ようこそ俺小路くんの無念を晴らす教室へ   作:おこむね

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SIDE:11 『南雲雅の終幕:朝比奈なずなの選択』

 SIDE:南雲雅

 

 

 遂に無人島サバイバル試験が開始された。正直、停学していた半年よりも、この試験が始まる数週間の方が余程長く感じたくらいだ。

 

 この試験に勝利し、奴からなずなを解放する。

 

 だが、言葉で言う程簡単じゃない。この試験は基本的に男女でグループを組んだ方が効率がいいという都合上、どうしても俺だけが頑張ればどうにかなるタイプの試験ではなかった。

 

 なずなを含めた、Aクラスの中での優秀な女子たちの力を借りつつ、序盤は無理をし過ぎない程度に得点を集めていく。

 単独である綾小路は、最初は順調に得点を稼げても、後半で失速するのが目に見えている。今はまだのんびりやるくらいで丁度いい。

 

 また、なずなの様子も見ていたが、懸念していた裏切りの様子はない。綾小路は愚か、他の誰かに連絡するような素振りすら見せていなかった。

 

 そして、4日目――上位と下位10組が可視化し、俺と綾小路の点差は思ったよりも大きかったが、この程度ならまだどうとでもなる。

 この4日目から、俺は3年Aクラスの小グループ4つを綾小路に張り付かせた。奴の動きを妨害して着順報酬によるボーナスを防ぎつつ、八神との契約で手に入れた1年の集団が奴の課題を封殺することにより、少しずつ綾小路は得点力を下げさせていく。

 

 それでも、運よく着順報酬を得て延命しているようだが、もう限界が近いはずだった。

 

 とはいえ、こちらも余裕がある訳じゃない。どうやら桐山は本気で俺に反逆しているようで、3年BクラスからDクラスの小グループを指揮して、本格的に俺たちを妨害してきている。

 正直、桐山を舐めていた。

 いや、後ろにいるのが綾小路だからこそか? どちらにしても、もし俺が八神と組んでいなかったら、もっと死ぬ気で得点を稼ぐ必要があっただろう。それだけ、3年の包囲網は面倒だった。

 

 出来ればペースを上げたい所だが、俺は大丈夫でも他のメンバーはこのペースについてくるのはかなり厳しいはずだ。

 休んでも良いと声をかけるが、気丈に振舞って大丈夫と返事をしている。やはり、なずなもこの試験で俺に勝って欲しいのだろう。絶対に、綾小路に勝って見せる。

 

 6日目にサーチが解禁されてから、ようやく綾小路の動きが手に取るように読めるようになった。

 

 相手の位置が読めれば、どう動こうとしているかを読むのはそう難しいことじゃない。綾小路が着順報酬を得ないように各グループを動かしていく。

 しかし、それでも逃げた先がまた指定エリアという不運や、危険な山道を進むという荒業で綾小路も頑張って得点を稼いでいた。だが、近場の課題は受けられないため、どうしても得点は伸び悩んでいくはずだ。

 

 7日目は雨で試験が中断してしまったが、どうやら綾小路もそろそろ厳しくなってきたようで、少しずつ差は詰まってきている。

 どうやら向こうもサーチを使って周囲の動向を探っているようで、そのマイナスも影響しているのだろう。こちらもそろそろ本格的に動き出す頃合いだ。

 

 8日目、試験が再開すると、試験中断後の隙を狙って大グループを作るためにグループ枠を拡張する試験を受けに行く。

 流石の桐山も、あの大雨で試験が中断して動きが鈍くなっている今、完全な妨害をすることはできない。これで、こちらも6人の大グループを作れるようになった。

 

 だが、ここで綾小路も動きを見せる。

 

 ずっと単独で圧倒的な点数を誇っていた高円寺と合流してグループを作ったのだ。これで、綾小路グループの得点は大きく上昇し、俺たちとは50点以上の差が生まれてしまった。

