SIDE:堀北鈴音
今年の体育祭は去年に比べて、外部からの観客という目もあり、龍園くんの得意とする妨害はリスクの方が高いというのが私の考えだった。
特に去年のように競技中に仕掛けるにしても、周りからの視線が多ければどうやっても直接的な妨害をするのは難しい。かといって、見えない所で仕掛けるにしても、多少ちょっかいを出すのが精々のはずだ。
何より、一番の問題児だった須藤くんも、既にご主人様の手によってその手の挑発は受け流せるようになっている。
それならば、自分の実力――そして、クラスの実力を発揮させて得点を稼ぐことこそが、今回私がクラスに出来る貢献だった。
私は基本的にクラスの運営に関してはサポートくらいで、特別試験や生徒会の活動を重視している。それはリーダーとして、桔梗様を信頼しているということもあるが、私は性格的に他者と積極的に関わることをあまり得意としていないからだ。
だからこそ、この体育祭も基本的には桔梗様や平田くんにクラスの指示をお願いしたし、私は自分が高得点を取ることをメインに考えている。
そうして、始まった体育祭。
開始後、すぐにDクラスの伊吹さんが私に勝負を吹っ掛けて来て、勝った方がご主人様に可愛がってもらえる番を譲る――なんて賭けを持ち出してきたこともあり、私は完全に彼女との勝負に熱中してしまった。
結果、第1戦目としてやった100メートル走では私の辛勝。第2戦目の走り幅跳びでは彼女の辛勝。途中、団体競技や基本競技をこなしながらも、勝負は1勝1敗で完全に互角の模様を見せている。
しかし、午後になり――思い出したように各クラスの途中経過が出ている電光掲示板を見て思考が止まった。
そこには1位Dクラス、2位Cクラス、3位Aクラス、4位Dクラスという順位が記されており、おまけにAクラスとDクラスはかなりの僅差で、そこからBクラスはそこそこ点差が離れている。前半とはまるで違う状況がそこには記されていた。
「これは、どういうこと……?」
途中、須藤くんたちにも会ったが、開幕は3連勝で調子が良かったと言っていた。
私も、伊吹さんには負けたり、他にも何度か入賞を逃したりしたものの、そこそこ点数を稼いでいる。にも関わらず、Bクラスは負け始めていた。
「堀北さん!」
私が疑問を持ち始めると同時に、平田くんが「よかった。見つけた!」と汗を流しながらこちらに駆けてくる。
聞けば、彼を始め、須藤くんも龍園くんのクラスから妨害を受けたということだった。
どちらも、事前に予約していた競技に参加するために移動しようとした瞬間、見えない場所でいちゃもんを付けられて時間を稼がれたという。
謝罪をしても、「心がこもっていない」とのらりくらりと躱され、騒ぎが少し大きくなり、いざ教師が顔を出すと「謝罪を受け取ります」と言って逃げていく。
その結果、須藤くんと小野寺さんがペア競技に参加が間に合わずに-2点。平田くんも、三宅くんたちと参加予定だった3人4脚がキャンセルになり-2点をくらい、計-12点。エントリー料含めて、-18点という大きなマイナスを受けたということだった。
マイナスを取り返すために、三宅くんたちはそのまま3人競技に参加しに行ったようだが、平田くんはこれが組織的なものだと勘付いたようで桔梗様に報告。その足で私の所にも来てくれたらしい。
平田くんの判断は正しかった。
うちのクラスが狙われているというのであれば、ここは一旦バラバラになるのではなく、全員が一度集まって団体で行動してポイントを集めに行くのが得策。私も急いで桔梗様たちに合流しに行った。
平田くんは須藤くんたちにも状況を伝えに行ってくれたけど、高円寺くんと組んでいる雪さんとは連絡が付けられず、須藤くんも「悪い、ここは俺にやらせてくれ」と言って、一人でマイナスを取り戻そうとしている。
けれど、パートナーの小野寺さんのことが見えていない様子だったのが気になった――と、平田くんは言っていた。龍園くんの挑発に乗るような愚はしなくとも、積もり積もったストレスが消える訳ではない。果たして、それが彼のプレイにどう影響するか。
「いえ、考えても意味はないわね。桔梗さん、私はここからは団体戦でポイントを稼ぎに行くべきだと考えているんだけれどどうかしら?」
「……確かに、今最下位の私たちがここから上に行くには高得点を狙うしかない。でも、それは他のクラスも同じだと思うけど……?」
「そうね。だから、私と平田くんで同時に別のペア競技に参加するわ。雪さんたちや須藤くんと合わせれば、上手く相手の想定を外して動けると思うの」
