SIDE:椿桜子
本来であれば、疲れのピークが出て来るであろう8日目から10日目に、清隆先輩に仕掛ける作戦を考えていたが、想定外の事態に予定変更を余儀なくされた。
7日目の雨で試験が中断となり、体力を回復するだけの猶予が出来てしまったのだ。これでは、仕掛けても大きなメリットは得られない。勿論、本当に退学して貰っては困るので、このまま強行しても良いのだが、下手に手を抜くと八神くんに気付かれる可能性がある。
そのため、予定していた襲撃の日を変更することを8日目に進言した。八神くんの目的が清隆先輩よりも試験で高得点を取ることならば、今日――12日目から仕掛けてあげれば、上手く逆転出来るだろう。
まぁ、勿論勝たせる気はない。
先輩を狙うフリをするのは、あくまでも波田野くんを退学させた犯人が八神くんだということを確定させるためだ。大分、黒くは見ているが、それでも100%ではない。出来れば、自供という証拠が欲しい。
当然、自供させるプランはある。
そのために宝泉くんとは、先んじてコンタクトを取った。清隆先輩からは、今回の試験で宝泉くんは清隆先輩の味方だと聞いてはいたが、実際に自分で確認するまではとても信じられなかった。
でも、おかげでもう憂いはない。後は作戦を決行させるだけで良かった。全てが成功することを祈るように、テントの傍で空を見上げる。
「何を考えているんだ、椿?」
「頭の中で最後の予行演習をしていただけ。何か用?」
「いや、一応作戦決行前に声をかけておこうと思っただけだ。作戦が成功すれば、この試験の間に椿とは会えないからな」
「そうだね」
「準備の方はどうだ?」
「さっきGPSサーチをかけた時、1枚撮っておいたスクリーンショット見る?」
現在、時刻は6時51分――つい、5分前に撮っておいた写真には、清隆先輩のいるI9の周り、I8やH9に陣取るように1年生が集結しつつあった。
「配置は椿の計画通り完璧だな」
「まぁ、時間をかけて念入りに準備を進めてきた訳だしね。これくらいは当然」
と、話をしていると、後ろから小さな足音が聞こえてくる。振り返ると、八神くんがこちらに向かって歩いてきていた。
昨日までは、積極的に得点を稼ぎに行っていたが、今日はこちらに待機するつもりのようで余裕そうな笑みを浮かべている。
隣にいた宇都宮くんが、八神くんが近づいてくるのを見て、無言でスッと一歩後ろに下がった。下手なことを言わないように気を使っているのだろう。
「椿さん、少しよろしいですか?」
「もう準備は済んでるから話すくらいの時間はあるけど……」
「実はどうしても耳に入れておきたいことがあります」
「なに?」
「綾小路先輩を追い詰める戦略ですが、必ずしも上手く行くとは限りませんよね?」
「失敗するつもりで作戦を立てたつもりはないんだけどね」
「勿論、椿さんの立てた戦略は完璧なものです。蟻の這い出る隙もない布陣と言えるでしょう。ですが、万が一ということはあります。打てる手は打っておいた方がいいと思いまして」
そう言って、八神くんは一つのタブレットをこちらに渡してきた。
「今から椿さんは、GPSサーチを繰り返して綾小路先輩の位置を把握しながら追い詰めていくつもりだと思いますが、それには大量の得点を消費することは避けられない。ですが、それは効率的が良いとはお世辞にも言えません」
「先輩の指定エリアがどこかわからないから動きの予測が出来ないもんね」
「そうです。綾小路先輩の動きが指定エリアに向かうものなのか、課題を追おうとするものなのか、単に逃げるためなのか、何を優先し何を切り捨てようとするのか……それを読み取ることが出来れば効率は飛躍的に上昇します」
「成程ね。で、このタブレットが先輩と同じテーブルって訳」
「ええ。これがあれば、今日の綾小路先輩の動きがタイムラグなくわかります」
「それは、わざわざありがとう。でも大丈夫」
こちらも、隠していた別のタブレットを取り出して、八神くんに見えるようにする。
「そのタブレットは?」
「先輩と同じテーブルのタブレットだよ。流石に当てずっぽうで追う程、こっちも馬鹿じゃない」
「これは……甘く見てすみません。椿さんは僕の想像以上だったようです」
「ついでに安心させてあげる。八神くんも気づいていると思うけど、最優先は先輩を追い詰めて強引にリタイアさせること。だけど、先輩がこの先第三者と行動を共にする可能性もあるし、他にもイレギュラーが起こる可能性はあり得る」
「ですね」
