SIDE:星之宮知恵
8月9日に変わって間もない船内。生徒たちは既に就寝しているであろう深夜1時過ぎに、私とサエちゃん、そして真嶋くんは大人だけが利用できる夜のバーでいつものように飲み明かしていた。
「つっかれたぁ……なんで私たち教師だけがこんな毎日遅くまで働かなきゃいけないわけー? 少しくらい夏休みをくれてもいいじゃなーい」
「5日と6日は休日に当てられただろう。十分休息になったはずだ」
まぁ、確かにサエちゃんの言う通り、5日と6日が休みだったおかげで、綾小路くん主催のCクラスのお祭りに参加できたから文句はないんだけど――
「生徒たちは二週間も無人島で努力したんだ。大人の俺達がこれくらいでへこたれてどうする」
「大人だってたまには楽しんでも良いじゃなーい。プールも映画も、何もかもが生徒たちだけで私たちが利用できないなんて不公平でしょ~?」
「それが仕事だ」
「社会人なんだからそれが普通だ、チエ」
「あ~ヤダヤダ、これだから仕事人間たちは!」
現実から逃げるためにも、改めてマスターのお任せでお酒を注文する。そんな私を見て、サエちゃんは呆れるかのようにため息をついた。
それでもビールはしっかり注文しており、真嶋くんもまた同じくビールを注文している。何だかんだ文句を言っても、こいつらもただの飲兵衛なのだ。
「はい、乾杯ー」
「「乾杯」」
全ての注文が揃った所でグラスを傾けて乾杯する。話の種は、やはり無人島試験のことだった。
「しかし、今回の無人島試験、妙に荒れた展開が続いたな。予想外のことが多すぎた」
「生徒の大怪我に、明らかに意図的に壊された結果の腕時計の故障。最後は、あの南雲くんの退学だからね。想定外も想定外よね」
真嶋くんがいるので話題には出さないが、月城理事長が陰で綾小路くんを退学させようとしていた件もあるし、今回の試験はいろいろな思惑が絡みすぎている。
「やっぱり生徒に自由にさせ過ぎるのが問題なのよ。報告にはないけど、きっと見えない所で男女がアレでアレな感じになってたりするんじゃないー?」
実際、綾小路くんはまず間違いなく誰かに手を出している。具体的な名前を出すなら、前半ずっと一緒に行動していた一年生の七瀬さんとか。
「最低限のラインは守られたと思いたい」
「甘いって真嶋くんは。いろいろチラつかせたって若い子の激情は止められないんだから」
「それはお前だけの話だ」
それがそうじゃないんだな。試験中ではないけど、その激情の結果がこの間行われたCクラス女子たちによるスーパー大乱交なんだから。
あれは本当に凄かった。流石の私もあの人数は初体験だったし、まさか生徒と一緒にすることになるとは――でも、何よりも驚いたのは綾小路くんのテクニックだ。
聞けば、綾小路くんは女の子の味を覚えて1年くらいらしいけど、もはや彼のテクニックはその手の専門にも負けないくらいのレベルを持っている。
初体験の女の子を軒並み腰砕けにして、自分から離れなくさせるなんてことが出来るのは私の知る限り彼だけだった。何せ、あの気難しい姫野さんですら、最終的には綾小路くんから離れられなくなってしまっている。
そして、そんな綾小路くんに女側は逆らえない。
何せ、既に強烈な快楽を叩き込まれてしまっているのだ。あんな気持ちよさを知ってしまえば、経験のない女子高生が耐えられるはずもない。
強がりすら許されないレベルの快感は麻薬にも似た効果がある。結果として、呆気なくCクラスの女子たちは、彼の女の一人になることを認めさせられてしまっていた。
「まぁ、何にせよ、今回の無人島試験はホッとしたわよね。2年生は負けなかったし、上位には全クラスが入賞したし」
「3年生だけが下位5組に入ったのは不気味だがな」
今回の試験で一番CPを獲得できたのは私のCクラスだった。綾小路くんは約束通りに1位をプレゼントしてくれたし、試練のカードのおかげでBクラスよりも75CPもプラスでポイントを得られている。結果として、上位との差も詰められた。
これは彼がサエちゃんよりも私を選んだ証拠だ。
サエちゃんはすました顔をしてビールを飲んでいるが、内心焦っているに違いない。何せ、今までは体を売るだけで無条件に彼が力を貸してくれていたが、今では私と勝負をして勝たないとご褒美が貰えなくなっている。
今回はBクラスとCクラスで共同戦線を張っていたからおこぼれを貰えているが、この先彼を満足させられなければBクラスはどんどん落ちていく。
そして、私とサエちゃんではテクニックが違う。綾小路くんに体を売るまで処女だったサエちゃんと経験豊富な私では全く勝負になっていなかった。
