だから学校も処分には困ったみたいだね……」
他人事のようにも聞こえるが、実際もう壊れたものには興味がないのだろう。しかし、この事件が櫛田の大きなトラウマになっているのもまた事実だ。
「だから、高校では上手くやるって決めた。けど、私のことを知っているやつがいた」
「それが、堀北だったんだな?」
「同じクラスじゃなかったけどね。堀北さんは中学の頃から成績が良かったから、私の耳にも名前が入ってた。バスの中で見つけた時は頭が真っ白になったよ……」
そうして、今に至るということか。
「私の過去を知っている以上、堀北さん――堀北をこのままにはしておけない。何としてでも排除しないといけない……そう考えてたら、こうして綾小路くんにバレちゃったって訳」
でも――と、櫛田は言葉を続ける。
「バレたのが綾小路くんで結果的によかったのかも。最初は嫌だったけど、今はそんなに悪い気分じゃないし」
このひと月で培ったテクニックは処女の櫛田を十分に満足させられるものだったようで、すっきりしたような表情でそう笑った。それが本心かはわからないが、今櫛田が満足そうにしているのは間違いない。
――しかし、改めて話を聞いて思ったが、櫛田の過去は少し変じゃないか?
「でも、少し不思議だな。今の事件、本当にお前のせいで起きたのか?」
「は? 話聞いてた? 私がブログに悪口書いたからクラスが崩壊したんだけど?」
「そこはわかる。わからないのは、クラスメイトがお前のブログを見つけた時の対応だ。まさか、馬鹿正直に認めた訳じゃないだろう?」
「当たり前じゃん。すぐにそんなことしてないって嘘ついたよ。ブログもすぐに消した。でも、内容はスクショされてたのか、拡散されたせいで誰も信じてくれなかった……」
「そこが理解できない点だ。当然だが、お前は事件を否定している。そして、ブログはすぐに消した。にも、関わらず内容がクラス中に拡散し、クラスメイト全員が敵に回るのはおかしくないか?」
「綾小路くんっておバカ? 内容が拡散されたら、敵に回るに決まってるじゃん」
「本当にそうか? お前はもう少し自分の力に自信をもった方が良い。もし、今Dクラスで同じことが起きたら、お前に世話になった人物は、お前が全面的に認めない限りお前の味方をするぞ。『櫛田さんがそんなことするはずない!』ってな」
おかしな点その一。
原作でもこの場でも、櫛田の言い回しでは、ブログの存在を知ったのは一人であり、その一人が内容をクラスに拡散したことで、次の日にはクラスメイト全員が敵に回った。
しかし、現実的に考えれば、ブログの内容が拡散された時点で、『これは本当のこと?』と櫛田に確認を取る人物や、『あの櫛田さんがそんなことするとは思えない』と、櫛田に味方する人物が出てきてもおかしくない。
にも関わらず、櫛田を擁護する人物が誰も居なかった。それに、櫛田の言い回しでは、ブログの件がバレた次の日には、櫛田が知らない所で全てが進んでいた――と、受け取れる。
実際、櫛田もクラスメイト全員が敵に回るとは思ってはいなかったはずだ。だからこそ、櫛田も対応が出来ずに『真実』を暴露する以外の択が取れなかった。だが、事前に誰も真偽を確認して来ないなんて状況が本当に有り得るのか?
「井の頭や王、池や山内。他の誰だっていち早く真実を確認しようとするだろう。その結果、櫛田が認めなければ、お前の関与を疑っても、敵に回ることはしないはずだ。にも関わらず、中学時代の友達は、お前が否定したにも関わらず確認もしないで全員が敵に回った……随分と恩知らずな奴らだな」
おかしな点その二。
原作で櫛田はブログを消したとは言っていないが、先程言っていた通り、普通に考えてバレたらブログはすぐに消すだろう。
ブログの内容は、櫛田がクラスメイト全員分のストレスを吐き出していたことからもかなりの量であり、事前にスクショでも取っていないと全てを網羅することは出来ない。しかし、櫛田のブログの内容は、クラスメイトたち全てに拡散されていた。
つまり、その人物は櫛田がブログを消す前――連絡を取る前にスクショを取っていたと言うことになる。
常識で考えて、櫛田の善人さを知っていれば、まず第一に櫛田に真偽を確認するのが普通だろう。しかし、その人物は櫛田に確認を取る前に証拠を確保した。まるで、櫛田を追い込む絶好の証拠を入手したかのように。
「だが、本当にただ恩知らずなだけか? そもそもそいつはお前が否定したにも関わらず、何故内容をクラスメイト全員に拡散させた? そのクラスメイトたちは、何故お前を信じようとしなかったんだ?」
原作の『満場一致試験』で、櫛田の本性を見たクラスメイトたちですら、本人が認めるまでは櫛田が裏切っていることを信じられずにいた。
ならば中学の三年間、学校一の善人だった櫛田を庇って、クラスメイトの中に『櫛田さんには何か事情があったのかも』と、彼女を信じる側の人間が出てきてもおかしくない。
しかし、原作や今も、そんな人物はおらず、一人のクラスメイトに事実がバレてから全員が敵に回った。
いくら櫛田の自業自得とはいえ、一人の味方もいないというのは明らかにおかしい。まるで誰かがクラスメイト全員を櫛田の敵に回るように仕向けたかのような状況だ。
「言われてみれば、確かに……」
櫛田もこちらの言いたいことが段々とわかってきたようで、顔色が悪くなってきた。
クラスメイト全員が自分の敵になったのが櫛田のトラウマだが、それがもし誰かが仕組んだことだったとしたら?
