SIDE:宝泉和臣
この無人島試験は想像以上に厳しいものだった。もし、俺が本気で取り組んで、天沢や七瀬を上手く使っていたとしても、上位3位に入るのはかなり厳しいと言わざるを得ないくらいの難易度はある。
まず、頭数が決定的に足りない。
上位に入ろうとするなら大グループを作ることはまず必須だ。しかし、俺の望んだ能力を持っているだけの人間がそもそも同学年には殆どいない。天沢や七瀬レベルの力を持っている奴など、早々にいるはずもなかった。
次に連携――天沢も七瀬も何か企んでいるようで、素直に俺の指示を聞こうとしない。否、仮に素直に指示を聞いていたとしても、結果はそう大きく変わらなかっただろう。
もし、俺があの男と手を組まないままこの試験に臨んでいれば、終始同学年の妨害に動いていたに違いない。自分が勝てない以上、他のクラスが勝ってポイントを手に入れるのを阻止するのは当然のことだ。
ただ、仮にその妨害をすることになったとしても、別に俺が頑張る必要もないので、もしそうなっていたらもっと退屈な日々を送ることになっていたのは間違いない。
結局、あの男と組んで龍園の野郎と戦うことを選んだ自分の判断は正しいものだった――と、思いながらも、適当に得点を集めて過ごしていると、9日目にあの男にくっついて回っていた七瀬が戻ってきた。
「おはようございます、宝泉くん。私です、七瀬です」
テントの外からそう声をかけられる。わざわざ名乗らなくても声でわかるのだが、この馬鹿正直な所は七瀬の数少ない悪い点だ。
「んなことは声でわかんだよ、何しに来た」
「何しに、とは? 私たちは同じグループですし、接触することは不自然ではありません」
「お前がそれを言うかよ。綾小路とは随分お楽しみだったみたいだが、結果は?」
と、問いかけると、七瀬が黙り込む。
しばらく待っても返事が来なかった。
「ん? おい、聞いてんのか?」
「あっ、はい……聞いています。すみません、私が適う相手ではありませんでした」
「ハッ、どうせ女の武器も使わずに真正面から挑んだんだろ?」
「お、女の武器……ですか」
予想外にも七瀬は恥じらうような様子を見せる。正直、馬鹿正直にぶつかって負けてきたのだと思っていたが、もしかすると何か仕掛けたのかもしれない。
「へぇ、なんか仕掛けたのか?」
「い、いえ、別に何もありませんでした……私が真正面からぶつかって負けただけです」
まぁ、負けたのはわかる。こいつが色仕掛けした程度で勝てるのなら苦労はしない。ただ、七瀬が俺の想像外の行動を取った可能性があるというのは少し収穫だった。
「その無駄にデカい胸も上手く使って貰えて本望だろうよ」
「つ、使ってないです。そんな、えっちなこと……」
別にエロいことに使ったことは誰も言っていない――が、これ以上七瀬を揶揄っていても仕方ないので、そろそろ話を変えていく。
「で? その報告をするためだけにここに来たのか?」
そう問いかけながら、念のためにGPSサーチを使って周囲の状況を確認する。七瀬が裏切っている可能性、七瀬が誰かにつけられた可能性、いろいろな状況を考慮しても、周囲を警戒するのは必須だ。
しかし、予想外にも七瀬は一人だった。どうやら本当にただ負けて帰って来ただけらしい。まぁ、手を付けられた上で負けた以上、ただ普通に帰ってきたとは思えないが。
「いえ、綾小路先輩から伝言を預かっています」
どうやら、七瀬はもう自分が綾小路側についたことを隠す気がないらしい。それに、この言い方をするということは、あの男から俺と組んでいることも聞いたのだろう。
「言え」
「椿桜子は味方なので、基本は指示に従うこと」
「指示?」
「すみません、どんな指示なのかまでは聞いていません。ですが、伝言はこれで全部です」
そう言いながら、テント越しに見える七瀬が左手を頭に手を置いてから、右手を腰に手を当てるという妙なポーズを取る。
これは今回の特別試験で、俺と綾小路だけが知っている合図だ。この合図を知っている人間はこちら側――つまり、七瀬には裏切りの心配はないということだった。
と、すると、伝言も真実ということになる。
椿桜子――1年Cクラスの生徒で、あの生徒会長の妹だったっけか。これまではパッとした印象はないが、思えば6日目に呼び出しをしたのは椿で、それを宇都宮が支持して集まるように呼びかけをしていた。
指示に従えということは、椿は1年を使って何かをしようとしている。それに俺も巻き込まれるってことだろう。