 こちらが大グループを作って平均得点が下がったことも大きい。しかし、まだ天は俺を見捨ててはいなかった。どうやら、高円寺は体調不良か何かでリタイアしたようで、これで綾小路は着順報酬を得ることが出来なくなった。

 

 後は課題を封殺してしまえばこちらのもの――と、考えていたが、ここで綾小路も動きを見せてきた。

 まるで原始人のように木の上を移動してこちらの妨害をすり抜け、遠くの課題を受けに行ったのだ。いくらこちらが課題を封殺しているとはいえ、どうしたって人数には限りがある。近場を封じれば遠くに手を出す余裕はなく、奴の動きを封じることは難しくなった。

 

 とはいえ、こんな荒業をいつまでも続けられるはずがない。いくら、あいつが凄い奴とはいっても、人間である以上体力は有限。いつか足を止めざるを得なくなるはずだ。

 

 9日目も、8日目と変わらず無人島全体を大きく動いて妨害を回避し、遠くの課題で得点を稼ぐという方法で、こちらの追随を許そうとしない。だが、それでも少しずつ得点力は下がってきていた。得点差は確実に埋まってきている。

 

 やはり、大グループであるこちらと、実質単独である向こうでは基本移動での得点で差が付く。向こうも課題をこなして誤魔化そうとしているが、それでも妨害により遠くの課題を受けに行く都合上、数をこなすということが出来ないのも確かだった。

 

 そして10日目。遂に綾小路が失速し始める。

 

 こちらも、綾小路の動きについてくのは無理と判断し、物理的な妨害に当てていた人員を1年と同じ課題の封殺に当てたことが幸いした。近場の課題や、少し離れた課題も受けられなくなった上、指定エリアも遠くということで、この日は綾小路も僅かな得点だけで終わっている。

 

 その間に、こちらは数の有利を使って遂に綾小路の得点を超えた。ほんの僅かな差ではあるが、それでもようやくまた奴の上に立つことが出来た。

 

 今、俺たちは2位。1位は雪や鈴音、帆波の大グループだが、このグループは既に最大人数まで人数を増やしているので、ここに綾小路が合流する恐れはない。

 桐山も頑張ってはいたが、途中でグループメンバーに体調不良が出たようで得点が大幅に落ちた。綾小路が高円寺と組んだり、意味不明な動きを見せたりとイレギュラーもあったが、ようやく予定通りに事を進めることが出来ている。

 

 後は、この状況を盤石なものにするだけ。

 

 10日目が終わった段階で、綾小路はC9という陸が僅かにしかないエリアでキャンプをしていた。この機を逃す手はない。

 11日目が始まると同時に、綾小路を囲って再び足止めをさせる。それでも、奴は振り切っていくだろうが、その時はまた課題を封殺してやれば良い。今度は、隠していたCクラス、Dクラスの小グループも合流させて、俺の使える全ての駒を奴にぶつけていく。

 

 正直、今使えるのが全6グループ18人なのは恥ずかしい限りだが、どんな小さな力も使い様だ。

 

 それに八神もそろそろ仕掛けるつもりでいるようで、ここから綾小路はさらに苦しむことになる。そうなれば、もう試験を続ける所ではなくなるだろう。

 

 こちらも、流石にグループメンバーに疲労が色濃く出てきているが、それでも何とか得点を稼いでいく。

 とはいえ、綾小路の妨害をしながら1位を取るのは流石に難しい。もう少し駒があれば、雪たちを抑えられたが、今回は素直にあいつらに1位を譲るしかなさそうだ。

 

 そして、来る12日目。八神が動き出したようで、綾小路が指定エリアを無視して逃げ始めた。サーチもかなり使っているようで、得点がどんどん下がっている。

 こちらもグループメンバーの一人が足を痛めるアクシデントが起きたが、少なくともこの日だけで綾小路との点差は50点程付いていた。流石に50点はもうセーフティラインと言って良いだろう。いくら綾小路が凄くても、残り2日で俺や八神の妨害を受けながら50点も稼げるはずがない。

