14日目――最終日。この日は、7日目に試験が中断した補填として全ての得点が2倍になる。故に、着順報酬を狙って生徒たちも大きく動き出すはずだ。
まぁ、オレはもう着順報酬を手に入れられないのであまり関係がない。朝7時に更新された指定エリアのH3は少し遠いが、エリアを踏むだけなら何とか出来るだろう。
この最終日、1年生から3年生の上位は勝負に出ることは容易に想像がつく――が、逆に下位に沈んでいるであろう生徒を救うことも重要だった。
下位3組に名前を連ねることになればCPが大きく削られるし、下位5組に入ったらその時点で退学だ。
どの学年も、最悪を避けるために動き出しているはず――だが、大グループを作れるグループは数が限られている。こちらは早くから動き出していたし、他の学年はかなり妨害に動いていた。少なくとも2年の誰かが退学することはないと見て良いだろう。
また、上位3組の座を狙って、トップグループも今日の2倍で稼げるだけ稼ごうと動き出すはずだ。
正直、能力に自信があるなら、着順報酬を無視して課題だけで得点を稼いでもいいくらいだが、鬼龍院のように着順報酬がしっかり取れるなら毎回22点を狙うのも悪くはない。
とはいえ、既に八神は下した。
後は南雲を抑えれば、月城のイベントを経由してこの試験は終わる。長かったような気もするが、こうして終わりが来るとあっという間だったような気もする――と、この無人島生活を振り返りながら、H3を踏んで2点を追加していく。
そのままH3の奥で、次の月城との対決エリアであるI2が指定エリアになるのを呆然と待つ。
すると、こちらが座っている場所に向かって、一組の男女が歩いてくるのが目に入ってきた。
「よう、綾小路。こんなエリアの外れで何をしている?」
やってきたのは当然、南雲だ。
ちなみに今、オレがいるのはH3の北東端の川辺――周囲には小さいが山もあり、エリア移動の都合上、普通の人がまず来ることのない奥地と言って良かった。
「南雲先輩こそ、わざわざなずなまで連れてどうしてこんな所まで?」
「……別に連れてくるつもりはなかった。なずながどうしてもというから連れて来ただけだ。それよりも質問に答えろ。こんな所で何をしている?」
原作では、もっと余裕をもってオレがI2へ向かうのに合わせて動いてきたが、今の南雲は原作とは状況が違う。
他のクラスからは包囲網を仕掛けられ、組んでいたはずの1年生は手を引いた。得点的に余裕があるとはいえ、まだ雪たちのグループには追いつけていない。おまけに、対戦相手のオレはまるで勝負を投げたかのように、昨日から急に動かなくなった。
――これで、落ち着けという方が無理だろう。
「のんびりと景色を見ていたんですよ。この近くには課題もないですからね」
「おいおい、随分と余裕だな。12日目の終わり、お前の得点は204点だった。昨日は指定エリアにこそ到達していたようだが、課題は何も受けていない。必然的にお前の点数は208点……12日の終わりの時点で、こちらは260点以上あった。今は300点を越えている。どうやったってお前に勝ちの目はない」
「随分と詳しいですね」
「曲がりなりにも対戦相手だからな。お前の一挙手一投足はずっと確認していたさ。だから気になった。お前は12日目、1年からの襲撃を受けた。だが、それからお前は積極的な動きを取ろうとはしなくなっている。何故だ? 勝負を投げたのか?」
こうして南雲自らオレの元に来させるために動きを止めた――と、説明しても理解はできないだろう。
この状況は、オレと南雲の戦いが決まってからオレが組み上げてきた積み木の最上段。それまでの過程がわからなければ、どうしてオレがこんな動きをしているかなど説明した所で本質は理解できない。
「……答える気はないのか? なら、話を変えてやる。この特別試験は俺の勝ちだ。なずはは解放して貰うし、お前の持っているデータ関連も全て消して貰う。だが、それとは別に俺と勝負しろ綾小路」
「まさか、ここで南雲先輩と殴り合えとでも?」