向こうが俺とあの男が組んでいるのを知っているかどうかは知らないが、おそらく椿の動きに合わせて動けという指示だ。戦いの時は近づきつつある――と、思考を働かせていると、テントの外の七瀬が再び声を上げてきた。
「宝泉くん。お客さんのようです」
そう声をかけられるのと同時に、テントの外に七瀬以外にもう一つシルエットが見える。
「あ、あの宝泉くん……僕です。Cクラスの、か、片桐です」
「知らねぇな。何の用だよ」
「そ、その、宝泉くんに……わ、渡さなきゃいけないモノを持ってきたんです」
Cクラス――それに七瀬の伝言。こいつはおそらく、椿の使いと見て良いだろう。
普段なら確実に無視するが、あの男と組んだ以上、その渡さなきゃいけないモノを受け取らないといけない。仕方なくテントから出て、片桐に手を伸ばす。
「早く寄こせ。つまんねーもんなら殴り飛ばすぜ?」
「はっ、はい……これを!」
渡されたのはトランシーバーだった。まぁ、指示を聞けと言われた以上、何かしらコンタクトを取ってくるとは思っていたが、こんな贅沢品をパシリに持たせるとはな。
「こ、これで、宇都宮くんと話すことが出来ます」
「ハッ、わざわざ雑魚を寄こしてまで連絡を取りたいってか? 遊んで欲しいのか、宇都宮?」
と、トランシーバー越しに声をかけるが、向こうからは返答は何もない。先程、七瀬の周囲の情報を得るためにサーチを行った時、椿と宇都宮が同じ位置にいたのは把握している。
まぁ、話す気がないっていうなら、別にわざわざ話をしてやる義理もない。指示を聞けというが、その指示がなければ、指示を聞く必要性もないしな。
「残念だったなぁ片桐。お前、見捨てられたみたいだぞ。恨むんなら、使いっぱしりにした宇都宮を恨むんだな」
「ひっ!」
『待て宝泉。もし片桐に手を出せば俺がお前を裁く』
とりあえず、つまらないものを渡してきた片桐には落とし前を付けさせる。宇都宮が慌てて返答してきたが、敢えて聞こえないふりをして、前言通り殴り飛ばそうとすると、直前で七瀬が前に出て片桐を庇ってきた。
「何の真似だ、七瀬?」
「トランシーバーから声が聞こえています」
「俺には聞こえねぇ。仮に聞こえていたとしても、自分から連絡を取りたいって言って無反応な相手の指示に従う必要性はねぇよ」
とはいえ、こういう問答をして七瀬が引かないのはもうわかり切っている。多少、マシになったかと思ったが、馬鹿正直なのは相変わらずか。
もう殴る気も失せたので、片桐にジェスチャーで帰るように命令する。七瀬も「片桐くん、悪いことは言いません。ここは帰った方が良いです」と説得され、怯えたように背を向けて去って行った。
「で、何の用だ。さっさと本題に入れよ」
『……お前に連絡したくはなかった。だが、計画を遂行する上では避けて通れない』
「計画だぁ? 一体何のことだ」
『もう6日目のことを忘れたのか?』
「あぁ、そういや秘密裏に集まれとか言ってたな。悪いな、忘れてたぜ」
『無視することは折り込み済みだ。俺たちは間もなく、1年生を救済するための作戦を決行する』
「1年を救済だ?」
そう返しながら視線を横に向けると、七瀬が急いでタブレットを取り出して下位10組を表示させてきた。
こういう所は、相変わらず有能だ。一度情報を纏めるためにも、同一時的にトランシーバーの音声を切る。
「現時点で、1年生4グループが入ってますね。私たち、1年Dクラスのグループも2つ入っています」
「ハッ、まさかクラスメイトを助けるために、俺が動くとでもあいつは思ってやがるのか?」
「油断しないように。何かを企んでいるかと思われます」
「うるせぇよ」
椿が味方だとしても、宇都宮が味方とは限らない。最初から、全てを疑っている。安易に全てを信じるのは馬鹿のすることだ。
「で、それが俺に何の関係がある?」
『救済するに当たって、どうしても必要な存在だから……だ』
「椿にそう言われたのか? 俺をおだてろって?」
『断るなら断れ。俺は筋を通すために話し合いをしているだけで、元々お前抜きでも問題なくやれると思っている』
「それならこれで終わりだな、断るぜ。どうしても協力してほしかったら、ここまで来て俺に跪いて頼み込むんだな」
そう言って、トランシーバーを切る。
実際、面倒事は御免だ。このままうちのゴミ共が退学するならそれでも良かった。この程度で退学するなら、いずれどこかで付いて来られなくなる。早いか遅いかの違いしかない。