 

 実際、13日目の綾小路は指定エリアを踏むのがやっとという様子だった。この日からは各グループの順位は見られなくなっているが、サーチが使えれば離れていても綾小路の動きはわかる。

 

 周囲の課題を抑えられ、エリア移動を行うので一杯一杯――そういう風にしか見えない。

 

 しかし、ここでこちらにもイレギュラーが起きた。何故かはわからないが八神が急にこの試験から手を引くと言ってきたのだ。

 ここで1年が撤退してしまうと、課題を封殺することが出来なくなり、最終日に逆転の可能性も出てくる。何とかして、綾小路の動きを止めなければ――と、思っていたのだが、1年の妨害がなくなったにも関わらず、綾小路は依然として課題を受けようとはせずに、ただただ指定エリアに向かって歩いているだけだった。

 

 何故だ?

 

 まさか、1年が撤退したことに気付いていない?

 

 いや、それはない。少し前まで湯水のようにサーチを連打して、周囲を警戒していたのだ。そのあいつが、今になって周りの状況がわからなくなるなんてことあるはずがない。

 

 だが、サーチで動きを探っている限り、あいつが課題を受けに行くような様子はなかった。順位はわからないが、大きく得点が追加されているということ言うことはないはずだ。

 

 まさか、諦めたのか?

 

 この特別試験であいつが負けても、なずなとの関係がリセットされるだけでマイナスはない。なら、もう負けても良いと考えてもおかしくはない、か?

 

 いや、有り得ない。

 

 妨害が続いているならまだしも、1年は撤退した。ここから動けば、まだ綾小路が勝利する可能性は残っている。諦める理由が存在しない。

 

 つまり、何かあるんだ。

 

 あいつは、ここから俺に逆転するだけ手段を何か持っている。これは、それ故の余裕だ。

 

 しかし、何だ? どうやれば、この点差を逆転できる? 少なくとも、残り1日半しかない時間を無駄に使えるような余裕はないはずだ。

 

 わからない。

 

 結局、綾小路は13日目が終わっても、大きな動きは見せなかった。ただエリアを踏んで、普通に試験を受けているだけ。

 

 このままいけば、まず俺が勝つ。勝てるはずだ。

 

 だが、どうしても言いようのない不安が襲ってくる。あいつには見えていて、俺には見えていないもの。それこそ、何か大きなものを見落としているような――この不安を拭い去るには、もう綾小路と直接対峙する以外の方法はなかった。

 

 幸いにも、俺が今いるエリアはH4だ。綾小路がいるG3とはそこまで距離がある訳じゃない。

 

 わからないのであれば、直接問いただすまで。

 

 気負うことはない。このままいけば俺は勝てるんだ。なら、疑問を疑問のままにするよりも、奴の考えを知ろうと思うのは間違いではないはず。

 

 そう自分に言い聞かせて、俺は14日目に動き出すことにした。朝7時の指定エリアはI4で、あいつの指定エリアはH3――指定エリアを踏んでからでも純分に間に合う距離だ。

 

 俺は指定エリア到達後、仲間には何も言わず、綾小路に会いに行こうとした。しかし、なずなだけはその動きに気付いたようで一緒に来ると訴えてくる。

 正直、あいつの前になずなを連れて行きたくはない。仲間と一緒にこの安全な場所で待っていて欲しかった。だが、なずなの決意は固く、無視しても付いてきそうだったので、仕方なく一緒に連れていくことにしている。

 

 そうして、俺となずなは動き出した。

 

 綾小路の指定エリアであり、おそらくは俺たちの最後の戦いになるであろうH3の奥地へ。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 SIDE:朝比奈なずな

 

 

 この試験が始まる前から、清隆くんに命令されていたのはたった一つのことだった。

 

