「こんな人気のない所で理事長代理殿と担任教師殿が、学生を相手に何をされているのかな? 是非、私にも聞かせては貰えないだろうか?」
原作通りに、鬼龍院がこの場に姿を見せた。
正直、来てくれるかどうかは賭けだったが無事に来てくれたらしい。何せ、オレが既に原作と違う動きを見せているから、この人の気が引けているのかどうか全くわからなかった。ぶっちゃけ、来ない可能性だって十分に有り得ただろう。
勿論、原作知識によって、この場で月城、司馬の戦いになるのは読めていたし、やろうと思えば鬼龍院とは別に伏兵を忍ばせることも出来た。
しかし、仮に雪や天沢を援軍にしたとしても、相手が月城や司馬が相手だとどうしたって人質にされるリスクが付き纏う。最悪の場合は、切り捨てるのもやむ無しだが、こんな所でこれまで頑張って育ててきた大事なセフレを切り捨てるのは流石に勿体なかった。
だからこそ、こうして原作通りに鬼龍院が来てくれたことはとても助かっている。
別に鬼龍院の実力に期待しているという訳ではない。ただ、数秒でも1対1の状況を作り出せればよかった。何より、俺と鬼龍院は表向きあまり接触がない。月城や司馬も彼女を人質としては扱わないだろう。
だが、いろいろ思わせぶりな行動は取ってきたので大丈夫だと信じてはいても、実際こうして姿を見るまでは不安もあったというのが正直な所だ。もし、鬼龍院が来なかった場合は、先ほど考えていた通り、ダメージ覚悟での勝利を取る以外に択はなかったな。
「あなたは確か――」
「彼女は3年Bクラスの鬼龍院楓花です」
「迷い込んだ子猫という訳ではなさそうですね。何の用でしょうか?」
当然ながら、このエリアはオレを誘い込むための罠であって、同じテーブルの鬼龍院であっても、このエリアは指定エリアにはなっていない。
にも関わらず、こうして乱入してきた。
それも、月城や司馬は周囲に誰かいないかを念入りにチェックまでしており、彼女はその警戒を潜り抜けてきた形となる。偶然という可能性は、まず有り得なかった。
「実は、少し前から大木の裏で様子を見させて貰っていたのだが、流石に多勢に無勢という状況が見ていられなくてね。こうして飛び出てきた次第だ。ああ、腕時計ならアクシデントで壊れてしまったが、別にこれが壊れても得点機能がオフになるだけで、何も問題はないだろう?」
「勿論、問題は有りません。それにしても、腕時計の故障が後を絶たない試験です」
普通なら、イレギュラーの鬼龍院が現れた段階で撤退すべき状況――だが、ここが最後の場としている以上、月城はこの程度で撤退はしない。
鬼龍院も、自分が出て来て問題が解決するとは全く思っていないようで、のんびりとオレの隣まで歩いてくると、改めて目の前の二人に向き直っていく。
「綾小路。私の行動は不要だったかな?」
「それはこの後次第ですね。手を貸して頂けると考えても?」
「勿論だ。事情は知らないが、先輩として後輩を守るのは自然なことだろう?」
「……喧嘩の経験はないと言ってましたよね」
「心配するな。一度くらい殴ってみたいと思っていた所だ」
そう言いながら、鬼龍院は好戦的な笑みを浮かべた。原作でもそうだが、ターゲットが分散してくれるだけでも十分に有難い。
「しかし、どうしてここに?」
「お前と1年生とのいざこざについて興味があってな。今日の朝にH3で見つけて声をかけようと思ったんだが、お前がすぐに人の少ない方へ歩いて行ったので後を付けたんだ。なかなか面白かったぞ、君と南雲の立ち合いや、朝比奈との交わりを見るのは」
「見られていたとは、お恥ずかしい……」
嘘だ。視線自体はずっと感知していた。ただ、流石に位置まではわからなかった。あの頃から腕時計を壊していたようでサーチにも引っかからなかったしな。
しかし、天沢にもこの付近に近づく存在を警戒させていたはずだが、その警戒網を抜けてオレを監視していた鬼龍院は、やはりそれなりの実力者といっていいだろう。
「だが、それだけでは終わらなかった。お前が次の指定エリアとはまるで関係ない場所に向かったのを見て、これは何かあると思ってな。好奇心に突き動かされてここまできたが、結果的に随分と興味深い展開に御呼ばれされたようで嬉しいよ」
「まぁ、普通の学校生活で体験できることでないのは確かですね。でも、いいんですか? 鬼龍院先輩は上位10組に入っていましたし、今日頑張れば1位も狙えたのに」
「前に言ったろう。半分はお遊びだと。こっちの方が面白そうなのだから何も問題はない」