「それは、私たちの団体戦は囮……ってこと?」
「いえ、むしろ本命よ。一番得点が高いのはやはり団体戦。でも、私はお世辞にも人に合わせるのが得意なタイプじゃない。私を抜いたこのメンバーが最適だと思っただけ」
その上で、私の運動能力に合わせられる男子は、この中だと平田くんしかないというだけだった。
作戦は可決され、私たちは二手に分かれていく。しかし、まるで読んでいたかのように、男女混合バトミントンダブルスに伊吹さんと山田くんが参加していた。
一時間前に行った平均台での勝負は彼女が時間を勘違いしたことで私の不戦勝となったが、どうやらそれが納得いかなかったようでこうして山田君とペアを組んでまで私に勝負を挑みに来たらしい。
「勝負よ、堀北!」
「……しつこすぎるっ」
こんなことなら、適当な基本競技でケリをつけておくべきだった。伊吹さんの持ち味であるスピードに、山田くんの巨体から来るパワーは正直かなり相手として厳しい。
善戦するも押し切られて2位という結果に終わってしまった。また、裏で同時開催されていた大縄跳びに関しても、相手に2年Cクラスのチームがいたようでこちらも2位に終わっている。ポイントは手に入ったが、それでもAクラスとほぼ接戦の状態。
やはり、龍園くんの妨害を防げなかったのが痛かった。どうも今回の体育祭龍園くんはAクラスや下級生とも組んでいたようで、自クラスだけじゃなく他のクラスの生徒を偽の目撃者とすることで冤罪を無理やり事実に塗り替えてきたのだ。
方法としては須藤くんにやったように、まず龍園くんのクラスの生徒がわざとぶつかり、須藤くんたちがそれを無視して立ち去ろうとしたら別のクラスの生徒をさらにぶつける。
こちらはまさか相手がグルだと思わず、問題をどんどん大きくされて逃げるに逃げられなくなり、時間を稼がれて予約していた競技に間に合わずにキャンセルさせられるというものだ。
平田くんの場合は、2年Aクラスの女子がぶつかって怪我を訴え、それを見た2年Cクラスの生徒が平田くんを責めて彼を動けなくさせたらしい。
救護の先生を呼びに行くと強引に移動しようとしたところを、今度は下級生にぶつかり、後は須藤くんと同じパターンで時間を稼がれてマイナス――まさか複数クラスが組んでいるとは思わなかったが故に後手に回る事態となった。
しかし、仮にわかっていても一人でいる所を狙われたらひとたまりもない。数の不利で向こうの冤罪が事実と立証されてしまえばこちらはどうしたって受けに回らざるを得なかった。
おまけにマイナスにはマイナスが重なるようで、序盤は順調だった須藤くんたちも妨害でマイナスを受けてからは冷静さを欠いたのか、トップを逃すこともあったようで最終的には宝泉くんに完膚なきまでに倒されてしまったらしい。
私も最後のあがきと、10種目目のスラロームで1位を取ったが、それでも勝敗は変わらなかった。
Bクラスの上位陣の得点が予想の半分ほどまで抑えられ、雪さんや高円寺くんも何とか結果を出して挽回してくれたが――それでもこの体育祭は、本来なら負けるはずのないAクラスと引き分けるという無様な結果を見せることになってしまっている。
こちらが上手く封殺されたということも大きいが、それでもかなりの人数差があり本来のポテンシャルを出せれば確実に勝てたであろう相手に負けたというのは、正直かなり厳しい結果と言わざるを得ない。
もし、ご主人様が参加してくれていれば――というのは、言い訳に過ぎなかった。
それを言えば、Aクラスだって坂柳さんが参加していればまた結果は変わっていただろう。彼女は体こそ不自由だが頭が良い。勝つための策をいろいろ考えられたはずだ。
結局、私が油断して龍園くんが大きな仕掛けは打って来ないと考えたのが失策だった。もし、最初から彼の動きが読めていればもっと別の――いや、それは自惚れだ。私は龍園くんの策を読めなかった、それが現実。やはり、負けるべくして負けたということだろう。
体育祭後、Bクラスの雰囲気は最悪だった。
満場一致試験の時には、これからは上を目指すという強い気持ちがあったのに、体育祭でのボロ負けで一気にモチベーションが下がってしまっている。
それを見て、ご主人様が今うちのクラスがAクラスになるのはまだ早いと言っていた理由が理解できたような気がした。もし、うちがご主人様の力でAクラスになっていたとしても、今回の体育祭のように集中狙いされたら勝つのは難しい。