 試験最終日に雅の後に付いていく。

 

 それ以外は、指示があるまで真面目に試験を行っているだけでいいと言われ、一応隙を突いて桐山くんからトランシーバーを受け取ったものの、結局は一度も使わずに最終日を迎えている。

 

 そして、この日。雅は清隆くんの言う通りに、一人でどこかに行こうとした。他のグループメンバーは気付かなかったようだけど、私は事前に気を配っていたおかげで気づくことが出来た。

 

 雅は、私が気づいたことに困ったような笑みを浮かべる。どうやら一人でどこかに行きたいらしい。

 

 私もそこまで馬鹿じゃなかった。雅が一人で清隆くんとの決着を付けようとしていることはすぐにわかったし、だからこそここで取り残される訳にはいかない。私は、最終日に雅についていけと命令されている。その命令を無視することは出来ない。

 

 雅も、長い付き合いだけあって、私が引かないとわかると渋々ながら同行を認めてくれた。

 

 そのまま、二人で清隆くんがいるH3に向かって歩いていく。私に下った命令から考えても、清隆くんもここで雅や私と会うことは事前に想定済みなのだろう。

 彼はH3の中でも、まず人が来ないであろう奥地で足を止めていた。おそらく、雅や私が来るのを待っているのだ。雅も、それはわかったようで、「舐めやがって」と呟いている。

 

 しかし、H3につくと、そんな感情はおくびにも出さず、雅は清隆くんを挑発していた。流石に雅も百戦錬磨――この程度のやりあいは当たり前のようにやってみせる。

 

 対する清隆くんは、余裕たっぷりだった。

 

 雅がどうして試験を放棄したように動いていると聞いても、暖簾に腕押しとばかりに、のらりくらりと問いかけを受け流している。あまりの余裕っぷりに、逆に雅は余裕がなくなってきていた。

 

 そんな雅を見ながら、清隆くんは一枚の紙を取り出してくる。それは、前年度の混合合宿で私と彼の間で交わされた契約書――卒業まで彼の言うこと聞く奴隷契約書だった。

 

「お見事です、南雲先輩。この試験の結果はともかくとして、あなたはオレが思っていた以上に優秀だった。その報酬として、この契約書は破棄して差し上げます」

 

 まるで、子供を褒めるようにそう言うと、清隆くんは私の契約書をビリビリに破いて海へと捨てていく。

 

 これで、もう私と清隆くんを縛るものは、何もなくなった。もう彼の命令に従う必要はなく、私は私の意思で行動することが出来るようになったということだ。

 

「どういうつもりだ……? 本当に負けを認めるとでも?」

 

 いきなりの奇行に、雅も疑問の声を上げる。でも、清隆くんはそんな言葉を無視して、雅に問いを投げかけていた。

 

「南雲先輩。なずなのことは好きですか?」

「なんだいきなり……」

「愛しているんですか? 恋人として、ゆくゆくは家族として、彼女を大切に出来るんですか?」

「……少なくとも、お前よりは大切に出来る」

 

 雅は、明確に答えを口にしなかった。

 

 この試験が始まる前は、あんなに情熱的に私に告白してくれたのに、今は恥ずかしさが勝るのか、あの時のように私に気持ちを向けようとはしない。

 

 もし、ここで雅が、前と同じかそれ以上の気持ちを私にぶつけてくれたら、もしかしたら私と雅がこのまま恋人になるという未来もあったのだろうか――

 

「だ、そうだぞなずな。選択肢をやる。今はもう契約書もない、お前を縛るものは何もない。お前の好きにしていい。お前が本当に好きなのが誰か、教えてくれるか?」

 

 そう問いかけられ、ふと雅の方を見る。

 

 思えば、小さな頃からずっと一緒に育ってきた。あの頃は、いつか私は雅のお嫁さんになって、幸せな家庭を築くことを夢見ていたっけか。

 

 雅が、来いと言わんばかりに腕を広げる。

 