と、こちらの会話が終わるのを待っていた訳ではないだろうが、ここで月城も声を上げた。
「司馬先生。彼女の対処は、あなたにお任せします」
司馬も無言で頷く。見ていたのならわかると思うが、真正面から戦っても鬼龍院が司馬に勝てる可能性はほぼゼロだ。
だが、先程も言ったが別に勝ってもらう必要性はない。俺と月城が一対一になるという状況が作れることが大事なのだ。
「見ていた限り、理事長代理と司馬先生の実力はとんでもないレベルのようだ。私がどこまで役に立つかはわからないが、おそらくそう長くは持たないだろう」
「1秒でも2秒でも引き付けて頂けるだけで十分ですよ」
「言ってくれる。せめて1分か2分は持たせて見せるさ」
鬼龍院がそう返すと同時に、こちらも腕を上げて構える。それを見て、鬼龍院もやる気になったようで、ニヤリと笑みを浮かべながら、「悪くない。最低水準は満たしているな」と、ファイティングポーズを取った。
そのまま互いに距離を取り、明確に1対1の形へ移行していく。すると、「私だけなら勝てる。そう判断した訳ですね」と、月城が声を上げた。
どうもやる気になっているようだが、オレとしてはもう終わりにしたい。司馬や鬼龍院には聞こえないくらいの小声で、月城に文句を言っていく。
「ちょっと、もういいんじゃないですか? 十分実力は見せたでしょう」
「いやいや、どうせならもう少し堪能させてください。ホワイトルームの最高傑作と言われている君の実力を」
「って言ったって、あんたが本当に本気ならとっくに取り押さえられたでしょう。ホワイトルームの最高傑作って言っても無敵の人間じゃない。あくまで基本水準が高いだけの人間に過ぎないんですよ」
オレより強い人間や頭のいい人間だって探せばいくらでもいるだろう。
勿論、その全てを高い水準で持っているのはそういないかもしれないが、それでもある程度格闘技を収めている月城なら、本気を出せば二人がかりでオレを抑えきることが出来たはずだ。
「……次で終わりにしましょう。先に言っておききますけど、その隠しているスタンガンは通じないんで、真正面から来てください」
「全く、君は……どうしてわかったんです?」
「上手く隠していたのは認めます。ですが、先ほどの戦いの中で、あなたは不自然に右腰を見せないように動いていました。何か隠していると言っているようなものです」
本当は原作知識からスタンガンを持っていることを指摘しただけだった。原作の月城はオレを追い詰めて、右手でスタンガンを取り出している。
当然、ポケットに隠せば不自然に膨らむ以上、オレから見えない背中に隠すのは当たり前のことだ。それがわかっていれば、月城が不自然に背中を見せないようにしていることにも気付ける――と、いう後付けで、先に切り札の存在を明らかにさせて貰った。
あっけなく切り札の存在を突かれてしまった月城だが、その笑みは消えない。むしろ、これで真っ直ぐに行くだけと開き直ったのか、その場でポイっとスタンガンを放り投げた。
「わかりました。では、本気で行きますので気を付けて下さい」
フッと、音もなく月城の体がブレる。
気が付けば、月城が目の前で拳を振り抜いて攻撃を仕掛けてきていた。先程までよりもさらに早い。本気というのは本当のようで、回避できずに攻撃を腕で弾いていく。
腕が痺れる。どれだけ体重がかかっているのか――重く早いその攻撃は、直撃を受ければ大ダメージは避けられないだろう。それでも月城はオレなら対処できると信じて、その一撃を繰り出してきた。
腕に連動して、蹴りが飛んできたので後ろに飛んで躱す。迂闊に蹴りを防げば、腕の骨を持っていかれかねなかった。それだけの威力が今の月城の攻撃にはある。
このまま受けに徹していても負けるだけなのは明らかだったので、一歩後ろに飛んで攻撃を回避し着地後にすぐに前へ駆け、月城の攻撃を躱しつつ左拳を頬に叩き込んでいく。
遊んでいる暇はなかった。司馬が鬼龍院を抑えてこちらに来る前に、一気に勝負を付ける。そのためにも、原作同様に頬から鼻へ、鞭のように拳を動かして涙を誘発していった。
人間である以上、鼻っ柱を叩かれると涙が出てくる。これはもう構造上、人間誰もが同じだ。
涙が出れば視界が塞がれ、こちらの姿を見失う。そのまま、アッパーで顎を振り抜き、ついでにこれまでのお礼とばかりに、渾身の力を込めて鳩尾にボディブローを放り込んでやった。
「グッ……!」
