体育祭のルール説明がされた次の日――意外にも我がクラスは満場一致試験で特に大きな問題が起きなかったにも関わらず、体育祭に関して具体的な方針を打ち立てられずにいた。
と、いうのも、確かに須藤や高円寺、洋介、雪や鈴音、小野寺など、運動能力の高い生徒はいるが、それに負けないくらい運動能力が低い生徒も多いからだ。
当然ながら、運動能力の低い生徒は基本的に最低参加競技数である5競技で終わらせるのが一番ではあるが、去年の体育祭が終わってから運動していなかった生徒も多く、その5競技ですら満足に終わらせられるかどうか不安がある。
ここでクラスは二つに分かれた。
桔梗をリーダーに、運動苦手な生徒のリハビリをする組。そして、洋介をリーダーに、運動できる生徒を集めてどう戦うかを考える組だ。
下手に全員同じことを指せるのではなく、各自出来ることを最大にすべき――というのが、Bクラスの共通見解であり、洋介や須藤のような運動部代表を中心に、基本競技や団体競技で誰をどう当てはめるか考えることにしたようだった。
いつもなら、適当な所でオレも声をかけるのだが、今回は坂柳理事長と話した通り、欠席の予定なので下手に関わずに桔梗や洋介に任せることにしている。
雪はオレがいないからと当たり前のようにやる気がなく、鈴音もまた今回は自身が高得点を取ることに集中するつもりのようでクラスにはノータッチの姿勢を見せていた。
「須藤くん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
そんな中、小野寺は原作通りに須藤をパートナーに誘うつもりのようで、平田たちと話している所に声をかけにいっている。
雪に負けないように努力しているからか、この世界の小野寺の能力は原作よりも高い。
得意の水泳は言うまでもなく、去年リレーに参加したことで足の速さも磨かれ、全体的にみても女子で上位の力を持っていた。
「なんだよ? 小野寺」
まさか自分に話しかけられるとは思わなかったようで、少し驚きながらも須藤が返事をする。ぶっきらぼうな言葉ではあるが、小野寺は特に怯むようなことはなかった。
「今回の体育祭の個人報酬って、男女別で評価されるじゃない? 須藤くんは当然男子の1位を狙いに行くと思ってるんだけど、その考えは合ってる?」
「当たり前だろ。この体育祭こそ、俺が輝く最大のチャンスだからな」
そうドヤ顔で応える須藤を見て、小野寺も満足そうな顔で頷きを返す。
「実は私も、この体育祭に懸けてる所があるんだ。女子の1位になることでAクラスへの一歩になる訳だし。自分の得意分野で戦える機会なんてそう多くないしさ」
「お前なら1位取れるかもな。マジで応援するぜ」
「ありがと。でも、ある程度個人競技で勝てたとしても、1位を取れる保証はないよね?」
「なんでだよ。1位を取り続けりゃ――」
「チーム競技の得点が高いから、だよね?」
ルールの理解が浅い須藤に変わって、一緒に話を聞いていた洋介が答える。
実際、今洋介が悩んでいるのも、基本競技と団体競技に参加するバランスなので、小野寺が言いたいことがすぐにわかったのだろう。
「うん。個人競技の最大点は5点。仮に10競技全部に参加しても最大は50点で頭打ちになっちゃう」
「確かにな。チーム戦ばっか1位取る奴がいたらやべぇかも……けど、そうはいってもチームを組むなんて簡単にはいかねーんじゃねぇか?」
「そうだね。5人、6人をガチガチに縛っても弊害が出る可能性がある。それに、チームに能力差があるとかえって実力が発揮できない場合もあるからね」
「勿論、私だって大人数での参加は考えてないよ。だけど、確実に勝てる2人で参加できる競技なら? しかも男女のペアだけで参加できる競技もあるよね」
ここにきて、須藤や平田も小野寺が何を言いたいかを理解する。須藤にしてみれば、まさか自分に声をかけられるとは思わなかったようで、若干驚いた様子を見せていた。
「須藤くんと私が協力し合って困ることはない。組むなら最高のパートナーを選びたいと考えてるんだけど?」
「それで俺を、ってことか……まぁ、そうかもしれねぇな」
「そういうこと。勿論、須藤くんに不服がないのならだけどね。隠すことじゃないからハッキリいうけど、私じゃなくても女子には椿さんとか堀北さんって実力者もいるし」
「まぁ、椿はともかく堀北はなぁ……」
原作と違って恋心が芽生えていないため、須藤にとって鈴音はガミガミうるさいお母さんのような存在となっている。また、オレが休むつもりだと知らない須藤は、雪がオレと組むものだと思い込んでいる節があった。
