SIDE:坂柳有栖
お父様から、『ホワイトルームの関係者が来る可能性があるから、綾小路くんに体育祭を休むように頼んだ。有栖も接触しないように注意しておきなさい』という連絡があったのは、満場一致試験が終わって、本格的に体育祭の準備が始まった頃のことだった。
お父様は私が休むものと確信しているようだが、今年の体育祭はクラスの人数が点数に直結するタイプであり、私が参加しないとAクラスの4位がまず確定である以上、参加せざるを得ないだろう――と、考えていた所にこれだ。
おそらくこれは綾小路くんからのデートのお誘いだった。いくら実の娘だからと言って、お父様は公私混同をしないタイプの人間だ。にもかかわらず、こういう注意を促す連絡が来たということは、綾小路くんに注意を促してほしいと頼まれたからと見て間違いない。
自分だけ体育祭を休むのは退屈だから、一緒に室内デートと洒落込もう――と、いうことだ。
Aクラスのリーダーとして考えるなら、このデートの誘いは断る一択だった。今回の体育祭、Aクラスはスタートラインが不利な上、橋本くんを退学にしてしまったので実力者の数も減っている。
負けないためには、どの競技に誰が参加するか、どう動けば他のクラスを出し抜けるかを考え――その上で競技の流れや人の動きを見極め、秒単位で私が当日各参加者のスケジュール管理をするしかない。
しかし、一人の女としてならば、体育祭を休んで綾小路くんと一緒に居たいと思ってしまっていた。
勿論、彼が何を望んでいるかはわかっている。しかし、一日時間があれば、それこそチェスをしたり、コンビニの新作ケーキを一緒に食べたりするような時間もあるはずだ。
普段はお互いの立場もあって、なかなか一緒の時間を楽しむことはできないが、私が体育祭を休むだけで、今考えている時間を綾小路くんと共有することができる――けど、ここでの敗北は正直状況から見ても厳しいものだった。
正確には、ここで最下位のマイナス150CPが痛手過ぎる。満場一致試験で橋本くんを犠牲にしてまで手に入れたCPを台無しにしかねない。いくら私でも、そんな不義理は簡単に出来なかった。
だが、よく考えなくても、身体的にハンデを抱えている私が体育祭を休むのはそうおかしなことではない。
それこそ、私が体育祭を休んだとしても、Aクラスの指揮に問題がなければ休んでも何も問題はないのではないか――と、考え、ここで龍園くんに貸した夏の貸しを返して貰うことにした。
「俺に体育祭でAクラスの指揮を取れ……だと?」
私からの頼みを聞いた龍園くんが想定外という表情を浮かべる。隣の葛城くんも同様だ。
まさか、この体育祭で私からAクラスの全権を預けられるとは思っていなかったらしい。
彼が指定したカラオケの個室で、龍園くんと葛城くんの動揺する姿が私の目に反射する。
私の後ろで待機しているボディガードの鬼頭くんは、驚いた様子こそ見せていないが、それでも予想外の私の言葉に困惑したような雰囲気を出していた。
「待て。一から説明しろ」
「あなたがとっとと要件を言えと言うから本題から切り出したんじゃないですか。我儘な人ですね」
とはいえ、私としても彼の出鼻をくじくために、わざと本題から切り出した節はある。
彼は意図的に遅れてきたり、こちらのペースを乱したりすることで何とか自分の流れに持ち込みたいようですが、そう簡単にはいきませんよ。
「先ほども言いましたが、今回の体育祭で無人島試験での貸しを返して貰いたいと思いまして」
「それについてはいい。約束は約束だからな……だが、それでどうして俺がAクラスの指揮を執ることになる?」
「実は体の調子があまり良くなくて、今年の体育祭はどうしても不参加せざるを得なくなりました。しかし、龍園くんも既に分かっていると思いますが、この体育祭で私が不参加になるということはAクラスの敗北を意味します」
この体育祭のルールやクラスの状況などからAクラス不利な状況は察してくれたようで、龍園くんは無言で続きを促してくる。
「とはいえ、流石に私も自身の体の都合で150CPのマイナスをクラスに強いるのは心が痛みます。そこで、あなたに夏の借りを返して貰い、代わりにうちのクラスの指揮をお願いしたいと思いまして」
「……つまり、AクラスとDクラスで組むってことか?」
「今回の体育祭は、全学年での競い合いと学年別の戦い、両方の側面を兼ね備えています。複数人でプレーする団体戦に勝てば等しく得点を重ねられるというシステムを最大限活かすのであれば協力関係を結ぶのは悪いことではないでしょう?」
「……組むメリットは理解した。だが、全権を預ける意味は?」
「不参加の場合、当日は寮で待機となります。携帯も使えない以上、Aクラスの機能は完全に停止したも同然ですからね。それなら、あなたに全て預けて使って貰い、結果を出した方が私たちにも得があります」