アッパーを受けた際に口内を嚙んだようで、月城の唇から血が流れ出る。原作コンボを叩き込んだだけで、別に勝ったわけではない。だが、月城は満足そうな笑みを浮かべた。
「いつ以来、でしょうかね……目の前にいるのは高校2年生の子供であることを考えた上で認めます。君は紛れもない最高傑作だ」
「どうも」
「私は、元々手荒なことは好きではないのですが……少々楽しくなってきてしまいました。出来ればもう少し続けたい所ですが、これ以上は遊びでは済まなくなってしまいます」
と、月城が口にすると、横目で司馬が鬼龍院を背後から拘束して締め上げたのが目に入ってくる。
「では、最後の試練と行きましょう」
そう言って、月城が手を挙げて合図を送った。同時に、小型船の操縦者が何かを持って上陸をしようとし始める。
原作通りに、万が一の時の保険という体で、オレがどう対応するのか見ようという魂胆だろう。しかし、既知であるなら対処は簡単だ。
「残念ですが、次で終わりと言ったでしょう。延長戦は無しです」
向こうが原作通りに動くのであれば、こちらも原作通りに動けばいい。小型船は急遽エンジンを吹かせて急速発進をした。後ろから来るもう一つの小型船に気付いたからだ。
「……驚きました。どうやって船を呼び出したんです? 当然ですが、あなたが学校側を頼っても止めるように根回しはしていたんですがね」
「確かに、普通に動かそうとしても無理でしょうね。ですが、緊急事態なら話は別です。2年Bクラスの生徒がI2で倒れていて危険な状態だと伝えさせれば救援に駆け付けない訳にはいかない」
そして、小宮の事件のおかげで救護に駆け付ける人選に担任が選ばれるということも確認できた。
緊急事態となれば、GPSを確認している暇もないだろう。原作同様、こうして応援を呼ぶのはそう難しいことではなかった。
「もし全生徒のGPSをチェックさせていれば、救援は来ずに状況は変わりましたか?」
「いいえ。今、地図上には2年Bクラスの生徒が1人、腕時計からGPS反応が消えています。むしろ、信憑性が増していたんじゃないですかね」
「君が最初から積極的に攻めようとしなかったのは、この展開に持っていくつもりだったからですか。最初から最後まで、私たちは君の手の上で踊らされていたという訳だ」
「良い落とし所でしょう?」
「そうですね。本当なら、こちらの増援を君が対処して終わりの予定でしたが、こちらの方が面倒事が少なくていい」
月城が素直に白旗を上げたことで、司馬も鬼龍院を解放した。
こちらも月城に背を向けて鬼龍院の方に向かう。増援が来た以上、もう不意打ちの心配もない。
「……ふぅ。助かったぞ綾小路。まるで歯が立たなかった、面白いほどに」
「オレがやられていたら乙女のピンチでしたね」
「そうだな。まさか、男に羽交い絞めにされるとは……改めて、私も所詮は18の小娘なのだとわからされたよ」
いざとなれば力で解決できる――と、思っている人間は意外と多い。特に女性はそうだ。
しかし、男の力は女性の想像以上に大きなものだった。おまけに、司馬はホワイトルーム関係者ということもあって、そういう荒事も叩き込まれている。素人にどうこう出来る存在ではない。
だが、鬼龍院がいなかったらこうも上手くことが進まなかったのも確かだ。万全の月城と司馬相手に、無傷で勝利を収めるのはまず不可能だっただろう。
こちらの増援が来ても、月城と司馬が万全な状態なら徹底抗戦も有り得た。そういう意味では、今回のMVPは鬼龍院と言える。お礼にTレックス――と言いたいが、それで悦ぶのは、オレとセフレたちだけだった。
「そうだ。一つ、天沢さんに言伝をお願いできますか?」
船が着岸し、茶柱や他の救助隊が降りてくるのを見ると、月城が後ろからそう声をかけてくる。
「何でしょう?」
「命令に背いた天沢一夏は失格の烙印を押される。戻るべき場所はもうないでしょう。この学校に留まり続けるも、去るも、好きなようにと」
これで、一応天沢とホワイトルームとの関係は切れた。まぁ、その言葉が本当かどうかはわからないが、天沢側からしたら退路を失ってオレに着いたことになる。
約束通り、この試験が終わったら長く焦らしていた記念式を行うとしよう。
まさか、天沢よりも先に七瀬を食べることになるとは、この学校に入学した時には思いもしなかったが、それはそれで面白いので良しとする。
「では、綾小路くん。私はこれで退場しますが、最後まで頑張ってください」
こちらにそう声をかけると、こちらに近づいてきた茶柱たちに近づいていく。