「その場合は指定エリアをスルーさせる方法に切り替えるよ。私の作戦が失敗に終わっても、先輩の得点を防ぐ、または減らして八神くんが勝ってくれればそれでこっちの勝ちだしね」
八神くんの本命が自分で勝つことなら、これだけこっちがサポートする意思を見せれば満足してくれるはずだ。
その証拠に、八神くんは問題ないと言わんばかりの笑みを浮かべながら頷いている。どうやら私はしっかり期待に応えられたらしい。
「参りました。僕が言うべきことはもう何もありません」
「わかってるとは思うけど、2000万の取り分はうちが多めに貰うよ。話を付けた八神くんが1000万だとして、うちは最低でも500万は貰う。残りの500万は協力してくれたグループで山分け」
「了解です。それでは、僕は少し離れた所で見守らせて貰います」
正直、ジッと見られるよりもやりやすいのでそれは助かる。別に八神くん云々ではなく、やはり信頼できない人が近くにいるとやりにくい。
八神くんが後ろに下がって行くのと入れ替えに、宇都宮くんが再び隣まで寄ってくる。そのまま、八神くんには聞こえないような小声で話し始めた。
「どうだ? この試験中、八神を見て」
「99%黒。後は証拠だけだね」
正直、この試験が始まる前と後で、印象が少し変わったから惑わされかけたけど、やはり波田野くんをハメた犯人は状況証拠的に見ても八神くん以外に有り得ない。
先程のタブレットの下りでも明らかだったが、やはり彼はかなり頭が良かった。それに、今日まで1年生を纏め上げてきた手腕。あの指揮能力があれば、波田野くんを唆すのも難しくないだろう。
「俺は後半に動けばいいんだな?」
「そう。表向きは後詰としてね。多分、っていうか確実に先輩は包囲網を抜ける。上か左かが問題だけど、地形や現在地から見て上にまず逃げるはずだから、多分そのままぐるっと回って上からCやDに向かうと思う」
龍園先輩の現在地はC6だ。ランダム指定でエリアが大きく離れない限り、綾小路先輩もそちら側へ向かうだろう。ぶつかるのは、おそらく午後になるはず――
「なら、俺はこのまましばらく待機か?」
「そうだね。私たちがいるのがF8、先輩が左に逃げてきたら動かすかもしれないけど、セオリーじゃないし……しばらくはそこで私のボディガードかな」
「わかった。俺はもう少しお前の戦いを近くで見守ることにする」
そう言って、宇都宮くんも距離を取っていく。私に気を使ってくれたのだろう。
少し会話をして時間が潰れたが、丁度7時となった。タブレットに先輩の次の指定エリアが表示されたので、こちらもトランシーバー越しに指示を出していく。
「各グループへ通達。敵が向かう指定エリアはH10。H9にいるグループは現状待機、I8のグループは南下して挟み込んで。見つけても許可を出すまで手出しは禁止」
そう指示を終えると、先輩も当然こちらに反応して動きを見せる。とはいえ、いくらサーチとはいえ、秒単位のリアルタイムで使えばポイントはすぐに空になってしまう。
ただ、ここまでの試験で頑張って点数を溜め込んでいたおかげもあり、10分刻みでGPSサーチを使う分には問題はないくらいの得点は溜まっていた。多少のずれはあれど、ほぼ実行部隊の報告と合わせれば、ほぼリアルタイムと一言って良い動きがわかる。
予想通り、先輩は指定エリアを避け、I9からJ9に移動して囲まれる前に抜ける動きを見せてきた。これが本当に退学させる為なら、もっと早めに指示して頭を抑える所だけど、ギリギリで抜けられるように少し遅れて指示を出す。
先輩の動きには迷いがなく、距離を詰める1年生を上手く躱している。どれくらい置きかはわからないけど、定期的にサーチを使っているのはまず間違いない。
向こうが意図的に得点を減らす様子を見て、八神くんもさぞ満足だろう。何せ、このままスルーが重なれば、ペナルティでも得点はどんどん削られていく。
どうも、八神くんのグループは大グループを作ったものの、高橋くんが体調不良のせいか、あまりポイントが増えていなかった。ここで相手が失速してくれるのは大歓迎のはずだ。
そのまま午前9時になると、次の指定エリアがH9になる。けど、先輩はI4方面を横断して西に向かっていた。指定エリアは完全に無視――このままいけば、次の13時で捕まえられるかもしれない。
と、思っていると、いつの間にか宇都宮くんの姿が消えていた。サーチして現在地を見てみると、鬼頭先輩が近くに来ていたようでその迎撃に出たらしい。