「殴り合いも嫌いじゃないが、俺としてはもっと真っ当な戦いの方が好みだな。この無人島試験が終わっても、学年を超えた戦いの機会はきっとあるはずだ。そこで俺と戦え」
この無人島試験で南雲と戦うことを同意した際、オレは南雲との勝負はこれ一回切りと限定した。何度も相手をするのが面倒だったからだ。
仮に、この戦いでオレが負けたとしても、そのルールは適用される。しかし、南雲は勝者としての特権で、オレに再戦を要求しようとしていた。
確かに、この試験で南雲が勝っていれば、そういう無法もまかり通ったかもしれない。だが、残念ながらまだこの試験で南雲の勝利は決定されていなかった。
「それは……?」
南雲が首を傾げる中、オレはバックパックの中から一枚の紙を取り出す。無人島試験では私物の持ち込みは出来ないようになっているが、紙一枚程度なら隠すのに苦労はしない。広げて中身を見せてやると、南雲は驚愕の表情を見せた――これはオレとなずなの奴隷契約書だったからだ。
「お見事です、南雲先輩。この試験の結果はともかくとして、あなたはオレが思っていた以上に優秀だった。その報酬として、この契約書は破棄して差し上げます」
そう言って、なずなとの奴隷契約書をビリビリに引き裂いていく。細切れになった紙を掌の上に乗せると、紙は風に乗って海へと飛んでいった。
これで、もうオレとなずなを縛るものは、何もなくなったと言って良い。まだ動画や写真などは残っているが、もうオレの命令に従う必要はなくなったのだ。
「どういうつもりだ……? 本当に負けを認めるとでも?」
「南雲先輩。なずなのことは好きですか?」
「なんだいきなり……」
「愛しているんですか? 恋人として、ゆくゆくは家族として、彼女を大切に出来るんですか?」
「……少なくとも、お前よりは大切に出来る」
ここで、好きだ、愛している――と、いう言葉を避けたということは、おそらく南雲自身、まだ明確に自分がなずなを愛しているか自信がないのだろう。
こいつがなずなに抱いているのは、一時、池が篠原に抱いていた感情と同じ――所有物としての感情だ。
自分の所有物が、別の人間に奪われるのが嫌という子供のような感情。池の場合は、そこから愛に目覚めたが、南雲は池に出来たことすら出来なかった。
「だ、そうだぞ」
ここで、ずっと黙ってオレたちの話を聞いていたなずなに声をかける。当然ながら、ここに南雲と共になずなが現れたのは偶然などではない。
それこそ、この試験が始まる前から――最終日に南雲が単独行動を取った場合、絶対に後に付いていけと、オレが命令をしていたからだった。
つまり、この状況は、この試験が始まる前――否、オレと南雲が戦うと決まった段階で、こうなると決定付けられていたもの。そして、南雲はここで大切なものを失うのだ。
「なずな。選択肢をやる。今はもう契約書もない、お前を縛るものは何もない。お前の好きにしていい。お前が本当に好きなのが誰か、教えてくれるか?」
そう問いかけると、なずなは南雲の方を見た。
南雲は一瞬、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。当然だと、俺を選ぶのが当たり前なんだと、そう言わんばかりに手を広げてなずなを受け入れようとした。
「……ごめん、雅」
しかし、なずなはそんな南雲の隣を通り過ぎて、オレの方に走ってくる。最初は申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、オレとの距離が近くなると、その顔も何かを期待したようなものに変わっていく。
逆に南雲は、「えっ……」と声を上げた。
全く予想していなかった光景を目にして、どうすればいいかわからず、なずなを受け入れようと広げた手は寂しくも空を受け入れたままとなっている。
もし、もっと早くに南雲が朝比奈のことを見ていれば、混合合宿で橘を陥れずに真っ向から堀北兄と戦っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