だが、これで終わるはずがなかった。
仮に、宇都宮は良くても、椿がそれを許さない。あいつが何を考えているのかは知らないが、俺にあの男からの指示が来たということは、椿は俺に何か役割を求めている。その話も出来ていないのに、ここで話を終わらせるはずがなかった。
『やっぱり、宇都宮くんだけには任せておけないみたいだね』
話を終えてすぐに、再びトランシーバーに連絡が入る。黙ってONにすると、女の声が聞こえてきた。どうやら、ようやく本命のご登場のようだな。
「宇都宮を信頼してないってか?」
『宝泉くんとのことに限ってはね。2人は犬猿の仲なのは周知の事実だし、余計な感情が入って決裂するのは不本意だから』
なら最初から出てこい――とも思うが、仮に何の実績もない椿から連絡が来ても無視をしていただろうし、宇都宮を挟んだこいつの判断は間違いではなかった。
「それで、1年を救済ってのはどういうことだ?」
『もうわかってるでしょ? 下位10組の4組が1年生。このまま試験が終われば、私たち1年が被る被害は甚大なものになる』
「で? まさか、下位の1年を全部救済しようってんじゃないだろうな?」
『正解だよ。今の下位4名も、この先下位に沈みそうなグループも全員救済するつもり』
「随分と大層なことを言ってるが、テメェに出来るのか? ここまで、目立った活躍もしてねぇ。そんなお前の言葉を誰が信用する?」
『ここまでって……入学してまだ半年も経っていない上、特別試験だってまだ数回しか受けていないのに、それでクラスの全ての情報を知った気になってるの?』
こちらを馬鹿にしているという感じではない純粋な問いが帰ってくる。確かに、椿の言う通り、OAAのデータがあると言っても、能力を隠している奴がいないとは限らない。
「お前がCクラスの秘密兵器だとでも?」
『そんな大層なものじゃないけど、少なくとも知恵比べで負けるつもりはないよ』
「ハッ、本当に俺よりキレてんなら大したもんだけどな」
とはいえ、あの生徒会長の妹だ。とんだ食わせ物の可能性は十分にある。
『窮地に陥ったグループを救い出す方法はある。大グループを結成して、下位のグループを拾い上げ、得点の平均化を図ればいい』
「理想論ではある。が、そう簡単に纏まれば苦労はないんじゃねぇか? 全部のクラスがお互いを助けるのに同意するとは思えねぇが」
『その心配はいらないかな。もうとっくに協力し合うことが決まってる。後は、宝泉くんの承諾を待ってる状態だよ』
成程、既に他のクラスの面々は説得済ってことか。これだけでも、椿の能力の高さが浮き出てくる。
「悪い話じゃねぇが、それで勝てる保証はどこにもない。結局の所、同じ戦略を使ってもステージが一緒になるだけだ。結果的に1年が負けるのは揺るがねぇ」
『このまま同じ戦略を使うなら、ね』
まだ先があると、椿は話を続けた。
『全学年が同じ戦略を使ったら、不利なのは1年生。だから、ここからさらに攻める。最終日が来るまでに、グループのリタイア者を出せばいい。上級生にはまだ単独や少数で動いている人たちが何人かいるからね。それを沈めればいい』
「成程な。先にグループが5つ落ちれば、確かに1年は全員救えるな」
『勝負を仕掛けるなら、全員が疲弊し始めたタイミングだと思ってた。本当なら、後半戦に入った8日目から10日目を予定してたんだけど、ちょっと想定外のことがあったからね』
俺が無視を決めたこと――も、そうだが、何よりも問題だったのは7日目に雨が降ったことだろう。
あれで試験は中断となってほぼ丸一日休みとなった。疲弊していた体力も回復されてしまっては意味がない。
「で? 俺に頼みたいことを具体的に言ってみろ」
『この試験の主催者からも提案があったでしょ。暴力行為で沈めても構わないって。宝泉くんには、上級生のグループを一つ落として欲しい』
「上級生のグループねぇ」
『宝泉くんがここまで目立った動きを見せてないのは、狙っているグループがあるからなんでしょ?』
「それは、そうだが……そこは嘘でも、綾小路を狙えって言った方が良いんじゃないか?」
宇都宮と一緒に居る所から見ても、椿も綾小路を退学させれば2000万を貰える件は知っていると考えて良いだろう。
こうして作戦の指揮を執るくらいだ。むしろ、何も知らない方がおかしい。にもかかわらず、俺に綾小路を狙うように進言してこないのは、明らかに不自然だった。