この時間に鬼頭先輩がここにいる? いや、それはまだいい。問題は宇都宮くんだ。ここで宇都宮くんが鬼頭先輩と戦うような事態になれば作戦が崩れかねなかった。トランシーバーで制止するように声をかけて、宇都宮くんを撤退させていく。
向こうも様子見だったのか、宇都宮くんが引くのと同時に引いていった。確か、鬼頭先輩は坂柳先輩のグループ――直接的な関わりはないに等しい。それがこちらを探りに来たということは、おそらくそういうことだろう。
予想外の出来事は起きたが、清隆先輩への追い込みは順調に進んでおり、それから時間が経過して13時になると、まさかのランダム指定でD4がエリア指定された。
今先輩がいるのはE3――こちらの追っ手は後ろなのでエリアを踏むのはそう難しくない。別部隊も地形的な問題で先回りも無理。運が悪い。エリアを踏ませないように動くのは不可能だ。
「一つよろしいでしょうか、椿さん」
「……なに?」
「もっと細かい指示を出せば、綾小路先輩を追い詰められるのでは? 少し詰めの甘い進行に見えます」
「今追い詰めても無駄なの。わからないなら、少し黙ってて」
とはいえ、予想外のこともあった――何が予想外って、私がそこそこマジで指揮を執っているのに、先輩を捕まえられない所だ。こちらとしては、捕まえそうになったら逃がす隙を作るつもりでいたのに、地形を上手く使われて軽く逃げられている。
勿論、やろうと思えば八神くんの言う通り、もっと細かく追い詰めるのは不可能ではない。でも、これでいい。私の予想が正しければ、遅かれ早かれそろそろ動きが出てくるはず――
「……動いてない?」
そして、それから30分もしない内に予想通りにトラブルが発生した。D4を目指す清隆先輩を挟み込むように、D6から北上させようとしていた3つのグループが足を止めて動かない。
ついに来たか。
仮に何かトラブルがあったとして、3つ同時は明らかに異常だ。5分おきにサーチを使用しても動きを見せず、そのまま先輩はD4に向かって南下――同時に、さらに北から追っていた2つのグループも足を止めた。
「どうしたの? 何かあったの?」
トランシーバーで呼びかけるも、反応が返ってこない。間違いなく、これは単なるアクシデントではない――見れば、足を止めた1年生のグループの傍には、同じように2年生のグループが重なるようにしている。
「何があったんですか、椿さん」
「わからない。送り込んだグループのいくつかが足を止めてる。動きを止めたグループに共通する点は、2年生が近くにいるということ」
「単なるトラブル……にしては、数が多いですね」
「明らかに意図的な行動だよ。おまけに、2年生の各グループはAクラスからDクラスまでの生徒が満遍なくいて目立った偏りもない。そして、明確に誰かの意思で動いている」
相手の指揮官が誰かはわからない。けど、こうやって動いてくるのは想定内の行動だ。
おそらく、足止めグループにクラスの偏りがないのは、全クラスが協力しているというよりも、指揮しているのが誰かを特定させないためと見て良い。勿論、清隆先輩を退学させないために2年生が一丸になっている可能性はある。
でも、いくら今回の試験では同学年は敵じゃないといっても、この先の特別試験では話が別だ。高い能力を持つ清隆先輩はいずれ敵として立ち塞がる可能性だってある。その先輩を学年全員が一丸となって守ろうと考える可能性は低い――つまり。
「多分、この5つのグループは何故自分たちが足止めを任されたかを理解していない」
「何も知らされずに協力していると?」
「理由なんて何でもいいんだよ。2年生を守るために1年生を妨害してこいとか、適当にお使いを頼まれた感覚なんじゃない?」
問題なのは、その適当な指示で的確にグループを動かしてこちらを足止めさせるだけの指揮能力を相手は持っているということ。特にヤバいのは、うちのグループ全部の動きが止められた点だ。
いくらタブレットを使って地図上で位置が確認できるとはいえ、実際の現場である無人島のエリア一つ一つはかなり広い。
仮にこちらの動きを読んでいたとしても、実行部隊の動きをこうも簡単に止められるはずがないのだ。でも、この指揮官はまるで目で現場を見ているかのように正確な指示を飛ばしている。
誰? まるで将棋や囲碁でもしているかのような、この駒の動かし方――事前に鬼頭先輩が探りに来たことを考慮に入れるなら、相手は坂柳先輩? いや、フェイクの可能性もある、断言はできない。でも少なくとも、2年生のリーダー格の誰かじゃないと、こんな指揮は取れないはずだけど、絞り込むには情報が足りなさ過ぎた。