「おそらくだが、その人物は悪意を持ってブログの情報をクラスメイトに拡散したんだろう。そして、お前がこういうことを平然とする人物だと吹聴して回った。そうでなければ、学校で一番の人気者であるお前に、誰一人味方がいない状況など出来上がるはずがない」
普通ならそうはならない、それはおかしい――と、そんな言葉で櫛田を惑わせていく。
当然だが、事実は何も変わらない。ブログに秘密や悪口を書いた櫛田が10割悪かった。
しかし、起きた出来事の中で、他のおかしい部分に論点をずらし、もしもの可能性を強調することで、段々とあれは誰かが仕組んだことだと思わせ、櫛田のトラウマを軽くしてやる。
「お前は嵌められたんだよ。おそらく、お前の人気を嫉んだ何者かにな。もしかしたら、ブログだって事件が起きるずっと前に見つけていて、虎視眈々と計画を立てていたのかもしれない。たった一日でクラス全員を敵に仕立て上げるなんて、突発的に出来ることとは思えないしな」
「そんな……でも……」
咄嗟に否定しようとした櫛田だが、オレの言葉には矛盾がないので否定できなかった。
実際、こちらは何もおかしなことを言っていない。ただ、論点をすり替えて、もしもの話をしていただけだ。おそらく、かもしれない――確証は何もないが、疑念は大きい。
何より、これにより櫛田の立場は一転する。クラスが敵に回ったのは、自分のせいではないかもしれない――この可能性が出てきたことで、櫛田は被害者の可能性が出た訳だ。
「さて、改めて聞こう。確かにお前は『真実』を振りかざしてクラスを崩壊させた。しかし、本当にそれはお前が悪かったのか?」
「でも、私がブログに悪口書かなければ……」
「それはたらればの話だ。実際に事は起きた。だが、それはお前のせいで起きたのか? お前は好きで問題を大きくしたのか? 違うはずだ」
そう、櫛田からすれば、ある日いきなりクラスメイト全員が敵になっていた。身を守るためには『真実』を使用する以外になかった。そういう状況だ。
「ブログに秘密や酷い悪口を書いた。それだけで、それまで助けてきた全員が敵に回るのはどう考えてもおかしい。お前は身勝手と言ったが、そんなものでは済まない。悪意を持って作り上げないと、そんな状況にはなり得ないんだよ」
仮にオレが、昨日の証拠を持って、「櫛田が影でクラスメイトの悪口を言っている」と、Dクラスで暴露したとしても、まずは「櫛田さん、これ本当?」と確認するのが普通だ。
しかし、櫛田は違うと否定するだろう。
実際、原作の『満場一致試験』でも自爆するギリギリまで否定を続けていたし、秘密を守るために嘘を重ねて味方を作ろうとするはずだ。
それは中学でも同じで、普通は櫛田を責める前に、「このブログは櫛田さんが書いたの?」と確認するだろう。そして、櫛田は違うと否定するはずだ。
そうなれば、何か事情があったのかもしれないと考え、櫛田を信じるという人物が出てきてもおかしくない。だが、原作でも現実でもそんな人物は存在せず、櫛田はクラスメイト全員に糾弾された。
櫛田からすれば理不尽であると同時に、よく考えれば味方が誰もいないというのは明らかな異常事態だ。
「じゃあ、私は……」
と、ここまで庇って見たものの、櫛田がブログに秘密や悪口を書いていたのは悪いことで、それに対してクラスメイト達が怒るのは普通のことだった。中学三年なんてまだ子供だし、深く考えずに裏切られたと思って全員が突発的に櫛田の敵になっても不思議ではない。
だが、敢えてそこから論点をずらし、言葉の揚げ足を取っていくことで、その状況がおかしいことだと櫛田に認識させてやった。
「勿論、お前も無罪ではない。秘密や悪口をブログで書いて、真実によってクラスを崩壊させた。しかし、引き金を引いたのと、引き金を引かされたのでは意味合いは全く変わってくる。お前は悪いことをしたと後悔しているみたいだが、そこまで気にするようなことじゃないとオレは思うけどな」
