SIDE:八神拓也
12日目に仕掛けた綾小路先輩への猛攻の成果は多少あったようで、うちのグループも綾小路先輩の得点を抜くことが出来た。
正直、椿の指揮は悪くないものではあったが、それでも僕ならもっと攻撃的に仕掛けて先輩を消耗させていただろう。こういう時、女はリスクを嫌う傾向にあるし、失敗というほどの結果ではないので文句を言うつもりはないが、後詰として出ていた宇都宮が戻って来ないのが少し気になる。
まさか、まだ綾小路先輩を狙っているのか?
宇都宮はうちのグループメンバーでもある。下手に足止め役をするということは、うちのグループの得点にも響くということだ。
特に、うちのグループは試験中盤から高橋が体調不良でリタイアしかけている。女子が頑張ってくれているおかげもあって得点にはまだ響いていないが、ここから宇都宮が抜けてしまった場合、最終日の2倍で先輩なら逆転してくる可能性はあった。
昨日と同じく、他の1年生に先輩を追わせて妨害し、宇都宮には試験に復帰して貰うのが一番いい――と、考えながら、昨日椿の能力を見るために無駄にした一日を取り戻すためにエリア移動をし始める。と、突如として、目の前に一人の女子生徒が現れた。
「やっほー、八神くん。調子はどうかな?」
生徒会長――椿雪。
元ホワイトルーム4期生ではあるが、綾小路先輩と違って途中で脱落した出来損ない。
この学校程度なら生徒会長になれるくらいの力はまだあるようだが、僕にしてみれば脅威といえる相手ではなかった。
しかし、そんな彼女がこの場に立って僕を待っていたように声をかけてくる。当然ながらテーブルは同じではない。つまり、意図的にこちらを待ち伏せていたということだ。彼女は綾小路先輩の懐刀――その理由は想像するに容易い。
「……成程、チェックをかけられたのはこちら、ということですか」
おそらく、これは綾小路先輩が僕に仕掛けてきた一手。昨日の意趣返しではないが、妨害された分を妨害し返そうという腹だろう。
「君をここで足止めする。っていうのが、私の役目なんだよね」
「お言葉ですが、あなた程度で勝てるとでも? 下手をすれば、一夏の方がまだ役に立つと思いますけど」
「私程度? むしろ、君程度が私に勝てるとでも? それに、私は女子で君は男子、下手にこちらに暴力を振るえばその時点でリタイア。おまけに、こっちは勝つ必要はなく、君をこの場に足止めできればそれでいい」
つまり、月城が七瀬を使って綾小路先輩に仕掛けさせたのと状況は似たようなものということか。こちらが手を出せばアウト、向こうは時間稼ぎが出来ればいい。
「困りましたね。これでは逃げるしかなさそうです」
「逃げてもいいけど、追うよ? 今はまだ人がいないからいいけど、人気の多い場所で私に追われる姿を見られるのは八神くんにとっても良くないと思うけど」
確かに、そんな光景を見られれば、この先――僕に悪印象が付くのは避けられない。と、すると、対処法は一つしかなさそうだ。
「やれやれ、やるしかなさそうですね」
少なくとも、向こうはやる気満々だった。
とりあえず、念には念を入れて、GPSサーチを使って周囲に他の人間がいないかを確認していく。見ると数人の生徒はいるが、異常なほどにこの近くに生徒がいない。つまり、これは予め仕掛けられた状況ということだ。
事前にここで僕を襲うことを決めていたのだと考えると、改めて見えてくるものがある。
おそらくは椿桜子と目の前の椿雪は最初から繋がっていた――と、見るべきだろう。
事前にサーチを駆使すれば、僕の状況を察知するのは難しくないとはいえ、この狙ったタイミングや周囲の状況はそう簡単に作れるものではない。
いや、そもそも椿自体が綾小路先輩と繋がっていたという可能性もある。一夏の件もあるし、他の1年にも裏で手を回しているかもしれないと疑いはしていた。と、すると、昨日の作戦もフェイクだ。あれは僕を仲間だと思わせて油断させるための一手と見て良い。
「んじゃっ、早速こっちから仕掛けさせて貰おうかなっ」
