遂に中間テストの日がやってきた。
早い段階で過去問を渡していただけあって、須藤もしっかり内容を覚えているようで、原作のように寝落ちして焦っている様子もない。予め、答えがわかっていることもあってか、クラス中が余裕の雰囲気を醸し出している。
「欠席者はなし、ちゃんと全員揃っているみたいだな」
予鈴と共に茶柱が教室に入ってきた。こちらが過去問を使うとわかっているからか、不敵な笑みを浮かべている。
「お前ら落ちこぼれにとって、最初の関門がやってきたわけだが、今の気分はどうだ?」
「先生、僕たちはこの一ヶ月、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒はいません」
「随分な自信だな平田。楽しみにしているぞ」
答えがわかっているのだから当然自信もあるはずで、むしろ池や山内などは答えを忘れる前に早く始めてくれと言わんばかりの表情をしていた。
しかし、茶柱は勿体ぶったように話を続ける。
「では、そんなお前たちに朗報だ。もし、今回の中間テストと7月の期末テスト。この二つで誰も赤点を取らなかったら、お前ら全員を夏休みにバカンスに連れて行ってやる」
「バカンスですか?」
「そうだ。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」
胡散臭いことこの上なかった。
堀北の方を見ると、こいつも違和感を覚えたようで何やら考え込んでいる――人間関係については絶望的だが、こういう思考能力は原作以上に柔軟になっているな。
実際、バカンスとは名ばかりの特別試験だ。
とはいえ、今は無人島や干支の試験よりも、目の前の中間試験の方が大事だった。オレも答えがわかっているとはいえ、万が一のケアレスミスも許されない。茶柱からも50000PPを貰う約束もしているしな。
――そんなこんなで、試験が始まった。
全員に問題が配られると、教師の合図と共に本番が始まっていく。
わかってはいたが、やはり問題は過去問と一字一句違わない。三日前に、過去問を渡したことで、全員が内容を頭に叩き込んだ以上、もはや赤点は100%なくなった。
一時間目は社会、二時間目は国語、三時間目は化学、四時間目は数学と、何一つ問題なく過ぎていく。ちなみに原作の小説では、三時間目が化学だったり数学だったりと、どっちなのかわからないが、この世界では数学が四時間目に当てられている。
アニメだとその辺も変わっていたが、この世界では五教科を一気に行うことになっているので、英語は五時間目に当てられていた。テスト期間だけは五時間目が終了すれば帰宅なので昼休みはない。
「楽勝だな中間テストなんて!」
「俺、全部100点かも!」
「しっかし、腹減ったなぁ。五時間なんだから昼飯くらい食わせろよな」
原作では寝落ちして退学しかける須藤も、空腹を訴えるくらいには余裕そうだった。しかし、確認だけは怠っていないようで、過去問にはしっかり目を通している。
「正直、反則をしているようで気分が良くないわね」
堀北はもう過去問を見る必要もないようで、同じく暇をしていたオレに話しかけてきた。
原作では須藤を心配していた櫛田も、過去問片手に雪と一緒にこちらに来ている。
堀北を嫌っている櫛田だが、堀北と一緒に居るストレスよりも、オレや雪と一緒に居る楽しさが上回るのか、最近は特に一緒に居ることが増えていた。
「まぁ、本来ならテストに裏技なんか無いからな。試すという意味の通り、テストはこれまで自分が学んだ物を試す場だ。堀北がそう感じるのもわからなくはない」
「そうだよね。清隆の言う通り、普通のテストに裏技なんかないもんね」
「でも、この裏技が使えるのも今回だけなんだよね?」
櫛田がそう問いかけてきたので頷く。