俺が綾小路の首を狙って仕掛けたこと自体は、もう1年の上の奴らなら全員知っている。当然、椿の耳にも入っているはずだ。
俺と綾小路の繋がりを知らなければ、再戦を促そうとするのが普通。なのに、上位のグループ等と曖昧なことを言って、俺に別の狙いがあるのを仄めかした。
『……どうやら、先輩の言う通り、組んでるってのは本当みたいだね』
これは椿なりに、俺があの男と本当に組んでいるか確かめようとした証拠だ。その証拠に、こちらが少し匂わせると椿はすぐに乗ってきた。予想通り、あの男から俺のことを聞いてはいたが半信半疑だったって感じか。
まぁ、普通に考えれば、俺があの男の指示に素直に従うようなタイプだと思えないのは仕方のないことではある。実際、俺だって借りがなきゃ協力なんてしない。だが、改めて、俺が今回の試験では味方だとわかると、椿も少しホッとした様子で話を続けてきた。
『先輩から聞いたけど、龍園って人のグループを潰す予定なんでしょ?』
「ああ」
『こっちは一応、表向きは先輩を退学させるように動くつもり。宝泉くんは知らないと思うけど、ちょっと別の事情があるんだよね。勿論、このことは先輩も了承済み』
「で?」
『こっちは広い包囲網で抑え込むつもりでいる。1年生の中には、宇都宮くんや宝泉くん以外にも、喧嘩や暴力に自信がある生徒が何人かいるし、その生徒たちで作ったグループをぶつけて追い込む予定』
「で、追い込んだ先に俺が待ち伏せて仕掛ける、と」
正確には、逃げてきた綾小路の先に龍園と俺がいて、俺が綾小路を狙うフリをして龍園に襲い掛かるという流れだろう。まぁ、売り言葉に買い言葉でこちらは何とかなるか。
「だが、いくら喧嘩自慢っても、そんな危ない橋を渡ろうとするか? 事情を知っているであろう宇都宮はともかく、そいつらが無償で働くとは思えねぇな」
『勿論、協力してくれた人には成功報酬として50万PPを支払う予定だよ。まぁ、成功しないからただ働きになるんだけど』
「仮に50万PPの報酬があるとして、暴力行為は基本的にNGだ。それだけで動くか?」
『勿論、これを初日の段階で頼んでも無理。でも、今はどう? 心身共に荒れてきた後半戦――生徒たちにかかるストレスは相当なもの。みんな楽になりたいって気持ちと、過激になりたいって気持ちがぶつかりあっている状態だよ』
何かの弾みで爆発してもおかしくないってか? 他の人間の精神感情まで利用しようとは――成程、知恵自慢を自称するだけあって、色々考えてはいるらしい。
『それでも、最初の一撃を加えるのには強い抵抗を感じるとは思う。だからこそ、宝泉くんに動いて欲しいの。赤信号でも、誰かが無視をすれば便乗したくなるのと一緒だね』
「嫌いなやり方じゃねぇが、学校も馬鹿じゃねぇぜ」
『大丈夫。どうせ、先輩は捕まらないから何も問題は起きない。それに、宝泉くんの方だって問題ないでしょ。龍園ってのが噂通りの人なら、学校に泣きつくタイプじゃなさそうだし』
確かに、一見すると穴はないように思える。だが、一つ大きな問題が残っていた。
「だが、結局、それじゃ1年は救済できないんじゃないか?」
そう、椿の言う通りに動いた場合、リタイアするのは龍園のグループだけで、まだ残りの枠は空いたままになる。
それでは結局、1年生は救済できない。裏の事情が問題なくても、表向きの問題に影響が出るのは避けられなかった。
『問題なし。この作戦が上手く行けば、最終的に1年生は救済されるようになってる。まぁ、そこは先輩次第でもあるから上手く説明できないんだけど』
先程も言っていた別の事情ってやつか。まぁ、こちらに影響がないなら、どの道何も問題はない。
「で、いつ仕掛ける?」
『12日に動き出す予定。宝泉くんは基本的に龍園先輩の近くに待機しててくれればいいから』
そこに向かうように動かす――ってことだろう。
『じゃあ、また折を見て連絡するから。よろしく』
話が終わると、椿はすぐに通信を終えた。なかなかに食えない女だ――と、思いながら、ポケットの中にトランシーバーを仕舞っていく。
後は、俺が決行日に龍園の傍で待機していればいいだけの話だ。あの男に再戦する前の肩慣らしとして、まずは龍園の野郎を叩き潰してやる。
一方その頃視点その1。ここからSIDE続きます。SIDEは本編とは別に更新する予定なので、8時、12時、17時で3回更新予定。で、20時に本編の続きでオナシャス。