♯017 『冤罪事件』
――中間テストも無事に終了して早ひと月。
相も変わらず、女をとっかえひっかえして遊んでいたオレだったが、原作通り7月1日になると須藤の事件が起きたようでポイントの支給が止まっていた。Dクラスでは、前代未聞の事態にクラス中が騒然としている。
原作では最初から0ポイントだったおかげで耐性があったが、この世界ではポイントが支給されないという事態が初だ。まさか、クラスポイントが0になったのではないかと、誰もが落ち着かない様子を見せている。
「おはよう諸君。今日は珍しく落ち着かない様子だな」
ホームルームの予鈴と同時に茶柱が入ってきた。
呑気な声を上げているが、生徒側はそれ所ではない。席には座っているものの、我慢できないとばかりに池や山内が質問の声を上げた。
「さ、佐枝ちゃん先生! 朝、ポイントが振り込まれてなかったんだけど!?」
「ま、まさか俺たち0ポイントになったんじゃないよね!?」
「成程、落ち着きが無かった理由はそれか」
「俺たちこの一ヶ月死ぬほど頑張りましたよ!」
「中間テストだって頑張ったし、遅刻や欠席、私語だって全然してないっすよ!?」
「落ち着け。まずは話を聞け池、山内。お前たちの頑張りは認めるし、学校側も当然それを理解している。これを見ろ」
そう言って、茶柱は五月の時のように紙を黒板に貼っていく。紙には、AからDまでのクラスポイントが記されていた。
今回はAクラスが1004(+64)ポイント、Bクラスが663(+13)ポイント、Cクラスが492(+2)ポイント、Dクラスが175(+95)と、原作よりもポイントを残しているDクラスがCクラスを追いかけている。
「あれ? 175ってことはポイントがプラスされてる?」
「やったぜ! でも、じゃあなんでポイントが入ってないんだ?」
結果を見た池と山内が喜びの声を上げるが、すぐに現在の状況に関して疑問を抱いた。しかし、茶柱はそんな二人を無視して話を続ける。
「喜ぶのは早いぞ。他クラスもポイントを増やしているのはわかるだろう。差はそこまで縮まっていない。これは中間テストを乗り切ったお前達へのご褒美みたいなものだ」
「そういうことね。急にポイントが増えたのでおかしいと思ったわ」
「がっかりしたか堀北。まぁ、クラスの差はあまり縮まっていないからな」
「そんなことはありません。着実に差は詰めています。少なくともCクラスは射程圏内だと思っています」
と、澄ましてはいるものの、この成果に堀北は殆ど貢献していないのは自分が一番よくわかっているようで、悔しいという気持ちを押し殺していた。
「ちなみに池や山内の疑問だが、今回少しトラブルがあってな。一年生のポイント支給が遅れている。お前たちには悪いがもう少し待ってくれ」
「えーマジっすかぁ。学校の不備なんだから、なんかオマケとかないんですかあ?」
「そう言うな池。問題が解決しない限り、私にはどうすることもできん。トラブルが解消し次第ポイントは支給されるはずだ。トラブルが無事解消すれば、な」
いつも通り、意味深に呟いている。堀北も気付いたようで、何やら考え込む仕草をしていた。
とはいえ、今の段階では何もわからない。いや、仮にわかったとしても、堀北に出来ることなどないだろう。
原作と違って、須藤と堀北の仲は修復されていない。この世界で、堀北が須藤のために動く可能性は0であり、須藤だって堀北の手など借りたくないはずだ。はてさて、どうなることやら――
◇◆
放課後。ホームルームを終えると、茶柱が須藤の近くまで歩いていく。須藤も、茶柱が自分に用があるとわかっていたようで、「何か、用っすか?」と話しかけた。敬語とまではいかないが、ため口を利かなくなっただけ成長だな。
「ああ、ちょっとお前に用がある。一緒に職員室まで来て貰おうか」
「は? 何で俺が? これからバスケの練習なんすけど」
「顧問には話をつけた。来るも来ないもお前の自由だが、どうなっても後で責任は取らんぞ」
「なんなんだよ……すぐに終わるんすか?」
「それはお前の心がけ次第だ。こうしている間にも時間が過ぎていくぞ」
そう言われては須藤にはどうすることも出来ない。舌打ちをしそうになるのを我慢して、素直に茶柱の後に付いていった。今のやり取りだけでも、須藤がメンタル面のトレーニングを頑張っているのが分かる。
だが、他の生徒たちにはそうは映らない奴もいるようで、須藤が居なくなった教室では、今の呼び出しについて話題になっていた。