茶柱は抗議の声を上げようとしたが、問題行動を起こしたとはいえ、今はまだ月城は理事長代理だ。教師程度にどうにか出来ることではない。
そのまま、月城と司馬が教師たちと共に去っていくのを見送ると、オレは再び鬼龍院の方に振り返った。彼女も、司馬の相手で疲れたのか、砂浜に座ったまま立とうとしない。
「先ほどの話の続きだが、私は手も足も出なかったが、お前は凄かったな綾小路」
「いえ、先輩が頑張って司馬先生を引き付けてくれたおかげですよ」
「君の戦闘を見た後では、お世辞としても受けれないな。ああ、安心しろ、君のことを第三者に話すつもりはない。だが、いろいろ話は聞いてみたくなったぞ」
「ベッドの上なら喜んで」
「……ふむ。確かに、貞操の危機でもあったし、お前ほどの男なら相手として不足はない。前向きに考えておくとしよう」
どうやら、オレと月城の戦闘を見たり、実際に司馬と戦ったりしたことで、鬼龍院の中でオレへの印象に変化があったのか、前に比べて返事が軽くない。
これはもしかするともしかするか?
と、思いながら、鬼龍院に手を貸してその場から立ち上がらせると、いい加減ここを去ることにする。腕時計を壊してしまった鬼龍院は別として、オレにはまだ試験が残っていた。
改めて、タブレットで点数を確認すると、どうやら桔梗たちが頑張ってくれているようで、得点は235点にまで上昇している。
また、南雲も八神も動いていないようで、特に緊急の連絡は来ていない。これならもう大丈夫だろうと思いつつ、鬼龍院と共にI2を出発してI3へと戻ると、ここにいるはずのない雪が天沢と共にボロボロの姿で現れた。
「清隆っ! 大丈夫だった!?」
「どうした雪、試験を放ってこんな所にやってきて。それにその怪我……」
「えっと、もう破られちゃったんだけど、私のテントに変な紙が入っててね。それで……」
成程、どうやら原作で鈴音に起こるべきイベントが雪に起きて、オレのことを心配した雪が独断行動を取ってここにやってきた――と、いうことのようだった。
原作だと、八神がオレと月城の状況が、『正午』、『K・A』、『退学』、『I2』と、謎に羅列された紙が、単独グループの鈴音の所に放り込まれており、それに気づいた鈴音がオレの安否を心配して、このI2までやってくるというイベントが起きる。
だが、この世界での鈴音は大グループのリーダーになっており、仮にこんな紙が来てもオレを信じてI2に来るという真似はしない。
しかし、昨日八神の足止めをする際、オレは椿の策に乗って、雪を使用して八神に自白させるという手段を取らせた。これは、そのことに対する八神のちょっとした意趣返しだろう。
どうやら、司馬が言っていた予定外の反応というのは雪のことのようで、当然ながら天沢も雪が来るとは聞いていなかったので、オレの命令に従って妨害していたらしい。
元ホワイトルーム生と現役のホワイトルーム生――おそらくはブランクもあって天沢の方が有利だったはずだが、雪も意地を見せたようで、お互いにボロボロではあるものの致命傷は何とか避けたようだった。
天沢も、雪がこれほどだとは思わなかったのか、「雪先輩つよすぎー。体痛いんですけどー」と文句を口にしていたが、実際に限界が近いようで軽口とは裏腹にいつもよりも余裕がない。
それだけ本気のぶつかり合いをしたということだろう。正直、雪が来ていたのなら通してもよかったが、まだ駒になったばかりの天沢にその判断をしろというのはいくらなんでも無理があるので、特に咎めるつもりはなかった。
「天沢も良くやってくれたな。明日にでもオレの部屋に来い」
「ほ、ほんと?」
「ああ、今度は本当の本当だ」
今までは、どんなに天沢が求めても、焦らして焦らして焦らしまくってきた。しかし、もう月城がいなくなることが決まり、天沢も一時的に天涯孤独になることが決定した今、もう食べるのを我慢する必要はない。これまで貯めていた分も、美味しく頂いてやろう。
「成程、個室を借りたのか。私もそうするべきだったか……」
と、オレと天沢の会話を聞いた鬼龍院がそう漏らす。普通の生徒はどうやっても他人と同室だからな。
「鬼龍院先輩もどうです?」
「興味深い誘いだが、今回は遠慮しておく。ではな、綾小路。なかなか面白かったぞ。試験終了後にまた会おう」
そう言って、鬼龍院が軽くオレの肩を叩くとそのまま歩きだしていく。おそらくはスタート地点に戻るのだろう。
