♯060 『クラス移動チケット』
満場一致試験を終えた翌日の9月21日――原作では愛里という退学者を出し、桔梗の本性を暴いたことでクラスがボロボロになる一幕があるが、この世界では特に大きな問題もなく終わったことで、クラス内も落ち着いた様子を見せている。
ちなみに前日、コスプレでオレを楽しませてくれた佐枝は、確実に寝不足のはずなのにそれを表情に出すことなく、いつものようにチャイムと共に教室に入ってくると出席を取り始めた。
Aクラスを目指すためにしっかりとした教師になると宣言していたものの、別段今までの在り方を変えるという訳ではないようで、基本的には今までと変わらないスタイルで過ごしている。昨日、試験が終わって号泣していた人物にはとても見えなかった。
「さて、満場一致試験も終わって気を抜いている所申し訳ないが、お前たちは早々に次の戦いに足を向けなくてはならない」
そう言うと、佐枝がモニターを操作して画面を表示させていく。
「体育祭の詳細、本年度に適応される特殊ルールを説明したい。良く聞くように」
「特殊ルール……去年とは違う体育祭になるってことっすか?」
体育祭と言えば俺と言わんばかりの態度で須藤が質問を飛ばす。去年は1年の最優秀賞こそ取ったものの、結果的にオレに負けたのが悔しいようで、今年こそは1位になろうと意気込んでいるみたいだった。
「椿生徒会長が提言していた新しい在り方が、無人島試験を含め認められつつあるということだ。個人の実力を重視した案を強く組み込んだ試み、それが具現化した体育祭となる」
名前を上げられた雪がクラスメイトの視線を受けて、「いぇーい」とピースサインをしている。
実際、雪の生徒会長としての在り方は、堀北兄と南雲の良い所取りなので、南雲の提唱していた実力主義な面もしっかり引き継いでいた。
この学校は実力主義と言いながらも、クラス単位で評価を受けるため、実力があっても上に行けない生徒がどうしてもいる。
原作で言えば、それこそ神崎などがそうだ。実力がありながらも、クラスと自身の方針が合わずに実力を発揮しきれていない――そういう生徒を拾い上げるのが、今の雪の政策(原作の南雲の良い所取り)だった。
「不安になる人もいるかもしれないけど、別に運動能力がないから退学とかはないよ? 文武両道は理想ではあるけど、誰しも完璧に体現できる訳じゃないし……ねっ、先生?」
「そうだな。教師のセリフを取るのはどうかと思うが、概ね椿の言っていることに間違いはない。少なくとも、個人の実力不足で退学になったり、個人だけが損害を被ったりすることはないように調整されている」
今までと違う雪との気安い掛け合いを聞いて、一部の生徒たちが驚いた様子を見せる。
佐枝がこうして生徒に優しい声をかけること自体珍しいことだが、それ以上に普通の先生のように気安い掛け合いをしたのが余程意外だったのだろう。
佐枝も少し調子に乗った自分に恥ずかしそうにしつつ、「んっ、んんっ!」と咳ばらいをして誤魔化していた。続けて、そのままモニターに体育祭の概要とルールが表示される。
【体育祭の概要及びルール】
概要
様々な種目からなる、全学年参加型のスポーツの祭典。
開催時刻・午前9時から午後4時まで(正午から午後1時までは休憩時間とする)。
生徒たちは自由に選択した種目に参加し、持ち点を獲得、総合得点をクラス単位で競う。
ルール
・生徒一人につき、持ち点5点がスタート時に与えられる。
・体育祭に参加する生徒は異なる競技5種目の参加が必要。
・各種目の参加賞として、持ち点1が与えられる。
・6種目以降は持ち点1を支払う毎に参加可能(参加賞の1点は入手できない)。
・参加できる種目は一人につき最大10種目まで。
・参加競技数が5種目未満のまま体育祭を終了した場合、獲得した持ち点は全て没収される。
・エントリー済の競技にやむを得ない理由を除いての不参加や棄権は2点を失う。
・参加する競技を終えた生徒は定められたいくつかの指定エリアで応援すること。
「これが本年度の体育祭、その概要と大まかなルールになる。全校生徒が一つの競技を見守る通常時のものとは異なり、同時刻に様々な場所で並行して競技を行っていく」
「な、なんか忙しそうっすね」
「そうだな。競技に参加して上位入賞を目指すなら、須藤の言う通りかなり緻密なスケジュールにもなりかねない。勝つために多数の競技に出場するつもりなら忙しい体育祭になるだろう。また、競技は大きく分けて二種類ある。詳しくは手元のタブレットを見ろ」
視線を落とすと、タブレットの画面に原作通りの内容が表示されていた。佐枝の言う通り、この体育祭では大きく二種類の競技でポイントを稼いでいく。
一つ目は【基本競技】と呼ばれる、一人で参加可能な競技だ。これらの競技は固定報酬で1位に5点、2位に3点、3位に1点。そして5種目未満の場合は参加賞の1点が与えられる。
無人島サバイバル試験で行った課題に似たようなシステムだが、基本的に個人競技しかないので得点が平均的なのが特徴と言えるだろう。