「私じゃ力不足、かな?」
「んなことはねぇよ。小野寺の実力に文句なんかつけるかよ。でもよ、本当に俺でいいのか? そっちと同じで、ぶっちゃけ綾小路とか高円寺の方が実力は上だぜ」
「確かに実力はそうかもね。でも、須藤くんも察している通り、多分綾小路くんは椿さんと組むだろうし、高円寺くんはそもそも信用できないから」
まぁ、自分の都合で相手を振り回すような人間を信用しろという方が難しいだろう。
オレに関しては、どうも自分とは釣り合わないと謙遜している感じがするのは、雪という大きな壁が小野寺の前に立ちはだかっているからかもしれない。
「他にクラスで実力持ってて、信頼できそうな男子が他にいるとしたら平田くんくらいだけど……本人に言うのは失礼だけど、ペアに誘う以前の問題というか、変な勘違いされて女子に嫌われたくないというか……」
「あはは……」
「だから須藤くんに断られたら、その時は一人でやれるところまでやる感じかな」
「………………」
須藤は真剣に考えている様子だった。勿論、女子に誘われたという嬉しさや、小野寺が自分の実力を認めて声をかけてくれたという喜びはあるだろう。
しかし、ここまで真剣に自分とのペアを検討してくれているなら、自分も仮に小野寺と組んだ時、自分は活躍できるのか、彼女の力を活かしてやれるのか――と、しっかり考えて返答をするべきだと思ったようで、真面目な顔で考えを纏めている。
「……そうだな。小野寺が良ければ、ペア組もうじゃねぇか」
「ホント?」
「ああ。個人でちょこちょこ稼ぐよりも上を狙えるし、小野寺の実力なら文句もねぇ。俺たちの力でこのクラスを1位にしてやろうぜ!」
そう言って、須藤が小野寺に向けて真っ直ぐ手を伸ばした。小野寺も、応じるようにガシッと力強くその手を掴む。
「よろしく須藤くん。私、頑張るから、絶対2人で1位になろうね!」
ペアの成立が決まると、小野寺は満足したように自分の席に戻っていった。何というか、男子よりも男前なペアの誘い方だったが、当然ながら小野寺が一皮むけば可愛い女の子であるのはオレが一番よく知っている。
小野寺はやはり、あのスラッとして程よく肉付きのいい太ももと引き締まった尻がいいのだ。いずれ、須藤が小野寺と付き合ってそういう仲になったのなら、きっと須藤もオレと同じ感想を持ってくれると信じている。
「なんか思わぬ形になったけど、これでよかったんだよな?」
「そう思うよ。須藤くんと小野寺さんが結果を出してくれるのはクラスにとっても有難いしね」
「……だな」
とはいえ、他のメンバーをどうするかという洋介の悩みが全て解決された訳ではない。
高円寺は契約があるからまず個人競技で全て1位を取り続けてくれるとして、須藤・小野寺のペアを活かしつつ、他にも運動能力の高い生徒をどう生かしていくか。
結局、勝ちを狙いに行くにしてもこの膨大な競技の全てに対策が出来る訳ではなかった。
自ずと、得意な種目、苦手な種目、他のクラスがどう動いてくるか――今回の体育祭は、無人島試験同様にこれまでと違って膨大な量のデータを処理する必要がある。
そう考えると、今回の試験は休むことにして正解だったな。無人島試験と違って1日だけとはいえ、やはり他のクラスの動きや自クラスの動かし方を考えるのは大変だ。
◇◆
――次の日。本格的に全ての学年が体育祭の練習に本腰を始めたようで、体育館は各学年の生徒で溢れかえっていた。
特に、2年の区画では、AクラスとCクラスの生徒が、本格的に声を出して練習に励んでいる。Dクラスの生徒の姿も見えるが、まだ手探りという感じで他のクラスに比べても真剣味はない。
ちなみにうちのクラスの生徒は当然ながら誰もいなかった。まだ本格的に何をするかも決めていないし、運動が苦手組は桔梗を中心としたリハビリコースでまだまだ体力作りの最中だからだ。
「AクラスとCクラスの本気具合が伺えるね」
「だな」
気分転換――と、いうことで、洋介に誘われて一緒に体育館にやってきた訳だが、練習風景を見るだけでもいろいろ見えるものはあった。
「去年の体育祭の結果から見てもそうだが、Aクラスは平均的な身体能力こそ高いがそこまでスポーツが得意って生徒は少ない。逆にCクラスは運動もスポーツも得意って生徒も多いが、苦手な奴もそれなりにいる。うちよりも振れ幅は少ないけどな」
「うちは元Dクラスだけあって極端だからね」