腕時計が壊れている鬼龍院はもう試験に参加できない。ここからスタート地点に戻って腕時計を変えても、その頃には多分試験も終了している。実質、彼女の特別試験は終わったも同然だった。
「清隆……本当に大丈夫だったの?」
「問題は全て解決した。それよりもお前のグループはどうなっている? お前たちが1位を取ることが、オレたちの最優先事項なんだぞ」
「鈴音ちゃんとか千秋ちゃんが気合入ってるから大丈夫だと思う」
ならいいが――後は、坂柳の援護を受けた龍園がどれだけの順位を取ってくるかだな。
とはいえ、こればかりはもう終わってみないとわからない。だが、とりあえずもうオレが負けることはないだろう。
何だかんだいろいろあったが、目的だった七瀬と西野も食べることが出来たし、南雲や八神も下した。
まぁ、契約をしている南雲と違って、八神はこれからもオレに挑んでくるかもしれないが、原作と違ってもうオレへの憎しみは消したし、あいつはあいつでこれから桜子や宇都宮に狙われる。放っておいても、オレへの害はないと見て良いだろう。
原作のように退学するかどうかは、これからのあいつの態度次第――と、考えながら、オレも課題を受けるために中心のエリアへと移動していく。
もう負けはないにしても、最後まで油断は禁物ということで、上位3組に入らない程度で得点を稼いでいった。
最終日は得点が2倍ということもあって、課題は意外と多くない。数をこなせば、今までの努力が無駄になることもあって、学校側も課題の数を搾っているようだった。
結局、最終的に252点を稼いで、オレの特別試験は終了となる。雪は天沢とのダメージが祟って課題には参加していなかったが、それでもグループのメンバーが得点を稼いでいるので、もう上位3位から落ちるようなことはないはずだ。
天沢も、宝泉がリタイアしているということもあってもう真面目に参加する気はないらしく、後半はずっと雪と一緒にオレの応援係になっていた。
◇◆
15時になり、試験が完全に終了になるとスタート地点の設営地で教員たちが生徒を迎え入れていた。
オレたちは無人島の真東にいたこともあり、戻る頃には既に日が落ち始めていたが、それでもスタート地点にはかなりの生徒がいて賑わっている。
2週間という、前代未聞の長期特別試験――流石にどの生徒も疲れた様子を見せていた。
18時が過ぎる頃には全生徒が戻ったという連絡が入り、生徒たちも船の中へと戻って行く。
オレも、数日ぶりにシャワーを浴びて、結果発表までのんびりと船を散策していくことにした。
クラスメイトたちや、他のクラスの知り合いと軽く労い言葉を交わしながら、デッキの方まで足を運んでいくと、坂柳と龍園が向かい合って話をしているのが目に入る。
二人とも、すぐにオレに気付いたようだった。
宝泉とぶつけた龍園はリタイアこそしなかったものの、そこそこの怪我はしたようで顔中が傷だらけになっている。それだけで、宝泉との戦闘が激戦だったのが伺い知れた。
「ちっ、とりあえず借りにしておいてやる。何かあれば連絡しろ」
借りという言葉を口にして、龍園はオレを一瞥すると、そのまま船内に戻って行く。
どうやら、龍園はオレが宝泉を嗾けた可能性があるというのを坂柳から聞いてはいないようで、特にこちらに何か文句をいう訳でもなく去って行った。
「借りってなんだ?」
「フフ。例の宝泉くんの件での増援でうちは龍園くんを救うために被害を出しました。他にも、彼のグループを勝利させるために、六角さんのグループと合流させたり、Aクラスの生徒を使って課題を独占して斡旋したりと、龍園くんを援護しました……これは明確な貸しになると思いませんか?」
「お前……今回は同盟を組んでいたんじゃないのか?」
「組んでいましたよ。ですが、同盟だからと言って何もかもを助けるというのは別の話。労働には対価が必要です。結局、今回の試験で上位3位以内に入ることが出来たら、龍園くんに貸し一つということで話は纏まりました」
宝泉が大暴れした結果、龍園は坂柳に貸しを作る形になった訳か。実際、龍園が勝てたのは坂柳の助力が大きい以上、龍園もこれを突っぱねることは出来ないだろう。
「改めて、ご無事で何よりでした綾小路くん。終盤も、何やらドタバタされていたようですが、大丈夫だったんですか?」
「問題ない。全て解決した」
「それは良かった。綾小路くんにも、一つ貸しを作りましたからね。これで、いつかまた誰の邪魔も入らない真剣勝負をさせて貰います」
「月城も退陣するし、オレの周りも少し落ち着いてきた。それで借りが返せるのなら、そのうちどこかで真剣勝負を受けよう」