「っ! 早い!?」
いろいろと思考を働かせていると、まるで力を図るように生徒会長がこちらに仕掛けてきた。一歩で距離を詰められる。正直、思っていた以上に動きが早い。
少し舐め過ぎていたかと、内心で評価を改める。
流石に、元ホワイトルーム生――これなら5期生の中でも余裕で上位に入れるだろう。しかし、やはりブランクが大きいのか、どこか動きがぎこちなかった。
とはいえ、こちらから迂闊に仕掛けられないので、繰り出される攻撃を回避したり防いだりして直撃を避けていく。
「流石はホワイトルーム生。動きが段違いに速いね」
「先輩も、落第したとは思えない能力ですね。現役でもまだ通用するんじゃないですか?」
「それはどうも! でも、もう戻る気はないんだよねっ!」
「何故です? 綾小路先輩がいないからですか?」
「そうだよっ。清隆が、いないんじゃっ、ホワイトルームなんかいたってっ、意味っ、ないしっ!」
段々と攻撃速度が上がってきた。こちらも合わせるようにアクセルを踏んでいく。
はた目には付いて来られないような攻防――だが、こちらはまだ本気を出してはいなかった。否、仮に向こうが本気を出していたとしても、こちらは出す必要もない。
「うーん、想像以上に強いね。清隆ともいい勝負できるかもよ?」
「残念ながら、僕は必要最低限の暴力以外は振るわない主義なんです」
「だから、こうして避け続けてるんだ。私のスタミナ切れを狙ってるのかな?」
「そうですね……ただ、それも望みが薄そうだ」
これだけ攻撃を続けて息一つ乱れていなかった。仮にスタミナ切れを狙うにしても、数時間単位で時間を無駄にすることを覚悟する必要があるだろう。
だが、いくらなんでもそこまで時間を無駄には出来ない。やはり、ここは予定通りに事を進めていくことにしよう。これ以上、体力を消耗するのは不毛だ。
「先輩。時間稼ぎが目的なら戦う必要はないですよね。どうです、ここで建設的な話し合いをしませんか?」
「話し合い?」
「この試験、僕は手を引きます。そうすれば、もう先輩が僕を足止めする理由はなくなる。違いますか?」
「それはそうだけど、君が試験から手を引いたのをどう証明するの?」
「残りの期間、見張っていてもらって結構ですよ。僕は先輩の視界からいなくならないと約束しましょう」
当然ながら、所詮は口約束。守る気など欠片もなかった。僕は動かないが、僕以外が動かないとは言っていない。
既に、先程サーチのついでにメールで軽く指示を出して、1年の援軍をこちらに呼んでいる。時間さえ稼げば状況はすぐに逆転するだろう。
今は周囲に人がいなくて1対1だからどうしようもないが、他の1年がいる中では向こうも強引な手段は取れないはずだ。そうなれば振り切るのはそう難しいことではない。今や時間稼ぎは、お互いにメリットのある行動となっていた。
「口が上手いね。波田野くんもそうやって騙したの?」
しかし、流石に腐っても元ホワイトルーム生。こちらの企みはしっかりと筒抜けらしい。
「騙したとは失礼ですね。Cクラスが勝つために少しアドバイスをしてあげただけですよ。まさかルール違反をしてしまうとは、僕としても予想外でした」
「ふーん、そっか。アドバイスをしてあげたんだ」
一見、何気ない会話――しかし、生徒会長はこれを待っていたと言わんばかりに含んだような笑みを浮かべたかと思うと、隠していたトランシーバーを取り出して「聞こえてた? もう来させていいよ」と、どこかへ連絡している。
何を聞かせていた? 波田野? まさか、この状況は僕を足止めするためではなく――と、思考を働かせていると、森の奥から宇都宮がこちらに走ってきた。
「やはり、波田野を唆したのはお前か、八神」
「……成程、最初からグルだった訳だ」
椿や宇都宮が、波田野を退学させた犯人を探ろうとしていたのは勿論知っていた。そのために、宝泉という共通の敵を作っていたし、彼らが僕に近づいてきてもその話は全くしていない。仮にしたとしても、素直に答えるはずもなかった。