 もし去年までの私なら――

 

 清隆くんに出会う前の私なら――

 

 きっと、あの胸に飛び込んでいた。

 

 だけど。

 

「……ごめん、雅」

 

 もう、私は戻れない所まで来てしまっていた。

 

 清隆くん――いや、ご主人様なしでは生きられない。この半年で、私はそう躾けられてしまった。もう、彼無しで生きることは考えられない。私の幸せは、彼といることだ。

 

「えっ……」

 

 隣をすり抜けていく私を見て、雅が小さな声を漏らした。ごめんね、雅。でも、雅が悪いんだよ、雅が私のことをちゃんと見てくれないからこんなことになっちゃったんだから。

 

 ――私の先に、ご主人様がいる。

 

 ご主人様は、雅のように手を広げて迎え入れてくれるようなことはなかった。でも、こうなるのが当然と言わんばかりの態度で、私を受け入れてくれる。その大きな胸板に頬を擦りつけるだけで、もう体の準備が出来てしまいそうだった。

 

「ご、ご主人様っ! なずなは、ご主人様のペットです。またいつでも調教して可愛がってくださいっ!」

 

 もう契約なんて関係ない。あんな紙切れがあろうとなかろうと、私とご主人様の関係は何も変わることはなかった。

 

「そんな、なずな……なんで……オレのこと好きだって、言ってたじゃないか……」

「家族として、幼馴染としては好きだよ。雅も同じでしょ?」

「違う……俺は、お前を、本気で……」

「じゃあ、今さっき、何で私のことを好きって言ってくれなかったの?」

「それはっ……」

 

 結局、前の告白は勢いだけだったということ。

 

 もし本当に私のことが好きなら今だって言葉に出来るはずだ。それが出来ない時点で、雅は私のことが好きなんじゃなくて、自分の都合のいい女を他人に渡したくないだけ。

 

「何でだ、なずなっ! お前は綾小路にずっと酷い目に合わされていたんじゃないのか!?」

 

 酷い? まぁ、確かに慣れるまではそうだったかも。何度も止めてって言っても、契約で逆らえないから、ご主人様もやりたい放題してくれたし。

 

「そうだね。最初はちょっと苦しかったかも……嫌って言っても止めてくれなくて……でも、段々とそれが気持ちよくなってきたんだ。知ってる? 清隆くんのって、凄いサイズなんだよ。お腹がゴリって押されて、突き抜けちゃうんじゃないかってくらいポッコリお腹が膨らむの」

 

 私もご主人様以外の人と経験がある訳じゃないから、比較対象はそういう動画で見たモノだけだけど、あんなに大きなものを持っている人はそういないって本人も言っていた。

 

「どうして……そんなことに……俺の、俺のせいか?」

 

 そうだね。雅のせい――いや、違うかも。仮に雅が私を捕まえていたとしても、私は清隆くんに屈していたかもしれない。そう考えると、一概に雅のせいだけとは言えなかった。

 

「どうかな? 巡り合わせが悪かった……私にしてみれば良かっただけど。でも、もう今更、ここで雅を選んで付き合っても、きっと続かないよ。だって、私もう清隆くん専用にされちゃったもん」

 

 親兄弟を恋人に見ることが出来ないのと同じく、私と雅は近すぎたんだ。もう少し距離があれば、もっと違う未来もあったとも思うけど――結局、私と雅は、運命の赤い糸で繋がってはいなかった。

 

「な、ずな……」

 

 呆然と、私の名を呟いている雅は、今まで見たこともないような顔をしている。

 

「雅……私ね、ずっと雅のことが好きだったんだよ。雅が小さい頃から、それこそ堀北先輩を追いかけてた時まで、ずっと好きだった……」

「俺も……俺だって……っ」

「もし、雅がもっと早く私を選んでくれていたら、こんなことにはならなかったかもしれないね……」

 