曰く、「須藤はポイントを減らした頃から変わってない。もっと落ち着くべきだ」という否定的な意見から、「最近は落ち着いてきたし、何の呼び出しだろうね?」という割と肯定的な意見まで口々に語られている。肯定的な意見があるだけ原作よりもマシだろう。
「清隆、ごめんね。これから生徒会室に行かないといけないから今日は一緒に帰れないんだ」
帰りの準備をして雪の席に行くと、雪が残念そうにそう返してきた。生徒会に入るように命じたのはオレなので文句はない。たまには一人で帰るか――と、教室を出ようとすると、たまたま堀北も帰ろうとしている所だった。
普段は雪がいるので原作と違ってあまり一緒に帰らないし、たまには一緒に帰ってもいいか。こいつも、オレ以外の生徒とはほぼ話をすることもないので口寂しいだろうしな。
「堀北は須藤が変わっていないと思うか?」
一緒に帰ろうと誘っても口先では文句を言うだけなのが見えているので、敢えて何も言わずに隣に並んで話題を振った。そのおかげか、堀北も特に文句を言うことなく、オレの問いに首を傾げている。
「どうかしらね? 中間テストの頃から、怒鳴ることは少なくなったし、多少は変わってきていると思うけれど、それが彼の擬態で本当は喧嘩をしているということも十分あり得るでしょうし」
「お前も、茶柱の言い回しには気づいたんだろう?」
「ええ。ポイントの振り込みは、トラブルが解消すれば行われると執拗に繰り返していた……まるで、トラブルの原因が学校側の問題ではないと主張しているように聞こえたわ」
「まぁ、実際問題、生徒側の問題なんだろうな。学校側の問題なら、そもそも学校側のトラブルだと素直に言うはずだ」
「と、すると、須藤くんが呼び出されたのも偶然じゃない? 彼はすぐ手が出るし、何かきっかけがあれば暴力行為をしてもおかしくないわ」
「少なくとも、須藤が何かしら問題にかかわっているのは間違いないだろうな。それが問題を起こした側なのか、問題の被害にあった側なのかで、対応も変わって来るが……」
「出来れば後者であって欲しいものね。トラブルはポイントに直結するし、Aクラスに行くならこんな所で足踏みをしている場合では無いわ」
と、堀北が文句を言っているので、少し突いてやることにした。
「Aクラスに行く、ね」
「何よ? 何か、問題でも?」
「オレには問題しか見えないな。今のDクラスで、仮に上手く周りを出し抜いて上に行けたとしても、卒業までそのポジションをキープできるとは欠片も思えない。結局、基礎能力が他のクラスより劣っているのは変わらない事実だ」
「それは――」
「まさか、お前一人頑張ればどうにかなると自惚れているのか? 中間試験の時、三馬鹿の勉強を投げ出して、何も出来ずに試験を受けるしかなかったお前が?」
そう言われると堀北も何も言えないようで、いつものように睨みつけてくる。
「オレや雪、櫛田、平田が協力して、ようやくDクラスは纏まりを見せて来た。だが、それでもまだまだ足りないものは多い。そして、それはお前にも足りていない」
「私に、足りていないもの……」
「聞いていたと思うが、雪は少し前から生徒会に入った。お前の兄直々のスカウトでな」
「ッ!」
「お前になくて、雪にあるもの。それが何かをもう一度考えてみるんだな」
丁度、寮に着いたので堀北と別れて部屋に帰る。
少しヒントを出してしまったかもしれないが、まぁこれくらいで堀北の態度や人間関係が改善されるのであれば苦労はないだろう。
むしろ、何とかしようとして、また問題を起こしてくれた方が有難い。堀北を食べるには、もっとどん底まで落としてやらないと難しいだろうからな。
◇◆
「助けてくれ綾小路!」
19時になると、そう言って須藤がオレの部屋に突入してきた。原作と違って、中間テストの後はファミレスで打ち上げをしたので、オレの部屋の合鍵を持っているのはセフレである雪、神室、櫛田の三人しかいない。見ると、櫛田が部屋の鍵を開けたようだった。
「やべぇんだ、マジでやべぇんだって!」
「落ち着け。何がやばいんだ?」
騒ぐ須藤を宥めながら、とりあえず座るように指示する。櫛田は勝手知ったるとばかりに、冷蔵庫から麦茶を出して全員分を入れてからこっちにやって来た。普通なら首を傾げる場面だが、焦っている須藤は特に気にする素振りを見せていない。
そのまま櫛田がこちらに来るのを待つと、改めて須藤の話を聞いていく。
「その、さ。俺が今日担任に呼び出されたのは知ってるだろ? それで、その……実はよ、俺、もしかしたら停学になるかも知れねぇんだ」
「え、停学?」
「何があった、須藤?」
オレが問いを返すと、須藤は「違う、違うんだ!」と再び繰り返す。怒られると思ったのだろう。麦茶を飲ませて落ち着かせると、「すまねぇ」と言って深呼吸をし始めた。