だが、ここで奴らは予想外の一手を打ってきた――生徒会長は事前に綾小路先輩経由で、僕が波田野を退学させたことを知っており、自ずと彼女に対しては僕も口が軽くなる。それを狙ってきたのだ。
おそらく、事前に僕が犯人だと聞かされてはいても、確証がなかったからこそ信じ切れない部分もあったのだろう。その確証欲しさに僕に近づいてきたが、当然ながら僕からは何も出てこなかった。
故に、生徒会長を使って自白を促した――周囲に誰もいないと印象付け、一対一の状況なら僕の口から決定的な言葉が飛び出ると読んで、僕をハメにきたのだ。
「すべて椿の作戦だ。お前は俺や椿のことを本心で信頼することはない。だからこそ、予想外の一手が必要だった。だが、お前も知っての通り、今回の試験は学年対抗だ。いくら姉妹だからと言っても、生徒会長が簡単に手を貸してくれるはずがない。お前は自然と、会長が来たのは綾小路先輩の作戦だと考える。仮に椿との関係を疑っても、それが波田野の件と関係しているとは想像もしなかっただろう」
椿が僕にすり寄ってきたのも、宇都宮が僕の仲間として動こうとしていたのも、全てはブラフ――今日ここで生徒会長を呼んで僕に自白させること。それがこいつらの目的だった。
だが、作戦が僕に伝わった時点でアウト。だからこそ、動きは慎重にならざるを得ない。
おそらく、昨日の後詰として宇都宮が綾小路先輩に接触した段階で、椿雪に援軍を要請したのだろう。そして、僕はまんまとハメられてしまったという訳だ。
「八神、波田野の仇を取らせて貰う。ここで俺がお前を裁く」
「……調子に乗るなよ、宇都宮。お前程度が僕に勝てるとでも?」
宇都宮が敵に回った時点で、僕と先輩との勝負は着いたも同然――サーチを連打すれば、こっちがいくら得点を稼いでも無駄になる。この試験で僕の勝ちの目はなくなった。
こうならないように、決定的な証拠を掴ませずに立ち回っていたが、僕にも油断があったってことか。
人間、余裕が出来るとどうしても口は緩くなる。ここにいたのが綾小路先輩だったならこうはいかなかった。でも、僕より弱く多少は脅威ではある椿雪だからこそ、この結果を引き寄せられたのだ。
だが、それと個人の能力は話が別だった。
もし、ここでやりあうというのであれば、遠慮なく倒させて貰う。この先、僕に戦いを挑むのが如何に無謀かをわからせるためにも――
「ストップ、宇都宮くん。桜子ちゃんからも、戦闘許可は出ていないはずだよ」
「ですが……」
「八神くんも、必要最低限の暴力以外は振るわない主義ってさっき言ってたよね?」
「そうですね。宇都宮くんが引くのなら僕も引きましょう。どの道、今回の試験はこれでゲームオーバーです」
そう言って、腕時計を壊す。これで、もう僕が試験に関わる気がないということは理解してくれるだろう。
「……綾小路先輩の言った通りだ」
「なに?」
「俺が顔を出せば、八神は状況を理解するはずだと言っていた」
「……やはり、この状況は椿さんじゃなくて先輩の描いたものでしたか。読み切れなかった僕の負けですね。やはり、先輩は凄い人だ」
一体どこからこの状況になることを読んでいたのだろう。昨日の椿の攻撃も、おそらくは示し合わせたものと見て良い。
だとすると、宝泉が龍園とぶつかり合ったのも意図したもの? あれが起きなければ、宇都宮が先輩と接触する理由はなくなる。勿論、トランシーバーで指示を出せばいいだけの話ではあるが、僕に見つかるリスクを考えればあまり密に連絡は取りたくなかったはずだ。
いや、違うな。そもそも、こいつらの波田野に対する妄執を僕は読み切れなかった。
まさか、ここまで躍起になっているとは想像もしていなかった――その隙を突かれたんだ。
思えば、先輩と勝負をすることになったあの日。先輩が波田野の件を僕に忠告したのは、この状況になるということを最初から考えていたからなのかもしれない。だとすると、先輩は勝負が始まる前からこのビジョンが見えていた? ルールも説明されてないのに?