実力主義とはよく言ったものだ。元々、サエちゃんにはAクラスになる資格などないが、私が参加した以上、もはや夢すら見せるつもりはない――と、内心でサエちゃんを蔑んでいると、私とサエちゃんに挟まれている真嶋くんがビールを飲みながら、何やら気に入らないと言わんばかりに表情を厳しいものに変えた。
「2年生はよくやっている――が、それが逆に困った事態を招くこともある」
「なにそれ、頑張ってるのがよくないってこと?」
「学校側も退学者が出るのを望んでいる訳じゃないが、やはり俺たちが受け持つ2年生は事実上、退学者を一度も出していない」
「事実上、ねぇ。まぁ、危ない場面はあったけど、学校から半強制的に退学する生徒を選ばなければ確かに退学者は出てないと言えるか」
「あのような逃げ場のない特別試験は、後にも先にももうないと信じたいものだ」
どうやらサエちゃんは去年のクラス内投票をあの時の特別試験と重ねているようで、何とも言えない表情を浮かべている。
そのことに何も思わない訳ではないが、一教師として無理に生徒を退学にするような試験は私も望むところではなかった――と、思っていると、真嶋くんが変わらず険しい顔をしている。
サエちゃんもすぐに気づいた。互いに嫌な予感を覚えつつ、覗き込むかのように真嶋くんの目を見つめる。
「……まさか、また強制的な退学者を出すような特別試験が用意されているということか?」
「いや、去年のクラス内投票のような展開は、学校側もそうやれることではない」
「それなら問題ない。強制的な退学措置のあるものでないなら、私のクラスは乗り切る」
「乗り切る、ねぇ。そう簡単に行くの? 今のその体たらくで?」
「……何が言いたい?」
「私が何を言いたいかは言わなくてもわかってるんじゃなーい?」
綾小路くんの力無しで、今まで通りに結果を出せるのか――サエちゃんにも伝わっているはずだ。
「……現段階では、例年のクラスよりも優秀だ。力を合わせれば乗り切れると信じている」
綾小路くんの力がなくても、椿さんや堀北さんの力があればいけると考えているようね。
でも、私は知っている。椿さんは綾小路くんの指示なしでは基本的に動かない。高円寺くんはそもそもコントロール不能で、堀北さんも櫛田さんも平田くんも内心では綾小路くんに依存している――彼がいなければ、あのクラスを支える柱は崩壊したも同然なのだ。
「確かに、強制的な退学はない。しかし……」
真嶋くんが言葉を詰まらせる。
どうやら真嶋くんは私たちの話を聞いていなかったようで、先程の言葉の続きを口にしようとして声に出せずにいた。しかし、意を決したようにその言葉を口にしていく。
「……次の特別試験に関する概要が発表された。実施されるのは実に11年ぶりだ」
「11年って……私たちが今年29歳だからぁ……高校3年生の時以来ってこと? 珍しいねぇ、そんな古い特別試験が採用されるなんて」
「学校は特別試験を1年間のスケジュールに合わせて作成している。もっと踏み込んでいえば、4年間のローテーションを基本としている。ここまでは知っているな?」
「在学中に他の子たちに特別試験の内容が漏れないようにするためよね?」
「勿論、意図的に短い期間で同じ特別試験を繰り返し、情報共有を目的とした特別試験を行うこともあるが、基本的には予め定められたローテーションを繰り返す。だが、年々の流れによっては、さらに過去の特別試験を持ってくることもある」
「昔の特別試験が採用されることはそう珍しいことではない――そう言うことだな?」
「そうだ。余程『問題』のある特別試験ではない限りはな」
そう言って、真嶋くんが携帯を操作して私たちにも見えるようにテーブルに置く。
「次の特別試験の概要だ、見てみると良い。重要なのは、特別試験の名前だ。それを見ればすぐに理解できる」
「試験の名前だと?」
「読んでみろ」
私とサエちゃんは同時に、携帯に表示されている文字を見た。その瞬間、サエちゃんが息を飲む――いや、息を飲んだのは私もだ。
それは、まさに先程思い返していたであろう特別試験。私とサエちゃん、それに真嶋くんも経験したあの特別試験の名称が二学期の最初に行われると記載されていた。
「11年前の……昔のことだとしても、この特別試験のことはよく覚えているはずだ」
サエちゃんは完全に言葉を失い、顔を真っ青にしている。当然だ、あの時、サエちゃんが正しい選択が出来なかったせいで、今私もサエちゃんもこんな所で教師なんてしているし、綾小路くんに体を売ってまで勝利を得ようとしているのだ。
「まさか、またこの特別試験が行われることになるなんて、ね……」
「結局の所、似たような使い方を学校もするしかなかったということだ。無人島試験で2年生の誰かが退学していれば、次の特別試験は別のモノになる予定だったらしい」