「ご、ご主人様っ! なずなは、ご主人様のペットです。またいつでも調教して可愛がってくださいっ!」
そう言って、なずなはオレに抱き着くと、胸板に頬をすり合わせてきた。それは、誰がどう見ても好きな人へ向ける感情であり、南雲の表情が驚愕を含んだ絶望のものへと変化していく。
「そんな、なずな……なんで……オレのこと好きだって、言ってたじゃないか……」
「家族として、幼馴染としては好きだよ。雅も同じでしょ?」
「違う……俺は、お前を、本気で……」
「じゃあ、今さっき、何で私のことを好きって言ってくれなかったの?」
「それはっ……」
キッと、オレに鋭い視線を向けてくる。
憎い仇であるオレの前で、愛など語れないという気持ちがあったのだろう。しかし、それは、なずなに、南雲は自分のことを愛していないと思わせるには十分だった。
「何でだ、なずなっ! お前は綾小路にずっと酷い目に合わされていたんじゃないのか!?」
「そうだね。最初はちょっと苦しかったかも……嫌って言っても止めてくれなくて……でも、段々とそれが気持ちよくなってきたんだ。知ってる? 清隆くんのって、凄いサイズなんだよ。お腹がゴリって押されて、突き抜けちゃうんじゃないかってくらいポッコリお腹が膨らむの」
恍惚の表情を浮かべて、調教を思い出すなすなに悲壮感はない。まるで、楽しい思い出を振り返るかのような言葉に、南雲は信じられないという表情を浮かべる。
「どうして……そんなことに……俺の、俺のせいか?」
「どうかな? 巡り合わせが悪かった……私にしてみれば良かっただけど。でも、もう今更、ここで雅を選んで付き合っても、きっと続かないよ。だって、私もう清隆くん専用にされちゃったもん」
それこそ、高円寺クラスのTレックスを持っているなら話は別だが、あのレベルのモノを装備している男は日本の中でもそうはいない。南雲が三人目という線はないだろう。
「な、ずな……」
「雅……私ね、ずっと雅のことが好きだったんだよ。雅が小さい頃から、それこそ堀北先輩を追いかけてた時まで、ずっと好きだった……」
「俺も……俺だって……っ」
「もし、雅がもっと早く私を選んでくれていたら、こんなことにはならなかったかもしれないね……」
ずっと自分を好きでいてくれると思っていた相手――オレには無理やり契約で従わされていただけで、本心では自分のことを好きだと思っていた女の独白に、南雲はもう頭が真っ白になってしまったのだろう。
オレに向けて全力で媚びを売り、その大きな胸をむにゅりと形が変わるくらい押し付けて上目遣いを使うなずなの姿を、まるで見知らぬ女を見るような目で見ている。
だが、別に絶望感を与えるのだけが目的ではなかった。最初からなずなはオレの側だった――故に、この勝負は最初から決着がついていたことをこれから教えてやる。
なずなの尻を揉みながら、彼女の鞄からタブレットを取り出す。そして、そのタブレットを受け取ると、徐にサーチを連打した。
当然ながら、サーチは1回使う毎に1点を消費する。それが連打されれば、自ずと南雲グループの得点はどんどん少なくなっていく訳だ。
「な、なにをしている……やめろ」
南雲も、すぐにオレがなずなのタブレットを使ってサーチを連打していることに気付いたようで、フラつきながらも慌ててこちらに駆けよろうと動いてくる。
「やめろ……やめろぉぉぉっ!!」
こちらに拳を振りかざし、無防備突っ込んでくる南雲――だが、当然、南雲程度がオレの相手になるはずがなく、顔面を狙った一撃を回避してカウンターで鳩尾に一撃を入れていく。
「あ、やの……こ……っ!」
瞬時に呼吸が出来なくなり、南雲は意識を失うように崩れ落ちた。オレにしがみ付いていたなずなも、「び、びっくりした……」と声を上げる。
まさか、襲ってくるのは想定外だったが、ここでなずなを経由して南雲グループの得点を減らすことこそが、必勝の策だった。
南雲グループの他のメンバーも、すぐに異常に気が付くだろうが、犯人がオレだとわかればなずなが後ろ指を刺されるようなことはないはずだ。