「けど、それは本人たちもわかっているはずだ。こうしてAクラスが頑張っているのも、総合で自分たちが不利だとわかっているからこそだろう」
「逆にCクラスは少しでも有利な状況を作れるようにって感じで、幅広く手を伸ばそうとしてるのかな? いろいろな種目を網羅できれば、ライバルの少ない場所で得点も伸ばせるし」
Aクラスは少しでも持ち点を稼げるように、Cクラスはどんな競技にも対応できるように――動きからそんな感じがする。
「僕たちのクラスは個人の運動能力だけなら学年で一番高い生徒が揃ってる。綾小路くんや高円寺くん、須藤くんたちを上手く使って上位を席巻できれば十分トップを狙えると思う」
「クラスの総人数でそもそもうちは有利だからな。けど、運動が苦手な生徒のフォローを考えると、総合点はそこまで伸びないんじゃないか?」
軽く計算してみるが、仮に半数が基本の10点しか取れなかったとして200点。高円寺がトップ独走で55点としても、他の平均は多分20から30の間くらい、雪や須藤たちが仮に60、70程稼いだとして、大体点800~900点くらいの得点と考えて良いだろう。
まぁ、それでも十分と言えば十分か。
Aクラスは360からスタートで得点が稼げる選手は多くないし、Dクラスも390スタートで各自平均的以上の運動能力はあってもスター選手は多くない。
強いて言えば、運動が出来てクラスメイトの数も多いCクラスが多少脅威ではあるが、総合的な能力値ならうちの方が上だ。このまま何もなければ、うちが最下位になることはまずなかった。
「そこは頑張るしかないよ。清隆くんも去年言ってたじゃない。体育祭は真正面からぶつかるしかないって」
洋介の言う通り、基本的に体育祭を制するのは純粋な運動能力である以上、基礎能力を伸ばす以外に出来ることは少なかった。
だが、今回のルールでは少々勝手が違う。
多くの競技が体育館や外で同時に行われ、参加のためにスケジュールを組み移動も多発する今回の形は、去年までと違って見えない所で相手を妨害する隙がある。
龍園は間違いなく、原作通り他のクラスを妨害する動きを見せてくるだろう。そして、坂柳もそれに便乗してこちらを抑えてくる可能性が高い。
オレ抜きのBクラスでは、まず間違いなくその妨害に対応することは出来ないと考えていた。
桔梗は頑張っているが龍園や坂柳を相手にするに流石には力が足りないし、鈴音は原作よりもクラスに関わってないから気付いても簡単には動けない。おまけに、雪には本番で別の仕事を任せるつもりでいる。
しかし、それでも手を出すつもりはなかった。
オレのいない状況で、今のBクラスがどこまで実力を発揮できるのか、今回はその真の実力を測るいい機会だからだ。このままオレが全て他のクラスを倒していくというのも面白くないしな。そろそろテコ入れの時期だった。
「……ん?」
と、考えていると、クラスメイトたちと共にバレーと卓球の練習をしている帆波の視線がこちらに向く。
Bクラスと違い、帆波クラスの方は、星之宮が死ぬほどオレに尽くしてくれているので、今回も飴を与えるつもりだった。
とはいえ、飴と言っても、効率的な点の稼ぎ方を教えるくらいだが――正直な所、俺が特別何もしなくても、今の帆波なら自力で解決できそうではある。
帆波が動き出してから約半年。
4月に打ち立てた一之瀬帆波教は、既にもうかなり信者が増えつつあった。上級生や下級生の大半は帆波のことを信じ切っており、帆波がお願いすれば既にその指示に喜んで従う尖兵となっている。
仮に妨害を受けても、救出は容易だろう。
念のために、前日辺りに信者たちの使っているチャットに『体育祭で、一之瀬帆波が狙われるかもしれない』という匿名情報を流しておけば、それこそ血眼になって帆波のクラスをガードしてくれるはずだ。
こと協力することにおいて、2年でCクラスに勝てるクラスはそうない。妨害が効かないなら、帆波クラスは問題なく実力を出しきれるだろう。故に、この体育祭もちょっとしたアドバイス以外はするつもりはなかった。
「清隆くん?」
「……いや、なんでもない」
洋介の問いかけに首を横に振りながら帆波のクラスから視線を外す――にしても、こうしてみると、随分Bクラスを冷遇しているようにも見えそうだった。
だが、せっかく佐枝が一皮むけてAクラスに向けて頑張ると気合を入れているのに、オレがこのまま今のクラスを簡単にAクラスにしてしまっては面白みに欠けるというものだろう。