「まず、最初に言っておくけど、俺は何もしてねぇ。冤罪なんだ」
「それで?」
「昨日、Cクラスの小宮と近藤に呼び出されてよ。実は俺、顧問の先生から、夏の大会でレギュラーとして使うかもしれないって話をされてさ。Dクラスの俺がレギュラーに選ばれるのが我慢ならないって言って、連中、俺を特別棟に呼び出したんだ」
「監視カメラのない施設への呼び出し……明らかに罠だな」
「無視しても良かったんだけどな。バスケ部の二人とは部活中にも度々言い合ってたからいい加減ケリつけてやろうと思ってよ。あ、勿論話し合いでだぜ」
「わかっている。それで?」
「そしたら、石崎って奴がそこで待ってやがってよ。痛い目見たくなきゃバスケ部を辞めろって脅してきやがったんだ。そんでそれを断ったら殴りかかってきやがってよ。頭来てやり返してやろうかと思ったけど、10秒数えたら冷静になれたんだ。んで、レギュラーも決まりそうだったし、問題を起こしても面倒だったからその場を離れたんだけどよ……」
「……今の話だと須藤くんは何も悪くないね」
「問題はここからだ。あいつら、俺に襲われて殴られたって嘘ついて学校に訴えやがったんだ。勿論、俺は殴ってねぇ、あいつらの自作自演だ」
「Cクラスから起こした問題ならやっぱり須藤くんは悪くないよ!」
「だろ? マジでわけわかんねーよ。教師の野郎も信じもしねーし」
そう文句を口にする須藤だが、これまでの生活態度や授業態度を見れば、まず信じろという方が無理だろう。仮に須藤が本当に殴っていなくても、殴りそうな人間だというだけで十分に罠にハメられると思った訳だ。
「これまでの素行の悪さが裏目に出たな。Cクラスもそれがわかっていて須藤を標的にしたと見て良い」
「ど、どういうことだよ綾小路?」
「お前は嵌められたんだよ、須藤。呼び出した後、挑発して殴るならそれで良し。殴られなかったら冤罪で訴える。元々喧嘩っ早いお前だ、嘘の証言をしても勝てると踏んだんだろう。上手くいけば、お前は停学、バスケ部のレギュラーの話も白紙になる上、あわよくばDクラスのポイントを減らせる。一石三鳥の手段って訳だ」
「くっそ、汚ねぇ手使いやがって」
「オレから聞くのは一つだ。須藤、本当に殴ってないな? もし、嘘をついていたら、オレはこの先お前と関わることはなくなるぞ」
「ついてねぇ。嘘だったらバスケ部辞めてもいい。誓う」
そう言って、真剣な顔でこちらを見てくる。
須藤にとって一番大事なバスケを賭けた以上、もはや疑うのは野暮というものか。
「わかった、力を貸そう。それで須藤、学校側は今の話を聞いてなんて言ったんだ?」
「来週の火曜日まで時間をやるから、向こうが仕掛けてきたことを証明しろとさ。無理なら、俺が悪いって事で夏休みまで停学。その上、クラス全体のポイントもマイナスだってよ」
「今が火曜日だから、丁度一週間か……」
「須藤くんが嘘をついてないって先生に訴えていくしか無いんじゃないかな? だっておかしいよ、何もしてない須藤くんが悪者にされちゃうなんて」
「いや、学校側が明確な証拠を求めた以上、情に訴えても無駄だろう。純粋に向こうが上手い。真偽がどうであれ、被害者ということで怪我をしている向こう側の言い分には証拠能力がある。こちらが勝つにはそれを上回る物的証拠が必要だ」
「うーん、須藤くんが悪くないって証拠に出来るものがあればいいんだけど……」
櫛田がそう口にするが、特別棟には監視カメラがなかった。普通なら証拠なんて用意できないだろう。
「……もしかしたらあるかもしれねぇ。勘違いかも知れないけど、あいつらと話してる時、妙な気配を感じたっつーか、誰か居たような気がするんだよな」
どうやら、原作通りに佐倉が現場にいたようだ。こんなことなら、オレも予め特別棟で張り込んでおけばよかった――と、後悔したが、その日は神室の体を貪り食うという用事があったからなぁ。
「目撃者が居たかもってこと?」
「確証はねぇけどな」
「とりあえず、須藤の無実を証明するには大きく二つの方法がある。一つは、Cクラスが自分の非を認めること」
「それは無理だろ」
「そうだな。須藤の言う通り、これは望み薄だ。そもそもそんな気があるならこんな訴えはしないだろうしな。だとすると、打てる手はもう一つだけだ。今、須藤が言った目撃者を探すこと」
「目撃者を探すって言ってもよ、どうやって探すつもりなんだよ」
「地道に聞き込みするとか? もしくはクラス単位で聞いて回るとか?」