もし、この場に南雲が来なかった場合、桐山を通じてなずなに命令を下さないと行けなくなり、彼女が疑われる確率が上がってしまうので、こうしてノコノコとやってきてくれて本当に良かった。
実は、昨日八神があっさりと撤退を決めたのも、今回と同じ理由だった――宇都宮がオレの駒になったことで、八神がどんなに得点を稼いだとしても、最終的にはサーチを連打してその得点を無にすることが出来る。
それがわかったが故に、八神は素直に撤退した。
原作では、オレがやる気なしで誰かと得点で競うということがなかったからこそ、このサーチ戦法が解禁されることはなかったが、自得点を競うという戦いにおいて、相手の持ち点を減らすのは常套手段だ。それこそ、雪が生徒会長になった時も似たような手段を使ったしな。
もし、南雲がもっと警戒して、なずなを自分のグループに入れなかったらこんなことにはならなかっただろう。
まぁ、その場合は南雲と同じグループの誰かからタブレットを頂戴するか、今回のように1対1で南雲を倒してからタブレットを奪ってサーチを繰り返せばいい。
タブレットを他人が使ってはいけないというルールはないし、事前にターゲットを決めてさえしまえば、タブレットのロック番号を調べることもそう難しくなかった。
結局、どう転んでもこの結果に行きついていた。
このまま、南雲の得点を100点くらいまで減らしてやる。0にしてしまうと、なずなが退学ラインに入ってしまうし、ある程度の得点は残す必要がある――と、思っていると、気が付けばなずなが、オレのジャージのズボンを降ろしてTレックスに奉仕を始めていた。
まぁ、サーチをした感じ、近くには誰も居ないようだし、好きにさせて問題はないだろう。
そのまま、9時になって次の指定エリアがI2だと判明するまで、なずなを可愛がって過ごすことにした。
南雲は途中で一度目を覚ます素振りを見せたが、オレとなずなの姿を見て、すぐにまた眠りについている。まるで、現実から逃げるように、南雲は夢の中へと旅立っていった。
その間、グループのメンバーからもトランシーバーに連絡が来ていたようだが、当然のように無視してなずなの体を楽しませて貰っている。
その後、オレがエリア移動を始める頃になっても、南雲は眠ったままだった。なずなが「雅は私が見てるから大丈夫だよ」と、笑みを浮かべたので、そのままI2に向かって移動を始める。
これから月城との最後のバトルだ。その前に、たっぷりと英気を養ってやる気も出てきたし、ここに南雲が来てくれて本当に助かったな。
◇◆
もう少し歩けば指定エリアであるI2に入る。が、その前に念には念を入れてやっておくことがあった。
ここからオレは月城や司馬を相手に戦うことになる。鬼龍院が原作通りに来るかどうかはわからないが、仮に来なかったとしても本気で頑張れば何とか対処できるはずだ。
だが、そこから特別試験に戻って得点を稼ぐという時間は、おそらくそう残されてはいなかった。
南雲も八神ももう戦えないようにはしたが、グループメンバーの頑張りで得点を多く稼いでしまうという可能性は十分あり得る。
勿論、なずなや宇都宮を使って得点を減らすのは難しいことではないが、サーチ連打は周囲に不信感を与えるのでそう易々と使えるものではない。だからこそ、こちらも予め打っていた保険を使って得点を稼ぐことにした。
「お待たせ、綾小路くんっ」
やってきたのは桔梗――そう、ずっと上位10位前後をうろうろしていたこの桔梗のグループは、オレが保険のために用意していたものだった。
最終日に得点が2倍になり、万が一が起きた時にこちらも人手を使えるようにと、BクラスとCクラスの優秀な女子を集めて作っておいたグループ。
下手をすれば、桔梗がこの試験の最中に一番話をしていた相手かもしれない。この試験が始まってからずっと、七瀬の目を盗んで連絡を取り合い、移動ではどういう動きをすればいいのか、どの課題を優先的にやればいいのか、ずっとトランシーバーで指示を出していた。
そうでなければ、いくら桔梗や姫野、初川が優秀だといっても、女子3人のグループで上位争いは出来ない。