世の中そんなに上手くはいかないということや、オレ抜きのBクラスの現実を叩きつけてあいつらがどういう風に成長するのを見たいと思うのは、オレが既知の勝利に飽きてきたからかもしれない。
原作知識を持つが故に、勝ちの約束された未来に退屈を感じつつあった――無人島試験でも原作知識を使って南雲を倒したが、そんな勝ちには全く興味がない。
しかし、あいつが退学したことで、今まで知っていた未来と全く違った未来が開けた。停学なんてものとは訳が違う。この先の物語から南雲が消えたことで、既知は未知へと変わりつつあった。
そしてそれはAクラスから消えた橋本もそうだ。
そんな未知への興味が今のオレを動かしている。
勿論、一番が前世の俺の無念を果たすことであることに変わりはない。だが、今まで女にしか興味がなかったオレだが、その攻略も大体終わってきたこともあり、普段の生活に彩が欲しくなったのだ。
いわば、暇潰しである。
だからこそ、オレは今回の特別試験で2年Cクラスを勝たせるつもりでいた。星之宮だって、身を削ってオレに尽くしているのだ。
佐枝が少し頑張ったくらいで態度を変えるのは贔屓というものだろう。佐枝の成長は嬉しいが、それで特別扱いするほどではなかった。
後は、何とかして今回の体育祭で、1位報酬であるクラス移動チケットを手に入れられれば100点。
その移動チケットを使って、オレは二学期の間に帆波のクラスに移動する。当然、オレが移動すれば雪も付いて来ようとするだろう。
オレと雪という穴が出来たBクラスが、この先の特別試験で勝てるかどうかはわからないが、逆に帆波クラスをAクラスに出来れば星之宮のご機嫌を取った上で佐枝を絶望に突き落とすことができる。オレはそんな絶望から這い上がる鈴音や佐枝たちの姿が見たいのだ。
それに、オレが帆波クラスに移動すれば、学期末試験で坂柳とも戦ってやれるしな。
何故、龍園がうちのクラスと学期末試験を戦おうと思ったのかは知らないが、帆波クラスと坂柳のクラスが学期末試験でぶつかることになったのはオレにとって都合が良かった。
元から、この対戦カードを再現したくて満場一致試験では、帆波に坂柳のクラスを狙うように指示していたのだ。おかげで、学期末試験はまた坂柳と一緒に遊ぶことができる。あいつに貸している借りも、学期末試験の戦いという状況で返してやれるだろう。
とはいえ、体育祭の本質が運動能力であることは変わらない。もしかしたらオレの予想を超えてBクラスが活躍し、他者の妨害を跳ね退けて勝利してしまう可能性も十分にあった。どうなるかは、実際にやってみないとわからないというのは本音の所ではある。
しかし、だからこそ、楽しいのだ。
結果がわかっていない方が面白い。
仮に、ここでオレの目的が果たせなかったとしても、その時はまた別の遊びを考えればいいだけだ。
ちなみに今真剣に考えているのは、原作でも立場がとても面倒くさいAクラスの白石飛鳥や、その友達の西川亮子をどうやって食べるまで持っていくかについてだった。
原作との変化点。
・小野寺が須藤を誘いに来た。
原作と違って、須藤が鈴音に惚れていないのでペアは問題なく組めた。
・各クラスの練習風景を見に行った。
Aクラスは男子がそこそこ運動できる生徒が多めで、女子は平均かそれ以下もいる。女子は運動能力の高い真澄が抜けているので特に層が薄い感じ。
Cクラスもタイプ的には似ているが、柴田たちを始めスポーツに強い生徒が多く、団結力が強いというイメージ。女子もA以下だが、上は上澄みと言う感じ。
・攻略以外の目的。
クラスの成長も楽しみつつある。突き落とせばいい味のする鈴音や佐枝を絶望に叩き込んでから這い上がらせようとするドSを発揮している。また、学年末試験では坂柳と戦う予定であり龍園は振られた。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
何だかんだ一番が女子攻略であることに変わりはなかった。白石や西川と関わりを持つにはAクラスに行くしかないが、坂柳が健在だと戦力過多になるので困っている。とりあえずは帆波クラスに移動予定。
・小野寺かや乃
原作よりも成長している須藤が気になっている。とはいえ、初めてはもう清隆に取られてしまっており、清隆もまだ何でも言うこと聞く券を3回残しているので少し尻込みしている。
・須藤健
自分がモテると思っていないから、グイグイ来る小野寺に少し照れている。鈴音に惚れていないのもあって、今は花より団子状態。
・平田洋介
清隆と一緒に偵察を楽しんでいる┌(^o^┐)┐