SIDE:龍園翔
午後1時から始まった満場一致試験も、ようやく終わりが見えてきていた。最後の課題は、クラスメイトが一人退学になる代わりにCP100を得るというもの――俺はこの課題を見た瞬間に、学校側の真の目的はやはりこの試験で退学者を出すことだったのだと確信した。
わざわざ学校側がプロテクトポイントを無効にしてきたのもこの課題の為だろう。
何せ、プロテクトポイントがあったままでは、退学しなくてもプロテクトポイントを犠牲に100CPを容易に獲得できてしまうからだ。
結局、学校側は2年に退学者が少ないことを良しとしていないということである。
本来であれば、俺も賛成に票を纏めてCPを稼ぎに行く場面だが、ここまで露骨に学校側の意図に従うというのも、それはそれで面白くなかった。
第1回投票結果 賛成5票 反対34票
表示された投票結果を見る。去年のクラス内投票での時任の一件はまだクラスメイトたちの記憶にも残っているらしく、もはやオレに反抗して退学にさせてやろう――なんて考える人間は大分少なくなっているようだった。
だが、それでも0じゃない。
「ど、どうするんですか龍園さん?」
石崎が当たり前のように指示を求めてくる。これまでの課題もずっとそうだった。
基本的に最初の1回目は自由に選ばせ、2回目以降は俺の意見で統一させる――そうやってずっとやってきていた。
1つめの課題も、3つめの課題も、4つめの課題も全て2回で満場一致にさせ。唯一、2つめの課題である修学旅行の行先だけは、30分程議論させて最終的に一番投票数の多かった旅行先で満場一致とさせている。
しかし、この5つ目だけは違う。
「ここまではクソつまんねぇ時間だったが、流石に学校も単なるお遊びで終わらせるつもりはなかったってことだ。そうでなくちゃ面白くねぇがな」
3つめの課題であるプロテクトポイントに関する課題など、盛大な自虐かと思うくらい笑えたが、やはり退学がかかっているこの5つ目の課題は特別だ。
「賛成に投じたヤツ、手を上げろ」
基本的にオレの指定席となりつつある教壇に腰を下ろすと、クラスメイト全員にそう命令する。今まではそんな命令をしてこなかったこともあり、少し驚いた様子もあったが、すぐに2人程手を上げた。
手を上げたのは金田と、やる気なさそうに窓の外を眺めている西野だ。利を重んじる金田はともかくとして、西野が手を上げているのは少し予想外だった。
「――2人か。ま、そんな所か。最初にしちゃ上出来だ」
当然、俺も賛成に票を入れている。つまり、隠れて賛成票に入れている奴が、少なくとも残り2人はいるということだ。
「おい、下手に隠し事したって得はないんじゃないか? 別に1回賛成に入れたからって怒られることでもないんだしよ。指示を受けてた訳じゃないんだ。どっちに票を入れるのも個人の自由、そうだろ?」
そう声を上げた小宮は、クラス全員に声をかけるようにしつつも、俺の返答を待っているようだった。敢えて返事はせずに、曖昧な表情を浮かべるだけにする。
「おい、手を煩わせる前に、早く手を上げろって!」
「いいんだよ石崎。手を上げたくない奴は上げなくていい。今は、な」
「えっ? い、いいんですか?」
「小宮も言ってただろ。賛成も反対も個人の自由だってな。だから、まずは一人一人自分でどうするのか考えるんだな。残り時間は後8分強、十分に余裕は残っている」
相変わらず、石崎たちは何か指示を出してほしそうにしていたが、今ここで無理に俺が意見を纏めては隠れている賛成投票者を見つけられないので無視した。
敢えて言うのであれば、この時間を無駄にしないこと――自分がどちらに投票するのが正しいのかをひたすらに考えさせる。考えて考えて考えさせる。この先、どういう選択をするのが一番正しいかを頭ではなく心から理解させるために。
「坂上。時間じゃないのか?」
一度教壇から降り、自分の席に戻る。坂上も、どうやら場の雰囲気に呑まれていたようで、ハッとしたように腕時計を確認すると試験の進行を再開し始めた。
「……そうだ。これより2回目の投票を行う。60秒以内に投票するように」
第2回投票結果 賛成3票 反対36票
「これがお前らの考えた答えか? 俺にはそうは思えねぇな」
「賛成票が減ったから、ですか? つまり、龍園氏は賛成に票を投じている、ということでしょうか?」
金田がそう問いかけてくるが、敢えて明確な答えは口にしない。
「ハッ、どうかな?」
「い、一体何が引っかかってるんですか龍園さん? わかんないッスよ」
「お前らは本当に1回目と2回目、自分の意思を投票に反映したのか? この最後の課題だけは明らかに異質で普通じゃない。だからこそ俺はお前らの『真意』が知りたい。俺がどちらに投票したかなんてことは気にするな、感情のまま素直に選択をしろ」
このままいけば、問題なく課題を終えられるだろう。しかし、それでは意味がない。