原作では目立つのを嫌って戦うのを拒否していたが、オレはそこまで気にしてはいない。
まぁ、坂柳としても、今日明日の話ではなく、もしいい条件の試験があれば――と、いうつもりのようで、「焦る必要はありません。私たちにはまだ1年半近くの学生生活が残っているのですから」と、笑みを浮かべていた。
だが、原作通りに行けば、坂柳は学年末試験で龍園と自主退学を駆けて勝手に勝負をする。
オレが手を出さなければ、おそらく坂柳が勝つ――が、龍園がいなくなると、もう2年の勢力図は決まったようなものになり、生活に張りがなくなってしまうので、坂柳にはどこかで勝手に退学を駆けて勝負をしないという約束をさせておいた方が良いだろう。
いや、そもそも学年末試験で坂柳と龍園をぶつけるのを止めさせればいいだけか。あの戦いは本来、この無人島試験で龍園が坂柳に借りを作ったことで再現できたが、この世界では逆に坂柳が龍園に借りを作っている。
つまり、坂柳から龍園に喧嘩を売らない限りは再現されないということだ。そして、こいつの興味は龍園よりもオレに向いているので、おそらくは学年末試験でこの二人が戦うことはまずないと言って良い――が、100%ではなかった。
出来れば、この世界は原作とは違った道を進ませたい。だからこそ、坂柳も龍園も退学せずに済む道を模索するのも悪くないはずだ。
と、思いながらも、坂柳と別れ、再び船の中を散策していく。そのまま19時になり、夕食の時間になると、結果発表を見るために自然と全学年の生徒が大食堂に集まった。
今回は、ここで夕食を取りながら、特別試験の結果を聞くことになる。だが、退学対象者はこの船に戻る前に、事前に救済措置の確認がなされ、PPが支払えない場合は退学手続きが進められ下船していた。
つまり、ここでいないメンバーがいれば、その人物は退学になっているということだ。パッと見た感じだと、2年Bクラスにいないメンバーはいない。洋介も、こうしてまた全員に会えたことを喜んでいた。
やはり、事前に下位グループを救済していたというのが大きいのだろう。他の2年のクラスの様子も見てみたが、特に暗い様子を見せている生徒はいない。
オレも全員の顔を覚えている訳ではないが、もし退学者を出していればどうしたって表情や態度に出る。オレたちの学年では退学者は出なかったと見て良い。
ホッと一安心しながら豪勢な夕食に舌鼓を打ちつつ、少しずつ今回の試験であったことなどを互いに話題にしながら笑みを浮かべる姿が目に入ってくる。
しかし、楽しんでばかりもいられなかった。20時になると、教員たちが集まり始め、「一時、食事、会話を中断してください」というアナウンスが促され、生徒たちの視線がマイクを持って中央に立つ、3年Aクラス担任の佐々木に集中する。
「無人島特別試験、まずはご苦労様でした。合計15人のリタイアを出しながらも、どのグループも欠けることなく2週間を乗り越えたことに、我々教職員も驚いています」
まずは労いの言葉がかけられ、生徒たちも安心した様子を見せた。やはり、食事をしながらも、全員が完全にリラックスできていなかったのは、どこかでまだ終わったという実感を得られていなかったというのも大きい。
だが、こうして教師からハッキリと終わりを告げられたことで、生徒たちも本当に試験が終わったのだと再認識できたはずだ。これで、試験は本当に終了した。
「下位5グループには事前に説明していた通り、ペナルティを課し退学措置を行いました。グループの人数が複数の場合、代表として1名の名前を読み上げます。3年Dクラス武藤、3年Aクラス黒永、3年Aクラス郷田、3年Aクラス多々良、3年Aクラス南雲の5グループ。合計18名となります」
下位に入ったのは原作通り全て3年だった。Dクラスが一つ混じっているが、おそらくこれは体調不良で最初から1人リタイア状態でスタートしたグループだ。
あのグループは最初から最後まで最下位だったが、事前に桐山がポイントや半減などのカードを渡していたこともあって退学を免れたらしい。しかし、それ以外は全てAクラスだ。
何より驚いたのは、南雲の名前が入っていたこと――確かにオレは南雲の得点を減らしはしたが、下位5組に入る程マイナスにはしていない。
つまりこれは、南雲が自身の手で得点を減らして下位5組に入るように調整したということだ。自分を裏切ったなずなを退学させようとでもしたのだろうか?