龍園くんも、実質2クラスを支配し、使える人間の数が純粋に倍になるメリットはわかるでしょう。
もし、これが何の貸し借りもない状態でのお願いであれば一蹴されてしまったかもしれませんが、私に借りのある龍園くんは断ることはできない。
仮に断れば、私が完全に敵に回るだけではなく、BクラスCクラスと手を結んでDクラス包囲網が出来上がる可能性がある。その上、彼が貸し借りの約束すら守らないという噂が流れ、今後龍園くんと組もうと考える生徒は誰一人としていなくなることは確実だった。
「いくつか聞きたいことがある」
「どうぞ、葛城くん」
「協力関係を結ぶとなれば、当然1位と2位を我々のクラスで確保することになる。そうなった時、勝敗を決めるのはクラスの総合力だ。単純な確率だけを見れば、うちのクラスが1位、そちらが2位という結果を甘んじて受け入れることにもなる」
「問題ありません。ハッキリ言ってしまうと、今回の体育祭で私のクラスが最下位さえ取らなければどのクラスが1位になろうと問題はないと判断しています」
「……こちらは脅威ではないと?」
「かろうじて脅威となり得るのはBクラスくらいでしょう。それだけ、AクラスとCクラス・DクラスはCPに差があります。ここで仮にDクラスが1位になった所で、Aクラスとの差は600以上あるんですから」
だからこそ、AクラスとDクラスが手を組めるとも言えますけどね。CPに差があり過ぎるからこそ、一時的にでも協力関係を結ぶだけの余地がある。
「……お前のクラスが最下位さえ回避できれば、後は俺の好きにして問題はないのか?」
「ええ。あなたの指示に全て従うようにクラスメイトたちにはお願いしておきます。それがどんな命令であれ、彼らはこなしてくれるでしょう」
暗に、龍園くんお得意の非道な手段も認めると返す。今年は来賓があるということですが、死角などいくらでもありますし、競技を敢えて遅延させるなどの合法の手段もありますからね。
「いいだろう。どの道、借りは返すつもりだった。お前がそこまでこちらに譲歩してくるなら手を組もうじゃねぇか」
「ありがとうございます」
譲歩、ですか――元々、Aクラスが単独で勝てる可能性はゼロに等しかった。それを回避できるのであれば、これくらいのことは譲歩に入らない。おまけに、これで私も合法的に体育祭を休むことができる。
「協力する方向で話が纏まったのは結構だが、それならば考えておくべきことがある。俺たちが組んだように、櫛田や一之瀬のクラスが手を組むことも十分考えられるだろう。その点はどうするつもりだ?」
「問題ねぇな。確かに、裏に綾小路がいる以上、あの2クラスが組んでいてもおかしくねぇ。BクラスとCクラスはクラスの総人数が40人を超えてるし、逆にこちらは人数不足のマイナスが大きい――が、今回のシステム上付け入る隙は山のようにある」
葛城くんの言う通り真正面からぶつかれば、負けるのはこちらなのは間違いない。
しかし、龍園くんの言う通り負けるのがわかっているのであれば真正面からぶつからなければいいだけの話だった。その上で、こちらの勝率を少しずつ上げていきましょう。
「それなのですが、綾小路くんの動きを抑え込める……と、言えば、勝率はどれくらい上がりますか?」
「どういうことだ?」
「私に一任していただけるなら、綾小路くんの体育祭参加を見送らせることが出来ると思います。ほぼ100%」
お父様から彼が体育祭の当日に休むことは聞いている。警備の都合やホワイトルーム関係者との問題上、彼が裏を掻いて体育祭に参加する可能性はゼロだった。
だが、それを馬鹿正直に言っても意味はないし、わざわざ説明するようなことでもないので、敢えて私が綾小路くんを抑え込む――と、いう風に話を持っていく。
「本当に綾小路を不参加に出来るのか? 確かに、陰のリーダーである綾小路がいなくなれば指揮系統に乱れは出るだろうが……」
「問題ありません、確実に不参加に出来ます。勿論、方法は秘密ですが……」
葛城くんは半信半疑という感じだが、龍園くんは私が出来ると言ってやらない人間ではないとわかっているようで、既に綾小路くんがいない前提で策を考えているように見える。
「クク、綾小路が裏にいないのであれば、本番当日の動きもかなり鈍くなる。AとDが本気で連携出来るのであれば、勝率9割は軽いな」
「お前の根拠のない自由な見立てで90%か。だとすれば、適正値はもっと低いな。精々70%から80%と言った所だ」
「その数字で満足しとけ」
「出来ないな。確実性を謳いたいなら95%は目指せ」
「くだらねぇ……が、もっと確実にしろってことなら手はある。綾小路が欠場するなら、Bクラスの主力は高円寺、須藤、平田だ。高円寺のやつがどう動くかは読めねぇが、他のやつの動きを封じられれば自ずとBクラスの勝率は下がる。お前の言う95%にも届くだろ」