Aクラスの六角のグループも、おそらくは坂柳が同じように指示を出して上位をキープさせていたのだろう。オレの予測が正しければ、今頃は龍園のグループと合流して得点を稼いでいるはずだ。
こちらも、桔梗と大グループを作っていく。
今のオレの得点は209点。ここ数日サーチを使いすぎて下がってしまってたが、桔梗のグループの得点238点と合わせることで回復が見込める。
これで大グループが出来上がり、オレは桔梗のグループに吸収された。得点も223点と若干上昇し、ここから先はオレが月城たちの相手をしている間に、桔梗や他のグループメンバーに頑張って得点を稼いで貰うという作戦だ。
おそらく、坂柳もAクラスやDクラスの生徒を使って課題を龍園に斡旋する動きを見せているはず。こちらも、BクラスとCクラスで協調して、雪たちや桔梗たちに課題を斡旋させて得点を稼がせる。
1年が撤退し、3年も南雲が倒れたことで統率を失っている。ここが一気に巻き上げるチャンスだ――まぁ、オレの場合は万が一を防げればいいだけなので、そこまで頑張る必要はない。もしもの時は、椿やなずなから連絡が飛んでくるだろうしな。
と、いうことで、しっかりと保険も使い、全ての準備が整ったので、桔梗に指示を出して見送るとそのままI2に入っていく。
正直、グループが変わってエリアも変わったので無視しても良いのだが、ここで勝負を決めないと、もしかしたら原作にない動きをされる危険もあるので、素直にここで決着を付ける。
迷うことなく森を抜け、砂浜と青い海が広がっているのが見えてくると、2人の大人がこちらを向いて立っているのが視界に入ってきた。
当然ながら、理事長代理の月城と、1年Dクラス担当の司馬だ。司馬はともかくとして、月城がジャージを着ているのは、原作通り物凄く浮いている。
「七瀬や天沢、八神が失敗したからって、随分と強引な手法を取ることにしたんですね、月城理事長代理」
「どうにも上手く行かないことばかりでしてね。これが、私の取れるギリギリの選択です」
「随分と運頼みですね。高円寺とグループを組んだように、オレが大グループを組んでエリアが変わる可能性もあった。事実、今オレは別の大グループに入っている。もし、オレが来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「いえ、それでもあなたはここにやってきた。今、こうして私たちの前に姿を見せているように」
つまり、何かしらの手段で、オレをここにおびき寄せることが出来たということか――否、違う。
月城は最初の演説の時から、オレにこの試験で襲うとヒントを出していた。そこから考えれば、オレがそれを受けて立つために、ギリギリまでテーブルの変更をしないであろうことは容易に想像できる。
実際、オレとしても、月城がオレを退学させる気がないことは前々から知っており、この戦いはあくまで見世物というのがわかりきっていた。
それでも戦った方がメリットがあるのだから、最終日にこうしてわかりやすい遠くのエリアを指定されれば、オレが月城の存在に気付いて乗ってくるというのはこれまでのオレの出してきた結果からも明らかだ。
故に、月城は最初から、オレが一人でここにくると確信していたのだろう。これまでの付き合いからの人読みすら策に加える辺り、こいつもなかなか良い性格をしていた。
「それで、この後オレはどうなるんでしょうか?」
月城の演技に乗って、オレも白々しく返す。
見ると、視界の端には、原作通り小型船がエンジンをかけられたまま停泊していた。
「出来れば、素直に指示に従っていただき、私たちと共に乗船して貰いたい所です」
「綾小路清隆の自主的なリタイア宣言、という形なら丸く収まるだろう」
「では、リタイアしましょうか?」
と、言うと、一瞬月城が驚いた表情を見せる。司馬も、まさかオレが乗ってくるとは思わなかったようで動揺していた。
「なんて、嘘です。この学校にも未練がありますし、素直に船に乗り込む選択肢は選べません」