いや、流石に飛躍しすぎか。
だが、先輩が椿や宇都宮の、波田野に対する思いを利用することは最初から決めていたと考えるべきだろう。僕がたいしたことないと視界から外したものを、先輩は武器として仕上げてきた。結果、宇都宮は先輩側に回り、僕の負けが確定している。
僕自身の迂闊さもあるが、先輩以外は相手にならないという僕の慢心を突かれた形だった。
いくら僕が優秀でも、油断をすればこうして足を掬われることもある。いい勉強になった。今回の負けはこの学習が出来たということで、敢えて受け入れましょう。
だが、もう油断はしない。ここからはクラスを、学年を掌握し――先輩と戦えるだけの土台を築きあげる。油断をすれば足を掬われる可能性があるのは先輩も一緒のはずだ。一度負けたことで、僕がたいしたことないと油断したその隙を突き、いずれ勝利をもぎ取らせて貰う。
綾小路清隆に勝つのは、この僕だ。
◇◆
SIDE:椿雪
清隆から連絡が来たのは12日目の終わりのことだった。桜子ちゃんの指示に従って13日目に八神くんを襲う――その指示に従って私はグループと別行動を取っている。
桜子ちゃんの作戦は、簡単に言えば八神くんの自白を誘導するというモノだった。1年Cクラスから退学した波田野くんの仇を討つために、その相手が八神くんであるという確証を桜子ちゃんたちは欲しがっている。
正直、清隆が犯人は八神くんだって言っていたし教えてあげても良かったけど、結局証拠がないのは変わらないので、言った所で何かが変わる訳でもない。
まぁ、清隆の指示だし、ここは妹のためにもお姉ちゃんが一肌脱いで上げるとしよう。
私は、あくまでも清隆の指示で八神くんを止めに来た――と、いう体で時間稼ぎをしながら、彼から決定的な言葉を引き出していく。
最初は彼の気を逸らすために軽く勝負を吹っ掛けたけど、思った以上に体が動いてくれない。清隆が宝泉くんと戦った時に、清隆の動きが良くないと思っていたけど、私自身はそれ以上にブランクで戦闘能力が落ちていた。
頭で描いている動きに体が付いて来ず、八神くんを思うように追い詰められない。相手が現役のホワイトルーム生ということを加味しても無様としか言いようがなかった。
けど、幸か不幸か、今回私は勝つ必要がない。
ただ、八神くんの意識を誘導する。それだけでよかった――人は油断や慢心をすると口が軽くなる傾向にある。
八神くんとしてはこの状況を打破するために援軍を呼びたいと考えるはず。敢えてそこには触れず、あたかも何も知らないという体で彼の話に乗り言葉を誘導していく。
そして、彼はその言葉を口にした。自分が優勢だと思うあまり、自分が波田野くんにアドバイスを送り、その結果彼が退学した――と、ぽろっと口にしてしまったのだ。
事前に用意しておいたトランシーバーで、これまでの会話は全て桜子ちゃんに筒抜けになっている。桜子ちゃんが確信を得たことで、宇都宮くんにゴーサインが出て彼がこちらに走ってきた。その目は復讐心に燃えている。
昨日、清隆との話し合いの後、彼は腕時計を壊したまま、八神くんの警戒網のギリギリ外側にずっと待機していた。当然、時計が壊れているので、サーチをされても彼の場所は映らない。
――全ては八神くんを追い詰めるため。
そして、確証が得られたことで、宇都宮くんも完全に清隆の側に着いた。これにより、仮にここで八神くんが逃げて試験を続行したとしても、同じグループである宇都宮くんがサーチで得点を消費すれば彼の勝ち目はなくなる。
八神くんもそのことを即座に理解したようで、自分の腕時計を破壊して降参の意を示した。
追う必要はもうない。宇都宮くんはここで勝負を付けたがっていたが、いくら宇都宮くんが自分の腕に自信があると言っても、相手は現役のホワイトルーム生だ。もし仮に二人の実力が同じくらいだとしても、本気でぶつかり合えば多少の怪我では済まない。
桜子ちゃんとしても、ここで宇都宮くんに何かあっても困るのだろう。仕方なく私が静止の声をかけると、渋々という感じで矛を収めている。
これでとりあえず命令は完遂したので、グループと合流して試験を再開していく。まだ私にはこの試験で一番を取るという清隆の命令が残されていた。
しかし、流石にBクラスとCクラスの優秀な人間をかき集めただけのことはあって、このグループの得点はかなり高い。私が抜けたり、帆波ちゃんや柴田くんが腕時計を壊したりしてしまうハプニングなどもあったが、それでも他のグループに負ける気はしなかった。