 正直、罪悪感はあった。別に私は、雅の恋人でも何でもないけど、付き合いの長さだけ言えば10年以上も共に育ってきたのだ。

 その雅を裏切り、他の男に媚びる私のことを、きっと雅は恨むだろう。けど、愛は盲目ではないが、私の世界の優先順位は変わってしまった。

 

 一番は、清隆くん。

 

 彼のためなら、例え同じクラスの仲間に後ろ指を刺されて生活することになっても気にならない。

 今までの私なら、もっと仲間を大切にして、友達と不仲になることを恐れた。でも、今は誰に嫌われても一人にはならないとわかっているからこそ、何でもできる。

 

「な、なにをしている……やめろ」

 

 突如として、雅が慌てたような声を出した。

 

 視線を上に向けると、清隆くんが私の横を見ている。そのまま目線を移すと、いつの間にか、その手には私のタブレットを持っていて、ひたすらにサーチを連打していた。

 

 ここでようやく、私がここに呼び出された意味を理解する。サーチは1回使う毎に1点を消費するシステムになっていた。雅と同じグループである私のタブレットでそれを連打すれば、自ずと雅のグループの得点は減少していく。

 

 昨日、何もしなかったのも、雅に不信感を抱かせてここに来させるためにわざと――いや、もしかしたら、この試験全体の流れ全てが、最初から彼の手の内だったのかもしれない。

 

「やめろ……やめろぉぉぉっ!!」

 

 雅が、泣き出しそうな悲痛な顔でこちらに突っ込んでくる。手を振り上げて、今にでもこちらを殴ろうとしてくる雅を見て、思わず恐怖で清隆くんに縋りついてしまった。

 

「あ、やの……こ……っ!」

 

 そのまま、鈍い音がしたかと思うと、気が付けば雅は目の前で意識を失っていく。

 

 私が殴られるかと思って凄くびっくりした――勿論、仮に殴られたとしても、雅を恨む気はない。私はそれだけの罪を犯したし、こんな状態の雅の姿を見ても、心配よりもご主人様の様子の方が気になっている。

 

 既にグループの得点は100点程までに減っていた。いくら雅でも、ここから清隆くんの得点に勝てるくらいまで得点は回復できない。

 

 これでご主人様の勝利は決まった。

 

 私が裏切ったから、雅は負けることになったのだ。逆を言えば、私が裏切ったおかげで、ご主人様は勝利できたということ――なら、ご褒美を貰っても良いはず。

 

 そんな考えで、半ば強引にご主人様のズボンを降ろしていく。どうやら、ご主人様もその気になってくれていたようで、既に臨戦態勢に入っているようだった。

 

 舌を這わせ、改めて恭順の意を示す。

 

 私は奴隷で、清隆くんはご主人様――当たり前のようで、普通では有り得ない関係。でも、私はそんな彼との関係にハマってしまっていた。少なくとも、彼のいない未来を想像することが出来ない。

 

 きっと私は卒業した後も、大学へは行かずに働いて、彼がこの学校から出てくるのを待つだろう。1年――長いようで短いその時間で、彼に再び会うのを夢見ながら。

 

 その後、9時になり、指定エリアが更新されたにも関わらず、私たちは動かずにその場にとどまっていた。辺りには私の声と、ご主人様の吐息、そしてパンパンと何かを打ち付ける音が響き渡っている。

 

 一瞬、雅が目を覚ましてこちらを見ていた。

 

 しかし、ご主人様に可愛がられている私の姿を見ると、声も上げずに顔を伏せている。どうやら、また意識を失ってしまったようで、そのまま放置することにした。

 

 結局、雅が目を覚ましたのは、全てが終わって清隆くんが次の指定エリアに向かった後――目が覚めた雅は、私に何も言わなかった。責めることもせず、咎めることもせず、ただ全てを諦めたような顔で、自分のタブレットを操作している。

 

 私には雅が何をしているのかわからなかった。

 