「大人を揶揄うものではありませんよ。ですが、君が素直であるなら、わざわざこうして無人島まで足を運ぶ必要もなかったのも確かです」
そう言って、月城は両手を軽く広げる。
また、同時に司馬も構えを見せた。こいつも、今まで特にオレと接点がある訳でもなかったが、月城側の人間であることを隠そうともしていない。
「武器などの類を使えば制圧は簡単ですが、生憎とあなたは商品です。無事に奪還するためにも、必要なのは己の拳だと判断しました」
「退学を避けるためには受けるしかないって訳ですね」
「そういうことになります」
「暴力による解決方法が悪いとは言いませんが、今のオレはこの学校の生徒です。通常のルールに基づいて考えれば、これは『反則』では?」
「確かにそうかもしれません。しかし、君はホワイトルームの中でも特別な成果を残した成功例です。そもそも、この学校で他人と競い合うことそのものが愚かだとは思いませんか? 君にしてみれば、この学校のレベルは幼少期に通過した道――この程度の反則くらい可愛い物でしょう」
随分な言い様だ。しかし、オレも反則紛いのことは何度かしてきている。今回の南雲の件もそうだし、月城のことを一方的に非難できる立場ではなかった。
こちらが肩を竦めて納得する仕草をしてやると、結構とばかりに月城が頷く。そのまま、視線を後ろで待機している司馬の方へと向け、何かを確認するような様子を見せた。
「南雲くんと朝比奈さん、櫛田さんの方は?」
「南雲、朝比奈は綾小路と接敵したH3で動きを止め、櫛田は既に遠ざかっているので心配ないかと」
どうやら、ここに来るまでのオレの動きも、しっかりと把握していたらしい。
それでも、月城はオレがここに来ると確信していたようだ。これまで詰み上げてきた信頼が逆に刃物となってオレを襲ってきている。
「それから、予定外の反応に関しては、天沢が動きを封じているようです」
予定外の反応? 原作では八神が堀北を動かしていたが、この世界での堀北はグループ行動をしている。原作のように簡単に動かすことは出来ないはずだ。
と、すると、他の誰かか?
まぁ、天沢が動いたというのは知っている。南雲やなずなに会う時から、オレが命令して、こちらに近づいてくる生徒を足止めするように命令しておいたからだ。
勿論、桔梗が来ることは教えておいたので、原作のように桔梗と天沢は揉めることなく済んでおり、桔梗は真っ直ぐに大グループを作るためにオレの方にやってきた。
「彼女なりの礼儀は尽くした――と、いうことですかね」
「その様子だと、天沢はそちらにちゃんと絶縁できたようですね」
「ええ。君に負けたから、君の方に着くと宣言して逃げられましたよ。これで彼女は完全に『裏切り者』です。君を連れ戻すべく選ばれた人材でありながら、君を連れ戻すのを拒否したのですからね。まぁ、あの様子では最初からその気はなかったみたいですが……」
七瀬とのバトル後、天沢とも力関係をわからせ、一度報告に戻らせている。おそらく、その時に天沢は正式に月城に絶縁を切り出したのだろう。
当然ながら、体に傷をつけるなという指示を出していたので、司馬に折檻を受ける前にはこちらに逃げ戻ってきていた。この試験が終わった後は、ようやくの記念式が待っており、そこから天沢はより一層オレから離れられなくなる。
しかし、全てはこの苦境を乗り越えてからだ。
無駄話は終わりだと言わんばかりに、月城が一歩踏み出し、それに合わせて司馬がゆっくりとオレの背後に回り込んでくる。それでもまだ距離は5~6mはあるが、油断は一切できない。
多少の隙を見せることにはなるが、距離がある今のうちに靴を脱いでおくことにした。
原作でもそうだったが、この砂で足を取られるのはいくらオレでも厳しい。今なら、仮に奇襲攻撃を受けたとしても回避できる余裕がある。これ以上、近づかれたら流石に無理だが、今が靴を脱ぐ最後のチャンスだった。
「2対1を不公平だとは言いませんよね? あなたは仮にもホワイトルームの最高傑作。これでも、こちらは少々不安を感じているほどです」