実際、龍園くんが名前を上げた生徒はBクラスの主力メンバーだった。事前の登録状況から見ても、須藤くんが小野寺さんと組んで上位を狙おうとしているのも間違いない。そこを妨害できるのであれば、Bクラスの得点は大きく下がるだろう。
「勿論、須藤だけじゃねぇ。雪や鈴音、主力メンバーは基本的に抑え込む」
「Cクラスはどうするつもりですか?」
「Cクラスで警戒が必要なのは柴田と神崎くらいのもんだろう。他にも何人か使える奴はいるが、運動が出来ない奴も総じて多い。抑えるのはそう難しくない」
確かに、私の見立ててでもCクラスの運動能力はそこまで脅威ではない。振れ幅でいえば、Bクラスの方が脅威だ。
しかし、Bクラスはスター選手が多くいるメリットもあるが、運動が苦手な生徒も多々いるというデメリットも抱えている。まぁ、それはCクラスも同じですが、Cクラスの方が全体的にバランスがいい分、逆に尖った選手がいないので脅威度は下だった。
「坂柳、お前1年に伝手はあるか?」
「各クラスに何人か知り合いはいますよ。龍園くんもそうでしょう?」
「そいつらも使えるようにしとけ。使える駒はいくつあっても困らねぇ」
「これを機にこちらの持ち駒確認ですか? 残念ながら、そこまで譲歩をするつもりはありません――と、言いたい所ですが、一人当てがあります」
「当て?」
「ええ。上手くすれば、一クラス分の戦力を手に入れられるでしょう。上手く行けば連絡します」
「クク。どうやら、今回は相当参っているようだな。普段のお前なら、そこまでこちらに甘い汁を吸わせようとはしなかっただろう」
実際、参っているという訳ではないが、私を抜いたAクラス35人を最下位から脱出させるのは、如何に龍園くんと葛城くんが優れていると言っても難しいと考えている。
ただ、AクラスとDクラスのメンバーをリアルタイムで操作して得点を稼げるのであれば、龍園くんの妨害込みでBクラスやCクラスが相手でも勝ちの目は十分にあった。
――そのためにカードを一枚切るだけ。
正直、この札は私にとっても鬼札になる可能性もあるが、彼と綾小路くんの関係を考えれば、ここで私に力を貸すメリットは向こうも理解できるはず。
龍園くんと彼の相性が悪いという可能性もなくはないが、お互いに能力がある以上これで結果を出せないのであれば、二人の能力はその程度という証明にもなってしまう。彼らとしても、わざと手を抜いて私を裏切るようなことはしないと見て良かった。
「……そういえば体育祭の件とは別に一つ聞きたいことがあったのですが、よろしいですか?」
話がほぼ固まり、もう解散という雰囲気が出る中、私はこの機に自身の中の疑問を解決しておくことにした。
「聞きたいことだぁ?」
「前回の満場一致試験で、学期末試験の相手にBクラスを選んだのは何故ですか? あなたの性格なら、CPのボーナス的に一番旨味のあるAクラスを指定してくると思ったのですが……」
地味にずっと疑問に思ったことを聞く。BクラスがDクラスを指定するのはまだわからなくはないが、龍園くんがBクラスを指定するのは少し意外だったのだ。
「クク。別にたいした理由じゃねぇ。Bクラスはまずうちを指定してくると思ったから受けて立ってやっただけだ」
「何故、Bクラスが指定してくると?」
「あの試験の前に、俺たちが学校側と揉めたのは知っているな?」
知っている。私だけ呼ばれなかったやつだ――正直、私にプロテクトポイントがないから仕方ないとも思うが、それでも声をかけてくれたってよかったのではないかと思っている。
「あの時、雪を通じてあの試験で綾小路が大きく動くつもりがないことがわかった。と、すると、基本的にあのクラスを纏めるのは桔梗だ。あの女の能力は高いが思想は守り寄り。Aクラスに挑むハイリスクハイリターンな選択肢はまず取らないし、協力関係にあるCクラスと戦う選択もない。消去法でうちを選ぶ公算は高い。だから逆に指名してやったのさ」
「成程」
確かに、Bクラスは満場一致試験でも大きな結果は出していなかった。綾小路くんがもしやる気ならば、クラス内投票の時のように要らない生徒を切り捨ててCPを稼いでいたはず――彼が事前に動かないとわかっていれば、学年末試験で戦うカードを狙い撃ちに出来るのも理解できる。
「お前には悪いが、綾小路と楽しませて貰うのは俺だ」
「……それは仕方ありません。彼が動かなかったということは、選ばれたのはあなただったということです。私は次の機会に彼と楽しませて頂くことにします」
それに、今回の件でDクラスと手を組めたおかげで、綾小路くんとの時間も確保できました。学年末試験で戦えないのは残念ですが、その分は体育祭で楽しませて貰いましょう。
綾小路と楽しませて貰うのは俺だ(違います)。
今回の会話の内容は、基本的に原作で鈴音が龍園たちとする内容をオマージュしています。また、鈴音と龍園が組まないことで、必然的に龍園クラスの文化祭の出し物も和風メイド喫茶から変化することになりました。