ご主人様ならそれでも勝てるかもしれない――が、私たちの力が足りず、今回のように翻弄されて負けるというパターンだって十分あり得た。
そうなれば、今回のようにモチベーションが下がり、すぐにAクラスから降格。ズルズルと負けを引き摺ってDクラス落ちという未来も十分に考えられる。
そういう意味では、今回ギリギリ引き分けになったのはプラスだったのかもしれない。CPにもマイナスが出ず、まだ上を目指すチャンスは残っている。後は、このムードを何とか持ち直して、また上を目指すだけ。
私も、少しずつ成長していこう。今までのように全てをご主人様に任せるのではなく、もっと頼って貰えるように。私も、成長しなければ――
◇◆
SIDE:小野寺かや乃
いよいよ大詰めとなった体育祭。各地で団体戦の決勝が始まっていて、会場中が異様な盛り上がりを見せている。
「もうすぐ試合だね須藤くん。準備の方は良い?」
「……あぁ」
この体育祭で私は須藤くんとペアを組んで、同じ競技にいくつも参加していた。途中、龍園くんの罠にかかり、思わぬマイナスを受けたが須藤くんはそれ以外全て勝利している。
最後として選んだこの10種目目――テニスの男女混合ダブルスも、何だかんだ順調に勝ち進んできた。しかし、当の須藤くんは体育祭当初の落ち着きが少しずつなくなってきている。
「あの1年生が気になる? ずっと見てるよね」
「え?」
「宝泉……だっけ? 1年とは思えない大きさだし、凄い雰囲気持ってるよね」
とはいえ、須藤くんに落ち着きがないのは、このダブルスに宝泉という強敵がいるからではなかった。
やはり一番は龍園くんの妨害。直接的な妨害は石崎くんの冤罪だけだったが、その後も事ある毎にDクラスやAクラスの生徒がわざとラリーを伸ばしたり、倒れた振りや靴ひもを結び直す振りをしたりして時間を稼いできたのだ。
地味な嫌がらせに須藤くんもストレスをため込んでいる。去年までなら喧嘩に発展していたかもしれないけど、この1年で須藤くんも我慢を覚えた。誰かに噛み付くことなく冷静になろうとしているが、中々冷静になれずにこっちの声にも反応が鈍い。
「……別になんでもねぇよ。心配すんな」
そう笑みを浮かべるが、どうも余裕がないように見える。これが試合に影響でなければいいのだが――と、考えていると、目の前で試合していた宝泉と七瀬のペアが圧勝した。
これで、私たちの決勝の相手は宝泉・七瀬ペアとなる。「これより決勝戦を行います。準備してください」という先生の声に従ってコートに入っていくと、宝泉は当たり前のように須藤くんの近くに寄ってきた。
「まさか、あんたと決勝戦やることになるとは思わなかったぜ。須藤パイセン」
「……俺を知ってんのか?」
「2年のOAAを見た限り、男子で身体能力がA+なのは、あんたと綾小路パイセンだけだからな。流石に顔くらいは覚えてるさ」
言葉はまるで尊敬しているように聞こえるが、表情は尊敬とは真反対にこちらを挑発している。
「テニスなら俺に勝てると思ってねぇだろうな? ぶっ壊してやるから楽しみにしてな」
そうして試合が始まった。このダブルスは4ポイント1ゲーム、2ゲーム先取の3ゲームマッチ。
サーブ権は1ゲーム交代ではなく、点を取られた側に回る短期決戦の特別ルールが採用されており、またチーム内でのサーブ交代は不要で任意の者が繰り返し行うことが出来る。
「オラァ、行くぜ!」
試合の立ち上がりは宝泉の猛攻から始まった。その巨体から繰り出される強烈なサーブは反応すら許さずにこちらのコートに突き刺さる。
まるで経験者と思うくらいの実力だ。
須藤くんも反撃とばかりにサーブを返すも、集中できていないのかあっさりと宝泉に返されて得点を奪われていく。七瀬の方に狙いを変えても、彼女も的確にボールを拾ってこちらに返してきた。パワーはないが、隙が無くてどこに打っても返される。
気が付けば、数分も立たずに点差は40対0と追い込まれてしまっていた。
「どうした須藤。そんなんじゃ相手にもならねぇな」
「クソが!」
言葉こそ汚いが、須藤くんも挑発に乗らずに何とかボールを返していく。しかし、宝泉の運動能力は異常だ。おまけに、七瀬の捕球力が高いせいでなかなか得点が出来ない。
向こうは別にペアとして理想的という訳ではなく、自分の陣地に来たら返すという単純な役割分担をしているだけなのだが、そんな単純な作戦も突破できない実力があった。
いや、逆にこの場で一番の足手纏いは私だ。須藤くんも頑張っているが、宝泉は隙を見て的確に私を狙って得点を奪ってくる。粘ったけど1ゲーム取られてしまった。