「とてもそうは見えませんけどね。下手をすれば、1対1でも圧倒されそうだ」
事実、月城は本気を出せば、1対1でも勝てると思っているはずだ。それでも、オレへの試練として、わざわざ人数差を作って襲い掛かってきている。
流石に本気では来ないと思うが、ある程度手は抜きつつも、人数差の不利を乗り越えるくらいにはオレの能力を見たい――と、いうことだろう。月城の期待が重すぎて嫌になってくる。
とはいえ、油断すれば即敗北であるのは間違いないので油断はできなかった。また、原作で増援はいなかったが、この世界でもそうである保証はない。
念のために、小舟の操縦者に目を向ける。
万が一、あの操縦者が襲い掛かってきても、あの距離であれば気付かないということはないだろう。この見晴らしのいい砂浜に他に伏兵を隠しておくのは不可能である以上、警戒するのは月城、司馬、あの操縦者の三名だけでいいはずだ。
「ご安心を。君と戦うのは、私と彼だけです」
と、言っているが、“今は”――という言葉が抜けていた。
確かに、現段階ではあの操縦者はただの見学者に過ぎないが、最終的にピンチになれば、原作通りにあいつもオレを捕縛するために参戦しようとするだろう。
だが、それ以前の問題として、ここでオレが警戒心を見せておかないと評価に関わる。月城にはオレの優秀さをしっかり覚えていて貰わないといけない以上、原作知識でわかっているからと言って手を抜く訳にはいかなかった。
「自分が負けるとは微塵も考えていない……そんな顔をしていますね」
「そんなことはありませんよ。これでもかなり服の下には冷や汗をかいてます。顔に出づらいだけかと」
まだ向こうが本気でないこともあって、不意を突いて制圧するだけなら、月城の言う通りそう難しいことではないとは思っている。
しかし、相手は理事長代理に教師だ。
向こうはいくらでも悪事をもみ消せても、生徒であるオレはそうはいかない。先手を取って仕掛ければ、戦い以外の盤面で面倒事が出てくる。
――正当防衛の形はどうしても必要だ。
「有利になるとわかっていても、やはり自分からは仕掛けてきませんか――では、遠慮なく、こちらから始めるとしましょう。司馬先生」
月城が相方の名前を呼ぶと同時に、二人が同じタイミングで仕掛けてきた。
司馬が足音と気配を消して、こちらの頭を掴みに来るのを軽くしゃがんで回避。こちらの避ける動作の途中、前から月城が手を伸ばして司馬同様にこちらを掴みに来たので、軽く身を反らしてその動きから逃れ、サイドステップで距離を取っていく。
こちらもそうだが、向こうもまだまだ様子見の段階――だが、データだけだった情報が、今の攻防で更新された。実戦でのオレの技量を見て、脳内で手加減の修正をしたのか、もう一段階ギアを上げた月城が司馬と共に再び距離を詰めるように動いてくる。
早めに素足になっていたおかげもあって、避ける分にはそう苦労はしないが、なかなかの早さだ。やはり、武器を持って本気を出していれば、月城はオレを制圧できたのではないだろうか。
「いい動きです。早めに靴を脱いだのは正解でしたね」
実際、原作では足場を気にして、二人に追い込まれる場面があった。今のオレは足場を気にせず回避に集中すればいいので、月城が評価するだけの動きが出来ている。
「しかし、二人がかりでこうも捕まえられないとは……まるで未来予知ですね」
「捕まった時点でゲームオーバーですからね。そりゃ必死にもなります」
とはいえ、回避が出来ているのは、二人の攻撃が掴みに限定されているからだった。
どうやら、傷を付けたくないというのは割と嘘ではないようで、そのおかげで攻撃を見切ることが出来ている。
どこかで打撃も混ぜて来るようになれば、こちらとしても回避しきれるかどうかは怪しい。それこそ、不利を覚悟で攻撃する必要性も出てくるかもしれなかった。
だが、逆を言えば、今の攻撃が続くのであれば回避は問題ない。四本の腕が代わる代わるに伸びてくるのを回避しつつ、月城がまたギアを上げるのを警戒していく。
