ようこそ俺小路くんの無念を晴らす教室へ   作:おこむね

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SIDE:06 『八神拓也の感化:南雲雅の告白』

 SIDE:八神拓也

 

 

 僕にとって綾小路清隆という存在は憎むべき相手だった。物心がついた時点には既に記憶に刷り込まれており、あいつの名前を忘れたことなど一瞬たりともない。

 

 ホワイトルームを知る人間で、その名を知らない者はいないと言って良い程の天才――僕たちの一つ前の世代、4期生の綾小路清隆は、まさにホワイトルームが誇る完璧なお手本として祭り上げられていた。

 

 1つ下の僕たち5期生が、おそらくその影響を最も受けたと言っても過言ではない。特に僕は5期生の中でも飛びぬけた成績を収めてきた。だが、あいつがいるせいで、どんなに良い成績をとっても、僕は褒めて貰うことが出来ない。

 

 5期生の中で、間違いなく僕は一番のはずなのに、あの化け物のせいで、それが正当に評価されることはなかった。

 何をしても、どんな結果を出しても、『綾小路清隆はもっと凄かった』と比べられる――だからこそ『憎悪』を抱えたのだ。僕はあいつを憎み続けることで、あのホワイトルームの過酷な日々を生き残ることが出来た。

 

 そして、僕は誓ったのだ。

 

 どんな手段を使っても、綾小路清隆が1番ではないことを、奴がホワイトルームの成功例足りえないことを証明して見せると。

 

 ホワイトルームの理念は、『研究を確立させ、非凡なる卓越した人間を量産していくこと』にある。

 だからこそ、失敗例には全くの価値はない。仮に僕であれ、奴であれ、成功例であればどちらでもよく、逆に失敗したらその理念のためのサンプルとして価値のないままその生涯を終わらせてしまうことになる。

 

 そんな惨めな結末は御免だ。僕は何としてでも、綾小路清隆を超えて自分の価値を証明しなくてはならない。僕こそが成功例だと、組織に認めさせなければならないのだ。

 

 ――そんな千載一遇のチャンスは、突然訪れた。

 

 綾小路清隆がホワイトルームへの帰還命令を無視し戻らなかったことで、僕とあいつは接触する機会を得た。学生として、高度育成高校へと入学し、奴を連れ戻す任務を与えられたのだ。

 

 こんな幸運は、もう二度とないだろう。

 

 ここで奴を直接葬り去れば、もう僕が奴と比べられることもない。僕が1番となり、これからからは認めて貰うことが出来る。

 

 故に、僕は考えた。奴を殺す方法を。

 

 特別試験のルールに乗っ取って退学させるだけでは駄目だ。奴をホワイトルームに戻せば、また変わらぬ日々が続くだけで終わる。

 

 どうにかして息の根を止める必要があった。

 

 だが、口では簡単に言えるが、いざ実行に移すとなるとそう簡単なことではない。この学校は監視の目が多く、相手があの綾小路清隆である以上、慎重かつ冷静に――バレないように事を運び、何とか事故に見せかけて殺す必要がある。

 

 だからこそ、無人島サバイバルという試験は丁度いい舞台だった。この特別試験は無人島で行われるが故に、監視の目が緩くなる。場所さえ選べば、事故死に見せかけた殺害も不可能ではない。

 ここで、一気に勝負をつけるべき――歓喜に震える心を律しながら、僕はこの試験で綾小路清隆を殺すことを決意した。

 

 まずは綾小路の警戒網から僕を外す所からだ。

 

 敢えて、こちらから2000万の件を伝えることで、奴の中から僕という存在を警戒から外させる――そのために、わざわざ生徒会に入るという面倒くさい手段まで使って接触しようとしたのだが、奴は一瞬でこちらの正体を見抜いてきた。

 

 どうやら、一夏の馬鹿が既に正体を明かしていたようで、その時の癖などで僕の存在も見抜かれてしまったらしい。

 確かに意識して気を付けてはいるが、人間である以上、どうしても無意識での癖というものは存在する。奴はそれを簡単に見抜いてきた――流石にホワイトルームの最高傑作と言われるだけのことはある。

 

 だけど、諦めない。

 

 今は無理でも、いつか必ず殺してやる。そう新たに覚悟を決めようとして、今回は撤退を決意する。流石にこちらの存在がバレていては殺すのは難しい。残念ながら、今回は様子を見ざるを得ないだろう――と、考えていると、気が付けば僕の中からこいつを恨む気持ちが消え去っていた。

 

 何が起きたのか、僕自身にもわからない。ただ、たった数分言葉を交わしただけで、まるで生まれ変わったかのように、僕の世界は変化してしまった。

 

 そうだ。何故、僕は今まで気づかなかった?