「でも、確かに凄い指揮だけど、どちらにしろ同じこと……目に見える情報だけが全てじゃない」
「一体、何をするつもりですか?」
「仕掛ける私たちは今にだけ時間を割けばいいけど、2年生は四六時中先輩を守っている訳にはいかない。まだ試験は残っているんだから」
「そうですね」
「だからこそ、向こうも駒はそう多くは動かせない。こちらのグループを抑えるのに、大量のグループを使っていたら試験の方が疎かになるからね。必然的に、同じ数の駒をぶつけて相殺しようと考える」
特に、この指揮官は自分に自信があるタイプだ。サーチで見た限り、腕時計を壊してでもない限りは、伏兵が潜んでいるという可能性はない。
でも、その自信が命取りになる――誰が戦局に関与しているかは知らないけど、ここで足止めされるのも想定内。もう既に目的は半分達成している。
「これで邪魔をする相手はいなくなった。後は自分のタイミングで動いて」
「誰に連絡しているんです? 周囲にはもう動かせるグループは一つも――」
「言ったでしょ。目に見える情報だけが全てじゃないって。とはいえ、後詰は必須。予定通り、出てくれる宇都宮くん?」
「了解した」
自身の腕時計を壊して、宇都宮くんも走り去っていく。これで、私にやれることは殆ど終わった。後は先輩次第――予定通りに事が進めば、明日にはチェックをかけられるはず。
「……あの、椿さん」
「なに、まだ何かあるの?」
「どんな手を考えているのかは知りませんが、こんな時のことを想定してグループには細かい動きを指示しておくべきだったと思います。2年生に包囲される前に5つのグループを逃がすのだってそれほど難しくなかったのではありませんか?」
「だから、さっきも言ったけど、あの時点で先輩を捕まえようとしても無駄なの。仮に、姿が見える位置まで追い詰めることが出来たとしても、先輩の能力なら余裕で逃げられるのは目に見えてる。つまり、最初から今のグループをぶつける気はなかったってこと」
「それを言いだすと、最初からこのグループでは綾小路先輩に勝てないと言っているようなものです。この作戦の意味がありませんよ」
「意味ならあるじゃない。こうして、先輩を守ろうとするグループが釣れたんだから」
「それは――」
「そう、君は私の指揮不足を指摘したいみたいだけど、このグループは捕まったんじゃない。私が相手のグループを捕まえたの。先輩を排除する段階で邪魔が入らないようにね」
ここまで説明すれば、八神くんにも私が先程誰に通信していたかわかるだろう。
ハッとしたように宝泉くんのGPSを探そうとするが、彼はもう宇都宮くんと同じく腕時計を壊してその居場所を隠していた。
「目に見えるだけが全てじゃない……そういうことですか」
そう。私は最初から清隆先輩と1対1が出来る状況を作ることを考えて動いていた。
仮に八神くんの言う通り、先輩を追い詰めたとしても身体能力の差で逃げられるのは、先輩がこちらに気を使って逃げている段階からわかっていたことだ。
その上で、妨害を足止めに来る部隊が来ることも読めていた。だからこそ、最初から1対1で、確実に相手を倒す場を作ることこそが大事。武力を使うなら、最大戦力をぶつけなければ意味がない。特に相手が先輩クラスの強敵なら尚更だ。
「最後に一つ聞かせてください。もし、宝泉くんが今回の件を引き受けなければ、この作戦は成立しなかったと?」
「うーん、ちょっと違うかな。宝泉くんは絶対に乗ってくる確信があったからこの作戦を実行したっていうのが正しい。まぁ、万が一、駄目だった時は宇都宮くんを行かせただけだよ。どちらにせよ、私は1対1が求められる環境を完璧に作った。後は二人がやり合ってくれればそれで万事解決」
まぁ、宝泉くんは龍園先輩と戦うから、この作戦は必ず失敗するようになっているんだけどね。けど、そのために後詰として宇都宮くんを動かした――ように、八神くんには見えるはず。
とりあえず、ここで一時的に私の役目は終わり。後は先輩と宇都宮くん次第――先輩が私のお願いを聞いてくれているのなら、明日には結果が出るはずだ。
一方その頃視点その2。とはいえ、動き自体は原作とほぼ変わらず、後詰として宇都宮が出陣したくらい。途中で、鬼頭が来て宇都宮と対峙するのも原作通り。これで、坂柳は指揮を執っているのが雪の妹だという情報を得た。