二つ目は【特殊競技】と呼ばれる、主に複数人でしか参加できない団体競技だ。これらの競技は基本競技よりも報酬が高く設定されており、参加したチーム全員に等しく点数が与えられる。
しかし、報酬が高い反面、生徒同士の連携や競技の拘束時間が長いというデメリットもあるため、どちらが良いかは一長一短とも言えた。
「団体戦の報酬は競技によって異なるため、別途確認しておくように」
ぶっちゃけ、体育祭でオレは不参加なので何も考えなくても良いと言えばいいのだが、それはそれとして、もし参加していたら――と、いう仮定で思考をしてみる。
生徒一人に与えられた持ち点は5点。仮に最低競技数である5競技に参加して、結果が振るわずに参加賞の1点しか与えられなかったとしても最低一人10点はゲットできる。
全員が参加することを前提にすれば、今36人のAクラスは360点、41人のBクラスは410点、40人のCクラスは400点、39人のDクラスは390点が基本的な最低得点ということだ。
一人のマイナスが意外と大きいのがよくわかるだろう。Aクラスは特に坂柳というマイナス要素がある。もし仮に、坂柳が当日休むようなことになれば、他クラスとの点差は40~60点となり、そう簡単に取り戻せるものではない。
逆にうちの場合はオレが休んでも400点は保証されているので、特に大きな問題にはならなかった。
「持ち点を支払い、6種目以降参加していくかは個人とクラスの選択――自由ということだ。そして、体育祭終了時の総合点で学年別の順位を発表する」
佐枝がそう言うと、モニターが再び切り替わり、今度は学年別の報酬が表示される。
クラス別順位報酬
1位 150CP
2位 50CP
3位 0CP
4位 -150CP
原作通り去年に比べると、得られるポイントが多くなっているが、やはりマイナスは厳しいままだ。文化祭が緩い分、体育祭は厳しく行こうということだろう。
「以上がクラス別の報酬だ。ここからは個人戦に対する報酬を発表する」
「おっ、待ってたぜ!」
須藤が喜びの声を上げる。個人の実力を重視すると言っている以上、個人報酬も去年とは大きく変わっているのは間違いない。1位を狙えるポテンシャルを持つ須藤としては、期待するなという方が無理があった。
個人戦報酬(学年・男女別)
1位200万PP、もしくはクラス移動チケット(限定的)
2位100万PP
3位50万PP
「ク、クラス移動チケット……って、まさか――」
流石に予想外の報酬を見て、全員が驚きの様子を見せる。
「学校側も、今回の新制度導入にはかなり慎重な姿勢を見せていた。プロテクトポイントの導入も前代未聞のことだったが、それから時が経っていない中での導入だからな。しかし、個人の実力を示した生徒が上に行くのは当然の権利でもある」
「ぶっちゃけ、プロテクトポイントなんかどうでもいいから、もっと早くこれを導入してほしかったんですけどねー、生徒会長様的にはー」
原作知識のあるオレは当然知っていたが、生徒会長である雪もまた事前に知っていたようで、このクラス移動チケットの導入の遅さに文句を垂れていた。あからさまに不機嫌ですと言わんばかりに唇を尖らせている。
「そう言うな。こうして正式に導入されたんだからいいだろう」
「だって先生ー! 去年、私が提案した時は、『クラス移動に関する権利を簡単に生徒に渡すのは前代未聞でほんにゃらかんにゃら』とか意味わかんないこといって否定して、勝手にプロテクトポイント導入した結果、そのプロテクトポイント無効にするとか意味わかんないことしてるんですよ!? クラス移動チケットならそんな揉め事起きなかったと思いませんか!?」
まぁ、その場合、去年の学年末試験で坂柳と帆波が退学してしまうので、導入タイミングはここで別に問題はないんだけどな。
「お前の言いたいことはわかる。しかし、学校側も今までにない試みをする以上、慎重になるのは仕方のないことだ。そこを酌んでやれ」
「ちぇー! もっと面白いイベントも提案したのに軒並み却下されるし、やっぱり生徒会長って面白くなーい」
思っていた以上に裁量がないからこそ、雪も生徒会長を止めたいと言い出したのかもしれない。まぁ、一番はオレと一緒にいる時間を増やしたいで間違いないだろうけど。
「でも、限定的って……移動してまたいつか戻って来なきゃいけないとか?」
「いやそれはないだろ? そんなの意味ないしよ」
池と須藤に限らず、全員がこのクラス移動チケットについた『(限定的)』という部分に首を傾げているようで、佐枝も雪を宥めるのを一旦やめにして再び生徒たちに向き直る。
「クラス移動の権利は与える――が、かと言って体育祭終了時点で全てを読み切るのは難しいだろう。よって、この限定的というのは使用時期のことを意味する。権利を行使できるのは2学期の内だけ。つまり、3学期が始まるまでに行使しない場合は無効となる訳だ」
「い、意外と短いっすね」
「だからもっと早く導入すべきだったんだってー! 少なくとも新学期が始まった段階で出しておけば1学期も考える時間になったのにー!」