「ま、それも仕方ないかぁ。退学者を出すために筆記試験をハードにすることも出来ないし。サエちゃんのクラスが優秀過ぎて~? 大問題ないやらしい特別試験が出て来ちゃったわけねー」
この特別試験は見方によっては他愛のない試験でしかない。でも、一歩選択を間違えれば難題に変化する。
私たちがこの試験を受けたのは3年生の3学期だった。あの時、サエちゃんが誤った選択をしなければ、私たちはAクラスで卒業する可能性があったのだ。しかし、サエちゃんのせいで取り返しがつかなくなり、全ては水泡に帰した。
「で、いつまで黙ってるつもり? 何かコメントはないの?」
罪の意識、当時の記憶、いろいろなものが頭の中でごちゃごちゃになっているのはわかる。声をかけても無視――いや、しっかりとした言葉を発する余裕すらサエちゃんにはないようだった。
「……部屋に戻る」
結局、まだ一杯目すら飲み終わらないまま、サエちゃんは立ち上がった。逆に私はもう4杯目だというのに。
「やっと喋ったと思ったら帰るって、しらけるんですけどー?」
「すまないが、後は二人でやってくれ」
「……あのさー! いつまでつまんない恋を追ってんのよ、あんたは!」
「何を、言っている……?」
「私たちが今いくつかわかってる? 29よ? 何年前の恋愛だっつーのよ!」
「おい、一気に飲みすぎ――」
「真嶋くんは黙ってて!」
「………………」
「高校3年生でずっと時を止めて、そのくせ年だけはいっちょ前に重ねて。そんで、今の子たちに勝手に重し乗せて……はあ? バッカじゃないの?」
結局、サエちゃんは何も言い返せないまま、黙ってこの場を後にした。全く拍子抜けだ、せめて何か言い返せっての。あの馬鹿。
「あーらら、行っちゃった」
「この特別試験が出てしまえばああもなる。お前たちの仲に決定的なものを生んだのは、この特別試験だったからな」
「仕方ないでしょー、サエちゃんが正しい答えを選択していれば、私たちはAクラスで卒業できたのよ?」
「……やはり、まだ恨んでいるのか」
「恨んでるに決まってるでしょ。失敗して今は、こんな学校で教師なんかしてる。本当だったら、もっと煌びやかな世界に行けてたはずなのに」
真嶋くんは何も言わなかった。でも、彼も全てを知っている。当時、学校はまだルームシェア制で、私とサエちゃんは同室だったが、あの試験が終わった後はまさに地獄だった。
まともに顔も見ることが出来ず――否、顔を合わせて生活などしていたら殺し合いになっていたかもしれない。結局、今では完全な全寮制だが、やはりルームシェアなどするものではなかった。上手く行っている内は良いが、トラブルが起きたら終わりだ。
特に恋愛や将来のことが関わってくると、人と人との関係はどうしたって難しくなる。
「せっかく2年生も無人島試験で全員残ったのにねー……学校も酷なことするぅ」
「2年生はあまりに人数が残り過ぎた。勿論、学校側もその頑張りは十分認めているが、基本的に年に数人の退学者が出るのがこの学校の方針だ。だからこそ、この特別試験が決まったんだろう。結果がどうなるかはまだわからないがな」
「あの試験は、人の醜さや弱い心を浮き彫りにするからね。せめてもの救いは今がまだ2年生の1学期が終わったばかりって所かな。私たちの時と比べて、失敗してもまだ後がある」
勿論、かつてと同じ道を辿るつもりはない。今の私には綾小路くんという庇護者がいる。彼に全てを伝えれば、きっとあの時サエちゃんには出来なかった正しい選択をしてくれるはず――Cクラスは彼に逆らえない以上、この試験はクリアしたも同然だ。
時には傷ついてでも正しい選択をしなくてはいけない。綾小路くんなら、きっとわかってくれる。
そう考えて、もし私が彼の庇護下に入っていなければどうなっていただろうとふと怖くなった。少なくとも、Aクラスになる夢は潰えていただろう。あの仲良しクラスに、厳しい選択が出来るとは思えない。今回の試験だってたいした結果は出せなかったはずだ。
サエちゃんがAクラスになるのを黙ってみているしか出来ない――そんな未来も有り得た。
けど、私は勝利の道を選ぶことが出来た。私が彼を裏切らない限り、彼も決して私を裏切らない。そして、私はもう彼に付き従うことを決めたのだ。
サエちゃんを絶対にAクラスにはしない。あの女にAクラスで卒業するなんて夢を見させて溜まるものか。サエちゃんは、私のクラスがAクラスで卒業する所を、指をくわえてみていればいいのだ。
基本的には原作通り。星之宮から見た清隆への反応を追加しているだけだけど、ここを書かないと次の満場一致試験が意味不明になるので書かざるを得なかった感じ。原作勢からすれば蛇足だけど許しておくれ。