だが、最終日は得点が2倍になる。負ける気はしないが、最後まで油断はできない――と、考えていると、試験最終日の朝に私のテントの中に小さく折り畳まれた紙を発見する。
広げてみると、中には『正午』、『K・A』、『退学』、『I2』という単語が羅列されていた。
中身を単純に解読するのなら、正午にI2でイニシャルK・Aの人物が退学させられるということだろう。
K・A――綾小路清隆のイニシャル。
朝7時にサーチを使ってみると、清隆はG3にいるようだった。続けて、30分後にサーチをすると、H3に移動している。次がI2になる可能性は十分にあった。
でも、今日は最終日。ここで私が勝手な行動をしてグループが負けるようなことになれば、清隆の信頼を失う可能性だってある。
しかし、それでも私は清隆のことが心配だった。
グループを離れ、砂浜を駆け抜け、川を越えてI2へと向かっていく――だが、川を越えてI3の森の中を駆け抜けていると、まるで足止めをするかのようにその子は現れた。
「みーつっけた! どうも、椿先輩っ」
1年Aクラスの天沢一夏――八神くんと同じ現役のホワイトルーム生。明らかに、私を探していたという雰囲気。ここにいるのは偶然ではないだろう。
「一つ聞きたいんですけど、椿先輩はこれからどこに?」
「次の指定エリアがH3なんだ。遠いから私だけでここまできたって感じかな」
「嘘つきだねー、椿先輩。先輩の指定エリアは違う場所でしょ?」
「どういうことかな? なんで嘘だって言い切れるの?」
「誤魔化そうとしても無駄だよ。本来、椿先輩が向かうべき指定エリアはI7。違う?」
違わない。実際、私以外のメンバーは既に指定エリアにいるはずだ。でも、それを何故彼女が知っている? 単なる偶然じゃないのは明らかだった。
「そうだね。でも、私はこの先のI2に用があるの」
「そんなにI2に向かいたいんだ。でもどうして? 課題だってないし、わざわざ無人島の端っこまで行く必要なくない?」
「それは、あなたが一番よくわかってるんじゃない?」
「どういうこと?」
「この紙……見憶えないかな?」
そう問いかけながら、今朝私のテントの中で発見した紙を、天沢さんに渡していく。
それを受け取った彼女は中身を確認すると、やれやれという感じで頭を横に振った。
「ったくさ……どこまでゲームをするのが好きなんだか……」
「その反応、あなたじゃないみたいだね。と、すると、犯人はもう一人の方かな?」
清隆の事情を知っている人物はそんなに多くない。目の前の彼女が違うなら、自ずと犯人が誰かは見えてくる。
「まぁ、そういうことかな。だからといって、ここから先は通せないけどね。あたしも椿先輩と同じで、今は部外者の一人にすぎないし」
あくまでも、道を譲るつもりはないらしい。進むには彼女を倒すしかないということだろう。仕方ないので、荷物を降ろして構えていく。
「――邪魔をするなら容赦はしない」
「それはこっちのセリフだよ。ホワイトルームから落第した先輩があたしに勝てるとでも?」
「所詮は清隆以下の出来損ない……思い上がった鼻をへし折ってあげる」
初速から全力で駆ける。八神くんの時とは違い、手加減は一切していない。だが、流石はホワイトルーム生だけあって、向こうもこちらの動きにくらいついてきた。
「は、はやっ!?」
「っ! ほっんとに! 思うように動かないっ、この体!」
八神くんとの戦いで少しはマシになったと思ったが、それでもやはりこの数年のブランクは私の体を蝕んでいる。もし、現役のままだったなら、今の一撃で勝負を決められていたはずだ。
しかし、私が思うように動けないのもあってバトルは互角のまま進行していく。お互いに相手の手を弾きながら有効打を叩き込む隙を探すが、向こうも簡単には攻撃を受けてくれない。
天沢さんも最初は余裕そうな表情を浮かべていたが、私の攻撃を防いだ瞬間その表情も一変した。基本スペックは私の方がやや上だけど、技術は向こうの方が少し上って感じか――なら、向こうの攻撃が一発当たる毎に二発返してあげればいいだけのこと。
「ッ……まさか、ここまでとは思わなかった。あたしと互角以上って、本当に落第生?」
向こうも余裕がないのか、先程までの笑みが消えて真剣な表情を向けてくる。実際、落第生だからこそこんな酷い姿を晒していた。