「それで名乗り出てくれればいいけどな。だが、今のオレたちに出来るのはそれくらいだろう」
後は明日になって、クラスメイトたちに協力を仰ぐ以外に、こちらに出来ることはない――と、告げると、会話が一旦止まり、無言の間が広がる。そんな中、須藤は一度こちらを見ると、何やら頭をかきながら言いにくそうに口を開いた。
「図々しいようだけどよ、今回の件……誰にも言わないで貰えねーか?」
「え、誰にもって?」
「噂が広がるとバスケ部の耳にも入っちまう。それは避けたいんだよ」
「残念だが須藤。こうなった以上、学校側からバスケ部に話が行くのは時間の問題だろう。お前の望みを叶えるには無罪を勝ち取る以外にはない」
「マジか……」
「それに、明日以降Cクラスの連中が噂を広めるかもしれない。そうなれば、オレたちがいくら黙っていても意味が無くなる」
「どうやっても証拠が必要ってことだね」
オレがバスケ部に話が行くと断言したからか、須藤が何とも言えない顔をしている。しかし、嘘をついた所で意味がない。明日になればすぐに分かる話だ。
「とりあえず、須藤くんはこの件、関わらない方がいいよね?」
「そうだな。当事者が動くと良いことはないだろう。ここはオレたちに任せろ須藤」
「けどよ、お前らに全部押しつけるなんて――」
「いや、逆に須藤が動く方がマイナスだ。お前が証拠を探してうろうろすれば、Cクラスに付け入る隙を与えることにもなる」
「綾小路……わかった。お前らには苦労かけるけど任せる」
そのままこちらに頭を下げる須藤。
明日から活動すると話が決まると、遅い時間ということもあり、須藤は部屋に帰っていった。櫛田は少し話があるということで、そのまま部屋に残っている。
「どう思う?」
「現状は不利だな。やはり明確な証拠がなければ、どうしようもないだろう」
「綾小路くんなら解決できる?」
「オレに出来ないとでも? 既に解決策は見えている」
たったあれだけの会話で、須藤を助けられると断言したオレに、櫛田も一瞬驚いたようだが、すぐに満面の笑みを向けてきた。とはいえ、難しいことはない。最悪の場合、原作同様に、特別棟に監視カメラを用意して、石崎たちの自白を引き出すだけで全ては解決する。
まぁ、出来るだけ証拠を集めて、審議でCクラスを撃退出来ればそれが一番いいんだけどな。
「ふふっ、悪そうな顔してるよ綾小路くん」
「そうか? そういうお前は嬉しそうにしているが……?」
「うん、私意外とそういう顔好きみたい」
やっぱり、櫛田も相当歪んでいるな――と、思いながら、お姫様抱っこでベッドに運んでいく。
わざわざオレの部屋に残ったということは、そういうことを望んでいるということだ。首筋にキスをすると、「んっ」と、櫛田が声を洩らす。たわわに実った果実を収穫するように、手のひらを胸に添えると、その柔らかさが服越しにも伝わって来た。
原作との変化点。
・初の振り込みなしという状況にDクラスが混乱した。
原作違ってポイントがあるので、振り込まれないことでかなりの動揺が広がっていた。しかし、ポイント自体は原作よりも増えており、Cクラスを追いかけている。
・須藤の事件が変化した。
原作では須藤も殴っているが、この世界では待てを覚えたので殴らなかった。しかし、喧嘩っ早い印象のせいでCクラスから冤罪をかけられる。結局、どうなろうと須藤の事件は発生する運命らしい。
・須藤のために動くことはしなかった。
原作知識があるので、須藤が殴られる日に特別棟で張り込むことも出来たが、須藤のためにそこまでしてやる義理もなく、それよりも神室を食べるのを優先した。結局、最終的には原作と同じ手段で解決できるので特別に動くつもりはない。
今話の登場人物一覧
・綾小路清隆
三人のセフレを大事にしている。堀北攻略の進捗は約7割くらい。須藤に泣きつかれて原作通りに手を貸すことにした。
・椿雪
生徒会が忙しくなって清隆と一緒に帰る時間が減っているのが不満。それでも毎日帰りに自分の所へ清隆が来てくれるのが嬉しくてたまらない。
・堀北鈴音
追い込まれ中。中間試験が終わって少し精神が回復したが、依然としてこのままでいいのか迷走中。
・櫛田桔梗
自分に助けを求めてきた須藤を清隆の下へ連れて行った。何度も清隆の部屋に入り浸っているせいで、どこに何があるかは全て把握している。
・茶柱佐枝
事件について意味深に呟くことで、清隆たちに匂わせている。
・須藤健
冤罪をかけられた。最近は大分落ち着いてきて垢が抜けてきた感じ。櫛田に相談したら、「こういう時は綾小路くんにも意見を聞いた方が良いよ」と言われ素直に頷いた。忠犬になりつつある。