この先の戦いに備えるためにも、ここでさらにクラスの意識を固める必要がある。そのためにもまずは仕込みをしておく必要があった。
第3回投票結果 賛成4票 反対35票
結局、この10分間揺さぶりをかけつつ仕込みを終えると、再び結果は変動していた。
このことからわかるのは、この賛成と反対に1票ずつ反復横跳びしている奴は迷いを抱えているということ。
「賛成に投じた奴は手を上げろ」
手を上げたのはやはり金田と西野だけ、残りは名乗り出ようとはしない。
「3回ともお前らは賛成に票を入れたようだな。金田、理由は?」
「勝つため、ですね。退学者を出すことは決して良いことではありませんが、今のクラス状況を考えればCPを100得られる機会は貴重だと考えます」
「変に目立てば、お前が退学の候補になる可能性もある――そうは考えなかったのか?」
「愚問ですね、龍園氏。あなたは使えない、不要な人材は切っても必要な人材を切る真似はしません。少なくとも、このクラスにおいて僕の価値は100ポイントでは利きません」
「ま、確かにテメェは見た目以外使い所が多いからな」
「ありがとうございます」
「で、西野。お前も金田と同じ理由か?」
「はぁ? まさか。ただCPを増やす手っ取り早い方法に賛同しただけよ。手を上げたのはコソコソしてるのが嫌なだけ。賛成に入れることは別に悪いことじゃないでしょ?」
「それでお前が退学することになってもか?」
「馬鹿にしないでよ。そうなったら、逆に反対に入れ続けて無理やり試験を時間切れで終わらせてやるわ。クラスを道連れに沈む気があるなら、どーぞご勝手に」
西野――これまではあまりパッとした印象もなかったが、意外と使える。ひよりが抜けて、女子で使える駒が減ったし、ここでこいつを見いだせたのは拾い物だったかもな。
「クク、そろそろお前らが気にしていることを教えてやる。俺がどっちに投票したか、だ」
「お、教えてください!」
「俺はこの課題――3回中、3回、全て『賛成』に票を投じた」
つまり、内約がわかっていない賛成票はさっきから反復横跳びしている一つだけ。
「つ、つまりクラスから誰か退学者を出す……ってことですね?」
「早合点するな。あくまで、俺が投じた票がどうだったかをお前らに教えたに過ぎない。この課題、どうしたいかはお前らが考えることだと判断したからだ」
「お、俺たちですか?」
「俺は確かに3回とも迷うことなく賛成に入れた。理由はシンプルだ、一人を切れば100CPが手に入る。不良品を処理した上でCPまで手に入る破格の選択肢――だが、マイナスがない訳じゃない。クラスメイト一人抜けるってことは、それだけ月に貰えるPPの総額も減る訳だからな。だからこそお前らの意見が聞きたかったのさ」
一見、クラスメイトを切り捨てCPを得るのはメリットが多いようにも見えるが、PPに視点を当てるとマイナスはかなり大きい。
「そして、3回繰り返しても、投票は賛成よりも反対が多かった。つまり、クラスの大半はこの課題に対して『反対』を突きつけたってことだ。それなら、俺はその意思を尊重して反対で票を固めていく」
「き、決まりだ! お前ら賛成票に入れずに反対に入れろ! 龍園さんの指示だ!」
「ちょっと待ってよ。あんたらしくないんじゃないの?」
「どういう意味だ、伊吹?」
「あんたは賛成派なんでしょ? だったらいつもみたいに勝手に賛成で押し切ればいいじゃない。今更善人ぶって仲間を守るとか言い出すつもり?」
「これが匿名じゃなきゃ遠慮なく賛成で満場一致にさせてたかもな。俺の意見に歯向かった奴を切るだけでいい。が、今回は生憎と匿名による試験だ。誰がどっちに入れたか確定できない以上、切る相手を選ぶのにも時間がかかるし、西野の言ったように足掻くだろう。なら、過半数を超える反対に統一する方が早い」
「つまり、賛成で満場一致にする自信がないってこと?」
「クク、どう考えるのもお前の自由だ」
一見すると、方針が固まった以上、ここで投票は完全に反対で固まる――少なくとも、クラスの大半はそう思ったはずだ。
第4回投票結果 賛成3票 反対36票
結局、減ったのは1票だけだった。
「一応聞くが、金田、西野、お前らはどっちに入れた?」
「無論、指示通りに反対に」
「気持ちは賛成派だけどね。和を乱すなって感じだから反対に入れたけど?」
だろうな。当然ながら、これは俺の仕込みだ。
賛成票に入れているのは、俺、真鍋、葛城の三人――葛城を始めとした裏切りの可能性がない数人には、事前に俺のサインで票を入れるように指示してあった。これはさっきまで賛成と反対を反復横跳びしていた馬鹿を釣るための罠だ。
第5回投票結果 賛成4票 反対35票
思った通り、賛成票が残ればこの馬鹿も釣れると思った。どうやらいろいろ迷いを抱えているようだが、こういう奴はスパイになりやすい。