かつての自分なら、もっと早くもっと楽に天沢さんを制圧できていただろう。互角程度まで能力が落ちてしまったのは、戦いの勘を完全に失ってしまったからだ。
「……落第生に勝てないのが君たちのレベルってことでしょ。私に勝てるのは清隆だけだよ」
「それは、ちょっと言い過ぎじゃないっ!?」
手数が互角なら――と、今度は足を混ぜてリズムを狂わそうとしてくる。相手が何をしたいのかはわかっているが、体が上手く反応しきれずに受けに回らされてしまった。
昨日の八神くんとの戦いと違い、ほぼ全力を出していることもあって、数分のぶつかり合いで息が上がってくる。しかし、それは相手も同じこと。天沢さんも、余裕がなくなって息が上がっていた。
当然だ。序盤と違って、中盤からは回避よりも攻撃を重視するように互いにシフトしている。
体操服の上からは見えないが、お互いに痣になってもおかしくないレベルのダメージは受けていた。私自身、もう痛みを通り越して頭がスッとしてきている。
「うーん、凄いね。もう壊すつもりで、全力で殴ってるんだけど……先輩ってゾンビ?」
「それはこっちのセリフだよ。技術はそっちの方が高くても、素の力や速さだけなら私の方が上のはずなのに……正直、そうピンピンされてると自信無くすよ」
とはいえ、ダメージがないはずがない。お互いにやせ我慢をしているだけだ。
正直、いつ倒れてもおかしくないくらいにダメージは大きい。けど、清隆の所に行くまでは絶対に倒れるつもりなかった。
お互いに体力がなくなってきたこともあり、動きが鈍くなってくる。髪の毛を引っ張り、体操着を引っ張り、互いにボロボロになりながらも動きは止めない。
ただ、流石にお互いに女子ということで、顔面への攻撃だけはお互いNGにしていた。
別に示し合わせた訳ではないが、どんなに辛い状況でも顔面だけは狙わないという暗黙の了解で、腹や足を狙ってボコボコに殴り合っていく。
しかし、終盤になると、スタミナの差で天沢さんが優勢になってきた。流石に現役と一度落第したものの差が如実に出て来て、こちらも防御に回る比率が多くなってくる。
正直、このまま押されていれば負けていたのは私の方だったかもしれない。けど、結局勝負がつくことはなく、お互いに肩で息をする頃には天沢さんが降参して道を譲ってきた。
タブレットを確認している彼女曰く、「もう終わったみたいだから」ということで、私は見事に足止めをされきってしまったらしい。
天沢さんは「もう行っても意味ないし、帰れば?」と言ってきたが、それでも私は清隆の安否を確認するためにここに来たのだ。それを達成するまでは帰れない――そう返事をすると、天沢さんは「まぁ、そうだよねー」と軽口を返してくる。
しかし、すぐに真顔になって、「あれっ、もしかしてあたし何かミスった? あたし、先輩の命令で足止めしてたんだけど……?」と、改めてこの状況に首を傾げていた。
どうやら、彼女に命令を下していたのは清隆であり、指定した人物以外を通すなと言われていたらしい。確かに、私がここに来たのは独断であるが、私は最初からずっと清隆の味方だ。常識で考えれば、私と天沢さんが戦う理由は何もない。
けど、清隆からの指示に私の名前がなかったこと、さらには私が出した先程の紙を見て、天沢さんは私が八神くんに誘導されて清隆を妨害しに来たと誤解したようで、お互いに味方でありながらマジで戦うという無駄な行為をしてしまったということだった。
とりあえず、清隆の無事がわかりホッとしたが、ここまで来たら顔を見ていきたい――と、いうことで、道を譲ってくれたので有難く先に進ませて貰うことにする。
どうやら天沢さんも一緒に付いてくるつもりのようで、二人で清隆のいるI2へ向かって足を進めていく。天沢さんとは戦った相手ではあるが、別に憎しみがある訳ではない。向こうも、清隆の命令で私を足止めしていただけであり、こちらに思う所がある訳ではなさそうだった。
流石に仲良くお喋り――とまではいかないが、軽く会話をしながら、速足で清隆の所へ向かっていく。お互いに全力でやりあったおかげか、私と一夏ちゃんは少し仲良くなれた。
実は雪対WR生のシーン、ありまぁーす! 原作の天沢VS堀北・伊吹の補完として、雪VS八神、雪VS天沢のシーンを書いた。前にブランク云々言っていたのはこれね。