「あぁ、同じ攻略法を何度も使わせてくれるほど甘い学校じゃないだろう。次の試験からは、問題が被っている部分はあっても全く一緒って事はないはずだ」
「これを機に、彼らも真面目に勉強してくれるといいのだけれど……」
「清隆が基礎を叩き込んだんだし、内容が理解出来れば大丈夫だと思うけどね」
「まぁ、赤点を取ったら退学だからな。流石のあいつらも多少勉強をするようにはなるとは思うが、念のために期末は手を貸した方がいい。今回のような手が使えない以上、あいつらにとっては期末が高校初のテストになるんだ。簡単にいかないのは目に見える」
「また期末前は勉強会だね」
と、櫛田が笑うと、堀北の顔が曇った。
今回の中間試験で、自分だけは何も出来ていないと突きつけられて辛いのだろう。堀北のそんな様子を見て、櫛田も笑みを浮かべるのを必死に我慢している。最終的には我慢できずに、過去問を口元に当てて誤魔化していた。
堀北を精神的に追い詰めてくれるのは大歓迎だ。
三馬鹿の池も、「100点取ってやるぜ!」と大騒ぎをしているが、その余裕の仕草も今の堀北には刺さるだろう。兄のようになりたいと望むこいつにとって、クラスに何も貢献できていないという事実は鉛よりも重く心にのしかかっているはずだ。
中間と同じように、期末でも堀北を追い詰める。
こいつは精神的に強い女だが、それでも人間である以上は限界があるはずだ。いずれ、自分でも予想しないタイミングで心が折れる――オレにはもうその姿が見えている。
時間になって予鈴が鳴ると、雪と櫛田も、各々自分の席へ戻っていった。同時に、最後の教科である英語のテストが始まる。当然だが、中間テストは全教科満点なので、試験結果が出たら、速攻で茶柱にポイントをせびりに行くつもりだ。
◇◆
週明けの月曜日。原作では只ならぬ気配が蔓延していたDクラスだが、この世界ではいつもと変わらず落ち着いた様子で過ごしている。
結果が気になる三馬鹿たちには、事前に自己採点できるようにするために問題用紙に答えを書いて貰っておいたので、彼らが赤点どころか高得点を取っているのはもうわかっていた。
他にも特に問題があるクラスメイトはいないようだし、原作のような点の売買をする必要はなさそうだな。
「ほう、随分余裕そうな顔をしているなお前ら」
予鈴と同時に茶柱が教室に入ってきた。
当然、全員席に着いているが、その顔に悲壮感がないのを見て茶柱が面白いものを見たような顔をしている。
「てっきり、テストの結果が気になって夜も眠れないと思っていたが、テストの日に言っていた言葉はハッタリでは無かったわけだ」
「全く気にならないわけではありません。僕たちがどれだけ点数を取れたか、とても楽しみにしていました」
「そうか。では喜べ平田、今から中間テストの採点結果を発表する」
そう言って、茶柱は四月末の小テストの時同様、全員の試験結果が書かれた紙を黒板に貼り出した。
「正直、感心している。お前たちがこんな高得点を取れるとは思わなかったぞ。各教科同率の一位。つまり、満点が半分以上もいた」
詳しく見ると、全教科満点が11人。1、2教科が100点でその他90~80点台を取っているのが14人。1教科100点とその他90~80点台を取っているのが10人。全教科90~80点台が5人。文句なく高得点だ。平均点も86点で、赤点は43点というやべぇラインになっている。
「っしゃ!」
須藤が自分の点数を見て、喜びのあまり立ち上がった。暗記するだけだったので、須藤もしっかり高得点を取っている。
「見ただろ先生! 俺たちもやるときゃやるってことですよ!」
池も渾身のどや顔を決めていた。この結果には茶柱も満足なようで、反論すること無く頷いている。
「そうだな。お前たちはよく頑張った。この中間テストの得点は、過去Dクラス史上最高得点と言っていいだろう」