 

 確かに、こいつの言う通りだ。仮に、僕がこいつを殺したとしても、おそらく比較され続ける日々は終わらない。『綾小路清隆はもっと凄かった』が、『もし綾小路清隆が生きていればもっと凄かった』に変わるだけのこと。

 

 そして、こいつを殺してしまえば、僕は一生その証明が出来ずに苦しみ続けることになる。

 

 最初は否定しようとした。でも、こいつの言うことは全て的を射抜いており、否定しようがなかった。

 言われるまでもなく、僕は既にこの歳の高校生としては上澄みと言って良いだけの能力を持っている。この綾小路清隆をホワイトルームに連れ戻すというミッションを与えられたのも、その期待をかけられているからだ。

 

 それはつまり、評価されているのと同義。

 

 仮に、このミッションに失敗したとしても、僕が今までリタイアしてきた人間と同列になるなど有り得ない。何故なら、僕はこれまで優秀であることを示し続けてきた。それがたった一度の失敗で評価がひっくり返ることなどないだろう。

 

 もし、そうであるなら、ホワイトルームに背いた綾小路清隆は、何故失敗作扱いされない? 能力値だけでいえば、僕もそこまで変わらない。目の前にいる綾小路清隆という存在こそが、まさに彼の言葉を証明していたのだ。

 

 今まで凝り固まっていた憎悪が消えていく。

 

 そうだ、僕はこいつを殺す必要なんかなかった。ホワイトルームの指令に従って、こいつを退学させて、僕の能力を認めさせればいい。やることはただそれだけで良かったんだ。

 

 こいつは――綾小路先輩は、僕を認めてくれた。

 

 それだけじゃなく、僕のことを思って戦いの場まで作ってくれた。思えば、僕はこの人とこれまで一言も話したことがない。この人がどういう人なのか僕は全く知らなかった。

 

 改めて理解する。僕は今までずっとこの人に憎悪を抱いていたが、それは生きるためにそうせざるを得なかっただけで、別に本当に憎んでいる訳ではなかった。

 いわば、憎むという行為で、自分を奮い立たせていただけ――よく考えてみれば、僕はこの人に何もされていない。ただ、その能力を僻んでいただけの情けない奴だった。

 

 だが、それももう終わりだ。

 

 もう、憎悪はない。今は純粋に、僕の力がどれくらい通用するのか、挑戦したいという気持ちが溢れていた。

 

 とはいえ、相手はホワイトルームの最高傑作。この僅かな会話だけでも、彼が僕よりも遥かに優秀であることは容易に理解することが出来た。

 勿論、僕は全力でこの試験に取り組むつもりだが、それでも確実に退学させられる可能性はそう高くないと見ている。そして、この試験後に月城が退陣すれば、先輩を退学させるのはかなり難しいものになるのは目に見えていた。

 

 では、どうするか?

 

 今までは先輩への憎しみで思考が閉ざされていたが、今はまるで湯水のようにアイデアが溢れてくる。

 確かに、先輩を退学させるのはまず無理だろう。そして、退学させることが出来なければ、僕の評価が落ちるのはまず間違いない。だが、先輩の在学中に彼に勝つことが出来たという結果を出せばどうだ?