 だけど、もうその答えを聞くことは出来ない。

 

 私は雅を裏切ったのだ。その私が、どんな顔をして雅の考えていることを聞けばいいというのか。裏切り者とはいえ、罪悪感がない訳じゃなかった。

 

 でも、後にして思えば、恥を覚悟で聞いておけば良かったかもしれない――ここが、人生の分岐点だったのだ。

 この日を境に、私と雅が話をすることはなくなり、もう雅が何を考えていたのか、どうしてこんな行動を取ったのかという真意を聞くチャンスは二度と訪れることはなかった。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 SIDE:南雲雅

 

 

 全ては、綾小路の掌の上だった――痛みと共に消えゆく意識の中で、それを自覚する。

 

 結局俺は、なずなのことを何も理解していなかった。あいつが何を考えているかなど考えずに、ただ自分の考えを押し付けていただけ。

 

 ――なずなが裏切った。

 

 言葉にすれば単純なものだが、これはそう簡単に起きるものではないということは、付き合いの長い俺が一番よくわかっている。

 俺がなずなを裏切らないように、なずなが俺を裏切るなんて余程のことがないと有り得ない。つまり、綾小路と初めて会ったこの約半年ちょっとの間に、それだけのことが起きたということだ。

 

 そしてそれは、俺が混合合宿で橘先輩をハメて、堀北先輩に屈辱を味わわせようとしたことが最終的な原因と言って良い。

 

 勿論、その前から手を出されていた可能性はある。クリスマス頃から、なずなの様子は妙に変だったし、その頃からちょっかいはあったのだろう。

 しかし、決定打となったのは混合合宿だ。

 あそこで、俺が自分の楽しみを優先した結果――俺は生徒会の椅子だけでなく、なずなまでも奴に差し出してしまった。なずなの言葉が真実なら、あいつは最後まで俺を信じていたのに、俺はそれを裏切ってしまったのだ。

 

 半年――俺が寮で暇をしている間に、なずなは綾小路にどんなことをされていたのか。

 

 あの動画、音はなかったが、あんなことを何度もされていたら、そりゃ落ちても仕方ない。だって、他ならぬ俺が、同じようなことを別の女にもしてきたのだから。

 

「……ごめん、雅」

 

 と、綾小路の胸に飛び込んでいったなずなはそう呟いた。あれはきっと、俺のことを選べなくてごめん――と、いう意味もあったのだと思う。

 

 俺は、どんなことをされても、なずなが俺を裏切るはずがないと思っていた。俺は、なずなをずっと裏切り続けていたのに、俺は無意識になずなの優しさに甘えていたのだ。

 

 失って初めて、その現実が圧し掛かってくる。

 

 女を取られた。言葉にすればただそれだけだ。

 

 だが、取られたのは、自分の半身と言って良いくらいに信頼していた女だった。いつでも、俺のことを信じていて、俺の味方で居てくれる、そんな家族のような女。

 

 そんな女が、今では知らない表情で、憎き相手と言っても良い男に媚びを売っている。胸を押し付けて、頬を擦りつけて、俺には見せたことのない表情で甘えていた。

 

「ご、ご主人様っ! なずなは、ご主人様のペットです。またいつでも調教して可愛がってくださいっ!」

 

 まるで、ハンマーで頭を殴られたかのように視界が歪む。なずなの口にした言葉に動揺を隠せなかった。

 あのなずなが、自ら卑猥な行為を望んで、躾けられることを望んでいる。勿論、俺だって今まで抱いてきた女の中には似たようなことを言った経験はあった。しかし、今その言葉を口にしたのは、あのなずななのだ。あの朝比奈なずなが、自ら調教を望んだのである。

 

 俺が一番良く知る女が、まるで別人のように見えた。

 

 俺が綾小路に殴り掛かろうとしたのは、奴の暴挙を止めるためである他に、自分の中で荒れ狂う気持ちをぶつけようとしたのかもしれない。

 