史上最高とまで言われ、ますますクラスが調子に乗った。だが、今はこれでいい。この場で、浮かれないで次を見据えろ――なんて、堀北のようなことを言えば、場がしらけてせっかくクラスが一つになっているのが台無しになってしまうからな。
「ちなみに、前回の小テストで言い忘れていたから今言うが、赤点のボーダーラインは平均点を2で割って、小数点以下を四捨五入したものとなる。今回は43点だな。まぁ、全員が80点以上取っているので言う意味はないだろうが、次からの参考にしてくれ」
「また伝え忘れかよ佐枝ちゃん先生ー、試験範囲だって危うく伝え忘れそうになってたじゃないっすかー」
「そう言うな山内。私だって人間だ、伝えるのを忘れることくらいある」
本来であれば、その伝え忘れは致命的なものになるのだが、今回はオレのおかげで上手く回避できた。だが、堀北は今から次の心配をしているのか、「平均点の半分……」と、呟いている。
成績が良くなれば良くなるほど、赤点のボーダーが上がっていく。堀北は、三馬鹿を始めとした頭の悪い組が、次に振るい落とされることを懸念しているのだろう。だが、それでも今のこいつには何もすることが出来なかった。
「これからも頑張って励め。お前たちなら上のクラスに上がることも夢では無いかも知れん。では、少し早いがこれでホームルームを終える。綾小路はこの後一緒に来い」
茶柱に似つかわしくない優しい言葉で話を締めると、教室中が喜びの声で包まれる。
呼び出しを受けたので、オレは茶柱と一緒に教室から出ていく。そのまま一階の廊下まで行くと、茶柱がこちらに振り返った。
もうすぐ授業が始まるからか、殆ど人気はない。
原作なら、オレがテストの点数を一点買う場面だが、今回は須藤も高得点を取っている。呼び出しを受けたものの、何の話をするのか、サッパリ見当がつかなかった。
「正直、お前の優秀さは私の想像以上だった。お前は、五月頭の段階で過去問の存在に気づいていた。過去、その存在に気付く生徒は居てもお前ほど早い段階で気付いた者はいなかっただろう。それだけでも驚きだが、過去問を共有し、クラス全体の平均点を底上げしたのもお前が初めてだ」
どうやら、素直に俺を褒めてくれるらしい。
だが、その程度でオレを懐柔できるつもりでいるなら甘い考えだとしか言いようがなかった。
「他にも、過去問を応用して学力の底上げもしましたけどね」
「本当によくやってくれた。私は、これでもお前を個人的に買っている。この調子で、クラスのために頑張ってくれ」
「まぁ、程々に頑張りますよ。オレもポイントは欲しいんで」
ここでAクラスを目指す――と、宣言してしまうと、茶柱がオレを脅して来なくなる。教師が生徒を脅すなんて弱点を自ら晒してくれるのだ。茶柱にはもうしばらく悶々して貰おう。
「……期待しているぞ、綾小路」
今は茶柱も様子を見るつもりなのか、特に追及するつもりはないらしい。職員室に帰るようで、茶柱が後ろへ振り返った。
しかし、そちらの話が終わっても、オレの話はまだ終わっていない。格好を付けている所悪いが、このまま逃がすつもりはなかった。
「先生。オレとした約束、覚えてますよね?」
50000PP、ご馳走様です――と、いうと、茶柱が嫌そうな顔で再びこちらに振り返る。
「……ちっ、そうだったな」
「先生が褒めて下さったとおり、オレは今回かなり活躍しました。先生も文句の付けようがないくらいの成果だと自負しています」
「………………」
「………………」
「55000」
「65000」
「……ちっ、次回もちゃんと活躍すると約束するならくれてやる」
「それは期末テストですか? バカンスの方ですか?」
「両方だっ」
憤りを叩きつけるように、オレに65000PPを振り込むと、茶柱は今度こそ職員室へ帰っていった。
オレも教室へ戻ると、クラスはお祭り騒ぎになっている。まぁ、お世辞抜きに今回の試験結果は最高と言って差し支えないからな。