綾小路の一件があってから、真鍋たちは改心(という名の恐怖で縛っている)させ、ひよりは移籍したことで内部の裏切り者事情は沈静化したが、こういう奴を残しておくのは百害あって一利なしだ。
「誰がまだ賛成に投票してんだよ! 龍園さんの命令が聞こえなかったのか!?」
「クク、そうわめくなよ石崎。面白くなってきたじゃねぇか」
「で、でも龍園さんの指示に従わないなんて問題ですよ!」
「そうだな。だが、それ以上の問題がある以上、この状況は決して悪いことでもねぇ」
「それ以上の問題、ですか……?」
一瞬、視線をある生徒に向ける。が、ここで問いただすような意味のないことをするつもりはなかった。
「ま、簡単にゲロ吐くなら苦労はねぇ。クク、ゆっくり付き合ってやるぜ」
第6回投票結果 賛成3票 反対36票
第7回投票結果 賛成4票 反対35票
第8回投票結果 賛成3票 反対36票
やはり、この謎の反復横跳び野郎は、明確に俺を退学にしたいと考えている訳ではない。
もし、そこまでの熱い気持ちがあるのなら、こうも票を動かさないだろう。つまり、誰か退学にしたい奴はいるが、そのためにクラスに逆らい続けるのはどうか――と、迷いを抱えているということだ。
「……流石に飽きて来たな。そろそろ的も絞れてきたことだし、終わりにするか」
「どういうこと?」
何が何だかわからないとばかりに、伊吹が首を傾げる。
「俺がこれまで無意味にお前らを見ていたとでも思ってんのか? 最初からここまで、ずっと奇妙な1票が存在するのはわかってるよな? 賛成と反対に反復横跳びしてる大馬鹿野郎のことだ。今からそれが誰なのか言い当ててやるよ」
過去に真鍋の裏切りを見抜いた実績がある俺の発言は、仮に外れていても黒に出来る。とはいえ、まず間違いないと確信してるがな。
「お前だよなぁ? 矢島」
「え、ッ……!? ち、ちがっ!」
「言い訳はいらない。俺がそう判断した以上、お前は黒が確定している。そして、チャンスをやろう。これから3回投票を続けてお前が賛成に入れた瞬間、めでたくお前を退学にする」
「そ、そんな……」
「俺にはもう賛成に入れている奴の目星は付いている。矢島のように直接言われなきゃ理解できない馬鹿なのか……この3回で判断させて貰うぜ」
第10回投票結果 賛成3票 反対36票
第11回投票結果 賛成3票 反対36票
第12回投票結果 賛成3票 反対36票
矢島は完全に心が折れたようで、以後賛成と反対に反復横跳びするようなことはなかった。ほぼ矢島だとは思っていたが、こうして結果として出たことで矢島だと確定できたのは大きい。この先、矢島は裏切りの目を孕んでいると考えて利用していこう。
「よし、もういいぞ。次で試験を終わらせる。ご苦労だったな」
「えっ、ど、どういうことですか龍園さん?」
「この賛成に入れている奴らは最初から俺の仕込みだったのさ。反復横跳びしてる矢島を見つけ出すためのな」
一番最初の矢島以外の一票はオレの脅しにすぐに屈した。そんな奴は怖くも何ともない。
問題は矢島だった。真意が読めない上、何がしたいかもわからないこいつを放置して試験を終わらせるのは、奥歯に何か挟まったままのような気持ち悪さが残る。
だから、意図的に賛成票を残して矢島のやつを釣り上げたのだ。俺の指示が反対とはいえ、反抗している奴がいるならもしかしたら可能性はあるかも――と、考えてあいつはのこのこ賛成に顔を出してきた。
後は時間をかけて誰が黒かを探すだけでいい。
俺は矢島だと9割確信していたが、もし俺が矢島を指名した後も反復横跳びが続くようなら、次に疑いの濃い奴を指名するつもりだった。一回目で矢島だと確定したのは偶然だったが、結果的には俺の力をクラスに見せつけるいい機会だったとも言える。
「次で決着だ。全員反対で票を統一させろ」
憂いは全てなくなった。後はこの試験を終わらせるだけでいい。クラスメイトたちもようやく反対で意見を統一できるとわかり、ホッとした様子を見せていた。
第13回投票結果 賛成0票 反対39票
「満場一致になったため、課題の内容は否決とする。これで特別試験は終了だ」
結果的に退学者は出ず100CPは取り損ねたが、裏切り者になりうる可能性のあるやつの目星がつけられたこと、もうこのクラスに俺に反抗しようと思うような強い意志を持つ生徒がいないこと(まぁ、これについては少し残念でもある)がわかったのは大きな収穫だった。
学校側の思うようにも行かないという自分の中での反骨心も満たせて、いろいろな意味で面白い試験だったことは間違いない。
そして、葛城がこの試験を通して俺に何も言わなかったことから、この俺のリーダーとしての能力も、とりあえずは納得できるものだったということだろう。
クラス内投票で時任が退学しているため、矢島以外の問題が起きておらず龍園クラスはほぼ平穏無事に満場一致試験を終えている。原作だと、藪たちが伊吹を退学にしようとする一幕があるが、時間の無駄だったので西野にその役割を果たして貰った。