 

 あのホワイトルームの最高傑作に、特別試験で勝利した――と、いう実績は、仮に僕がミッションに失敗したとしても、それを補って余りある評価になる。

 

 勿論、理想はこの無人島サバイバル試験で勝つことだ。先輩はそれで自主退学すると約束してくれたし、僕も全力で勝ちに行くつもりでいる。

 だが、相手との戦力差を正確に理解できないほど僕は馬鹿じゃない。もしもの時の保険は必須――今使える駒、これから手に入れる駒と、相手の戦力差を考慮に入れ、僕がこの試験で先輩に勝てる可能性は良い所、5割と言った所だろう。

 

 5割に全てをかけるのは馬鹿のすることだ。

 

 まだ僕は先輩の実力をデータでしか知らない。今回は、リアルの先輩の力を肌で感じつつ、勝てそうなら勝ちに行く。そのくらいのスタンスで丁度いい。

 

 そのためにも、必要な駒があった。

 

 この無人島試験で、僕の力を発揮するために必要な駒。先輩に恨みを持っていて、こちらに協力をしてくれるだけの隙がある生徒――3年Aクラスの南雲雅。奴こそが、僕が求めるこの試験でのキーとなる人物だった。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 SIDE:南雲雅

 

 

 この半年の停学で、俺は自分を見つめ直した。

 

 本来であれば、俺は生徒会長としてこの学校を支配し、この温い学校を変えてやろうと励んでいたはずだ。傍には俺を支えてくれるメンバーが当然いて、俺はこの学校の王として君臨していたはずだった。

 

 だが、それが今じゃ生徒会を追われ、同学年の生徒からの信頼を失い、クラスメイトの中にすら俺を見限る人間が出てくる始末。

 こんな様じゃ、なずなが俺を捨てて別の男に走ったってそりゃ不思議はない。俺だって、なずなの立場なら、こんな馬鹿な幼馴染は見限っている。

 

 けど、だからこそ、負けたままではいられない。

 

 もう栄光を取り戻すのが不可能だとしても、このまま綾小路に負けたままでいるつもりは欠片もなかった。

 だからこそ、あいつが俺にPPの援助を求めてきた時には、勝負の場を取り付けるというあいつの条件に乗って資金援助もしている。

 

 後は勝つだけ、幸いにも舞台は整いつつあった。

 

 無人島サバイバル試験――停学中であるが、一部の生徒が隠れて俺に情報を流してくれたおかげで、この試験が対学年の試験だということを知ることが出来ている。

 

 おそらく、この機を逃せば、学年が違う俺と綾小路が戦えるのはいつになるかわからない。今の俺に使えるのはクラスメイトたちと自分自身くらいだが、それでもこの機を逃す訳にはいかなかった。

 

 そんなある日のことだ。

 

 停学が終わり、ようやくこの軟禁生活ともおさらばできると思った俺の所に一人の1年がやってきた。

 

 1年Bクラスの八神拓也――奴は、1年の限られた生徒の中で行われている『綾小路清隆を退学させた人間に2000万PPが渡される』という特別試験が行われていることを話し、俺と協力したいと言ってきたのだ。

 

 どうやら、こいつも個人的に綾小路と勝負をしているようで、自分だけではどうやっても手が足りないと判断したらしい。

 

 聞けば、綾小路は既に3年BクラスからDクラスまでを掌握しつつあり、1年の一部も支配下に置いているのだという。

 桐山が綾小路と組んで俺を妨害してくるとすれば、確かに俺一人で勝負を挑むのは愚策――そして、向こうも手が足りていない。俺とこいつの利害は一致していた。

 

 八神としては、綾小路を退学させたら2000万の話は一部の生徒しか知らないため、俺に資金援助をして貰い、それを理由に1年を自由に動かしたいと考えている。

 

 俺としては、本来使うはずだった桐山たちの代わりに1年に動いて貰い、俺と綾小路の状況を五分にしたいと考えている。1年の大半とうちのクラスが合わされば、向こうの持っている兵力にも対抗することが出来るだろう。

 

 正直、見た目は真面目そうだが、腹の中では何を考えているかわからないこいつのようなタイプと組むのは趣味ではないが、今は文句を言えるだけの力が俺にないのも事実だった。

 

 綾小路に勝つためなら、誰だろうと使ってやる。

 

 俺は八神の手を取った。今の俺が自由に使えるPPはもうそう多く残っていないので、1年に渡せる報酬など500万が限界だが、八神はそれでいいと笑みを浮かべる。

 

「では、契約成立ですね。そうだ、前金代わりではありませんが、こちらからも情報を一つ。先輩と同じクラスの朝比奈なずなさんには注意してください。彼女は綾小路先輩のスパイである可能性があります」

「なずなが、綾小路のスパイだと……?」

「それが無理強いされてのことか、恭順しているかはわかりません。ですが、彼女と綾小路先輩には確かな繋がりがあります」

 

 それを聞いて、俺は思った。

 

 今まで、なずなと綾小路の関係は色恋によるもの――と、決めつけてかかっていたが、もしかしたらなずなは綾小路に脅されて関係を持ったのではないか?