だが、なずなも先んじて桐山から保険のPPが渡されている。退学となる可能性はまずない。
「このうち、救済措置を使用した17名はこの場に残っており、救済措置を使えなかった残り1名が退学を確定させております」
――1人だけ出た退学者?
Dクラスの生徒は先程言った通り、最初から救済が確定していた。残りである南雲以外のAクラスのグループは全て、オレの妨害に駆り出されていた小グループだ。
結局、あいつらは最終日まで課題の封殺などを狙って、ひたすらオレを妨害し続けていたし、大グループが作れなかったのであれば退学が免れなくても当然といえる。実際、オレもこいつらが下位に入るであろうことはほぼ確信していた。
全学年が下位を拾い上げる動きを見せる中、3年Aクラスだけはその動きに合わせてグループを多く作れなかった。最後まで桐山の妨害が効いていたからだ。
しかし、救済されたのだとすれば、多々良たちは大量のPPを持っていたということになる。勿論、半減のカードを持っていた可能性もあるが、それでも救済措置を使えるだけのPPは持っている必要があった。事前に持っていたか、その場で南雲に渡されたのだろう。
だが、だとすると、何故1人だけ退学者が出た? 全員救えるだけのPPがなかったのか? だとすると、退学したのは誰だ? Aクラスの誰かか? いや、待て。まさか、退学したのは――
ふと、視線を3年生の方へと向けて辺りを見回してみるが、あの目立つ男の姿が見られない。ここに来て、他の生徒たちもそいつの姿が見えないことに気付いたようで、他クラスや他学年の生徒もかなりの動揺を見せていた。
改めて見ると、退学者が1人だとわかっていて、呼び出されたグループのメンバーはそいつ以外全員この場にいる。退学したのは誰かなどもはや一目瞭然だった。
――退学したのは、南雲雅。
流石にこれは予想できなかった。あの男は一度負けたくらいで諦めるようなタイプではないし、何かと理由をつけて再挑戦してくると思っていたくらいだ。
おそらく、このことを先んじてわかっていたのは、同じ大グループを作っていた殿河たちグループメンバーと、同じく退学になりかけた多々良たちくらいだろう。なずななら、何か事情を知っているかもしれないし、後で話を聞いてみることにした。
「では、これから無人島特別試験の結果、上位3組の発表を行います」
南雲退学という予想外の事態に驚いていると、下位の発表が終わり、巨大スクリーンに電源が入る。同時に、佐々木と入れ替えで理事長代理の月城が前に出てきた。
オレと月城の問題には片が付いたが、あいつはまだ理事長代理のままでもある。少なくとも、正式に任期が終了するまでは、あいつはこの学校で一番偉い存在なのは変わっていなかった。故に、結果発表はあいつがするのだろう。
「まずは第三位――3年Bクラス、桐山生叶グループ。301点」
桐山が控えめに手を挙げた。内心ではもっと喜びたいのだろうが、南雲退学という予想外の動揺がまだ抜けきっていないように見える。
ただ、3年が下位5組に入ったので、そこまで大きなプラスにはなっていない。が、途中かなり沈んだ時もあったし、こうして目に見える結果が出せただけでも嬉しいはずだ。
これも、オレが坂柳や南雲、八神のグループを落としたことが大きい。そうでなければ、ここに桐山の名前が入ることはなかった。
「続けて第二位――2年Aクラス、六角百恵グループ。312点」
この六角のグループは、龍園の大グループだ。おそらく、終盤に合流して、手数で課題をこなして得点を稼いでいったんだろう。
リーダーの名前が龍園じゃないのは、大グループを組む際、六角側がグループ拡張枠を持っていたため、龍園を取り込む形で合流したのでリーダーが六角に変わったのだ。
実際、オレも桔梗側に取り込まれる形で大グループを組んでいるので、最終的にオレのグループのリーダーは桔梗となっている。だが、誰がリーダーでも、2位を取ったことには違いなかった。