「ええい、うるさい! 文句ばっかり言うな椿!」
「ぶー!!」
今日初めての掛け合いなのに、何故か昔からやっていたくらいの馴染みを感じつつあったが、流石にいつまでも雪にばかり構っていられないと佐枝が怒りの声を上げる。
まだまだ文句が言い足りないという様子の雪だったが、これ以上佐枝に文句を言っても話が先に進まないのは理解しているようで、渋々という感じで矛先を引いていた。
「さて、もう少し詳しい説明に移ろう。競技は事前に公開されるものと、当日にならないと公開されないものの2種類が存在する。つまり、当日ぶっつけ本番で挑む種目もそれなりに用意されるということだ」
改めて競技を見てみると、去年もあった100メートル走や障害物競走などの基本的な競技の他に、PKやフリースロー、ストライクアウト、テニスシングルス、もしくは男女混合ダブルスなど、体育祭というよりは球技大会というべき競技がラインナップされている。
「人数や開催時刻が設定されているから、必ずしも自分の望む全ての競技に参加できるとは限らない。タイムスケジュールに合わない予定を無理やり組めば、参加に間に合わず棄権扱いになることもある。持ち点を失うリスクも抱えるということを忘れるな」
逆に言えば、もし身体能力で敵わないのであれば、わざと試合を長引かせたり、移動時にちょっかいをかけたりするなどして妨害することで、相手を棄権へ追い込むという手段もある訳だ。まぁ、今回オレはしないが、龍園辺りは原作でも似たようなことをしていた。
「公開されている種目への参加は、本日夜10時から専用アプリにて予約が解禁される。全学年早い者勝ちだ。体育祭本番の1週間前までキャンセルを受け付けるが、キャンセルは3回しか利用できない。予約締切は本番の2日前までで、それまでに上限の5種目を登録していない場合は自動的に空いている所に割り振られる」
また、重要な点として、現在、または過去に1度でも部活動として在籍の過去がある生徒は該当する種目には参加できないことになっているらしい。
例えば、洋介ならサッカー、須藤ならバスケ、小野寺なら水泳、篠原ならバレーといった感じで、運動部に所属している生徒は、得意種目を活用して得点が出来ないようになっている。
「にしても、なんか映画館の予約みてーっすね」
「確かにシステム的には似ているだろう。誰がどの種目、どの時間帯の枠を抑えたかもリアルタイムで反映されるようになっている」
「つーことは、俺と戦うのが嫌でキャンセルする奴も出て来るってことっすよね?」
「逆を言えば、須藤だけを狙い撃ちにも出来るということだがな」
「へっ、かかってこいってんだ!」
「まぁ、仮に戦うのを拒否する生徒がいたとしても、そういう生徒は遅かれ早かれキャンセル3回の壁にぶつかることになる。また、個人戦の結果で同点の生徒が出た場合は、PPは等しく分割されると共に、クラス移動チケットの獲得はなしになるから注意しろ」
と、佐枝が説明を終えると、いつものように教室から去っていく。
少し雰囲気が柔らかくなったとはいえ、教師としての立ち振る舞いを変えるつもりはないようで、下手に慣れ合うことはしないらしい。
また、佐枝がいなくなると同時に、クラス中は火が付いたように盛り上がり始めた。
その中心である須藤は「よっしゃ、櫛田、平田! 早速ミーティングはじめよーぜー!」と、大きな声を上げている。
やる気を見せている須藤には悪いが、今回オレは原作同様に不参加なので後はお任せしても良いだろう。雪も特に動くつもりはないようで、オレの隣の席に突っ伏しながらこちらを見て足をプラプラさせていた。
原作との変化点。
・満場一致試験後もクラスが落ち着いている。
荒れる要素がないため、基本的に原作体育祭の前半はカットされている。
・体育祭の基本的なルールは同じ。
一人の競技が基本競技。複数人が特殊競技。後は、このSS独自の競技なども名前だけ出すかもしれないが、基本的に名前だけなのでそういう競技もあるのかくらいで納得してほしい。裏設定では、各競技に誰が参加して何点取ったかとかもまとめてあるが、多分それが表に出ることはない。
・須藤が気合を入れている。
原作通りに勝つ気満々。原作ではこのクラス移動チケットは名前だけで、結局手に入れることも利用されることもなかった。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
PPを使わなくてもクラスを移動できる方法が確約されたため、少し欲しがっている。もし、ここでクラス移動チケットを手に入れられたら一度だけでなく複数回クラス移動が出来るというのが魅力。
・椿雪
生徒会長としては南雲より精力的に意見を出していた。クラス移動チケットの他にも、ある特定の条件を満たした生徒は上位クラスに移動できる権利やPPを授与する等。
・茶柱佐枝
昨日の泣きはなかったことにしている。ちょっと優しくなった。
・須藤健
最近は知恵や学力も付いてきたが、やはり自分の本領は運動とばかりに気合を入れている。