 

 そうだ。俺の誘いにも乗らず、身持ちの固いなずなが、いくら相手が綾小路とはいえ簡単に靡くとは思えない。

 俺への素っ気ない態度も、助けての裏返しだったんじゃないか? これまでの綾小路との妙な関係も、奴に無理強いされたものだと考えれば全て納得がいく。

 

 八神と別れた後、俺はすぐに綾小路を呼び出した――勿論、この無人島サバイバル試験で俺との勝負を受けさせるためだが、半分は疑念を解消するためだ。

 

 俺は、この勝負に勝ったら、なずなに手を出すのを止めるように条件を付けた。

 

 だが、それを聞いた瞬間、奴は携帯を取り出し、なずなと思われる女生徒を後ろから無理やり襲っている映像を俺に見せてきた。音声はないので、姿だけだが俺にはすぐになずなだとわかった――やはり関係を持っていたか。

 

 聞けば、混合合宿で俺が橘先輩をハメようとしたことに気付いたこいつが、なずなを罠にハメて関係を強要したということだった。

 

 一体、どれだけなずなを抱いたのか――苦しそうな表情を浮かべる映像や写真を、嗤って見せてくるこいつに怒りが隠せない。

 やはり、なずなはこいつに関係を強要されていた。その半分は俺のせいで、なずなはきっと俺を恨んでいる。だが、だからこそ、この勝負でなずなを取り戻す。

 

 改めて、俺が勝ったらなずなを解放し、動画や写真も全て削除するように要求した。代わりに、俺が負けたら3年Aクラスの生徒全員の手持ちPPと、これから入ってくる全てのPPを卒業するまで奴に渡すという契約を結ばされたが、結局負ければもういくらPPがあろうと関係はないので、その条件で勝負を成立させる。

 

 綾小路と別れた後、俺はすぐになずなの下へ向かった。なずなに一刻も早く謝りたかった。こんな俺を信じてくれていたのに、その信頼を裏切って苦痛を与えてしまったことを心から詫びたかった。

 

 なずなは、謝罪を受け入れてくれた。

 

 そして、改めて綾小路との奴隷契約について話してくれる。それは、俺が同学年と結んでいた契約以上に、非人道的な奴隷契約だった。

 何をされたかについては話したくないということで、それ以上は聞かなかったが、きゅっと自分の身を抱きしめる仕草を見れば、聞かなくても想像はつく。

 

 俺はなずなを抱きしめた。

 

 少しでも、あいつにつけられた傷を癒してやりたいと思ったからだ。そのまま、唇を合わせ――と、顔を近づけると、「……ごめん、今、雅とそういう関係にはなれない」と、顔を伏せてしまう。

 

 俺は自分の気持ちを吐露した。

 

 好きだと、これまでは本気じゃなかったが、今は本当にお前のことが好きなんだと――今までにないくらい真剣に、自分の気持ちを伝えた。正直、恥ずかしさで爆発しそうだが、それでもこのままなずなを失いたくなかった。

 

「雅。私も雅のこと好きだよ。でもね、今の私は……」

「言わなくていい。わかっている。どちらにしろ、この勝負の決着を付けてからだ」

 

 改めて、なずなを守ると誓った。

 

 そのためにも、なずなとは敢えて同じグループを組む。綾小路の命令で情報を抜かれる可能性があると八神には忠告されたが、もしなずなと別グループになった場合、綾小路が何を仕掛けてくるかわからない。それなら、一緒に居た方がまだやりようがある。

 

 俺はこの時、使命に燃えていた。

 

 必ず綾小路を倒し、なずなを奴から解放すると――それだけしか、考えていなかった。

 

 だからこそ、この時、なずなが言おうとしていた言葉の真の意味に最後まで気付くことが出来なかった。

 

 

 




 わかっている(わかってない)。

 ってことで、八神&南雲が手を組むルートが確立されました。この展開を読めていた人はいるかなー? って、いたら怖いけどね。


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