これで2年AクラスとDクラスは200CPの半分である100CPが互いに与えられる。だが、龍園はこの勝利を手に入れるために、坂柳に対して大きな借りを作ってしまっていた。
「最後に第一位――2年Bクラス堀北鈴音グループ。323点」
1位はやはり雪のグループだった。7人のメリットをこれでもかと使用して圧倒的得点を誇っている。ただ、最終日に雪が抜けたことで得点がやや下がり、龍園に付け入る隙を与えそうだったのはマイナスポイントだな。
やはり、最終日の得点2倍は危険だった。
だが、このグループが1位を取ったことで、300CPの半分である150CPがBクラスとCクラスに与えられる。さらに、帆波はオレから譲り受けた『試練』のカードを持っているので、貰えるCPが1.5倍になり、225CPがCクラスに与えられる結果となった。
結果的に、2年全てのクラスが上位入りを果たしたことで、2年生全体から歓声のような声が上がる。
これで、2年Aクラスは1081CP、Bクラスは868CP、Cクラスが569CP、Dクラスが412CPと、全体的に上昇を見せた。その中でも、やはりCクラスはかなりの伸びを見せている。これで、星之宮もそれなりに満足するだろう。
最終的に、2年に退学者は出ずオレは勝利し、予定した通りの結果を導くことが出来た。目的としていた七瀬、西野の攻略も無事に終了し、天沢も正式にオレの駒となっている。
勿論、全てが全て予測通りではない。南雲退学など、それの最たるものだ。とはいえ、結果が同じならば過程はそこまで問題ではない。
しかし、長く面倒くさい試験も無事に終えられたし、ここからの一週間は豪華客船での休みを堪能させて貰おう。夜間外出禁止のルールだけは面倒だが、そこは昼間にハッスルすればいいので大きな問題はないはずだ。
原作との変化点。
・原作通りに全てを終わらせた。
途中、原作知識を擦ってスタンガンを捨てさせたら月城も本気を出してきた。長期戦になればまずいと判断して、即原作コンボを叩き込んで試合終了している。
・坂柳が龍園に貸しを作った。
原作とは逆になっている。なので、今のまま行けば、学年末試験でこの二人が戦うことはまずなくなる予定。
・南雲退学。
最初からこのエンドになる予定だった。ハッキリ言って、これ以降は残っていても蛇足にしかならない。また、南雲が退学したことで南雲との契約も無効になり、PPを徴収できなくなったが1000万を返済する必要もなくなった。
・無人島試験終了
はい。ここまで読んで貰ってご苦労様でした。これで大体半分いかないくらいです(笑) ここから豪華客船での数日、夏休み、そこから満場一致試験、体育祭、文化祭、修学旅行、協力型筆記テスト、冬休み、生存と脱落、交流合宿(キャンセルされたので別話)、学年末試験、春休みと続いていきます。なげぇw
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
何とか無人島試験を終えた。南雲退学にはとても驚いている。
・椿雪
清隆が無事でホッとしている。しかし、この無人島試験を通じて、自分の戦闘能力がかなり下がっていることに少し危機感を覚えている。
・天沢一夏
雪が想像以上に強くて改めて評価が変わった。今では強くて優しいお姉さんという感じで、意外と仲良くできている。
・鬼龍院楓花
原作通りに司馬に負けたことで、清隆を見る目が少し変わった。
・坂柳有栖
上位入りは逃したが、清隆にも龍園にも貸しを作って満足。
・茶柱佐枝
清隆を助けに来たが、月城にはのらりくらりと追及を躱されている。
・月城常成
清隆への評価を爆上げして終わった。とはいえ、まだ夏が終わるまでは学校にいるのでこれで会わなくなる訳ではない。
・司馬克典
原作通りに鬼龍院を無力化して終わった。この後の出番は神の味噌汁。