 結果、俺は意識を失って冷静になれた。

 

 今こうして考えているのも、夢なのだろう。現実と夢のはざまで、俺は、今までの出来事を後悔し、なずなを寝取られたという現実を受け入れている。

 

 意識を取り戻した時――まだ二人はこの場に残っていた。残って、俺が倒れている少し前で、当たり前のように生身で腰をぶつけ合っている。

 

 別に初めて見た訳じゃない。童貞じゃあるまいし、男と女の行為など何度もしてきた。

 

 だが、俺が今まで抱いた女は、あんな蕩けたような表情を浮かべたことは一度もない。

 

 それを見て、今度は敗北感で一杯になった。

 

 俺はなずなに甘えて、あいつに本音をぶつけなかった――いや、こうなるまで俺は本当にあいつを好きだという気持ちに理解できていなかったのだ。

 

 もし、もっと早くこの気持ちに気が付いていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 むしろ、綾小路が勝ち誇ってくれれば、こんな惨めな気持ちにはならなかったのかもしれない。

 

 しかし、二人は今、完全に自分の世界に入っていた。俺の存在など気にも留めず、ただ互いを求め合っている。

 それが、俺に今までにない痛みを与えていた。改めて、なずなを失ったのだと理解する。好きな女を失うというのはこんなに辛いのか。

 

 これまでも、堀北先輩に負けたり、生徒会長になり損ねたりもしてきた。それこそ混合合宿で負けて停学した時だって、屈辱感はあれど、それ以上は感じなかった。ここまでの喪失感を感じたのは生まれて初めてだ。

 

 気が付けば、俺は気を失っていた。起きた現実を受け止めきれずに、夢の中へと逃げるように、その場に倒れ伏したまま意識を眠らせていく。

 

 幸か不幸か――次に起きた時、目の前にいるのはなずなだけで、綾小路はいなかった。そのなずなは、申し訳なさそうな、ばつの悪そうな顔をしている。

 裏切ったという自覚があるから、話しかけづらいというのはすぐにわかった。なずなの性格は俺が一番よくわかっている。人生の殆どを共に過ごしてきたのだ。何を考えているかなど、顔を見れば大体わかる。

 

 別に、恨みはなかった。

 

 原因は俺にある。いわば、なずなは被害者だ。

 

 それに、ここで俺がなずなを裏切り者と罵倒した所で何かが変わる訳でもない。俺は、なずなの優しさに甘えて、ずっとなずなのことを蔑ろにしてきた、これはその報いなのだろう。

 

 目を閉じると、二人が絡み合っている姿が脳裏に蘇る。自分から必死に腰を振って、綾小路のモノを貪るように味わっていた。きっと、俺がなずなと付き合った世界線があったとしても、俺にはあんなになずなを喜ばせられない。

 

 俺は、男としても綾小路に負けたのだ。

 

 タブレットを見ると、得点は丁度100点。絶妙な点数だった。これなら下位5名に入ることはなく、ここから頑張ったとしても巻き返しはかなり難しい。

 

 今までの俺なら、きっと最後まで諦めなかった。残り数時間を懸命に足掻いて、綾小路に勝とうと動いていただろう。

 だが、もう俺に戦う意思はない。

 何もかもがあいつの掌の上だった。俺は所詮、同学年に競い合えるだけの相手がいなくて浮かれていただけの、井の中の蛙であったことを嫌という程わからされたのだ。

 

 もう、後俺に出来るのは責任を取ることだけ――少しでも、他人に迷惑をかけないように全てを終わらせるだけだった。

 

 高校3年、最後の夏。14日にも渡る長い戦いに決着がついた。この暑く苦しい無人島の中で、俺は綾小路に敗北。同時に、俺の人生初と言って良い初恋も無残に散っていった。

 

 

 




 南雲視点での無人島生活からの、別視点NTR。これで南雲編は完結かな
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