「いやはや、私たち二人を相手に、見事な立ち回りですね綾小路くん。ですが、人間の体力は有限です。そろそろ息が上がり始める頃では?」
「いや、そろそろ所か、もう一杯一杯ですよ。もっと手加減してくれると嬉しいんですが?」
「残念ながら、君相手に手加減するというのは無理があります。こうしてじっくり攻めて、君の体力が切れた所を連れ帰らせて貰いますよ」
そう言いながら、ここで月城ももう一段階ギアを上げてきた。オレが月城の手加減に気付いたことを匂わせたことで、これ以上の様子見は無駄と判断したらしく、司馬も同様にここからは打撃も混ぜて一気にオレを制圧しようと動いてくる。
原作のように、月城の策に嵌ってピンチになるということはなかったが、それでもスピードや威力が上がったことで、今まで通りに攻撃を躱すことは不可能になった。
回避に加え、腕や足での防御や受け流しも混ぜて、何とか直撃を凌いでいく。しかし、それでも防ぐのがやっとな状態だった。正確には、自身の安全を確保したままでは、防ぐのがやっとというべきか――
「……これも凌ぎきりますか。君の反射神経や反応速度は常人の域ではありませんねぇ」
「こちらとしても隙がないので戦い難くて困りますよ」
「子供のように純粋に力と力だけをぶつけ合う喧嘩とは違い、我々大人は負けないために最善の策を取ることを迷いません。例えそれが泥臭く、決して格好の良いものでないとしてもね」
――さて、本番はここからだ。
正直、月城の能力はある程度把握できた。背後の司馬も強敵ではあるものの、このまま手加減してくれるのであれば、倒すだけなら何とかなるだろう。
しかし、それでも容易にはいかない。
倒すにしても、それはこちらもある程度のダメージを受けることを前提としたものとなる。出来れば、無傷でこの場を制圧して終わりたいものだが――と、考えていると、ずっと心待ちにしていた足音が聞こえてきた。司馬も気づいたようで、「月城理事長代理」と声を上げる。
「こんな人気のない所で、理事長代理殿と担任教師殿が学生を相手に何をされているのかな?」
ずっとGPSサーチで居場所が把握できなかったから来てくれると信じてはいたが、出来ればもっと早く来て欲しかったぞ鬼龍院。
原作との変化点。
・南雲に引導を渡した。
待ちに待った南雲脳破壊タイムだよ! 全員集合! ちなみに、ずっと見せたかったのはこれだけじゃなくて、サーチ連打による点消費作戦。原作だと清隆が勝つ気ないからやらなかったけど、単純に勝つだけならこれが最強の戦術だと自負している。
・桔梗と大グループを組んだ。
実は裏でずっと連絡を取り合っていた。出番が少なかったのも意図的に隠していたからだったりする。グループ作りから得点稼ぎまで、もう桔梗さんに足向けて眠れねぇ。
・月城と司馬とのバトル。
先に靴を脱いだくらいで基本的には原作通り。もし、どんなバトルかみたいならアニメ4期をを見るといい。バトルの内容少し違うけどなんかすごいから(笑)
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
南雲との決着も付けていろいろスッキリ。また、一か八かの賭けにも勝ち、鬼龍院が来たことで月城の戦いも終わりが見えた。
・櫛田桔梗
陰の立役者。やはり保険があるのとないのでは違うため、ここでグループを組めたことで敗北もほぼなくなった。
・朝比奈なずな
南雲よりも清隆を取った。まぁ、最初からわかりきっていた展開ではあるが、やはり書くのは楽しかった。
・鬼龍院楓花
原作通りに助けに来た。実は今日は朝からずっと清隆のことをストーキングしていたりする。
・南雲雅
勝負でも敗北し、なずなも失った。全てを失ってスヤァと夢の中へ逃げて行った。
・月城常成
仮に清隆がグループを組んでも、自分との関係性を継続したいなら来ると確信をもって待っていた。何だかんだ清隆を信じている。戦ってて少しずつ楽しくなってきちゃったおじさん。
・司馬克典
この無人島試験を気に出番がなくなるおじさん。WRともどういう関係なのかもほぼ不明。だが、原作では天沢に折檻するくらい強い。