クラスメイトたちも、過去問という切り札を発掘してきたオレに感謝をしており、今回の結果でDクラスの勢力図も固まりつつあった。リーダーに櫛田、サブリーダーに雪、平田、そして参謀にオレ――と、原作の事なかれ主義が嘘のような大出世だ。
参謀ポジションは、原作でいう龍園クラスの金田が担当しているポジションで、リーダーに意見はするが、他から見てそこまで目立つ訳じゃないという無難なポジションと言っていい。
オレは目立つ性格をしていないし、クラスを纏めるリーダーには櫛田が相応しかった。裏でオレがサポートすれば、櫛田でも十分にリーダーとして活躍できるだろう。いずれ、堀北を手に入れたとしても、リーダーに据えることはない――輪を乱すだけだからな。
と、考えていると、教師が入って来た。
そのまま、いつものように授業を受けていく。ようやくテストも終わったし、今日からまたハッスルの日々を始めよう。今夜は雪、明日は神室、明後日は櫛田――と、女たちが乱れる姿が脳内に浮かぶ。
今は3人だが、これからはもっと増やしていく。
次は誰を攻略するかと、想像するだけで笑みが零れた。基本的に喜怒哀楽が存在しないオレだが、俺の無念を果たしている時だけは、心から感情を取り戻すことが出来る。早く次を――と、もういないはずの俺の叫びが聞こえてきたような気がした。
原作との変化点。
・過去問を三日前に渡したので、須藤も余裕を持っている。
原作では寝落ちして英語だけ覚え損ねたが、三日もあれば流石に余裕だった。当然、高得点を取ったため、原作のようにポイントで点数を取る下りはカットされている。
・茶柱からお褒めの言葉を貰った。
原作と違って、最初から清隆がクラスに貢献していたので好感度が高め。このままAクラスを目指してくれるなら何よりだが、清隆が明言を避けたことから、程々のポイントを稼いだら気まぐれに動かなくなる可能性を危惧する。天才故の気まぐれがまさか伏線になるとは……この作者をしても思わなかった(つまりたまたま)。
・打ち上げはファミレスで行った。
描写はカットしたが、原作と違って多少ポイントがあるので、打ち上げは清隆の部屋ではなく、ファミレスで行われている。そのため、清隆の部屋の合い鍵を作る下りはカットされた。代わりに、セフレには合い鍵を渡している。
今話登場人物一覧
・綾小路清隆
茶柱から多めにPPをぶんどって満足。堀北兄との件があってPPには不自由していないが、やはりあるに越したことはない。
・椿雪
この試験が終了してから生徒会に参加し始めた。南雲にも当然目を付けられるも、堀北兄がガードしているため、手は出されていない。橘とはかなり仲良くなっている。
・堀北鈴音
精神的迷走中。結局、自分の力がなくても結果を出してしまったクラスに、複雑な感情を抱いている。このままではいけないとわかっていても、どうにも出来ない苦しさで追い込まれていた。
・櫛田桔梗
今回の試験で明確に立ち位置が決まった。高得点を取れたのは櫛田のおかげと、クラス中から感謝されて、満たされまくっている。
・茶柱佐枝
清隆が結果を出して満足しているが、どこまで本気を出してくれるかわからずに不安を感じている。
・平田洋介
全員が赤点を取らずに満足。打ち上げでは女の子に囲まれていて清隆と話せなかったことが心残り┌(^o^┐)┐
・須藤健
清隆のおかげで高得点を取った。が、堀北との関係は変わらず、顔を合わせるなり睨みあっている。しかし、メンタル面のトレーニングのおかげで自分からは喧嘩を売っていない。半分無視している形。
※アンケートありがとうございました。この話で原作の1巻が終了となり、次から2巻に進みます。2巻以降は大体10話くらいで話が進んでいくので、今までよりもテンポよく行けると思います。最後までお付き合い頂けると幸いです。