クラスが崩壊して友達が自分を裏切ったのは、自分が秘密を暴露したせい――ではなく、他人によって引き起こされたことだった。
勿論、確証がないので疑惑だが、櫛田からすれば可能性の高い疑惑だ。大きかったのはクラスメイトが全員敵になったことだろう。
櫛田のトラウマの根幹でもあるが、そもそも善人だった自分に味方がいないというのはおかしいことだと考えることで、オレの推論が正しいという証明になる。自分が100%悪くないとわかれば、櫛田のトラウマも多少はマシになるはずだ。
「……ありがと」
実際、効果はてき面だった。
まさか本性や悪行を知って尚、自分を庇ってくれる人が居るとは思わなかったのか、櫛田が涙ぐんでいる。そのまま、ぬくもりを求めるように身を寄せてきた。男女の仲は寝てみて初めて深まるというが、本当だな。
次の日、スッキリしたような表情の櫛田と一緒に学校へ登校していく。あれだけ、オレに反抗的な目を向けていた櫛田も、嘘のように笑顔を向けていた。それも、あの違和感のある作り笑顔ではない、心からの笑みだ。
それだけ、オレが本当の櫛田を受け入れたことや、過去の矛盾を指摘したことが嬉しかったのだろう。
正直、櫛田は憎まれながらも弱みで無理やり言うことを聞かせることを想定したので、予想を遥かに超えた事態になってしまっている。だが、憎まずにオレに従ってくれるなら、それに越したことはなかった。
改めて、櫛田には命令として、通常の勉強会以外で、三馬鹿を救う手伝いをするように頼む。
また、纏まっていないクラスを纏めるリーダーになるようにも命令し、テスト三日前には過去問をクラスに配るように指示した。
やることが多くて驚いていたが、その分見返りも多い。オレとしては、承認欲求が強い櫛田に光を当てて、表でも裏でも喜んでオレに仕えるようにしてやるのが目的だ。
ついでに、雪を補佐につければ余程のことがない限りはクラスを纏められるだろう。今はまだ堀北は使わない。あいつはとことんまで落としてオレの奴隷にする予定だからな。その目的が完遂するまではどん底に落ちて貰うつもりだ。
――と、話すと、櫛田も堀北が苦境を味わうのは嬉しいのか、何とも嫌らしい笑みを浮かべていた。
原作との変化点。
・櫛田の理解者になることで心の隙間に入り込んだ。
偶然。たまたま話を聞いて、疑問を口にしていたら懐かれた。本来の予定では、自分に反抗しながらも屈する櫛田を楽しむ予定だったので大幅に予定が変わってしまっている。が、代わりに自由に動かせる原作軽井沢以上の駒を得られたのでプラマイゼロ。
・櫛田の過去について。
独自解釈。ただ、味方が誰もいないのは変だと原作を読んでいて思った。そこで、もし櫛田がハメられていたらを考えたらスッキリ。櫛田の人気を妬んだ何者かが偶然ブログを見つけたら、そうなってもおかしくはない――と、思う。変だったらごめんね。
・登校時、雪も一緒にいた。
描写はしなかったが、雪を含めて三人で登校している。雪も櫛田の本性を知っているが、何も知らないフリをしている。しかし、同じセフレ同士ということは明かした。元々、雪が清隆に屈しているのはわかっていたので、櫛田もすぐに理解を示している。
今話登場人物一覧
・綾小路清隆
半分どうでもいいと思いながら櫛田の話を聞いていたが、聞いていて改めておかしいと思う部分を指摘したら、櫛田に懐かれていた。反抗的な奴隷も欲しかったので少しがっかりしている。
・櫛田桔梗
清隆の言葉で救われた。また、本当の自分を知っても変わらずにいてくれる清隆を見て心を開いている。原作でも、清隆の言葉に惑わされるシーンがある通り、本性を褒められるのに弱い。雪から他にもセフレがいることを聞いたが、自分だけを愛してくれと言って嫌われるのが怖かったので一応は受け入れている。
・椿雪
本編には名前が出ていないが、朝一緒に登校している。櫛田に他にセフレがいること、自分たちはあくまで清隆のためにいることを吹き込んでおり、櫛田を忠実な奴隷にしようとしている。ちなみに、神室も雪と仲が良くかなり汚染されてきている。