「やっぱりたいしたことねぇな須藤。負け犬がお似合いだぜ」
「……10秒」
目を閉じ、神経を集中させている。まるで、ここがバスケコートであるかのように、須藤くんは無理やり集中力を研ぎ澄ませて行った。
そのまま、返しのサーブでエースを奪う。流石の七瀬も、集中した須藤くん相手では今までのようにレシーブを返すことが出来なかったらしい。
それを見て、宝泉が「へぇ」と面白そうに笑う。試合を心から楽しんでいるという様子だ。
七瀬のミスを責めることなく、今度は俺の番だと言わんばかりに宝泉がサーブを打ってくる。須藤くんもすかさず返球して今度はラリーが続き始めた。
「急にギア上げてきやがったな。けど、こうじゃないと面白くないぜオイ!」
「試合には制限時間があんだ。さっきの負けもすぐに返させて貰うぜ!」
「言うじゃねぇか。なら、見せてみろよ!」
「ああ! 見せてやるよ!」
段々と須藤くんの動きにいつもの躍動感が戻ってきている。いくら宝泉が凄いとはいえ、相手は現役バスケ部で運動神経抜群の須藤くんだ。パワーは向こうが上でも、スピードはこちらが上、このままラリーを続ければ勝つのはこちら――
「ケッ! ならこれはどうだ、スポーツマン!」
と、考えていた私の一瞬の隙を突いて、宝泉がこっちにボールを返してきた。咄嗟に返すも、緩いボールになってしまう。
それをスマッシュするつもりのようで宝泉が飛び上がった。同時に、私と須藤くんもそれに備えて後ろに下がる――その瞬間、前に出てきた七瀬がボレーでボールをネット際に落とした。
「邪魔すんな七瀬!」
「点が入れば問題ないはずです」
「チッ、一発決めてやろうと思ったのによぉ」
お互いがお互いのことを考えていないが故の不意打ち。ここからまた流れは宝泉に変わり、先程とは打って変わって私を集中狙いするようになってきた。
須藤くんは「フェアプレーもできねぇのかよ!」と声を上げるが、宝泉は「そっちの下手くそ女が悪いんだろうが」と言って取り合わない。実際、私が取れないのが悪いのだ。
しまいには、宝泉はわざとゲームを落としてこっちを甚振ってきた。須藤くんをキレさせたいのだろう。しかし、それだけはすまいと須藤くんも懸命に耐えている。
「……チッ、クソ面白くもねぇ。くだらねぇゲームもそろそろ終わりにするか」
宝泉もなかなかキレない須藤くんを見て飽きてきたのか、一気に勝負を決めに来た。
再び私にボールを集中させるが、須藤くんもカバーしようと動く。しかし、それこそが宝泉の真の狙いだった。
「じゃあな! 負け犬くん!!」
私をカバーしようと上げたロブがスマッシュされ、須藤くんの額に叩きつけられる。そのまま須藤くんは後ろに倒れ、勝負は宝泉・七瀬組の勝利に終わった。
「……クソ」
倒れた須藤くんが悔しそうな声を上げる。序盤の不調がなければまだ勝負はわからなかった。集中できなかった自分に腹を立てているようで、倒れたまま起き上がらない。
それを見て、宝泉は「結局、お前はその程度って訳だ」と吐き捨てて去っていった。須藤くんも言い返せずに倒れたまま拳を握っている。龍園くんに嵌められなければ――と、言い訳をすることはできる。けど、その後に立て直せなかったのは自分の責任だ。
きっと、須藤くんもそう考えているのだろう。私ももっと彼のメンタルを立て直して上げられれば、きっとこんな結果にはならなかったに違いない。
この敗北のせい――ではないと思いたいが、それでも期待されていたほど結果を出せなかったことで、私たち2年Bクラスは2年Aクラスと同率3位で終わっている。
もし、あの試合に勝てていれば結果はまた変わっていたかもしれない。でも、この敗北によって、須藤くんはまた一つ成長できたはずだ。もうきっと同じ手は食わない。マイナスを受けずに成長できたのは、むしろプラスかもしれなかった。
鈴音視点での体育祭の動きと、小野寺視点での須藤VS宝泉でした。
鈴音は原作以上にコミュ障だが、もし原作通りにリーダーとして経験を積んでいれば、自身や平田で団体戦に挑戦して勝利をもぎ取っていただろう。そういう意味で、やはり原作よりも弱体化している。とはいえ、午後に動いたことで手遅れだったというのも大きい。
小野寺視点はほぼヤムチャ視点。須藤も途中から集中し出したが、このSSでは宝泉と七瀬(女子バレーがカットされているので宝泉とペアを組んだ)が組んでいるので小野寺がマジで足手纏いになりつつある。これまでのストレスなどもあり、原作とは真逆の結果になった。